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■Ⅲ■TO INDIA■
[3]「賭けた」結果と、「翔けた」結果 *
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クウヤの「お目当て」とは『こけし』ならぬ、『駒』を動かして勝敗を決める「チェス」であった。
十代から始めてこの方、AIとも互角に戦ってきたクウヤだ。幾らアンドロイドとはいえ初心者のメリルならば、快勝出来ると踏んだのだろう。が、チェスのルールと駒の動かし方を俊足で熟知したメリルは、一度も接戦に持ち込まれることなく、計十回のゲーム全てにおいてクウヤにチェックメイトを言い渡した。
「ぐ……ぬ、ぬぅ……」
これぞまさしく「ぐうの音も出ない」といった惨敗であったが、そうでなくともクウヤが悔しさを滲ませているのは、この勝負にお互いの全財産を賭けていた故である。
「くっ……はぁ~! 負けたっ!! 気持ちいいほどの負けだ……お、男に、二言は、ない……ええぃ、有り金持ってけーっ」
ジーパンの後ろポケットから取り出したカードを、一度未練たらしく拳に握り締めて見つめるも、潔くローテーブルに叩きつけた。とはいえ正直ほぼすっからかんのメディアである(だからこそクウヤも賭けを仕掛ける気になったのだが)。元々勝ってもほとんど有益でないメリルには、はなから勝ち負けに興味はなく、その欲のなさが邪念だらけのクウヤを打ち負かしたのかもしれなかった。
「資金は主人より十分に預かっておりますゆえ、クウヤ様から戴く必要はございません。それより正午を過ぎましたので、昼食をお取りになられますか?」
放心したクウヤからの返事を待たず、メリルは立ち上がり荷を解き出した。クウヤ自身こうしてメリルに保護されている以上、金目の物など全く無用の長物といったところだが、晴れて『エレメント』から解放された時、無職の自分に何が残ると言えるのか? メリルの主人が「此処まで運んでくれたご褒美」として金塊の一つでもプレゼントしてくれるならいざ知らず、『エレメント』を手に入れるのにこれほど面倒を掛けているとなれば、受け渡した途端に空から落とされないとも限らない──自由の身となった暁のための資金調達を、これだけ世話になっているメリルからせびろうとしたのだから、このような明らかにふしだらなギャンブルで、幸運の女神がクウヤにつくなど有り得る筈もなかった。
「あ、これ……どこで手に入れたんだ?」
簡易キッチンにてセンスの良い食器に盛り付け供されたのは、日本のカフェででも出てきそうなお洒落なサンドウィッチだった。
「駅のフードスタンドで購入致しました。そろそろタイ料理でない物を召し上がりたいのではと思いまして」
「……さすが上流階級のメイド様だな……」
感心半分ぼやいたが、その時ふと頭に浮かんだことを何の気なしに問いかけてみた。
「そう言えばメリルはどうやって駆動してるんだ? ソーラーバッテリーでも組み込まれてるのか?」
思えば彼女がどのようにして動力を得ているのか見たことがなかった。それとも自分が眠っていたコミューターやホテル内では、コンセントにでも繋がれて充電なんぞしていたのだろうか?
「いえ、わたくし本体は最新式ではありませんので、昔ながらのオイル・システムです。ただ以前より燃料も進化致しましたので、一日に二度、この圧縮されましたオイル・カプセルを補給すればフル稼働出来る仕組みになっております」
と、手の甲にそっと指先を触れ、パカッと開かれた手中から、メリルは淡々と微小な予備カプセルをお披露目した。
「お、ぅ……そりゃ、便利だな……」
頭では幾ら理解していても、いざ機械じみた行為をされるといささか動揺してしまう。クウヤは自分で尋ねた手前「んなとこ開くな!」とは言えず、ただ薄笑いを浮かべてしまった。
それでも半分羨ましいと思っている自分もいた。人間はこんな小さなカプセルごときでは生き延びられない。それも好みがどうのと選り好みしながらエネルギーを摂取している始末だ。人間ほどワガママでエンゲル係数の高い生物は、この世に他には存在しないのだろうなとクウヤは内心我が身を憂いた。
こうして生理的ルーティンの狭間に、全く勝ち目のないカードゲームなどを折り込みながら、停車駅の手前から発車後までの数十分以外はリラックスした時が過ぎていった。シャワーを済ませ、ソファ・ベッドでうとうとし始めたクウヤを気遣って、消灯した車内にひとときのしじまが流れる。暗闇に包まれた直方体の空間に一切の光は存在せず、窓辺に佇んだメリルの瞳には、眼下に散りばめられた街の煌めきだけが映しだされていた。
バンコク──ヤンゴン──バングラデシュ東南の街チッタゴン。まもなく三つ目の国境を越え、インド東北部の都市コルカタへ。朝焼けが二人の列車を追いかけるように、東の空に広がってゆく。車両の進行方向が微妙に上昇し、かなり上空に設けられた駅へ向け姿勢を取り始めた。空が明るくなるにつれ、地上を埋め尽くす森林の様子が鮮明に現れる。そろそろクウヤを起こしておこうかと、メリルが最後尾デッキから屋内への扉に手を掛けた瞬間、真っ直ぐ先の連結部から、小規模だがクウヤを目覚めさせるには十分な爆発が起こった!
