異世界に来たって楽じゃない

コウ

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第百七十一話

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 夜襲と夜這い、襲う事には違いはない。問題は襲う相手がどちらも狂暴なこと……
 
 
 
 「数がこれだけでいいのかよ。最初の半分もいねぇぞ」
 
 プリシラさんの輪番宣言は旅団の全員を前にして言った。無駄な問答を避ける為、僕は作戦を少し変更し広野を駆けた。
 
 本当なら夜襲で魔族の首の一つでもと考えていたが、一撃を加えたら速やかに帰る事を選んだ。もちろん、その一撃の破壊力は手応えのあるものだ。
 
 「大丈夫です。さっと行って、さっと帰りますから。この人数はルフィナの護衛です」
 
 五十の騎兵が突撃すれば隊列も長くなって後続が喰われかねない。それに大部隊だと思われ追い掛け回されるのも嫌だ。
 
 「ルフィナを守ってどうすんだ!?」
 
 速駆けは得意だけど、走りながらは舌を噛みそうになる。出る前に説明した事をまるで覚えていないプリシラさんは帰ったらお仕置きだ。
 
 「ロッサを出すんですよ。ロッサを送り込んで僕達は撤退です」
 
 「……つまんねぇ夜襲だな」
 
 てめぇ!    本当なら魔王と決着を付けたって構わなかったんだ!    さすがに無理だろうけど、それなりに殺るつもりだったのに輪番の話を持ち出したのは、てめぇだろ。
 
 さっさと帰って、押し倒してヤるからな。覚悟しておけよ。あんな事やこんな事、口には出せない事をヤってやる!    

 「うぐっ!」
 
 話もしてないのに舌を噛んだよ。妄想も楽じゃないねぇ。でも楽しみだ。
 
 「集中しろ!    舌なんか噛んでんじゃねぇ!」
 
 怒られちゃったよ。妄想と輪番は後回しで集中しないと。集中すると時間も速いもので街を抜け敵陣が見えて来た。
 
 「抜刀!」
 
 一瞬落ちるスピード。それを引き戻すかの様にプリシラさんは先頭をきって走った。負けられん。僕にだって新刀、二律の剣「ゼブラ」があるんだ。魔力次第でバスターソードを越える剣は大きな声で叫ばないと出てこない。
 
 「光よ!」
 
 神々しく闇夜を切り裂く新刀ゼブラ。目立って仕方がないくらいで、夜襲向きじゃない。だが切れ味はレーザー並みだ!    斬って殺してお金を稼ぐ!
 
 「眩しいんだ、バカヤロー!」
 
 旅団のメンバーからも怒られちゃったよ。団長なのに凄く形見が狭い。これが勇者なら少しは遠慮して言ってくれるのかな。ハートはガラスです。

 「一番んん!」
 
 プリシラさんがハルバートを振るってオーガの首が飛び血飛沫をあげる。たまには先頭をやらせて欲しい。せっかくのゼブラを使ってみたい。
 
 「伸びろ!」
 
 別に言わなくても魔力を流せば……    やっぱり雰囲気って大事だからね。三メートルを越える刀身に軽さはショートソード、神速を使わなくても三匹のオーガを倒した。
 
 ゼブラは使える!    紙を切るかの様な感触でオーガを焼き斬り、思わず自分の馬の首まで跳ねそうになった。
 
 ツートップで突き進む旅団を止める事も出来ない魔力軍。あまり深追いしないで奥の手を出さないと、帰ってからの時間が取れない。
 
 「ルフィナ!    ロッサを出せ!」
 
 「命令をするなである!」
 
 命令するだろ。命令してもいいんだよ、偉いんだよ。緊急事態だよ。敵陣の中だよ。今日は虐げられる団長の役なのかな。
 
 きっと僕は虐げられて強くなって行くんだな。    ……くそぉ、温いエールなんて大嫌いだぁぁぁ。    ……よし、仕事しよ。   
 
 「ロッサ来るのである」
 
 やっぱり呼ぶんじゃん。ルフィナちゃんは恥ずかしがり屋さんなのかなぁ?    団長さんに逆らってツンデレちゃんかなぁ?    さっさと出せ!
 
