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 6月。
 そろそろ梅雨入りだろうか。鈍色にびいろの空と、湿度の高いジメジメとした空気に、正直気分が滅入りそうだった。

あつ……」
 目が悪いわけではないくせに、幼なじみの忠成ただなりのことを意識し始めた時に、自分の気持ちを自制するためと、表情を悟られ難くするためのアイテムとしてかけ始めた伊達眼鏡。そのポジションを指先で軽く押し上げて直すと、俺は手にした鞄を持ち直した。

 忠成に、必死の覚悟で積もりに積もった想いを伝えたのがこの5月のこと。
 何の前触れもなく、半ば不意打ちをするように彼の唇を奪う形でげた告白は、思いのほか好感触だったと思っていた。

 だが、あれからこれといった動きもなく、してや忠成に避けられるわけでもなく、拍子抜けするほどいつも通りの日常が続いている。
 ともすると、あの日のことは俺の夢だったんじゃないかと思うほどに。

 そう、あんなことさえなかったなら――。


***


 帰宅部の俺は、このところ忠成ただなりを待たずに一人で帰宅することが多い。

 夏の大会に向けて、テニス部所属の忠成は、連日のように結構真剣に部活に取り組んでいる。
 蒸し蒸しと暑い中、本当に良く頑張ると思う。俺には絶対無理な芸当だ。

 以前はよく、冷房の効いた図書室で適当な本を読んで時間をつぶしながら幼なじみの部活が終わるのを待ったりしていた俺だけど、ここ最近はそれもしていない。
 本当は忠成を自室に呼んで、先日の告白の答えとか……色々聞きたい事はあるんだけど……。俺自身白黒付けるのが怖くて、何となく伸ばし伸ばしになっている。

「……?」
 と、自宅前に見慣れた人影を発見して、俺は思わず立ち止まった。
「……結衣ゆいちゃん?」
 その声に、ボブカットの人影がこちらを向く。
 俺んの壁にもたれて所在なげにたたずんでいたのは、忠成の4つ下の妹。俺たちが高2だから、彼女は今中1か。

 自分の家のほうは西日が射していて、俺の家のほうは日陰だったから、日差しを避ける形で兄を待っていたんだろうか。
(ま、日向ひなたは暑いしな)
 そんなことを思いながら、
「忠成ならまだ部活……」
 そう言おうとしたら、
「あの……あのね、あたし……アキにいが帰ってくるの、待ってたの」

 さえぎるように、そう言われた。

(俺を……待ってた?)
 眼鏡と、長い前髪の下に隠された俺の表情をうかがうように、結衣ちゃんがこちらをじっと見つめてくる。

(なんか……嫌な予感……)

 俺の前に立ち尽くしたまま。

 何かを言おうとして、自分を鼓舞こぶするように胸前きょうぜんでぎゅっと握られた彼女の華奢きゃしゃな手を見て、俺はそんな風に思った。
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