異世界に来たって楽じゃない

コウ

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第百五十九話

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 「イリスはいるかな」
 
 調整官と別れ貴族や騎士の皆さんには第三軍が待機している所に戻ってもらい、僕は壁外沿いをフリューゲン公爵の元へと歩いた。
 
 
 「おります、良き人」
 
 さすが影だけあって、いつでも付いて来てるんだね。もしかして輪番の時も側にいたりして。
 
 「アンネリーゼ・フリューゲン公爵の事を調べて。それと集められるイリスは王都に全て呼んでおいて」
 
 「……」
 
 「ん?    どうしたのかな?」
 
 「あの……    体液を欲っしている者も……」
 
 「そうだったね。それは集まってからにしよう」
 
 「あの……    私も……」
 
 「そ、そうだったね。それはフリューゲン公爵との話の後にしようか。場所が何処かあればいいけど」
 
 「すぐに探します!」
 
 影は光が当たるように消えて行った。部屋探しよりフリューゲン公爵の事を調べてね。本当に「フゲン」と「フリューゲン」が同じなのか。
 
 フゲンと言う言葉はハルモニアで使われる名前にしては短い。ラウエンシュタインとかシュレイアシュバルツとか地名は長いし人の名前でもそうだ。
 
 だから僕は「フゲン」と言うのは武器や防具であって欲しいと思っていた。それだったら使えばいいだけの話だ。
 
 だが人だとしたらどうだ。このフリューゲンがフゲンなら、どう接したらいいのか?   前世の薄れた記憶では「フゲン」と言う単語でしか思い出せない。
 
 このフリューゲン公爵が何者なのか。敵か味方か、そこから考えないといけない。前世でフゲンが裏切り者だったら。もしかして魔王の手先、魔族だったら。僕は殺したのだろうか。
 
 味方だったら。フリューゲン公爵が戦争を終わらせるキャスティングボードを握る人物だとしたら。僕は守り抜くのだろうか。
 
 もしかして……    もしかして若くて可愛くてスタイルも良く、性格も良かったら。僕達はベッドに入るのだろうか。
 
 今は会って直接フリューゲン公爵の事を知ろう。もし魔族だったら、その場で切り殺す。僕は中古のショートソードを握りしめた。
 
 
 
 「シュレイアシュバルツ第三軍、軍団長のミカエル・シンです」
 
 公爵の陣へ向かう所から感じた違和感がアンネリーゼ・フリューゲンに会った時に確信に変わった。
 
 「アンネリーゼ・フリューゲンです。こたびの参陣、快く思います。ハルモニアの為、力を尽くして下さい」
 
 若い!    十代後半か良くて二十代前半。黒い長い髪を後ろで束ね、瞳も大きく黒目がち。整った顔立ちに合った細い体つき。立ち並んだ騎士の奥に座るアンネリーゼ嬢は野に咲く牡丹のようだ。ただ良かったのか、巨乳ではない。態度もデカくなさそうだ。
 
 だが、準を付かない公爵を名乗るのには若すぎる。お家騒動でもあったか。陣内の騎士の数は公爵の割りに少ないし、公爵自ら壁外で陣を張るのはおかしい。
 
 公爵なら国王のそばか、せめて壁内で陣を張るだろうに。それが最前線にいる公爵なんて、ラッキーどころかハズレくじを引いたかな。
 
 「第三軍はアンネリーゼ姫の下でしっかりと働けぇい。しかし、数が少ないと聞いておる。軍団どころか、その半分しかいないとか」
 
 アンネリーゼ嬢を正面に据え、騎士の回廊の奥からひときわ太い声が聞こえて来た。体格は僕を二倍にしたような白い髭を蓄え歴戦の勇者を思わせる佇まい、これが騎士団長かな。
 
