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10.埋まらぬ距離
色んなこと?
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「カイル、歩けるようなら食事の時だけ屋敷へ戻るんだ。ここまで食事を運ばせるのは手間だし、なにより冷めてしまう」
ニンルシーラの冬は寒い。通路こそ皆が歩き回って雪が踏みしめられているけれど、まだ一面、大地は雪に覆われているのだ。
「リリーにもキミにも温かい食事を食べてもらいたい」
言葉こそ筋は通っているけれど、要はリリアンナが密室から出てくる口実を作りたいのだ。
そんな本音はおくびにも出さず告げられたランディリックの言葉に、カイルが「それもそうですね。歩くのもリハビリになりそうです」と頭を下げる。
「リリーもそれでいいね?」
食べる時の介助も、上手くすれば屋敷内ならばリリアンナ以外の者の手を借りることも出来るかもしれない。
ランディリックの眼差しを受けたリリアンナが「はい」と素直に頷いてくれて内心ホッとしたランディリックである。
「さぁ、そうと決まればこれ以上冷めないうちにお食べ」
ランディリックに促されて、リリアンナとカイルが小屋の中へ姿を消した。
背後へ所在なげに立ち尽くしたままのペトラへ、「そういうことだからもう食事のことは心配しなくていいよ?」と告げると、「かしこまりました」とぺこりと頭を下げて駆けて行ってしまう。
ランディリックは作業中の兵士らに「我々も昼休憩にしよう」と声を掛けると、皆と連れ立って屋敷の方へ歩き出した。
背後でヒヒン……と馬が嘶いて、ランディリックは一度だけ小屋を振り返った。
***
昼食を済ませた一行が城壁の修繕作業へ戻る。
ランディリックは、少し迷ってから、もう一度カイルの小屋の戸をノックした。
「はーい」
バタバタという足音に続いて、先ほど同様リリアンナが顔を覗かせる。
「食器を片付けに行かないか?」
「でも……」
その間カイルが一人になることを懸念している様子のリリアンナへ、カイルが「俺、子供じゃないですし、そんなに付きっ切りでそばに居てくれなくても大丈夫ですよ?」と苦笑する。
介助が必要なのは着替えや、食事の時で、それ以外はそんなに問題なく過ごせます、と続けたカイルへ、ランディリックの眉がピクリと動いた。
「着替え……」
周りに聞こえるか聞こえないかの声音でポツリとつぶやいたと同時、リリアンナが布巾や、二人分の器が載ったトレイを両手で捧げ持ってくる。
「僕が持とう」
言ってリリアンナから荷物を取り上げるランディリックに、「でも、ランディ。それじゃ、私が行く意味が……」とリリアンナが不満そうな声を上げた。
ランディリックはそんなリリアンナに、「ナディエルが焼きたてのクッキーを食べて欲しそうにしていたぞ?」と言って、ついでのように「カイルのもあるらしい」と付け加える。
「それは取りに行かなきゃいけないわね」
「ああ」
「カイル、クッキーを持って帰ってくるから待っててね」
戸口へ佇むカイルへにっこり微笑むリリアンナを見ながら、ランディリックは胸の内にモヤモヤとしたものが込み上げるのを感じた。
***
雪を踏みしめながら屋敷へ向かう途中、ランディリックがふいに口を開いた。
「……リリー。さっき、カイルの着替えを手伝っていると言っていたね」
「え? ああ、うん。だって片腕が使えないんだもの。ボタンとか紐とか、一人じゃ大変でしょう?」
何気なく答えるリリアンナに、ランディリックの胸がひやりとした。
「……そうか。リリーは、本当に世話好きだな」
表情には柔らかな笑みを浮かべながらも、彼の声には僅かに硬さが混じっていた。
(触れているのか? ……カイルの身体に。いや……だが、ボタンや紐のことを言っているから服は羽織った後の話……だよな?)
