SORUA

明日葉智之

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2.シャウラの悪巧み

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2.シャウラの悪巧み


 スピカと出会って数日が過ぎたある日、僕はシャウラと共にナハスの森に来ていた。
 そこはいつもの道から外れたあまり行かない場所。
 森を二つに割る様に大きな通商街道が通っており、荒野を抜け中級星街と下級星街を結んでいる。
 この道を使えば楽に森を抜けられるのだが、ここに来るまでが長い道のりになるため普段は使わない。
 家の手伝いが終わった後で疲れているにも関わらず、僕ら二人はもう長い間、街道の地面に這いつくばっている。
「ねえ、本当にそんな石がこの辺にあるの?」
 お手上げだとばかりに匙を投げ、僕は地面を弄るのをやめた。
「もうこの辺しかあてがないんだよ……ああ、出来るだけ端の方を探してくれよ」
 両足をほっぽり出してむくれる僕を尻目にシャウラは黙々とお目当の物を探している。
「ここは昔、戦場だったらしい。一番可能性が高いんだ。記述によると戦死者の亡骸が無残にも道の脇に積み上げられていたんだとか……」
 シャウラがしれっと薄気味悪い情報を付け足し、僕はギョッとする
「そういうこと先に言ってほしいんだけど」
「言ったら来ないだろう?乗りかかった船だ。手を動かしたまえ。君は本当に星界軍に入りたかったあのノエル・ラードナーなのかい?」
「安い挑発だなあ」
 しぶしぶ僕は腰を上げて作業に戻る。
「いいかい、白い結晶のような石だ。何日も探しているのにこれだけが見つからない」
 他は見つかったらしい。
「そんな石を探して何に使うのさ」
 僕の質問を聞いたのか聞かなかったのか、手をぱんぱんはたきながら眉をハの字にしてシャウラは立ち上がった。
「ふう、駄目だな。休憩にしようか」
 残念そうだが、しかし目が諦めていないところを見ると、謎の石ころ探しはまだ続くのだろう。
 げんなりしつつも僕は手際よく珈琲の準備に取り掛かる。
 地面に窪みをつけ火種を用意し、薪をくべてその側に小型のポットを添えれば、程なくしてお湯が沸騰してくる。
 その間に二人分の豆を挽き、布で濾過する為にお湯を注ぐと、甘く豊かな芳雅が辺りに広がった。
「いい香りだ」
 うっとりと目を閉じたシャウラがため息をこぼす。
 銀のカップに注がれた黒い液体は蠱惑的に輝き、反射する光の色はさながら黄金の様だ。
「お褒めに預かり光栄だよ」
「君はいつも美味しい珈琲が淹れられるんだから、全く羨ましい限りだ」
「なら自分でできる様になることだね」
「無理無理、僕が作れるのは泥水だけさ」
 開き直って彼は言った。
 まあ、確かにシャウラが淹れる珈琲は致命的に不味い。人目を憚らず大地に吐き捨てても無罪放免となるであろう代物だろう。
 戯言を交わしつつ僕らは腰を下ろす。珈琲を口にしながら彼は言った。
「ところでノエル。君は花火という物を知ってるかい?」
「ハナビ……って何?」
「人間が作った物でね、空に咲く大きな花らしい」
 少し想像してみるもあまりピンとこない。
「僕には全く想像がつかないな。それに、人間の作った物なんてどうして君が知ってるんだ」
 人間とは、曰く「魔術を操る悪鬼である」「青色の星に生まれた生命体である」「非合理な過ちを犯す獣である」等々。正に実態のない空想上の動物かのごとく情報の乏しい生き物である事しか僕らは知らないのだ。
「ジョン・ペテルギウスという老星を知ってるだろ?」
「ああ、もちろん。君から聞いたことを覚えてるよ。知り合いなの?」
「親父に連れられて家を尋ねる機会があったんだ」
「それで知り合いに?君は誰とでも仲良くなれるんだな。恐れ入るよ」
 不意にペテルギウス老星と暮らしていると言っていたスピカの顔を思い出す。
 ふふんと鼻を鳴らしシャウラは話を続けた。
「老星の家には地下に書庫があってね。そのどれもが人間界の事についての記録ばかりなんだ。面白いと思わないか?自由に読んで構わないらしい」
「人間界の記録だって?馬鹿なことを言うな。そんなものあるはずがない。それにあったとして本物だって証明できないだろう。第一どうして君に見せるんだい?」
 本当に人間界の記録があるのだとしたら、なぜ人間の事を僕らが知らないのか説明がつかない。
「それなんだよなあ」
「因みに」と付け加えて彼は続けた。
「大人には言うなってさ」
 胡散臭さはいや増すばかりである。口約束など正気の沙汰ではない。人間界の記録ともなれば尚の事だろう。
「僕に話していいの?」
「君は大人ではないだろう」
 当然と言った顔でシャウラは言った。腑に落ちない僕は目頭を抑えて唸る。
「そういう問題なのかな」
「さて!本当かどうか確かめるためにもまずは空に花を咲かせてやろうじゃないか」
 残った珈琲を飲み干してシャウラが立ち上がる。
 続けて僕も重たい腰を上げ、焚き火の残り火をガシガシと足で消した。ついでに上から土を被せておこうと柔らかい地面を蹴ると、湿った土がめくれ上がり見慣れない物が顔を覗かせる。
「シャウラ。もしかして君が探してる石ってこれかい?」
「見せてくれないか?」
 シャウラはポケットから小さな手帳を取り出し片手で器用にめくる。
 そして僕の足元にしゃがみこむと白い石を手に取って眺める。
「……おそらくこれだろう」
「一体この石は何なんだい?」
 シャウラはむんと胸を張り得意げに答える。
「硝石さ」
「聞いたことのない石だね」
「きっと探せばもっと見つかるはずだ」
「もっと?」
 なんと大量に必要らしい。当分はこの石ころ探しが続くのだろうか。
「そうさ、もっと沢山要るんだ。君も手伝ってくれ」
 断るのは無理そうだなあ。といって他に用事があるわけでも無いし。
 しぶしぶ僕は頷いた。
「決まりだな!それじゃあ僕は帰ってこれが使えるかどうか実験してみよう」
 言いながら既に帰る準備を始めているシャウラに続き歩き始める。
 どうか失敗しますようにと、追加労働を回避したい僕はソルアに祈った。
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