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俺の立ち位置

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 鶴見つるみは車がダメになるほどの大きな事故だったらしいが、本人の怪我自体は左腕と左足の骨折だけ。

 もちろん大怪我ではあるけれど、命に別状はない。


 逢地おおち先生から音芽おとめに語られる内容は、昨日俺自身も病院で聞いたものだ。

 とりあえず鶴見の現状が、生死に関わるようなものではないと聞かされた時の音芽のホッとした顔と、でも、という戸惑いが俺にも嫌と言うほど伝わってくる。

 それもそのはずだ。

 奴が事故を起こしたのは、俺たちと別れた後の帰り道。そのことに気付いた音芽が何も感じないはずはない。

 音芽が鶴見俺以外の男のことで眉根を寄せていると思うと、居たたまれない気持ちになる。


 それで、逢地おおち先生の言動を未然に防ぎ損ねてしまった。



「――情けないんですけど……何か私もパニックになってしまって……」

 逢地おおち先生がそう言って視線をふいっと俺に移してきたのに気付いて、マズイと思ったが後の祭り。

 ここへきて慌てるのは逆効果だ。

 俺は次に続くであろう彼女からの言葉を分かっていて、顔には出さないように胸の内でそっと深呼吸をする。


霧島きりしま先生にもお休みの日に何度も電話してしまって……。ホント、すみませんでしたっ」

 恥ずかしそうに紅潮した顔をしてそう言った逢地おおち先生を見て、音芽は何を思うだろうか。


 昨夜音芽おとめと一緒にいた時に逢地おおち先生から呼び出され、音芽を置いてそそくさと出かけちまった事実は取り消せねぇ。

 それが、鶴見つるみの事故のこと絡みだったのは意図的に音芽には告げていなかったが、さすがに今の流れでは如何に鈍感なこいつでも察しただろう。


 ――クソッ。面倒くせぇな。

 頭の中で舌打ちしつつも、俺はにこやかに言葉を返す。


「いや、俺もすぐに電話を取れませんでしたし、不安な思いをさせてしまいました……。申し訳ない」


 音芽が、そんな俺のほうを不安そうに見つめているのは気付いているが、俺は敢えて音芽のほうを見ないで言葉をつむいだ。


 あー、絶対いま、音芽のやつ、思ってるよな。


 なんで……逢地おおち先生は緊急事態に、〝温和おれに〟連絡を寄越したんだ?って。


 実際は俺が逢地おおち先生から鶴見つるみへの恋心を打ち明けられていたからに他ならねぇんだが……自分の誤解を解くために勝手に人の気持ちをバラすわけにゃいかねぇだろ?

 なぁ、音芽。
 お前、今日逢地おおち先生に色々聞いてみるって言ってたよな?
 そこら辺も彼女の口からちゃんと説明してもらってくんねぇかな。


 それこそ、出来るだけ早く!――な?

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