無理やり攫ってきておいて、運命の番と出会ったからと捨てられました

九条 雛

文字の大きさ
11 / 35

第11話

「聖女様、お迎えに上がらせて頂きました。さあ、どうぞこちらへ」

 そう言って、ロマンスグレーの髪をした老練の執事の方は、一礼したのち私に向かって手を差し出しました。

 今朝になり、急に追い出されるように離宮の外へ連れ出されたところ、彼が待っていたのです。
 その背後には、やや小ぶりな馬車が停まっております。……あれに乗れと、いうことでしょうか?

 馬車の見た目は、一見すると質素です。王宮の敷地内でよく見かけるような、いかにも貴族然とした馬車とは比べるべくもありません。
 しかしよくよく観察すると、それはただ派手ではないというだけで、やはり高級な馬車のようでした。造りや材料の質が、王家への献上品を運んで来る馬車よりも、良いもののような気がします。

 ……いえ、私は馬車専門家ではないので確信はありません。
 派手ではないけれど、これも貴族向けの馬車なのかな? と、なんとなく思った程度です。

「いかがなさいましたかな?」

「あ、えっと……」

 その場から動かない私を、老執事の方が不思議そうに見つめます。
 ブルーの瞳で、なんだかシャム猫のような方です。事実、そうなのかもしれません。

 そして、とてもとても申し訳ないのですが、彼のようなご高齢で厳格そうな方に、猫の耳と尻尾があるのは、なかなかシュールな光景でした。
 さすがに今さら笑ったりはしませんが、この国に召喚されたばかりの頃であれば、危なかったかもしれません。

「早く行ってくださいよ」

 ふいに後ろから、苛立たしげな声が聞こえました。
 あまり振り返りたくはありませんでしたが、私はゆっくりとそちらを向きます。

「私たちも暇ではないのですよ。ユイ様が出て行ったら、離宮の掃除をしなければならないのです。なにせ高貴なつがいの方を、お迎えするんですからねっ!」

「…………」

「黙ってないで、早く行ってくださいよ。……まったく、なんでこんなのに見送りなんか……」

 そう言って私を睨むのは、以前、王様に告げ口をした侍女の方でした。
 彼女とともに並んでいる他の侍女の方々も皆、私を射殺さんばかりに睨んでおります。

 ……ここまで何の説明もなく、追い出されるように連れてこられた私ですが、どうするべきかは分かります。

「どうも、お世話になりました」

 そう言って、にっこりと微笑んでやりました。
 我ながら意地の悪い発想ですが、この瞬間の彼女たちの表情は、心のアルバムに仕舞っておく事にします。



 馬車の中には、あの方が待っておりました。
 黒猫の、背の高い獣人の方です。今日は白衣を羽織っていません。

 彼がいる事はなんとなく予想してはおりましたが、私は少し逡巡し、それから馬車に乗り込みました。
 カタンと、微かな揺れを感じます。どうやら馬車が動き出したようです。

「……あれから、どこも異常はないか?」

「……ない。と思います。あの、これは一体、どういう事なのですか?」

「後日、迎えに来る事になるだろうと伝えたはずだが?」

「そう、ですけれど……」

 尋ねると、彼は怪訝そうな顔をしました。
 たしかに先日、彼はそう告げて去って行ったのです。……私に何の情報も、与えないまま。

 おかげさまで、昨日はモヤモヤしてよく眠れませんでした。
 微睡むと、悪夢を見るのも原因かもしれません。ミーシャに殴られ顔を潰された経験は、大きな食虫植物に喰い殺される悪夢を、私に見せるようでした。なぜ食虫植物なのかは、分かりませんが……。