「……あ? な、何だぁ~!?」
背もたれ側から真上を覆った影が一瞬の内に目前に現れ、大きく両腕を広げて抱きついた。刹那第二の爆破が起き、今度は先の物よりも火薬が多かったのか、破損した列車の部品が幾つも弓なりに落ちてきた。
「申し訳ございません、クウヤ様。残念ながらわたくしの「希望的観測」はハズレに終わった模様です」
「うぅん? え……あぁ? 希望ぉ!?」
自分の斜め上から降ってくるメリルの声に、ハッと理性を取り戻すクウヤ。いや実際彼を覚醒させたのは、彼女から匂い立つ香水の甘い香りと、頬に感じる「ふくらみ」の柔らかさであったことは間違いない。
──希望的観測って……もしかして「離発着の間にしか襲ってこない」って予測のことか!? まったく、嫌な予感的中かよっ! いやそれより……何でアンドロイドのバストがこんなに柔らかいんだよ~~~!!
クウヤがそんな調子で脳内を整えている(?)間に、メリルは全ての荷を背負い、クウヤを最後尾へ導いた。
「まもなくこの車両は地上へ落下致します。その前に脱出を試みますので、お手数ですがクウヤ様はわたくしにしがみついてください」
「脱出って……一体どこに!」
デッキまで連れ出されたクウヤは、渦巻く風の中、咄嗟に背後の連結部を振り向いた。爛れたみたいに赤黒い洞穴と化したその向こうには、今まであった筈の隣の車両は既に見えない。
「大体お宅のどこにしがみつけって言っ……──いっっ!?」
「時間がありません。──行きます」
クウヤの止まらないぼやきと、以前市場でも放ったメリルの(決め?)台詞、そして彼女が彼を荷の掛けた肩まで持ち上げる動作はほぼ同時だった。途端身体が上下逆転し、視界がメリルの細い背と一緒に担がれた荷物に変わる。そしてふわりとした浮遊感に襲われた。メリルはデッキからありったけの力で跳躍し、クウヤ諸共中空へ身を乗り出したのだった。
「──……!!」
背を逸らしたクウヤが見た物は、自分達より速いスピードで落下していく最後車両の屋根であった。
「お、おい、メリル! お宅飛べるのか!?」
「いえ、あいにくわたくしは『エレメント』を搭載しておりません。これよりこのままの姿勢で着地致しますので、わたくしの足裏よりも先に地面に着きませぬよう、おみ足を上げておいてください」
クウヤに動揺を与えないようにとの配慮からか、背後から聞こえるメリルの声は今まで通り一切の乱れはない。しかし聞かされた内容が噛み砕かれるにつれ、クウヤの感じる落下速度は増し、いつの間にか宙を泳ぐように手足をバタつかせていた。
「いやっ、だったら、せめてその重い荷物捨てろって! エレ……『エレメント』!? 俺、持ってるじゃんか!! おいっ、俺の身体の『エレメント』! 反応しろって!!」
「クウヤ様、脚下はジャングルでございます。木々に触れる可能性がございますので、極力手足を縮め──」
「『エレメント』!! お前だよっ! 俺の身体にくっついたお前!! 聞こえてんなら、ちょっとでいいから飛べ!!」
メリルの背側で暴れ続けるクウヤは自分の襟元を引っつかみ、見えない『エレメント』に大声を張り上げた。そうしている間にもメリルは直立のまま、クウヤはメリルの肩に担がれたまま、緑の大海へ向け落ちていく。
「飛べっ、『エレメント』! せっかく俺にくっついたんだから、飛びやがれったら、飛べっつうんだよっ!!」
──何だよ~どうしたら反応しやがるってんだ! あ? いや……そうだ、俺が初めてこいつを見つけた時──
あのアリゾナ砂漠の何もない大地で。悔し紛れに放った一蹴りで。
クウヤは過去からひらめいて、握り締めた拳を自分の鎖骨の間に向け繰り出した。
「と……べぇぇぇぇぇぇっ!!」
思いっきり殴りつけられた『エレメント』が真っ白な光を放つ!
