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16.無双
しおりを挟む黒装束は包囲を完成しつつある。無言でゆっくりと包囲をしてきた。
手元には武器を持っていないようだけど。どこかに隠しているだろう。それとも無手が戦闘スタイルなのか?
確実に友好的な包囲ではないのは流石に僕でも分かる。何の確認もしないで有無を言わさずに口封じなのかな?
これじゃ埒が明かない。何か手掛かりになるモノは得られないか。
「何も言わずに近づいてくるのか?挨拶くらいできないのか?何故何も言わない?話し合いもなく囲んで何をしようとしている?」
黒装束は返事をしない。話し合いをするつもりはないようだ。口封じ確定だな。これでは時間稼ぎもできないか。
「見ても分かるだろ?妻が怯えているんだ。人相の悪い連中に近づかれたらそうなるだろ?悪意が無いのならせめて包囲だけでも解いてくれないか?」
どさくさに紛れて言ってしまった。少しどころかかなり恥ずかしかった。
そういう設定だから。エリナさんを”妻”と言う設定だから。そして僕の方に引き寄せ軽く抱擁する。・・・ドギドキが伝わりませんように。顔が熱い。自爆したかもしれない。
平常心・・・平常心。内心のドキドキを隠しつつ周囲を伺う。
返事はしてこない。腰に下げている剣がそろりと動いている。そういう事だよね。
エリナさんの僕に抱きつく力が強くなっている。僕は両腕でエリナさんを抱きしめる。本当に生きていたら後で謝ろう。
誤るためにはまずは包囲を突破しないと。そのためにはエリナさんを離すわけにはいかない。そして彼女の顔を見られるわけにはいかない。火傷の跡を見られたら一発でばれる。
それを分かってくれたのかエリナさんは僕の胸に顔を埋めるように抱きついてきた。
・・・色々ナイス!
色々だよ。邪な想像をしてしまった。イカン。平常心だ。
黒装束が抜刀した瞬間に僕は動いた。やる事は一つ。
異能”加速集中”を使う。
事前にエリナさんから僕が持っている異能の説明を受けた。そのうちの一つが”加速集中”だ。
僕自身の速度を向上する異能なんだと。速度向上するものは様々だ。何を上げるかは選べるらしい。筋力、神経伝達、思考と多岐に渡る。
・・・意識した事がなかった。
この異能を意識してから少し使ってみた。まだ慣れないかな。だけどかなり有効だと言う事はよっく分かった。
魔獣と戦っている時に無意識に使っていたんではないかとエリナさんは言う。正直・・・わからない。途中で反射速度があがったような気もするから使っていたのかもしれない。
何事も都合がいい事ばかりじゃない。異能によっては使用中や使用後に反動があるという事も教えてくれた。
”加速集中”の反動は使った時間に比例した能力の減衰。
例えば筋力を通常の五倍の速度で加速した場合、使用停止した直後に五分の一の速度になってしまう。これは昨日の夜に確認した事。これはかなりしんどかった。水の中にいるような感じ。体が動かないんだ。
その他当然のように体に負担がかかる。そっちの反動もある。通常時ではない運動をするんだからね。今日は地味に筋肉痛なんだよな。これは鍛えればなんとかなるのかな?
