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ベルフォール帝国編
叱られました
しおりを挟む「ひ・・ひぃたいです。ひひょう。やめへ・・」
「はぁ~。・・坊主。お前なぁ。安全も確認しないで突進してどうすんだよぉ。死んじゃうかもしれなかったんだぞ。そこんとこ分かってんのかぁ」
口は笑っているけど切れ長のヘーゼルの目は笑って無い。すんごい迫力を噴出している。
これで怒っていないなんて気づかないヤツはいないよなぁ。
と、師匠に顔を引っ張られているボクは痛みを堪えながらのんびりと考えてしまう。
ま、違う怒りだから。
怒り?ちょっと違うかな。
珍しい魔物と戦えなかったのが残念だったんだと思う。獲物を横取りしやがって、みたいな感じ。師匠はそんな人だ。
「お前達だけで美味しい思いしやがって。俺ですら戦った事がないんだぞ。くそ!」
・・ほらね。やっぱりだ。節操がないというか、欲望に忠実なのか。こういう時の師匠の思考は単純で分かりやすい。
レッドエイプですら倒せるという自信があるんだ。その点は本当に尊敬する。ボクの見立てでも師匠は勝っていたかもしれない。本当に師匠は強い。
今回のような嫌味はそんなにしつこくない。暫く放っておけば収まるだろう。放置、放置っと。
と、思ったんだけどクレアが実力行使に出て来た。
無言でいきなり師匠へボディブロー。
「うげ」
・・いい所に入ったようだ。
ボクは師匠のつねりから解放されクレアに抱きかかえられる。
周りはざわついているけどクレアは知らんぷり。
あ~、やっちゃったよ。本当は不敬になるからやっちゃダメなんだけど。この隊では問題ないらしい。そういう気風なんだって。緩すぎるでしょと思ったけど。もう・・慣れた。
クレアのボディブローは問題なしなのだ。むしろ貰うのが悪いとか。これできちんと統制が取れているのか不思議だ。
でもさ・・そろそろ師匠もいい加減学習してほしい。
基本的にクレアは師匠を嫌っている。ボクには話してくれないけど許せない理由があるようだ。
で、師匠がボクにあまりにもうざい絡み方をすると・・こうなる。
師匠は毎回クレアにどつかれたいのかな?
ボクは結構冷や冷やなんだよ。無礼講過ぎる・・・。
その場にいた騎士や兵達は失笑中。
自分達の親分だから必死に堪えているんだろうけどバレバレだよ。爆笑したいのを必死に堪えているみたい。笑ったら師匠が拗ねるから頑張って堪えてね。
「貴方には”閣下”呼びしたくありません。背筋が寒くなります。レイ様に対する態度を何時になったら改めるのですか?」
お腹を押さえて蹲っている師匠にクレアは冷たい一言。氷点下だよ。本当に怒っているなぁ。
対する師匠はニッコリ笑っている。・・何かに目覚めてないだろうね。
「酷いぜ嬢ちゃん。ちょっとした弟子と師匠の交流じゃねぇか」
「それは交流とは呼びません。レイ様は玩具では無いのです。ご自分でレッドエイプを討伐できなかった八つ当たりは止めてください」
「そう!それだよ!聞けば二人で討伐したそうじゃねぇか。どうやって倒したんだよぉ。お嬢ちゃんが説明してくれたけどさ。瞬間の戦闘だったとしか分からねぇんだとさ」
「沈黙します。そもそも私達の戦い方は参考になりません。レッドエイプと遭遇した時にご自身でお考え下さい。ともかく目の前のレッドエイプの死骸の処分が先でしょうに。貴方方を呼んだのは処分の為ですよ」
