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1章
お風呂事情
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シャルユエルになってからのシャルルの日々は、毎日が夢のようだった。
一日三食の温かく美味しい食事と甘く蕩けるようなデザートに、シャルルの中の突き刺すような空腹の記憶は薄れていった。全身が軋み悲鳴を上げるような空腹からは遠ざかり続け、満腹で眠くなるとか、小腹が空く、という感覚の方に馴染むようになった。
一番美味しかったものがどんどん増えて、食べたいものを訊かれた時、好きなもの、美味しかったものがたくさんあって困るようになった。
もちろん、おやつのお菓子は食事とは別なので、シャルルの好きなもの、一番美味しかったものは、両手両足の指では到底足りなくなった。
お城のような立派なお屋敷は広くて、ヴァンリュシアンとリリアントレーネが案内してくれているけれど、まだ全部の部屋を探検しつくしてはいない。
二人は、常にシャルルと一緒と言うわけではなかったが、どちらかは必ずシャルルのそばにいて、一番離れても同じ部屋……大概の時間はシャルルを膝に乗せて過ごし、シャルルを一人きりにすることはなかった。
時折、二人以外の気配を感じたが、「屋敷の中や食事の用意のお手伝いをしてくれているんだよ」と説明された。
この広いお屋敷の管理や食事の用意を、ヴァンリュシアンとリリアントレーネの二人だけでしているわけではないのは、幼いシャルルにも解ったので、すんなり納得し、それ以上は興味を示さなかった。
清潔でふかふかな天蓋付きのベッド(ベッドの上の屋根は天蓋というのだと教わった)で、毎晩、リリアントレーネかヴァンリュシアンに、絵本を読んだりお話をしてもらうと、シャルルは嬉しくて仕方なかった。
眠りが浅く、ぐっすり眠るということを知らなかったシャルルだったが、ここに来てからはいつもリリアントレーネに起こされてばかり。
二度目の朝に、二人に挟まれて目覚めた時は、びっくりして固まってしまったけれど、最近は、どちらかの懐へ潜り込んで額を擦り付け、寝ぐずりのように甘える朝もあった。カーテン越しの柔らかな朝の日差しの中、大好きな人の腕の中の微睡みは、夢の続きのよう。
まだ慣れないのは、お風呂だ。
シャルルが親と住んでいた部屋にもシャワールームはあったが、母親がいた頃から入るのは週に一度ほどで、帰って来なくなってからは入らなくなった。
学校で先生に何度か、家でシャワーを浴びてくるように言われたことがあったので、父親の不在や寝ている時に、さっと水を浴びることはあったが、寒くなってからは冷たいのがつらく、困ったシャルルは、シャワーの代わりに濡らしたタオルで身体を拭いて登校し、注意されなかったことに安堵したのが、シャルルがここに来る少し前のことだ。
ここでの最初の夕食は、温かいチキンスープとほうれん草のキッシュだった。スープもキッシュも食べたことはあったが、今まで食べたどれよりも美味しく、シャルルは夢中で食べた。
おやつにクッキーをいくつも食べたからか、たくさんは食べられなかったが、お腹がぽんぽんになっても、デザートに出されたリンゴのソルベをぺろりと食べてしまった。
お腹いっぱいになってぽやっとしている内に、リリアントレーネに抱っこで運ばれて、連れてこられたのは浴室。
白くつるりとした壁と床の部屋には、大きな鏡と洗面台があり、そこでシャルルは、リリアントレーネに服を全部脱がされた。
裸になった羞恥心で、折れそうに細い首、骨の浮いた身体や、枯れ木のような手足を見るリリアントレーネの痛々しい眼差しには気が付かなかった。
リリアントレーネに手を引かれて曇りガラスの扉をくぐると、そこには湯気の立つ大きな浴槽があり、その手前の洗い場で、シャルルは全身を洗われた。
頭は二度洗われた。二度目の時、リリアントレーネに鏡を見てごらん、と言われて目を開けると、シャルルの頭は、こんもりとした泡に包まれていた。
シャルルは、シャンプーがこんなに泡立つものだと知らなかった。目を瞑るように言われ、温かなお湯で頭を流され、次に目を開けた時には泡がすっかりなくなってしまったのを見て、ちょっと残念に思った。
その後、とろりとしたクリームを髪の毛に塗り付けられた。
「シャルルの髪、ヴァンと同じ色だねぇ」
リリアントレーネは、シャルルの髪の毛を手で梳きながら、嬉しそうに言った。
ヴァンリュシアンの髪の毛は、宝石のように煌めく白銀色だ。シャルルのくすんだ灰色とは全然違うと思ったが、クリームを流され終わった後に鏡を見たシャルルは、首を傾げた。
たしかに、髪の毛の色が少し薄くなって、ヴァンリュシアンの髪の毛の色に近くなった気がした。
それから身体を洗われた。
全身を柔らかな布と良い香りのソープの泡で洗われると、シャルルの全身にある細かいひび割れに泡が染みたが、ぎゅ、と身を固くしたシャルルに気付いたリリアントレーネは、すぐにお湯で泡を流した。
浴槽には、抱き上げて運ばれ、リリアントレーネの膝の中に収められた。
全身を包み込む湯の温かさに、シャルルは一瞬、暗く狭い台所で何枚も重ねて自分を包んだ、垢じみた洋服やタオルを思い出した。
じんじんと脈打つ、霜焼けで赤く腫れた指先や足先の痛みにその記憶は薄れ、次第に馴染んでいく湯の温もりに、とぷりと意識が溶け始めた。
「ボク……お、おふろ、はじめて……」
安心しきったようにリリアントレーネに背中を預けたシャルルが、うとうとしながら呟いた。