 「はい。第三軍はシュレイアの残存兵力で集められた百二十人ほどです。ですが、調整官の所へ行った際に三十名ほどの貴族の方は他の部隊へ編入する事を言われております」
 
 「くそっ!    ヒンメルの指金に違いない。軍団と言っても半分、なお数を差し引くつもりか!」
 
 その太い声で僕に怒らないでね。僕は言われた通りに仕事をしてるんだから。数に関しては調整官が決めてるんだから苦情は向こうへ。
 
 「レームブルック!    ヒンメル宰相とお呼びなさい。    ……しかし、一軍団をもらいうける事になっていたのに困りましたね」
 
 たしなめるアンネリーゼ嬢に頭を下げるレームブルック。若い公爵と言えども部下に舐められてはいないようだ。それほどの実力があるのか?
 
 「どうしましょう……」
 
 どうしましょうって、こっち見んなよ。頭を使うのが指揮官の仕事だろ。こっち見んなよ、惚れちまうだろ。
 
 「他の部隊に行く予定の貴族の方ですが、皆が第三軍に残りたいと申しております。他の部隊に行くくらいなら死ぬと申す者も。調整官には僕から話しておきましょう」
 
 アンネリーゼ嬢の目を見ていると思わず口に出してしまった余計な事。自分から仕事を増やしてどうするんだよ。交渉はクリスティンさんの得意技でなんとか切り抜けよう。
 
 でもアンネリーゼ嬢には不思議な魅力がある。クリスティンさんほど美人では無い。ソフィアさんほど官能的な肉体でもない。アラナほど子供っぽくは無いしオリエッタほど可愛くもない。
 
 後の二人ほど乱暴でも無いけれど、この引かれる魅力はなんだろう。容姿だけでは計りきれない何かがある。そうとしか言えない不思議な魅力の持ち主だ。
 
 「よろしくお願いします、シン殿。わたしの事はアンネリーゼとお呼び下さいね」
 
 「分かりました、アンネリー……」
 
 「フリューゲン公爵だ!    一介の傭兵風情が!」
 
 だ・か・ら、その太い声で怒鳴るなよ。アンネリーゼって呼べって本人が言ってるんだからいいだろ。あんたの居る前で「アンネちゃん」て、呼んでやろうか。
 
 「その一介の傭兵風情ですが、既にケイベック王国に援軍の要請を出しております。アシュタール帝国も既にこちらに向かっております」
 
 「なにぃ!    貴様、どういうつもりだ!」
 
 僕も火に油を注ぐタイプだったかな。そんなつもりはなかったんだけど「傭兵風情が」と言われたのが気に触った。
 
 僕達はラウエンシュタインのネーブル橋からずっと戦い続けてきた。騎士達が戦って来たのは分かるが、その傭兵風情が主力で働いていたんじゃないか。
 
 まぁ確かに、他国に援軍を求める事は越権行為だと思うけど、急がないと間に合わないよ。僕がやった事は事前準備だと思って多目に見てもらいたい。
 
 「皆は下がって。レームブルック、ユーマバシャール、フリートヘルムは残って下さい」
 
 僕を挟むようにして退場する騎士達の目線が痛い。「余計な事をしやがって」と言うのが正解かな。自分の国の事を他国に助けを求めるなんて恥だと思っているのだろう。
 
 残っている騎士はアンネリーゼ嬢の腹心かな。騎士団長と思える体躯の良いレームブルック。対している細身ながら長身のユーマバシャール。最後に呼ばれた時に頭を下げたフリートヘルムか。
 
 フリートヘルムは騎士では無い。アンネリーゼ嬢の側にいて見た目は執事か参謀か。しかし、こっちの人の名前も長いね。「フゲン」と「フリューゲン」は同じと思った勘は外れたかな。
 
 「詳しく話を聞きましょう」
 
 テントの中に四人が残され、僕は話せるだけの事を話した。魔王軍の力は強大でハルモニア一国では太刀打ちが出来ない事。アシュタール帝国が戦をしたがって既に騎士団を向かわせている事を。
 