そして瞬間、まるで無重力空間に浮かぶように、一切の重力が消え去った。
「ぐっ、げほっ、ごほっ!」
が、その代償に咳き込んだクウヤには、快適な遊覧飛行を楽しむ余裕などなく、雄大なジャングルの絶景を堪能することは叶わなかったのだが。
パラシュートで降下するかのように地面が緩やかに近付いてくる。真下はかなり繁った木々の群れであったが、メリルお得意の美脚キックで障害となりそうな枝葉は全て蹴り刈られ、クウヤも荷物も傷つくことなく着地することが出来た。
「お手数をお掛け致しまして申し訳ございません。お身体はご無事でしょうか?」
「まったく……無計画にも程があるって。もしお宅が破損でもしたら、俺はどうしたらいいんだよ」
肩から降ろされ呼吸を整えるクウヤ。呆れ顔の下の『エレメント』は、既に眠りについたみたいに光を纏ってはいなかった。
「さて……これからどうする? 希望的観測が外れたんだから、これは想定外ってことだろ?」
クウヤは腰に手を当て周りを見渡したが、亜熱帯らしい湿気を含んだ草木ばかりで、自分達以外に人工物は見つからなかった。
「希望は希望でございますので、希望が叶わなかった場合の予測は立てております。この状況はその中でも希望に近く、可能な選択肢としましては最良な結果でございますので、どうかご安心ください」
「こっ、これで、最良……?」
やがてメリルは全ての荷を取り、コルカタの方角である西へ向け歩き出した。慌ててその背を追うクウヤの疑問に、彼女にしては珍しく丁寧に答えながら──。
十代から始めてこの方、AIとも互角に戦ってきたクウヤだ。幾らアンドロイドとはいえ初心者のメリルならば、快勝出来ると踏んだのだろう。が、チェスのルールと駒の動かし方を俊足で熟知したメリルは、一度も接戦に持ち込まれることなく、計十回のゲーム全てにおいてクウヤにチェックメイトを言い渡した。
「ぐ……ぬ、ぬぅ……」
これぞまさしく「ぐうの音も出ない」といった惨敗であったが、そうでなくともクウヤが悔しさを滲ませているのは、この勝負にお互いの全財産を賭けていた故である。
「くっ……はぁ~! 負けたっ!! 気持ちいいほどの負けだ……お、男に、二言は、ない……ええぃ、有り金持ってけーっ」
ジーパンの後ろポケットから取り出したカードを、一度未練たらしく拳に握り締めて見つめるも、潔くローテーブルに叩きつけた。とはいえ正直ほぼすっからかんのメディアである(だからこそクウヤも賭けを仕掛ける気になったのだが)。元々勝ってもほとんど有益でないメリルには、はなから勝ち負けに興味はなく、その欲のなさが邪念だらけのクウヤを打ち負かしたのかもしれなかった。
「資金は主人より十分に預かっておりますゆえ、クウヤ様から戴く必要はございません。それより正午を過ぎましたので、昼食をお取りになられますか?」
放心したクウヤからの返事を待たず、メリルは立ち上がり荷を解き出した。クウヤ自身こうしてメリルに保護されている以上、金目の物など全く無用の長物といったところだが、晴れて『エレメント』から解放された時、無職の自分に何が残ると言えるのか? メリルの主人が「此処まで運んでくれたご褒美」として金塊の一つでもプレゼントしてくれるならいざ知らず、『エレメント』を手に入れるのにこれほど面倒を掛けているとなれば、受け渡した途端に空から落とされないとも限らない──自由の身となった暁のための資金調達を、これだけ世話になっているメリルからせびろうとしたのだから、このような明らかにふしだらなギャンブルで、幸運の女神がクウヤにつくなど有り得る筈もなかった。
「あ、これ……どこで手に入れたんだ?」
簡易キッチンにてセンスの良い食器に盛り付け供されたのは、日本のカフェででも出てきそうなお洒落なサンドウィッチだった。
「駅のフードスタンドで購入致しました。そろそろタイ料理でない物を召し上がりたいのではと思いまして」
「……さすが上流階級のメイド様だな……」
感心半分ぼやいたが、その時ふと頭に浮かんだことを何の気なしに問いかけてみた。
「そう言えばメリルはどうやって駆動してるんだ? ソーラーバッテリーでも組み込まれてるのか?」
思えば彼女がどのようにして動力を得ているのか見たことがなかった。それとも自分が眠っていたコミューターやホテル内では、コンセントにでも繋がれて充電なんぞしていたのだろうか?