「冷たいぜ嬢ちゃん。俺たちゃ一緒に魔物討伐をする仲間じゃねぇか。もう少し協力的になってもいいんじゃね?」
「仲間と主張するのであれば、そろそろ討伐目標を教えても宜しいのでは。そもそも魔物討伐が今回の遠征の目的なのですか?」
ほんとクレアは師匠に容赦が無い。尊敬される行動をこれまで見せていないから仕方ないかもしれないけど。ボクだって・・・・。
突っ込むクレアとのらりと躱そうとする師匠を眺めながら思う。
レッドエイプは本当に危険な魔物だった。アレが周辺の村に向かっていたらと思うと。探知の魔法が使えてよかったよ。
確かにクレアの言う通りそろそろ目的を教えて欲しいもんだ。
師匠の反応を見る限りレッドエイプは討伐目標の魔物でないと思うし。
ボクは帝都から出れたり、実戦経験ができるから全く問題はないのだけど。クレアはそれではいけないと宿営地に戻る時も主張していたっけ。
目的の場所に到着した筈だから教えてくれると思うのだけど。
「ご活躍でしたな。流石は主が認めた御曹司ですな」
背後からの声にクレア越しに顔を向ける。
長い白髪と糸のように細い目。ほんと見えているのか心配になる程にほっそい。師匠・・クリューガー将軍の副官であるクラウス・クレマー殿だ。
れっきとして爵位持ちの貴族だ。でも、ボク達にはクラウス爺と呼んで欲しいらしい。
爺さん?確かに細身でガリガリだけどさ。でも、爺さんという年齢ではないと思うんだよね。
「たまたま運が良かっただけだよ。クラウス爺ならもっと簡単に討伐できたと思うよ」
「ご冗談を。拙も戦った事はございませんぞ。位階が上位のレッドエイプですからのう。どんな手段であれ討伐できた事は誇っても良い事ですぞ」
クレア以外に褒められたのはいつだったか・・?それに歴戦の騎士に褒められるのはむずがゆい。
「そんな事ないで・・」「いいえ!これは凄い事なのよ。レイ様もそろそろ自覚すべきよ」
あれ?
クレアは師匠と言い合いをしていたんじゃ・・。師匠を探すけど、どっかに行ったみたいだ。
「ホッホッ。若奥様のご認識が正しいですぞ。今回の遠征での御曹司の活躍は我が軍中でも賞賛されておりますぞ」
「そんな事は・・」「あります」「そうですぞ。爺も鼻が高いですぞ。本当に勇ましい御曹司ですな」
うう・・。
恥ずかしくなってきた。
討伐したレッドエイプだって万全じゃなかった。弱っている状態でクレアと二人がかりで倒したからね。
正々堂々なら褒められてもいいと思う。
実際は無謀な戦いを挑んでしまったから叱られる覚悟だったのだけど。
褒められるのは嬉しい。実力不測を感じて恥ずかしい。
やっぱり褒められる事はしてないと思うんだよね
そもそも今回の行軍でのボクの役割は魔物の間引きだ。これはボクの訓練でもある。師匠は適当に言っていたけどね。
当たり前の事をしただけだ。
滅茶苦茶褒められているのはなんか申し訳ない感じがして仕方ない。
「それよりレッドエイプは処分できそうなのかな?解体は進んでないみたいだけど」
「かなり苦労しているみたいですわよ」
ん?
こちらに向かってくる美少女から声がかかる。・・クラウディア様か。確かレッドエイプの解体場にいたはずだったけど。
クラウディア様は興味津々だったからね。相当レッドエイプが珍しいようだ。
なのに今は・・げんなりした表情だな。
護衛のライラは・・おや?顔半分を布で覆っているぞ。
んん?
どうした?