どうでもいい事を考えながら黒装束の接近を躱す。
案外黒装束の連中は速くなかった。
僕は今は筋力、神経伝達、思考、目の反射速度を十倍程度に上げている。もっと上げる事ができるのだけど今は十倍が扱える限度。これ以上はあちこち耐えきれない。
でもこれでも十分な向上だ。
黒装束の動きはあの魔獣に比べたら遥かに遅い。余裕をもって躱せそう。
油断は禁物だけど別の異能である”遅延の眼”を使う必要はないかもしれないな。こっちはもっとえげつない反動があるからなるべく使いたくないんだ。
黒装束達から十メートル程離れて加速の速度を緩める。異能を停止すると即反動が来るから発動を止める事はできない。
これはアクセルの加減みたいなものだ。反動はアクセル離すと暫く踏み込めない感じだ。この辺の匙加減が難しい。時間があるときに使って慣れないといけないとエリナさんに言われている。折角異能を持っても使いこなせないと意味がないと。耳が痛いです。
思考も加速しているから色々考えられるのだけど別の事は考えると油断をうむ。
まずは十分な距離が確保できた。あとは最低限奴らの足止めをすればいい。つまり僕達を追いかける事ができないようにすればよいんだ。まずはエリナさんを安全圏で待機してもらおう。
「エリナさん。ここでちょっと待っていて。最低限でもあいつらを行動不能にしてくるから」
「はい。あの魔物に勝利するケイさんですから大丈夫だと思います。でも無理と油断は禁物ですよ」
エリナさんはすっかり落ち着いてくれている。僕をそれなりに信じてくれているらしい。僕もあの魔獣に勝てたのだから対人で速度負けはしない自信は少しある。ま、油断は禁物。
エリナさん・・・どことなく目が潤んでいるように見えるけど・・・。いや、これは後にしよう。
「僕も油断をするつもりはないですよ。大丈夫無理はしないので。エリナさんと僕の安全が最優先。最低限行動不能にしない限り奴らは追いかけてくる。僕達が何者かも知らずに殺しにきている。無差別殺戮者だ」
「私もそう思います。もしかしたら怪しい人物は襲うように指示を受けているのかもしれません」
「否定はできないですね。本当に問答無用ですからね。何も確認しないで襲ってくるし。それでは行ってきます」
言うなり僕は加速の速度を上げる。
黒装束の四人は攻撃を躱せると思っていなかったのか暫く硬直していたようだ。全く見えていなかったようで見失っていたみたいだ。本当かよ。周囲をを見回し僕達がいつの間にか離れていたのに気づき近づいてきた。
反応が遅い!
僕は構わず黒装束の元に突っ込む。
エリナさんは心配させたくないけど多少の攻撃なら”快癒”の異能で治癒する事ができる。相手の能力が分からないけど速度で翻弄して制圧するつもりだ。
四人は統率の取れている動きをしている。僕を再包囲をしようとばらけてきた。
正面にいる黒装束は剣を構えて待ち構えている。確実に僕を包囲をする戦い方を選択したようだ。
手っ取り早く終わらせるためあえて僕はその誘いに乗る。
相手は無手で突っ込んでいる僕に少し驚いたようだ。でもすぐに気を取り直して剣を突き込んでくる。
僕は二倍に落とした筋力、神経伝達、思考を十倍に上げる。これで全ての能力が再度十倍になる。
同時に視界がゆっくりと流れるように動く。これは魔獣と戦った時と同じ感覚だ。相手の動きがゆっくりと感じる。まだ慣れない不思議な感覚だ。
斬撃を躱しながら黒装束の右膝に下段蹴りを叩き込む。相討ち覚悟の逆関節への蹴りだ。
相手の膝がぐしゃりと砕ける感触が伝わってくる。同時に僕の足にもダメージが来る。
痛てぇ!