「ミーシャ・フェリーネは、あの離宮に軟禁される。表向きは、ハロウズ侯爵の『番』を歓待する、という名目だ」

「そのよう、ですね」

「お前の身柄を保護する権利は、俺が預かる事となった。まあ実質は、掠め取ったというところだが」

「はぁ……」

 状況が、よく分かりません。
 なんとなく予想できるのは、ミーシャが私を再び殴ったりしないよう、引き離すという事なのかな? という程度です。
 それだけならば、会わせなければ済む話に思えますが……。

「……結局、あなたは誰なのですか?」

「フィル。そう呼べ」

 私の問いかけに対し、彼は短く答えました。
 質問したい事は他にも山ほどありますが、何から聞けばいいのか分かりません。

 ……ふと、聞き覚えのある声が聞こえた気がして、窓の外へ目を向けます。

「――っ!? リカルド様っ!?」

「止まらんぞ。奴には面会する権利がない。何のつもりかは予想が付くが、存外ツラの皮の厚い男だな」

「そんな言い方っ!?」

 窓の外、馬車へと走ってくるリカルド様の姿が見えます。
 彼は何かを叫んでいるようでしたが、何を言っているのかまではよく聞き取れません。

「と、止めてくださいっ! リカルド様が、私をっ」

「お前を、何だ? 迎えに来たわけではないぞ?」

「っ、」

「……奴はお前に、ミーシャ・フェリーネの恩赦を求めるだろう。それでも、馬車を停めて奴と話すか?」

 フィルの言葉に、私は頭をガツンと殴られたような衝撃を受けました。
 思わず顔に手を触れて、目を、鼻を、口を、確かめます。

 それから、絞り出すように、言いました。

「…………いえ、いいです。そのまま、行ってください」

「賢明だ」

 不機嫌そうに息を吐き、フィルはぼそりと呟きました。
 リカルド様の姿は、どんどん遠くへ離れていきます。彼はもう、馬車を追うのを諦めて、立ち尽くしているようでした。

「……奴がお前に近付いたのは、奴を取り巻く派閥、そして教会の思惑もあるが」

 しばらく無言の時間が続き、フィルがぼそぼそと、私のほうを見ずに話し始めます。

「その後にあった感情については、俺には推し量る事はできない。他人の心など、己の物差しで測れるものではないからな」

「…………なんですか、それ?」

 私は彼に、怪訝な目を向けました。
 派閥、教会、思惑。そういった事柄に驚きもありましたが、それよりもなんというか……なんだか急に、思春期の男の子のようなセリフを言われた気がします。

 少し考え、私はフィルに尋ねました。

「……もしかして、慰めているんですか?」

「違う。見解を述べただけだ」

「そうですか……」

 フィルの黒い尻尾が、ぱたぱたと揺れておりました。
 猫の尻尾が揺れるのは、犬とは違う意味だった気がします。

「……お前は」

「はい?」

 またしばらくして、フィルはこちらを向きました。
 彼はじっと私の顔を観察し、それから真剣な表情で言いました。

「俺たち獣人の姿が、こんなに中途半端なのは、どうしてなのか考えた事はあるか?」

あなたにおすすめの小説

夫が運命の番と出会いました

重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。 だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。 しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?

処刑直前で時間逆行、やっと一度私を救えた王子が今度こそ逃がしません~溺愛の中で妹たちの破滅を見物~

唯崎りいち
恋愛
処刑の瞬間、時間が巻き戻った。 ――私を救うために、王子が何度も世界をやり直したから。 「逃がさない。今度こそ、全部俺のものだ」 執着の果てに囲われた私は、もう誰も助けない。 裏切った婚約者と妹は、やがて自ら破滅していく。 これは、世界よりも私を選び続けた王子の、狂おしい愛の物語。

王弟殿下の番様は溺れるほどの愛をそそがれ幸せに…

ましろ
恋愛
見つけた!愛しい私の番。ようやく手に入れることができた私の宝玉。これからは私のすべてで愛し、護り、共に生きよう。 王弟であるコンラート公爵が番を見つけた。 それは片田舎の貴族とは名ばかりの貧乏男爵の娘だった。物語のような幸運を得た少女に人々は賞賛に沸き立っていた。 貧しかった少女は番に愛されそして……え?

