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第二部

両思い

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 ホテルに入ったあと、お互い忍耐力を総動員して、一緒にシャワーを浴びた。雨に濡れて冷えた体が、すぐに温まる。
 二人は話す余裕もないまま、ベッドにもつれるようにして倒れ込んだ。
 拓也が、仰向けに寝ている裕斗の両脚をぐっと左右に広げた。露わになったそこは、まだ何もされていないのに完全に勃起し、先端からは先走りが溢れ出ていた。
「――堪らないな」
 拓也が呟きながら、ローションの蓋を片手で開けた。果物のような甘く爽やかな匂いが漂ってくる。これはさっき、室内の自販機でゴムと一緒に買ったものだ。
「ごめん、余裕ない。二回目以降ちゃんとするから」
 急くように拓也の指が、裕斗の内部をこじ開けていく。
 裕斗は全身から力を抜いた。が、いつもより異物感が強い。
「狭くなってる」
 拓也が独り言のようにいった。すぐにローションを追加して、束ねた二本の指を内部で広げ、空洞を増やしていく。良い場所をピンポイントで刺激してくるので、裕斗はすぐ達しそうになった、のに、指が引き抜かれてしまう。
「ダメ。一緒にイきたい」
 劣情が浮かぶ目で裕斗を見下ろしながら、拓也がコンドームを自身に装着する。それは痛そうなほど張り詰めていた。
 裕斗は己の膝に手を置いて、できる限り開脚した。欲しくて堪らない。期待で胸がバクバクいう。蕾が脈拍に合わせて痙攣する。唾をごくんと飲んだ。
 膨れた突端が、とうとう裕斗に蕾に触れてくる。慣らすように入り口で何度か擦るように動いたあと、ゆっくり中に入ってくる。めりめりと太い尤物(ゆうぶつ)で、狭かった器官が拡げられ、第一の性感帯に変えられる瞬間だ。
「あ……はっ……あ、あ」
 圧迫感の後に、すぐに灼熱の快感が裕斗を襲う。
 先端が入ったと安心したところで、一気に内奥まで貫かれた。バチンと二人の下肢がぶつかる音がする。
「あ――ぐ……あっ……」
「はぁ……キツい」
 拓也が気持ちよさそうな声を出した。 
 緩く腰を引かれ、前立腺を潰すように先端で抉られて、全身がブルブルと震えた。
「裕斗も、気持いい?」
 掠れた声で、気遣うように聞いてくる。
「き、もちいい、あ、あ」
「良かった」
 拓也が体を倒してくる。より結合が深くなって、深部が燃えるように熱くなった。
 彼の顔が近づいてきて、強く口を吸われる。
「ん――んんっ……」
 唾液を垂れ流しながら、舌を絡め、互いの口腔内を愛撫し合う。
 拓也の律動が激しくなる。彼の腹筋が、勃起している自分のものと擦れて、叫びたくなるほど気持ちが良い。
 裕斗は両手を、自分の膝から拓也の背中に移動させた。ぎゅっと強く抱きしめる。
「裕斗」
 切羽詰まった声で呼ばれた刹那、ズンと強く腰を入れられて、裕斗は絶頂に達した。頭が真っ白になる。拓也も腰を震わせている。痛いくらいに抱きしめ返され、朦朧となりながらも、確かに裕斗は幸せだった。

ベッドの上で繋がったり離れたりを繰り返して、三時間が過ぎた。やり切った感満載で、二人は仰向けになって、息を整えていた。
「大丈夫? 体――痛い所ない?」
「ないよ。久しぶりだったから疲れてるけど」
「三か月ぶりだよな」
 裕斗のパーマが緩くなった前髪を弄りながら、拓也がいう。
「そうだな」
 もうそんなにしてなかったのか。その間に、誰かとしたいとは一度も考えなかった。
「――してないよな? 誰とも」
 拓也が確認してくる。
「拓也は?」
「してないよ」
「じゃあ俺もしてない」
「何だよじゃあって。――したのか」
 真顔になって拓也が追求してくる。お互い大した貞操観念を持ち合わせていないのに、やけに厳しい。
「してないって」
 裕斗から脚同士を絡めて、軽くキスをする。するとすぐに、拓也の表情が柔らかくなった。
「好きだからな」
 裕斗の肩を抱き寄せながら、拓也がはっきりといった。
「している時に言いたかったけど、聞き流されそうで」
「そうだね」
 聞き流していた可能性は高い。行為中の「好きだ」「愛してる」「裕斗だけ」なんかは、基本信じないようにしている。
「遠慮しないでお前も言えよ」
 拓也ならではの「好き」の催促に笑ってしまう。彼はプライドが高いのか。
「好きだよ」
 口からすんなり出てくる。葛藤はなかった。どう考えてもさっきまで両想いエッチをしていたのだ。今更言葉を渋っても意味がない。
「もう一回いえよ」
「好きだ」
 恥ずかしさはない。胸の閊え(つかえ)が取れたようなすっきり感がある。カタルシスだ。ずっと堰き止めていた想いをやっと口にできたから。
「俺も好きだ」
 拓也が目を細めて笑う。本当に嬉しそうに。
 軽く啄むキスをしてから、裕斗は違う話題を振る。
「なんであの時間に店に来たの。親族の会食があったんだろ」
「中止になったんだ。雷雨でガーデンパーティーなんてできないだろ」
「ガーデンパーティー」
「俺の兄が、婚約者を連れてくるってことで、実家で大掛かりな顔合わせをすることになってたんだ」
「へえ……」
 やはり拓也の実家は、由緒正しい家柄のようだ。
「それより、さっきの岩みたいな奴は何だったんだ?」
 急に拓也の声が厳しいものになる。
「専門のときの同級生だよ。俺に迫ってきてしつこいから何回か寝ただけ。すぐにあっちが退学したからずっと会ってなかったんだ。いきなり店に来て驚いた」
「そうか……俺が間に合って本当に良かったな。もう、こっちも使うなよ」
 拓也が裕斗の性器を掴んでくる。ぎゅっと力を入れて。
「潰す気かよ」
 笑いながら拓也の手を退けようとするが、石のように動かない。
「本気だから。俺以外と寝るなよ、もう二度と」
 ――もう二度と?
 けっこう重い約束だと思うのだが。本当に本気だろうか。
「拓也もそうしてくれるなら」
「寝ないよ。誰とも」
 いつもの柔和な笑みは消えていた。至って真面目な顔を寄せてくる。
 唇同士が触れた。軽く表面を吸い合うだけで終わっても、裕斗の鼓動は跳ね上がったままだ。
 ――けっこう本気で、好きになってくれてるんだ。
 どこをそんなに気に入ってくれたのだろう。学歴も、育ってきた環境も全く違う。拓也の研究の話なんて、説明されても一割だって理解できないのに。
「本当に――裕斗はモテるよな。見た目が良すぎるのも困る」
 ――見た目を相当気に入ってくれてる? だったら友斗だって。
「髪型、すごく似合ってる。ピアスも」
 拓也が裕斗の前髪をくしゃくしゃに撫でた後、かき上げて、額にキスをしてくる。
 裕斗の顔は一気に火照った。こんな些細な接触の方が恥ずかしい。セックスよりも。
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