小さな背中を横目に見ながら、胸の奥に冷たいものが広がっていくのを感じてしまう。
「なぁリリー。キミは……カイルの着替えを手伝っても……その、何も感じないのかな?」
「え?」
「あ、いや……、いい」
ランディリックが言葉を濁した途端、ハッと真意に気付いたみたいにリリアンナが慌てたように言い募ってくる。
「もう! カイルは服、ちゃんと着たあとにボタンとかだけ留めてるのよ!? 私だって……そんな恥ずかしいことできないもの!」
ある程度は自分で頑張ってもらっているのだと真っ赤な顔でこちらを見上げてくるリリアンナに、ランディリックは「そうか……」と答えながら、「もしどうしても難しい場合は外にいる兵士へ声を掛けるといい」と提案せずにはいられなかった。
幸い、今現在、厩舎の近くにはたくさんの兵士たちがいて、城壁の修繕作業をしている。
「分かった」
リリアンナが素直に頷いてくれたことに、ランディリックはホッと胸をなでおろした。――だがそれと同時。自分がこんなことで動揺していることに気が付いて、苦々しさに唇を噛まずにはいられなかった。
***
「じゃあ、また明日くるわね」
嬉しげに手を振って小屋を出てきたリリアンナに気付いたランディリックは、すぐさま彼女の傍へ歩み寄った。
頬を上気させた横顔は、夕刻の薄闇の中にあってもなお、昼間よりいっそう輝いて見える。
「……楽しかったようだね」
「もちろんよ! カイルといると色んなことを教えてもらえるもの!」
「……色んなこと?」
ニンルシーラの冬は寒い。通路こそ皆が歩き回って雪が踏みしめられているけれど、まだ一面、大地は雪に覆われているのだ。
「リリーにもキミにも温かい食事を食べてもらいたい」
言葉こそ筋は通っているけれど、要はリリアンナが密室から出てくる口実を作りたいのだ。
そんな本音はおくびにも出さず告げられたランディリックの言葉に、カイルが「それもそうですね。歩くのもリハビリになりそうです」と頭を下げる。
「リリーもそれでいいね?」
食べる時の介助も、上手くすれば屋敷内ならばリリアンナ以外の者の手を借りることも出来るかもしれない。
ランディリックの眼差しを受けたリリアンナが「はい」と素直に頷いてくれて内心ホッとしたランディリックである。
「さぁ、そうと決まればこれ以上冷めないうちにお食べ」
ランディリックに促されて、リリアンナとカイルが小屋の中へ姿を消した。
背後へ所在なげに立ち尽くしたままのペトラへ、「そういうことだからもう食事のことは心配しなくていいよ?」と告げると、「かしこまりました」とぺこりと頭を下げて駆けて行ってしまう。
ランディリックは作業中の兵士らに「我々も昼休憩にしよう」と声を掛けると、皆と連れ立って屋敷の方へ歩き出した。
背後でヒヒン……と馬が嘶いて、ランディリックは一度だけ小屋を振り返った。
***
昼食を済ませた一行が城壁の修繕作業へ戻る。
ランディリックは、少し迷ってから、もう一度カイルの小屋の戸をノックした。
「はーい」
バタバタという足音に続いて、先ほど同様リリアンナが顔を覗かせる。
「食器を片付けに行かないか?」
「でも……」
その間カイルが一人になることを懸念している様子のリリアンナへ、カイルが「俺、子供じゃないですし、そんなに付きっ切りでそばに居てくれなくても大丈夫ですよ?」と苦笑する。
介助が必要なのは着替えや、食事の時で、それ以外はそんなに問題なく過ごせます、と続けたカイルへ、ランディリックの眉がピクリと動いた。
「着替え……」
周りに聞こえるか聞こえないかの声音でポツリとつぶやいたと同時、リリアンナが布巾や、二人分の器が載ったトレイを両手で捧げ持ってくる。
「僕が持とう」
言ってリリアンナから荷物を取り上げるランディリックに、「でも、ランディ。それじゃ、私が行く意味が……」とリリアンナが不満そうな声を上げた。
ランディリックはそんなリリアンナに、「ナディエルが焼きたてのクッキーを食べて欲しそうにしていたぞ?」と言って、ついでのように「カイルのもあるらしい」と付け加える。
「それは取りに行かなきゃいけないわね」
「ああ」
「カイル、クッキーを持って帰ってくるから待っててね」
戸口へ佇むカイルへにっこり微笑むリリアンナを見ながら、ランディリックは胸の内にモヤモヤとしたものが込み上げるのを感じた。
***
雪を踏みしめながら屋敷へ向かう途中、ランディリックがふいに口を開いた。
「……リリー。さっき、カイルの着替えを手伝っていると言っていたね」
「え? ああ、うん。だって片腕が使えないんだもの。ボタンとか紐とか、一人じゃ大変でしょう?」
何気なく答えるリリアンナに、ランディリックの胸がひやりとした。
「……そうか。リリーは、本当に世話好きだな」
表情には柔らかな笑みを浮かべながらも、彼の声には僅かに硬さが混じっていた。
(触れているのか? ……カイルの身体に。いや……だが、ボタンや紐のことを言っているから服は羽織った後の話……だよな?)
小さな背中を横目に見ながら、胸の奥に冷たいものが広がっていくのを感じてしまう。
「なぁリリー。キミは……カイルの着替えを手伝っても……その、何も感じないのかな?」
「え?」
「あ、いや……、いい」
ランディリックが言葉を濁した途端、ハッと真意に気付いたみたいにリリアンナが慌てたように言い募ってくる。
「もう! カイルは服、ちゃんと着たあとにボタンとかだけ留めてるのよ!? 私だって……そんな恥ずかしいことできないもの!」
ある程度は自分で頑張ってもらっているのだと真っ赤な顔でこちらを見上げてくるリリアンナに、ランディリックは「そうか……」と答えながら、「もしどうしても難しい場合は外にいる兵士へ声を掛けるといい」と提案せずにはいられなかった。
幸い、今現在、厩舎の近くにはたくさんの兵士たちがいて、城壁の修繕作業をしている。
「分かった」
リリアンナが素直に頷いてくれたことに、ランディリックはホッと胸をなでおろした。――だがそれと同時。自分がこんなことで動揺していることに気が付いて、苦々しさに唇を噛まずにはいられなかった。
***
「じゃあ、また明日くるわね」
嬉しげに手を振って小屋を出てきたリリアンナに気付いたランディリックは、すぐさま彼女の傍へ歩み寄った。
頬を上気させた横顔は、夕刻の薄闇の中にあってもなお、昼間よりいっそう輝いて見える。
「……楽しかったようだね」
「もちろんよ! カイルといると色んなことを教えてもらえるもの!」
「……色んなこと?」
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