リリアントレーネは、温かな湯の中で、シャルルを強く抱きしめた。
一日三食の温かく美味しい食事と甘く蕩けるようなデザートに、シャルルの中の突き刺すような空腹の記憶は薄れていった。全身が軋み悲鳴を上げるような空腹からは遠ざかり続け、満腹で眠くなるとか、小腹が空く、という感覚の方に馴染むようになった。
一番美味しかったものがどんどん増えて、食べたいものを訊かれた時、好きなもの、美味しかったものがたくさんあって困るようになった。
もちろん、おやつのお菓子は食事とは別なので、シャルルの好きなもの、一番美味しかったものは、両手両足の指では到底足りなくなった。
お城のような立派なお屋敷は広くて、ヴァンリュシアンとリリアントレーネが案内してくれているけれど、まだ全部の部屋を探検しつくしてはいない。
二人は、常にシャルルと一緒と言うわけではなかったが、どちらかは必ずシャルルのそばにいて、一番離れても同じ部屋……大概の時間はシャルルを膝に乗せて過ごし、シャルルを一人きりにすることはなかった。
時折、二人以外の気配を感じたが、「屋敷の中や食事の用意のお手伝いをしてくれているんだよ」と説明された。
この広いお屋敷の管理や食事の用意を、ヴァンリュシアンとリリアントレーネの二人だけでしているわけではないのは、幼いシャルルにも解ったので、すんなり納得し、それ以上は興味を示さなかった。
清潔でふかふかな天蓋付きのベッド(ベッドの上の屋根は天蓋というのだと教わった)で、毎晩、リリアントレーネかヴァンリュシアンに、絵本を読んだりお話をしてもらうと、シャルルは嬉しくて仕方なかった。
眠りが浅く、ぐっすり眠るということを知らなかったシャルルだったが、ここに来てからはいつもリリアントレーネに起こされてばかり。
二度目の朝に、二人に挟まれて目覚めた時は、びっくりして固まってしまったけれど、最近は、どちらかの懐へ潜り込んで額を擦り付け、寝ぐずりのように甘える朝もあった。カーテン越しの柔らかな朝の日差しの中、大好きな人の腕の中の微睡みは、夢の続きのよう。
まだ慣れないのは、お風呂だ。
シャルルが親と住んでいた部屋にもシャワールームはあったが、母親がいた頃から入るのは週に一度ほどで、帰って来なくなってからは入らなくなった。
学校で先生に何度か、家でシャワーを浴びてくるように言われたことがあったので、父親の不在や寝ている時に、さっと水を浴びることはあったが、寒くなってからは冷たいのがつらく、困ったシャルルは、シャワーの代わりに濡らしたタオルで身体を拭いて登校し、注意されなかったことに安堵したのが、シャルルがここに来る少し前のことだ。
ここでの最初の夕食は、温かいチキンスープとほうれん草のキッシュだった。スープもキッシュも食べたことはあったが、今まで食べたどれよりも美味しく、シャルルは夢中で食べた。
おやつにクッキーをいくつも食べたからか、たくさんは食べられなかったが、お腹がぽんぽんになっても、デザートに出されたリンゴのソルベをぺろりと食べてしまった。
お腹いっぱいになってぽやっとしている内に、リリアントレーネに抱っこで運ばれて、連れてこられたのは浴室。
白くつるりとした壁と床の部屋には、大きな鏡と洗面台があり、そこでシャルルは、リリアントレーネに服を全部脱がされた。
裸になった羞恥心で、折れそうに細い首、骨の浮いた身体や、枯れ木のような手足を見るリリアントレーネの痛々しい眼差しには気が付かなかった。
リリアントレーネに手を引かれて曇りガラスの扉をくぐると、そこには湯気の立つ大きな浴槽があり、その手前の洗い場で、シャルルは全身を洗われた。
頭は二度洗われた。二度目の時、リリアントレーネに鏡を見てごらん、と言われて目を開けると、シャルルの頭は、こんもりとした泡に包まれていた。
シャルルは、シャンプーがこんなに泡立つものだと知らなかった。目を瞑るように言われ、温かなお湯で頭を流され、次に目を開けた時には泡がすっかりなくなってしまったのを見て、ちょっと残念に思った。
その後、とろりとしたクリームを髪の毛に塗り付けられた。
「シャルルの髪、ヴァンと同じ色だねぇ」
リリアントレーネは、シャルルの髪の毛を手で梳きながら、嬉しそうに言った。
ヴァンリュシアンの髪の毛は、宝石のように煌めく白銀色だ。シャルルのくすんだ灰色とは全然違うと思ったが、クリームを流され終わった後に鏡を見たシャルルは、首を傾げた。
たしかに、髪の毛の色が少し薄くなって、ヴァンリュシアンの髪の毛の色に近くなった気がした。
それから身体を洗われた。
全身を柔らかな布と良い香りのソープの泡で洗われると、シャルルの全身にある細かいひび割れに泡が染みたが、ぎゅ、と身を固くしたシャルルに気付いたリリアントレーネは、すぐにお湯で泡を流した。
浴槽には、抱き上げて運ばれ、リリアントレーネの膝の中に収められた。
全身を包み込む湯の温かさに、シャルルは一瞬、暗く狭い台所で何枚も重ねて自分を包んだ、垢じみた洋服やタオルを思い出した。
じんじんと脈打つ、霜焼けで赤く腫れた指先や足先の痛みにその記憶は薄れ、次第に馴染んでいく湯の温もりに、とぷりと意識が溶け始めた。
「ボク……お、おふろ、はじめて……」
安心しきったようにリリアントレーネに背中を預けたシャルルが、うとうとしながら呟いた。
リリアントレーネは、温かな湯の中で、シャルルを強く抱きしめた。
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