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15.王都への道、恋心の芽吹き
セレン様
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そこかしこへ雪の残る街路を抜けて小一時間。
リリアンナたちを乗せた儀礼馬車は、緩やかな坂道を上りきったところで停まった。
そこが、ニンルシーラ領の北端にあるエルダン駅――王都エスパハレへと続く鉄路の出発点だった。
まだ雪解けの残る山あいの町だが、駅舎の屋根には新しい赤瓦が光り、長い冬を越えた人々の息づかいがどこか軽やかに感じられる。真冬の間も唯一王都とニンルシーラを繋ぐライフラインとして稼働するのがこの列車だ。無論雪かきなどは必須だが、雪に閉ざされ孤立化することを思えば、領民らにとって冬の間この鉄路の確保をすることも大切な仕事のひとつだった。
プラットホームには既に汽車が待機しており、鉄の車体からゆっくりと蒸気を吐き出していた。
「お嬢様、どうぞお足元にお気をつけて」
ナディエルの手を借りながら、リリアンナはホームに降り立った。
春の冷たい風が頬を撫で、それを誇張するみたいに汽笛が甲高く鳴る。
その音を聞くだけで、胸の奥が少し高鳴った。
「では私はこちらで失礼いたしますね」
後に続いて馬車を降りたクラリーチェ・ヴァレンティナ・モレッティが、控えめにスカートの裾をつまんで一礼した。
「私の席は二等客室ですので。お嬢様方とは別室になりますが、エスパハレに着くまでの間、必要なことがあればすぐに伺います」
「ありがとう、クラリーチェ先生。気をつけてね」
リリアンナがそう言うと、クラリーチェは柔らかく微笑み、列車へと向かう。
彼女の背に揺れる淡い栗色の髪が朝の光を受けて輝き、どこか頼もしげに見えた。
駅構内では、ランディリックが手短に乗務員へ指示を出している。
その隣には、つややかな黒髪を陽に染めた青年の姿。
彼の立ち居振る舞いは優雅で、やはり軍人というよりもどこか貴族めいて見える。
周りで動き回る他の兵士らより優美な所作に、リリアンナは思わず目を留めてしまった。
(あの方が……やはりセレン様……?)
ナディエルの言葉が頭の中で蘇る。
黒髪の美男子――。その噂は、誇張でも何でもなかった。
淡い陽光の中、青年の髪はほんのりと赤みを帯びていて、まるで春の夕陽を閉じ込めたように見えた。
ランディリックが彼に何事か話しかける。
青年が微笑んで頷いた瞬間、赤い瞳がふとリリアンナの方を向いた。
一瞬、目が合う。
その微笑みは礼儀正しく柔らかい。リリアンナに気付いて会釈する所作が、とても美しかった。
「……リリー」
彼の視線に気付いたんだろう。ランディリックがこちらへ近付いてきて、リリアンナを呼ぶ。その声でハッと我に返ったリリアンナは、ランディリックの背後に立つ男をじっと見詰めた。
「彼の紹介がまだだったね。彼はセレン・アルディス・ノアール。ノアール侯爵家のご子息だ」
やはり、彼がセレンだった。そう思いながらぼんやりしてしまったリリアンナを、すぐ横からナディエルがツンツンとつつく。
それにハッとして、リリアンナは慌てて膝折礼をした。
「あ、あの……初めまして。私はリリアンナ・オブ・ウールウォードと申します。ゆえあってランディ……えっと……辺境伯様のお世話になっています」
しどろもどろになりながらも何とか名乗ると、セレンが柔らかな笑みを浮かべる。
「こちらこそ初めまして。僕も色々あってライオール卿のお世話になっています。一応表向きは皆さんの護衛ということになっていますが、見ての通りの優男です」
クスッと笑っておどけてみせるセレンに、リリアンナの緊張の糸が少し解れた。
ぱっと見、確かにセレンは穏やかで繊細な印象だが、ランディリック同様、服の下に鍛え抜かれた身体を隠し持っている気配が伝わってくる。
恐らくは剣の腕前もそれなりに立つのではないかと思われた。
「彼はこう言って謙遜しているがね、なかなか腕の立つ男だから騙されてはいけないよ、リリー」