「すごく臭いのですわ。異臭ですわ。異臭!適切な表現ができないのがじれったいのですよ」
物凄いぷんすかしている。その表情も可愛い・・。
「クラウディア様?レッドエイプがそんなに異臭が出ているのです?」
「クレア様!聞いてくださいまし。兵達が苦労しながらも毛皮を剝がしていたのですよ。皮が剥がれたらすごい臭いのです!彼らを見てくださいな」
クラウディア様の指差す先はレッドエイプに群がっている兵士達だ。
毛皮は普通の刃物では切れないらしく。大きなノコギリで斬り始めていたのを見ていたけど。あんなものどこにあったんだか。
今は及び腰で作業をしているように見える。あ・・ライラのように殆どの兵が顔を布で覆っている。見学している兵は遠巻きに下がって鼻をつまんでいるぞ。
うっわ~。そんなに臭いんだ。これまでの魔物の肉はそんなに臭くないと思っていたんだけど。
レッドエイプは特別なんだろうか。
あ・・・。
「そんなに臭いのであれば持ち帰る部位はあまり無さそうですね。討伐した証明は大丈夫なのですか?」
「肉と内臓は埋めて骨と頭骨を持ち帰るとか。問題は臭いですわね。骨もきっと臭いですわよ!」
ハハハ・・・。ぷんすかしている。
そういえばと思い出した。
臭いの原因は多分ボクの魔法だ。電気系の魔法を使った。多分肉が焼け焦げたんだ。戦っている時は必死だったけど。思い出せば焦げ臭かったような気がする。
これはボクの責任だな。
・・皆さんゴメンナサイ。
と、心の中で合掌するしかない。
謝っても納得してもらうのが難しい。
この世界では電気が無い。雷という自然現象すら滅多に目撃されないそうだ。
電気の概念が無い。説明するのは無理だ。前世でも電気で肉が臭くなると一言いって納得出来る人がどの程度いるのだろうか。
ボクを理解してくれているクレアですらこの概念は理解できていない。魔法は凄いね。と、いう程度の認識。
実は魔法を触媒とした化学反応をボクは使っている。この世界の人達では発想できない事をボクはやっている。
それに魔法が廃れているんだから魔法自体の説明が必要となる。
とっても手数がかかって面倒。
だから説明は無理。
話を変えてごまかそう。ボクはクラウス爺を見る。
「レッドエイプの討伐証明という事は今回の討伐目標はレッドエイプなの?」
「それがですのう・・狼の群れという陳情だったようでしてな。拙もこれ以上の詳細は聞いておらぬのです。帝都で詳しい情報を集めさせています。その間我々は現地で状況確認という形ですな」
クラウス爺は補足してくれる。
今回の討伐に関する帝都の情報はまだ届いていない。
そもそもハッテンベルガー伯爵家が指示された件らしい。
ところが討伐はハッテンベルガー伯爵家の仕事ではないらしい。
それどころか討伐の陳情のルートが怪しいらしい。
つまり何か裏がある。
それを探りにハッテンベルガー伯爵は宮廷で確認中。
師匠・・クリューガー公爵は妹の夫であるハッテンベルガー伯爵のためと先行して討伐に向かったのだ。だから情報収集結果はまだ届いていないらしい。
現時点で有力なのはシルバーファングの群れらしい。シルバーファングの数は報告にはなかったらしい。
多分レッドエイプが蹴散らしていたヤツラだと思う。シルバーファングもこの周辺では珍しい魔物らしい。
等々説明をしてくれた。
そうなるとシルバーファングは狩らないといけないか。
あの残党はまだいるかもしれない。この周辺を全て確認したわけじゃない。
レッドエイプは違うのか?と、問うと。
本当に想定外だったそうだ。想像するにサバンナにいるのに白熊に遭遇したような感じか。
ボク達が討伐したのがレッドエイプと聞いて相当驚いたんだって。そりゃそうだ。白熊に会うとは思わないよなぁ。
ライラの知識は合っていたという事だ。そして、その恐れも合っているのだろう。・・討伐しちゃったけどね。
この事については内緒話だよとクラウス爺は言ってくれた。
「まさかレッドエイプがいたとは拙も驚きましたぞ。本当にお館様の狼狽えは見ものでしたぞ。御曹司の無事が心配だったようですな。勿論お嬢様や若奥様の安全も気にされてましたぞ。これで少しは真剣に索敵してくれると良いのですがのう」
後半は愚痴だったけどね。
それにはクレアとクラウディア様は強く同調していた。
・・・師匠は女子受けが悪いんだろうか?ま、ボクも少し怠けすぎじゃないかとは思っていたけどさ。
ズルいけど沈黙は金なりだ。
「クラウス!」
クラウス爺が言葉を続けようとした時に師匠の大きな声が飛び込んでくる。大きいといっても絶叫じゃない。だけど五十メートルは離れているよ。きちんと届くのは不思議だ。魔力乗せているのかな?
続けて師匠はハンドサインでクラウス爺を呼びつける。師匠の側には騎士の装いをした二人組がいる。装備が違うので師匠の麾下では無い。
誰だ?
ボク達に断りを入れたクラウス爺は師匠の元に向かう。
「あの二人・・。お母様の影ですわ。どうしてここに」
クラウディア様の呟きにボク達は反応する。
影・・・?
はじめて聞いた。
・・何故エリーゼ様なんだ?
ハッテンベルガー伯爵の使いではないの?
クラウディア様の表情を見るに良い事ではなさそうだ。
何か良くない事が起きているかもしれない。
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