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嗅覚の法則

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「は? ……すまん。も一回っかい言って?」

 秋連あきつらが告げた言葉が理解できなくて、俺は思わず間の抜けた声を出す。

「だから……代わりに俺の恋愛に付き合えと言ったんだ」

 吐き捨てるように再度発せられた言葉に、俺の思考回路は一瞬停滞する。

「お、お前の……恋愛?」

 秋連のことだからそういうのもそつなくこなせるはずだ、と勝手に思い込んでいた。

 だから、まさか俺にそんな相談をしてくるなんて思いもよらなくて――。

「当たり前だ。他人のなんて持ち出しても仕方ないだろ」

 でも、眼前の悪友は、真っ直ぐに俺の目を見てしっかりとうなずいた。

 そう、これは夢じゃない。

 何度も目をしばたたく俺を見て、秋連が不機嫌そうな顔をする。

「何だ? 嫌なのか?」

「い、いや、そういうわけじゃっ! っちゅーか、むしろむっちゃ関わりてぇ!」

 面白すぎる!

『悩み? んなもんあるわけねぇだろ。お前はいつもあっちこっち悩み事だらけで大変だな』

 そんな雰囲気で、幼い頃から万事において俺なんか足元にも及ばない秀でた才能を発揮していた秋連から恋愛相談を受けるだなんて!

 自分が同じ事で彼に相談を持ちかけていたことすら吹っ飛んでしまうぐらい、それは愉快過ぎる申し出だった。

「じゃあ、付き合うんだな?」

「もちろん!」

 真剣な顔をして俺の顔を見下ろしてきた秋連あきつらに、俺は二つ返事で肯定の意志を伝えた。

「――では、遠慮なく」

 途端、ニコッと極上の笑みを浮かべた秋連を、俺はただただポカンと見上げる。

 と、次の瞬間――。

 いきなり秋連に深く口付けられて、俺は何が何だか分からなくなった。

「ご馳走様」

 ニヤリと笑って遠ざかって行く秋連の顔を見詰めながら、己の身に何が起こったのかを懸命に考える。
 秋連の顔が、俺の上に落としていた影が消えてから、俺はやっと正気に戻った。

「お、おまっ、一体何を……っ」

 いや、何をされたのかは理解出来ているけれど……何でそんなことされなきゃなんねぇんだ!?

 混乱しまくる俺を見て、秋連が「何を今更」とつぶやいてニヤリと笑ってみせた。

忠成ただなり。お前、俺の恋愛に付き合うって言ったじゃねーか」

 言った! ああ、確かに言ったとも!

「でも、それとこれとは関係な……」

「大有りだ」



 まだ分からないのか、と呆れた顔をすると秋連は、
「俺はお前がどんなに汗臭かったとしても……恐らくそうだとは感じ取れん」

 そう言った。


「? ……だからっ! 何でいきなり話が飛ぶんだよ!」

 ここへ来てもチンプンカンプンなことを言う秋連あきつらに、俺の思考回路は空回りを繰り返す。

 余りのことに縫い止められたように身動き出来ない俺は、椅子に腰かけたまま横に立つ秋連を睨み上げる。

「好きになりすぎるとその相手のにおいってあんまり感じなくなるみたいだな。現にお前はニョロ豆のにおい、感じないだろう?」

 勝ち誇ったようにそう言って笑う秋連に、俺は何と反論すればいいのか分からなくて――。

 とにもかくにも恋愛相談に来て、晴れやかな気分で帰れるはずだった友の家を、来たときよりも大きな悩みを抱えて出なければならないことだけは理解出来た。

 あー! もう! 俺はこれからどうすればいいっ!?

                     [完]
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