足の甲が砕けたかも。下手な蹴りを放ってしまった。まだこの速度に体が慣れていない。すぐに”快癒”の異能を使う。異能で瞬く間に僕の足は治癒される。異能を同時に使えるというのも僕の特徴らしい。
うん。いける。あっという間に治癒したな。
痛みさえ耐える事ができれば無手でも行動不能にはできそうだ。
膝を砕かれた黒装束は叫び声をあげたようだ。そのがら空きの顎に掌底を突き上げる。
おおっ!真っ芯に衝撃が入った。会心の一撃だ。顎を砕く感触が伝わってくる。これなら僕にはダメージが入らない。これを狙うのが理想だな。
これでコイツはまともに動けないだろう。口から血が噴き出しているのが見えた。相当ダメージ入ったな。
見た感じコイツが隊長じゃないかなと思う。顎を砕いたから話もできないだろう。一人片づけた。
残りは三人。
バックアップとして後ろに控えていた黒装束にそのままの勢いで攻撃する。人中への正拳。骨が砕けた感触が伝わる。これも芯に入ったな。あれ?僕素手の格闘才能あるのかな?何かスムーズに拳が出るな。
自分の攻撃に感心しながらも衝撃でのけ反った黒装束の頭を掴んで鋭角に地面に落とす。変な感触が伝わる。首が変な角度に曲がったのを確認できた。下手すりゃ死んだかな?構うもんか相手は殺戮者だ。今の僕は非情だぜ。
残り二人。
近いのはどっちだ?見ると二人は硬直して動きが止まっているようだ。垂直に落とした黒装束の剣を奪って僕は走りこむ。足を払うように剣で薙ぎ払う。
膝の腱を切った感触が伝わる。剣を足の甲に突き刺し地面に縫い付けるようにする。この黒装束も悲鳴をあげているようだ。すかさず掌底で顎を打ち砕く。持っている剣を奪い取る。
残り一人。
残った黒装束は顔面蒼白だった。状況が飲み込めないのだろう。圧倒的に有利な状況だと確信していたはずだ。それがあっという間に必死な状況になっているのだから。
素早く距離を詰め膝を切りつける。切るというより叩きつける感じだ。膝関節は簡単に砕けた。青銅製とはいえ結構重い剣だ。僕の速度で振りぬいたら相当な衝撃になるはずだ。実際に剣が歪んだ感触が手に残った。多分関節粉砕コースだな。
そのままの勢いでアキレス腱に切りつける。止めに刀身を平たくして顔面に叩きつける。どこかの骨は確実に砕けただろう。
これで全員無力化できた。
四人を見ると二本の足で立っている者はいなかった。のたうち回っているか気絶しているかだ。
念のため周辺をざっと見回るがあと一人は居ないようだ。気になるが探してもキリが無いか。
完全勝利だ。襲撃者の無力化成功だ。
時間にしては数秒に近い時間だと思う。”加速集中”は時間の感覚を歪めてしまう。
でも思ったよりあっさり終わった。
魔獣との戦いの経験がある僕にとっては対人戦闘は簡単だったのかもしれない。認識する事ができない速度で相手を圧倒する。相手の反応ができない速度での攻撃だ。躱せるはずがない。
エリナさんの護衛官を倒したことからも黒装束は相当な実力者だったと思う。それをここまで圧倒して無力化できたんだ。
即死になるような攻撃はしていない。だから殺しはしていない。重症だろうけどね。この後の治療が適切でなければ死んでしまうかもしれないけどそこまでは知らない。
エリナさんの護衛官をあれだけ惨たらしく殺した奴らになんの同情も無い。殺されないだけありがたいと思って欲しい。
今回の戦闘で自分の中で意外に思っている事があった。
結果として殺害はしなかったけど殺害に対する忌避感が全く無かったのだ。自分でも少し驚いている。僕は非情になったのだろうか?それとも記憶を無くす前から非情だったのだろうか?
非情にならないと迷いが生れる。そこに隙が発生する。相手に付け込まれる。結果敗れてしまう。それを心配していたのだけど取り越し苦労だったのかな。うん、良かった事にしよう。
改めて対人戦闘では圧倒的なアドバンテージを僕は手に入れた。その事を理解した。
圧倒的な速度による攻撃。
絶対的な武器に近い異能を僕は手に入れた事を実感した。
同時に余程の事が無い限りはエリナさんを守れると思った。
異能を手に入れる事でこれ程思考が変わるのか。誰しも異能を欲しがる気持ちがようやく理解できた。
そして大きな対価を払って巫女に異能を判定してもらう。この理由も理解した。勿論万能では無い事は理解している。
無力だと思っていた僕。少なくても最底辺ではなくなったと思う。
”加速集中”の速度を緩めながらエリナさんの元に向かう。
僕の体感では黒装束との戦闘時間は十秒位かと思う。実際の時間はどれくらいだったんだろう?思考でも時間差のようなものが生じるかもしれないな。