そうして、それを裏付けるみたいにランディリックが軽い調子でそんな言葉を付け加えるから、場の空気がふわりと和んだ。
リリアンナたちを乗せた儀礼馬車は、緩やかな坂道を上りきったところで停まった。
そこが、ニンルシーラ領の北端にあるエルダン駅――王都エスパハレへと続く鉄路の出発点だった。
まだ雪解けの残る山あいの町だが、駅舎の屋根には新しい赤瓦が光り、長い冬を越えた人々の息づかいがどこか軽やかに感じられる。真冬の間も唯一王都とニンルシーラを繋ぐライフラインとして稼働するのがこの列車だ。無論雪かきなどは必須だが、雪に閉ざされ孤立化することを思えば、領民らにとって冬の間この鉄路の確保をすることも大切な仕事のひとつだった。
プラットホームには既に汽車が待機しており、鉄の車体からゆっくりと蒸気を吐き出していた。
「お嬢様、どうぞお足元にお気をつけて」
ナディエルの手を借りながら、リリアンナはホームに降り立った。
春の冷たい風が頬を撫で、それを誇張するみたいに汽笛が甲高く鳴る。
その音を聞くだけで、胸の奥が少し高鳴った。
「では私はこちらで失礼いたしますね」
後に続いて馬車を降りたクラリーチェ・ヴァレンティナ・モレッティが、控えめにスカートの裾をつまんで一礼した。
「私の席は二等客室ですので。お嬢様方とは別室になりますが、エスパハレに着くまでの間、必要なことがあればすぐに伺います」
「ありがとう、クラリーチェ先生。気をつけてね」
リリアンナがそう言うと、クラリーチェは柔らかく微笑み、列車へと向かう。
彼女の背に揺れる淡い栗色の髪が朝の光を受けて輝き、どこか頼もしげに見えた。
駅構内では、ランディリックが手短に乗務員へ指示を出している。
その隣には、つややかな黒髪を陽に染めた青年の姿。
彼の立ち居振る舞いは優雅で、やはり軍人というよりもどこか貴族めいて見える。
周りで動き回る他の兵士らより優美な所作に、リリアンナは思わず目を留めてしまった。
(あの方が……やはりセレン様……?)
ナディエルの言葉が頭の中で蘇る。
黒髪の美男子――。その噂は、誇張でも何でもなかった。
淡い陽光の中、青年の髪はほんのりと赤みを帯びていて、まるで春の夕陽を閉じ込めたように見えた。
ランディリックが彼に何事か話しかける。
青年が微笑んで頷いた瞬間、赤い瞳がふとリリアンナの方を向いた。
一瞬、目が合う。
その微笑みは礼儀正しく柔らかい。リリアンナに気付いて会釈する所作が、とても美しかった。
「……リリー」
彼の視線に気付いたんだろう。ランディリックがこちらへ近付いてきて、リリアンナを呼ぶ。その声でハッと我に返ったリリアンナは、ランディリックの背後に立つ男をじっと見詰めた。
「彼の紹介がまだだったね。彼はセレン・アルディス・ノアール。ノアール侯爵家のご子息だ」
やはり、彼がセレンだった。そう思いながらぼんやりしてしまったリリアンナを、すぐ横からナディエルがツンツンとつつく。
それにハッとして、リリアンナは慌てて膝折礼をした。
「あ、あの……初めまして。私はリリアンナ・オブ・ウールウォードと申します。ゆえあってランディ……えっと……辺境伯様のお世話になっています」
しどろもどろになりながらも何とか名乗ると、セレンが柔らかな笑みを浮かべる。
「こちらこそ初めまして。僕も色々あってライオール卿のお世話になっています。一応表向きは皆さんの護衛ということになっていますが、見ての通りの優男です」
クスッと笑っておどけてみせるセレンに、リリアンナの緊張の糸が少し解れた。
ぱっと見、確かにセレンは穏やかで繊細な印象だが、ランディリック同様、服の下に鍛え抜かれた身体を隠し持っている気配が伝わってくる。
恐らくは剣の腕前もそれなりに立つのではないかと思われた。
「彼はこう言って謙遜しているがね、なかなか腕の立つ男だから騙されてはいけないよ、リリー」
そうして、それを裏付けるみたいにランディリックが軽い調子でそんな言葉を付け加えるから、場の空気がふわりと和んだ。
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