婚約破棄された聖女は、愛する恋人との思い出を消すことにした。

石河 翠
恋愛
婚約者である王太子に興味がないと評判の聖女ダナは、冷たい女との結婚は無理だと婚約破棄されてしまう。国外追放となった彼女を助けたのは、美貌の魔術師サリバンだった。 やがて恋人同士になった二人。ある夜、改まったサリバンに呼び出され求婚かと期待したが、彼はダナに自分の願いを叶えてほしいと言ってきた。彼は、ダナが大事な思い出と引き換えに願いを叶えることができる聖女だと知っていたのだ。 失望したダナは思い出を捨てるためにサリバンの願いを叶えることにする。ところがサリバンの願いの内容を知った彼女は彼を幸せにするため賭けに出る。 愛するひとの幸せを願ったヒロインと、世界の平和を願ったヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(写真のID:4463267)をお借りしています。

追放された役立たず聖女、実は国家の回復システムでした。私が消えた途端に国は崩壊、今さら泣いても戻りません。元勇者の魔王様に独占されています

唯崎りいち
恋愛
「役立たずの聖女はいらない」と国王に追放された私。 だがその瞬間、国中の“宿屋で一晩寝れば全回復する仕組み”は崩壊した。 ――それは、私の力で成り立っていたから。 混乱する人間たちをよそに、私は元勇者だった魔王様に連れ去られる。 魔王様はかつて勇者として魔物を虐げていた過去を持ち、 今は魔物を守るために魔王となった存在だった。 そして私は気づく。 自分の力は、一人を癒すだけでなく――世界そのものを支えていたのだと。 やがて回復手段を失った勇者たちは崩壊し、 国王は失脚、国は混乱に陥る。 それでも私は戻らない。 「君は俺のものだ。一生手放さない」 元勇者の魔王様に囲われ、甘やかされ、溺愛されながら、 私は魔王城で幸せに暮らしています。 今さら「帰ってきて」と言われても、もう遅いのです。

あなたの運命になりたかった

夕立悠理
恋愛
──あなたの、『運命』になりたかった。  コーデリアには、竜族の恋人ジャレッドがいる。竜族には、それぞれ、番という存在があり、それは運命で定められた結ばれるべき相手だ。けれど、コーデリアは、ジャレッドの番ではなかった。それでも、二人は愛し合い、ジャレッドは、コーデリアにプロポーズする。幸せの絶頂にいたコーデリア。しかし、その翌日、ジャレッドの番だという女性が現れて──。 ※一話あたりの文字数がとても少ないです。 ※小説家になろう様にも投稿しています

愛があれば、何をしてもいいとでも?

篠月珪霞
恋愛
「おいで」と優しく差し伸べられた手をとってしまったのが、そもそもの間違いだった。 何故、あのときの私は、それに縋ってしまったのか。 生まれ変わった今、再びあの男と対峙し、後悔と共に苦い思い出が蘇った。 「我が番よ、どうかこの手を取ってほしい」 過去とまったく同じ台詞、まったく同じ、焦がれるような表情。 まるであのときまで遡ったようだと錯覚させられるほどに。

実家も国も私を捨てたが、私を愛さないと国が滅びる。絶望する人々を特等席で眺め、冷徹な王子の腕の中で思考停止する。

唯崎りいち
恋愛
持参金がないという理由で家族と祖国から追放された私は、実はこの国を支える“加護”そのものだった。 私が去った瞬間、王都の結界は崩れ、国は崩壊へ向かい始める。 そんな私を拾ったのは、冷徹と噂される隣国の王子。 「やっと見つけた。お前は俺のものだ」 捨てられたはずの私は、気づけば滅びゆく祖国を背に、彼の腕の中で溺愛されていた。