軍将の踊り子と赤い龍の伝説

第二章

聖舞師の危機 2

　思いついた可能性を否定しようとして、頭を打ち振るも、真っ先に脳裏に浮かんだのは村人たちの顔だった。
　信仰がなくても、活き活きと働いていたオーフェルエイデの民や、信仰を失っても新しい土地で懸命に生きる元セディシア帝国の民たち。
　部外者であった自分を区別することなくおおらかに受け入れてくれたオーフェルエイデ家の人々。
　そして、誰よりも慈悲深く寛容な心をもち、人々の幸せを願うリエイム。
　たとえそばにシジャ神が寄り添わなくとも、誰もがみなそれぞれに、気高く清い信念を持っている。
　その魂は自分や、スーラの人たちと何ら変わりはない。
　信仰の有無で心の純度が変化するわけではないのだ。
　信仰がなくても、強く生きる人々がいる。
　倫理を正しく全うしようとする人々がいる。
　だとずれば、自分が今まで一心に信じてきたものは何だったのか。自分は、何を求め何のために神に祈るのか。
　踏み込んで高く舞い上がったサニは着地と同時に大きくバランスを崩し、固い地面に落ちた。
　両手をついて立ち上がろうとするが、全身の骨がごっそり抜けてしまったように力が入らず、なかなか起き上がれない。
　単純だった世界が、ぐにゃりと歪んでいく。
　今まで大切に手に持っていたはずのものが、指の隙間からさらさらとこぼれ落ちていく気がした。
　サニはいよいよかかとの裏に臀部を落とし、地面の砂を握りしめたまま、上をむくことができなかった。
　無力さに打ちひしがれ、途方に暮れた。前進する軍を、もうただ呆然と見守るしかできなかった。
　戦にはなんとか勝利したものの、サニは帰路で固く口を閉ざしていた。
「サニ、どうしたんだ、元気がないな？」
「今日は……すみませんでした」
「ああ、そんなことか、気にするな。聖舞師にもいい日と悪い日があって当然だろう。それにサニは蚤の市の日から体調がずっと悪かったではないか」
　己の身に何が起こったのか、今リエイムには本当のことを言えない。
　とにかく一日も早く舞術の力を回復させなくては。
　サニは自室に戻ると、そっと鍵を掛けた。