「いえ、わたくし本体は最新式ではありませんので、昔ながらのオイル・システムです。ただ以前より燃料も進化致しましたので、一日に二度、この圧縮されましたオイル・カプセルを補給すればフル稼働出来る仕組みになっております」
と、手の甲にそっと指先を触れ、パカッと開かれた手中から、メリルは淡々と微小な予備カプセルをお披露目した。
「お、ぅ……そりゃ、便利だな……」
頭では幾ら理解していても、いざ機械じみた行為をされるといささか動揺してしまう。クウヤは自分で尋ねた手前「んなとこ開くな!」とは言えず、ただ薄笑いを浮かべてしまった。
それでも半分羨ましいと思っている自分もいた。人間はこんな小さなカプセルごときでは生き延びられない。それも好みがどうのと選り好みしながらエネルギーを摂取している始末だ。人間ほどワガママでエンゲル係数の高い生物は、この世に他には存在しないのだろうなとクウヤは内心我が身を憂いた。
こうして生理的ルーティンの狭間に、全く勝ち目のないカードゲームなどを折り込みながら、停車駅の手前から発車後までの数十分以外はリラックスした時が過ぎていった。シャワーを済ませ、ソファ・ベッドでうとうとし始めたクウヤを気遣って、消灯した車内にひとときのしじまが流れる。暗闇に包まれた直方体の空間に一切の光は存在せず、窓辺に佇んだメリルの瞳には、眼下に散りばめられた街の煌めきだけが映しだされていた。
バンコク──ヤンゴン──バングラデシュ東南の街チッタゴン。まもなく三つ目の国境を越え、インド東北部の都市コルカタへ。朝焼けが二人の列車を追いかけるように、東の空に広がってゆく。車両の進行方向が微妙に上昇し、かなり上空に設けられた駅へ向け姿勢を取り始めた。空が明るくなるにつれ、地上を埋め尽くす森林の様子が鮮明に現れる。そろそろクウヤを起こしておこうかと、メリルが最後尾デッキから屋内への扉に手を掛けた瞬間、真っ直ぐ先の連結部から、小規模だがクウヤを目覚めさせるには十分な爆発が起こった!
「……あ? な、何だぁ~!?」
背もたれ側から真上を覆った影が一瞬の内に目前に現れ、大きく両腕を広げて抱きついた。刹那第二の爆破が起き、今度は先の物よりも火薬が多かったのか、破損した列車の部品が幾つも弓なりに落ちてきた。
「申し訳ございません、クウヤ様。残念ながらわたくしの「希望的観測」はハズレに終わった模様です」
「うぅん? え……あぁ? 希望ぉ!?」
自分の斜め上から降ってくるメリルの声に、ハッと理性を取り戻すクウヤ。いや実際彼を覚醒させたのは、彼女から匂い立つ香水の甘い香りと、頬に感じる「ふくらみ」の柔らかさであったことは間違いない。
──希望的観測って……もしかして「離発着の間にしか襲ってこない」って予測のことか!? まったく、嫌な予感的中かよっ! いやそれより……何でアンドロイドのバストがこんなに柔らかいんだよ~~~!!