 「アシュタール帝国も動いていてくれたのですか……」
 
 あの皇帝は危ないオモチャを使いたいだけの子供にも思えるが、使える戦力は大きい。騎士団に与えた超振動の武器や防具なら、オーガぐらい一対一でも殺りあえる。
 
 「ただロースファーとの話がどこまで進んでいるのか分かりません。ケイベック王国を経由すれば時間がかかります。それどころか、話し次第ではロースファーを相手に一戦交えるかもしれません」
 
 「それほどまでに……」
 
 たぶん話が噛み合っていない。アンネリーゼ嬢はロースファーと一戦交えてもハルモニアを助けてくれると思っているのだろうけど、あの皇帝は戦いたくて仕方がないって感じだ。相手なんて誰でもいい。
 
 「ご尽力、痛み入ります。実はわたしもロースファーとケイベックに使者を送り騎士団を派兵してもらえないか頼んでいます。アシュタール帝国にも力を貸してくれると嬉しい」
 
 なんだ、仕事が早いねーちゃんじゃないの。いや、公爵さまで。それならケイベックは腰を上げてくれるかもしれないし、ロースファーだって同じだ。
 
 ロースファーの件はどうしようかと思っていたけど、仕事の出来る人って好き。美人ならもっと好き。
 
 「ただ国王陛下は他国からの派兵を望んでおりません。陛下からの下令が無い限り正式な交渉にならないでしょう」
 
 まずは直属の上司を納得させないと。ちゃんと話をしているのかな。公爵の上は王様なんだからね、美人さんだけど押しは弱い気がするよ。
 
 「アンネリーゼ様はどのように?」
 
 「失礼であるぞ貴様!」
 
 レームブルックの叱責が飛ぶ。太く低い声は重低音の迫力があって羨ましい。僕もあのくらいの声が出せれば白百合団に舐められないかな。
 
 でも、これで分かった。恐らくアンネリーゼ嬢は国王陛下に何回も嘆願して何度も断られているんだ。それだけが理由じゃないだろうけど、壁外で陣を張るのは厄介払いも含めてなんだろうね。僕達はアンラッキーだ。
 
 「失礼しました。ただ北方三国だけの同盟では魔王軍に勝てません。アシュタール帝国をも巻き込むが肝要かと」
 
 「何を言っているか!    魔王などハルモニアだけで充分だ」
 
 これは「売り言葉に買い言葉」だね。レームブルックのプライドを傷付けてしまった事による言葉だ。彼も頭では分かっているのだろうけど、売られた喧嘩に捉えたようだ。
 
 「レームブルック!    今は少しでも戦力が欲しい時です。シン殿を責めないように」
 
 レームブルックは直情型のようだ。今度から言葉に気を付けないと。それに、さっきから話をしない二人。特にアンネリーゼ嬢の隣にいるフリートヘルムの方が気になる。
 
 直立不動でいるのは同じだけれど、僕を見る目付きに殺気を感じる。僕がアンネちゃんに手を出すとでも思っているのかな?    僕ってそんな軽い男に見られているのだろうか。
 
 「シン殿はアシュタール帝国の男爵で白百合団の団長で間違いはないですね。あの殲滅旅団の」
 
 「は、はい」
 
 突然、話題を振ってくるものだから、ユーマバシャールの質問に「はい」しか言えなかったよ。もう少し流れってものを考えて。
 
 「それなら合点が行く。白百合団の活躍は聞き及んでいます。    ……姫、アシュタールはそれなりの影をハルモニアに入れていますね。この男爵も影の一人かも知れません」
 
 ユーマバシャールは剣を抜き僕に向けた。物静かで背が高く、騎士らしくない長い髪をまとめ立つ姿は……    モテるだろ。
 
 ユーマバシャール、頭の回転は速そうだけど、速すぎてませんかね。僕は味方だよ。味方に剣を向けるとどうなるか教えてやろうか!
 
 
 だかしかし、僕は剣に手を掛けるのを途中で止めた。僕に襲いかかるデカい殺気が奥から襲ってきた。
 
 
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