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かけて、其れ切り

かけて、其れ切り

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 あのウサギの五徳ごとくを持ち帰ってきてから数日後の夜。

 まぶしさにふと目を覚ました私は、存外部屋の中が明るいことに驚く。
 そういえば夕方に観たテレビで、今夜は十五夜だと言っていたような――。
 お団子を食べたわけでもお月見をしたわけでもなかったのですっかり忘れていた。

 寝ぼけまなこで部屋の中を見回すと、私は何となく違和感を覚えた。

「――?」

 ベッドの上に上体を起こして、胸騒ぎの原因を探る。

「あっ!」
 と、窓辺に置いておいたサボテンの鉢が、床に落ちて砂がバラまかれてしまっていることに気がついた。
 私の声に、窓辺から「ニャーン」という声がして、雲丹うにがカーテンを揺らしてこちらに来る。

「もう、雲丹うにちゃん! サボテン、落ちちゃってるじゃない」

 雲丹《うに》が開けた、カーテンの隙間すきまから射し込む月光を頼りに、床に這いつくばる。

(大丈夫、根っこは無事)

 落ちた衝撃で、ほんの少し鉢から土がこぼれてしまったようだけど、サボテン自体は鉢の中に鎮座していた。
 それにホッと胸を撫で下ろした私の横をすり抜けるようにして、雲丹うにが部屋から出て行った。

雲丹うにめ、叱られる前に逃げたな!?)

 彼の、ピンと伸ばされた尻尾と、お尻の穴を見送りながら、そんなことを思う。

 それにしても――。
 電気もつけていないのに、部屋の中がやけにクリアに見える。
 光源を目で追うようにカーテンの隙間に目をやると、それはそれは見事な満月が出ていた。
 思わず「綺麗……」とうっとりつぶやいてから、私はハッとする。

五徳ごとく!」

 今、ここには、部屋の中の様子が分かってしまうほどの月光が射し込んでいる。
 慌てて窓辺に置いた五徳を確認すると、三羽いたはずのウサギが、二羽しか居なくて――。
 均衡きんこうを欠いた五徳は、室内側に向かって傾いていた。

 鉢を落としたのは雲丹うにじゃないのかもしれない。

 その様を目にした瞬間、そう思った。
 でも、カーテンに隙間を開けたのが雲丹うにだとすれば、やはりこうなったのは彼のせいなわけで。

 私は、窓辺に置かれた五徳の、月光の通り道に当たる場所に位置していたウサギをキョロキョロと探し求める。

 でも、どこにもその姿は見つけられなくて。

 それどころか、五徳を動かしてしまったことで、残った二羽のウサギの内のもう一羽にも月明かりが当たってしまい――。

 ピョーン!

 まるで最初から生きていたみたいに、光を浴びたウサギが五徳ごとくを離れて月桂の中を走って行ってしまった。
 窓は閉まっていたのに、そんな物理法則なんて一切無視して、それは月に向かって一直線に宙空そらを駆けて行く。

 後には、たった一羽だけ輪っかに取り残されてしまったウサギがぽつん。
 脚が二本欠けてしまった五徳は、もう台座としての用は果たせそうにない――。

 けて其れ切り。
 けて其れ切り。

 頭の中で、逃げて行った二匹のウサギたちが、口々にそう言って、クスクス笑った気がした。

 私は、最後に残された一匹を、カーテンを全開にして、月影にさらした。

     

   『かけて、其れきり』了(20219/09/19)
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