クウヤがそんな調子で脳内を整えている(?)間に、メリルは全ての荷を背負い、クウヤを最後尾へ導いた。
「まもなくこの車両は地上へ落下致します。その前に脱出を試みますので、お手数ですがクウヤ様はわたくしにしがみついてください」
「脱出って……一体どこに!」
デッキまで連れ出されたクウヤは、渦巻く風の中、咄嗟に背後の連結部を振り向いた。爛れたみたいに赤黒い洞穴と化したその向こうには、今まであった筈の隣の車両は既に見えない。
「大体お宅のどこにしがみつけって言っ……──いっっ!?」
「時間がありません。──行きます」
クウヤの止まらないぼやきと、以前市場でも放ったメリルの(決め?)台詞、そして彼女が彼を荷の掛けた肩まで持ち上げる動作はほぼ同時だった。途端身体が上下逆転し、視界がメリルの細い背と一緒に担がれた荷物に変わる。そしてふわりとした浮遊感に襲われた。メリルはデッキからありったけの力で跳躍し、クウヤ諸共中空へ身を乗り出したのだった。
「──……!!」
背を逸らしたクウヤが見た物は、自分達より速いスピードで落下していく最後車両の屋根であった。
「お、おい、メリル! お宅飛べるのか!?」
「いえ、あいにくわたくしは『エレメント』を搭載しておりません。これよりこのままの姿勢で着地致しますので、わたくしの足裏よりも先に地面に着きませぬよう、おみ足を上げておいてください」
クウヤに動揺を与えないようにとの配慮からか、背後から聞こえるメリルの声は今まで通り一切の乱れはない。しかし聞かされた内容が噛み砕かれるにつれ、クウヤの感じる落下速度は増し、いつの間にか宙を泳ぐように手足をバタつかせていた。
「いやっ、だったら、せめてその重い荷物捨てろって! エレ……『エレメント』!? 俺、持ってるじゃんか!! おいっ、俺の身体の『エレメント』! 反応しろって!!」
「クウヤ様、脚下はジャングルでございます。木々に触れる可能性がございますので、極力手足を縮め──」
「『エレメント』!! お前だよっ! 俺の身体にくっついたお前!! 聞こえてんなら、ちょっとでいいから飛べ!!」
メリルの背側で暴れ続けるクウヤは自分の襟元を引っつかみ、見えない『エレメント』に大声を張り上げた。そうしている間にもメリルは直立のまま、クウヤはメリルの肩に担がれたまま、緑の大海へ向け落ちていく。
「飛べっ、『エレメント』! せっかく俺にくっついたんだから、飛びやがれったら、飛べっつうんだよっ!!」
──何だよ~どうしたら反応しやがるってんだ! あ? いや……そうだ、俺が初めてこいつを見つけた時──
あのアリゾナ砂漠の何もない大地で。悔し紛れに放った一蹴りで。
クウヤは過去からひらめいて、握り締めた拳を自分の鎖骨の間に向け繰り出した。
「と……べぇぇぇぇぇぇっ!!」
思いっきり殴りつけられた『エレメント』が真っ白な光を放つ!
そして瞬間、まるで無重力空間に浮かぶように、一切の重力が消え去った。
「ぐっ、げほっ、ごほっ!」
が、その代償に咳き込んだクウヤには、快適な遊覧飛行を楽しむ余裕などなく、雄大なジャングルの絶景を堪能することは叶わなかったのだが。
パラシュートで降下するかのように地面が緩やかに近付いてくる。真下はかなり繁った木々の群れであったが、メリルお得意の美脚キックで障害となりそうな枝葉は全て蹴り刈られ、クウヤも荷物も傷つくことなく着地することが出来た。
「お手数をお掛け致しまして申し訳ございません。お身体はご無事でしょうか?」
「まったく……無計画にも程があるって。もしお宅が破損でもしたら、俺はどうしたらいいんだよ」
肩から降ろされ呼吸を整えるクウヤ。呆れ顔の下の『エレメント』は、既に眠りについたみたいに光を纏ってはいなかった。
「さて……これからどうする? 希望的観測が外れたんだから、これは想定外ってことだろ?」
クウヤは腰に手を当て周りを見渡したが、亜熱帯らしい湿気を含んだ草木ばかりで、自分達以外に人工物は見つからなかった。
「希望は希望でございますので、希望が叶わなかった場合の予測は立てております。この状況はその中でも希望に近く、可能な選択肢としましては最良な結果でございますので、どうかご安心ください」
「こっ、これで、最良……?」
やがてメリルは全ての荷を取り、コルカタの方角である西へ向け歩き出した。慌ててその背を追うクウヤの疑問に、彼女にしては珍しく丁寧に答えながら──。
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