エリナさんは目を丸くしていた。彼女の安全が確保できたのが何よりだった。
「お待たせしました。無力化完了です。思っていたより僕は強いみたいです。あ、でも相手が弱かったかもしれないですけど。簡素ですけど護衛官達の埋葬は終わりましたのでこの場からすぐに去りましょう」
僕はキョトンとしているエリナさんを抱きかかえる。すぐさま加速度を上げる。
奴らが視界に入らなくなったところで”加速集中”を解除する。
突然襲ってくる反動。僕はほぼ体を動かせなくなった。これが結構つらい。
僕はエリナさんを抱きかかえたままヘタリと座り込む。この反動は思考力さえも遅くする。つまり暫くは何も考えられないし動けないんだ。
この反動の事はエリナさんには事前に説明済み。だから彼女は僕がどれほどの時間”加速集中”を使ったか計測してくれているはずだ。
「戦っていた時間は五秒も無かったと思います。ケイさんを目で追えなかったので大体の感じですけど。あそこから離れるために走られたのが三十秒程だと思います。おおよそですが五分は反動が残るんですかね?」
エリナさんは僕に抱きついたまま時間を説明してくれた。危険は去ったから離れてくれても構わないのだけど・・・。
「あ~。え~っと。はい、ありがとう・・・ございます。反動時間・・・承知で~す~・・・・考えるのも・・・遅くなるので。しばらく~我慢してください」
「いいえ。そんなケイさんも可愛らしいですよ。一気にお子様になったような。そんなケイさんも好・・・いえ面白いですわ」
あ~。五分か。残った一名が気になるけど。・・・今は無理だぁ。この反動時間は僕は雑魚以下。幼児ですら僕を殺せるかもしれないな~。
それにしても戦闘が五秒とは随分短い。相手も何が起こったのか分からないよな~。
速度で圧倒する。僕は凄い異能を手に入れた。
それにしてもエリナさん。後半何か言いかけたようだけど。あ~考えるのが面倒。あとにしよう~。
でも、エリナさん離れてくれないしな~。お姫様抱っこだから落とされるのが怖いのかもしれないな~。・・・今ダルいから後にしよう。
反動が解消したら~侍女さん探しだ~。
それと黒装束はあと最低一名は残っている~。
あ~。考えるの面倒。
楽にいこう~。
E's eyes
私はまたもや彼に守られました。
護衛官を殺害した襲撃者を全く相手にしない強さでした。何が起こったのか私には全く分かりませんでした。
全ての襲撃者が弾けるように倒れたら、やっとケイさんの姿が見えたような感じです。本当に私の目にはケイさんの姿は見えていませんでした。
ケイさんの異能は改めて凄い能力だと感じます。階級だと通常の一般的な異能なのです。使い方によっては
本当に守られてばかりです。今日だって私の我儘に付き合って頂いています。この襲撃者も私が外に出なければ出会いませんでした。本当に迷惑かけてばかり。
私は彼に甘えているのです。その自覚はあります。護衛官や侍女がどうなったかはどうしても知りたかったのです。ですがケイさんを巻き込んでまでは考えていませんでした。私一人でも行こうと思っていました。
ですが、ケイさんが助けてくれるのではという甘えはありました。そしてケイさんは私の思いを汲んで同行してくれました。そして襲撃者を撃退してくれました。
彼は盗賊かもしれないと断定はしていませんでした。ですが私達を襲った襲撃者だと思っています。ケイさんは記憶が無いから分からないのでしょう。この周辺に盗賊は滅多に出ない。出たとしても相当な数の人数で動く事を。四人なんて数では動かないのです。
これで二回も命を助けて貰いました。
・・・私は彼に何を返せるでしょう?
彼は今も私を抱きしめてくれています。
彼の体の温かみが私に安心感を与えてくれます。本当に心が落ち着きます。体もポカポカと温かいです。このままずっと・・・。
いえ、彼は私の我儘に付き合ってくれているだけです。我儘が終われば他人の私達はそれぞれの目的に向けて行動しないといけなくなります。
せめてこの時だけはこの温かみを感じていたいです。
異能を使った反動で普段より緩んだ表情になっている彼。この時ばかりは本当に可愛らしい。今の所私しか知らないケイさんの表情です。
強く抱きしめたい衝動をこらえるのが大変です。本当に大変なのです。この気持ちは何なのでしょう?顔もほてって熱くなってきました。
時が止まればいいのに。そうすればずっとこのままでいられるのに。
強く、強く願います。今後もこのような気持ちを与えてもらえますように・・・と。
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