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第一部

さようなら

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 その日の二十二時半に、三人は拓也の部屋に集まった。
 ダイニングテーブルに、裕斗と友斗が並んで座り、向かい側に拓也が一人で着席する。
 話し合いが開始してすぐに、青ざめた顔の友斗が、拓也に謝った。
「今まで騙していてごめんなさい」
 頭を下げて十秒は停止していた。
「俺も――申し訳なかった」
 裕斗もつられて謝った。やっぱり騙すなんて良くなかった。バレたら拓也がどれだけショックを受けるのか、想像しようと思えばできたのに。
「――ちゃんと説明して」
 拓也が静かにいった。怒っているというより、困惑している様子だ。
 友斗がこれまでのいきさつを説明する。裕斗の認識通り、包み隠さず、誤りなく嘘もなく、誇張もせずに。
「じゃあ土日に俺と会ってたのは、友斗じゃなくて、そっちの――裕斗さんだったんだな」
 拓也がぎこちない面持ちで、友斗から裕斗に視線を移した。
 裕斗は頷きで返した。声がすぐに出なかったのだ。
 そっち呼ばわりに、さん付け。
初対面の人間に対する態度と目つき。
急に距離を置かれたように感じた。たった数時間前まで、本物の恋人のように情熱的なセックスを繰り返し、裕斗の中で何度も達していたのに。
 ――これが現実なんだ。拓也にとって俺は面識のない人間で、特別な感情を注ぐ対象でもない。
 一時間前にバレたとき、こうなることは予測していたのに、ショックを受けている。
 ――俺に傷つく権利なんてない。
 自分に言い聞かせても、胸がジクジクと痛みだす。
「裕斗さんは、俺とすることに抵抗はなかったんですか」
 敬語の上に、責める口調だった。普通の感覚ならしない、と言外に含ませている。
「俺は――あんまり。あんたはタイプだったし、セックスも好きだから」
 変にはすっぱな物言いになってしまう。でもこれで良いのかもしれない。自分が悪者になって、友斗と拓也の関係が少しでも早く修復するのなら。
 憮然たる面持ちになった拓也に、更に追い打ちをかける。
「あんたと寝る度に、友斗から五万円もらってたんだ。お金が欲しかったから。あんたを騙そうって提案したのも俺だから」
 開き直った口調でいう。
「そもそも、騙すきっかけを作ったのは、あんたの浮気未遂だろ。早くセックスしないと捨てられるって、友斗は怖くなったんだ。だから俺の提案を受け入れた」
 すらすらと責任逃れの言葉が口から流れる。
「裕斗――そんな言い方」
 裕斗の声を遮って、友斗が話し出す。
「俺が正直に、自分のセクシャリティを話さなかったのだがいけないんだ。ノンセクシャルで、誰にも性欲が湧かないって。それを言ったら振られるって分かってたから隠した。そもそもの発端は俺だよ」
 友斗が潔く非を認め、もう一度「ごめんなさい」と拓也に謝罪した。心のこもった声だ。
 誰もすぐに話さなかったので沈黙が起こる。
 裕斗は壁時計を眺めて時間を確認した。
 二十三時半。まだ終電は終わっていない。
「あ――俺、もう帰っていい? 今なら終電間に合うから」
「まだ話は終わってないだろ」
 拓也がムッとしたように眉を寄せた。
「友斗やあんたと違って、俺はタクシー使うのに抵抗があるんだよ。金ないから」
 裕斗は席から立ち上がり、友斗に「後で連絡して」と耳打ちした。
「じゃあ、さようなら、拓也さん」
 最後にさん付けで彼の名を呼んだ。
 二人の顔を見ないようにして、裕斗は玄関に向かった。どちらも追いかけては来ない。
 思っていたより呆気ない終わり方。修羅場にはならなかった。
 ――なるわけないか。
 三角関係にさえなっていなかったのだから。
 自分はしょせん、セックスができない友斗の身代わりでしかなかった。
 うっかり拓也に情をかけた自分が、惨めになってくる。
 駅まで走った。歯を食いしばって、泣くのを堪えながら。
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