 「イエス・マイ・ロード。ミカエルさまもお久しぶりです」
 
 いえ、一昨日に会ったよね。お久しぶりって程では無いよ。ロッサの時間の感覚は他の人と違うのだろうか?    第一、不死の女王って消えたら何処に行くの?    死後の世界?   そこに可愛い女の子はいるかな?
 
 「ロッサ、僕達は撤退する。ロッサは死ぬまで殺せ」
 
 「わかりまして御座います、ミカエルさま」
 
 話が早くて助かる。僕にもこんなテキパキとした部下が欲しいよ。「行くぞ」と言えば「おぉ!」と答える体育系みたいな感じ。
 
 ロッサの力はルフィナの魔力と距離に比例する。ロッサを置き土産に僕達が離れれば、いずれは消える。死んだとしてもルフィナの所に戻るだけだから、安心して使えるのがいい。
 
 「撤収!   遅れるな!」
 
 魔王軍の皮膚ぐらいには傷を付け、傷口にロッサを塗り込めば破傷風にでもなってくれるだろ。僕は奇妙な違和感を感じながら撤退した。
 
 
 
 「気づいたか?」
 
 馬上から速駆けをしながら、プリシラさんが聞いてくる。やっぱり頼れる白百合団の副団長。力仕事だけがプリシラさんの専売特許じゃない。
 
 僕は初めから気づいていた。速駆けをすると中腰の様に立って馬を操る。まるで競馬の騎手のようにお尻を突き出して。その姿のプリシラさんを後ろから見ていた僕の目線はプリシラさんのお尻に釘付け。
 
 鍛え上げられたお尻はプリっと引き締まって、プリシラさんだけに「プリ尻」    僕も上手い事を言う。
 
 「はい。こうプリっと丸くて素晴らしい形……」
 
 「テントの話をしてんじゃねぇよ。陣構えの話だ」
 
 なんだ、そっちの話か……    陣構えと言えば僕が思った違和感の事かな。そんな戦争の話よりお尻の話がしたいよ。
 
 「敵陣の中に馬防柵や土壁が無かったですね。守る気がないような不思議な陣構えでした」
 
 普通ならすぐに防御陣地を作って敵の侵入を防ぎ、自軍の安全を守ろうとする。その為の柵なんだが、それが一つも立っていなかった。
 
 「そうだ。魔王の陣では作らねぇのか。作る暇が無かったのか」
 
 僕達の夜襲が上手くいったのは防御に不備があったからとも言える。作る暇はあったはずだから、作らなかったのか。作る必要が無かったのか。
 
 「姉さん!    追ってです!」
 
 旅団のメンバーから掛けられた声に僕は少し悲しい。そこは「団長!    追ってです!」と団長にして言って欲しかった。
 
 よほどクリスティンさんの教育がいいのだろう。翼賛の力には関心するよ。でも寂しいね……
 
 僕が悲しそうな顔をして振り替えると巨人が大股開きで追って来てるのが分かる。クリスティンさんは僕の寂しそうな顔を見ると、報告を上げた旅団のメンバーの心臓を止めた。本日、初めての戦死者です。
 
 「……団長、巨人の追ってが来ました」
 
 心臓麻痺の団員の馬は隊列を離れ、クリスティンさんは見向きもしない。今、あんたが殺ったんですよ。
 
 「全員このまま味方の陣まで走れ!    あいつらは僕が相手をする!」
 
 カッコいい僕。そして必要以上にカッコを付けないといけないゼブラ、光の剣モード。
 
 「ひかり……」
 
 「ちょっと待つである!    このような暗闇で光を発するなど敵に目標をあたえるだけである!    ここは「闇の剣」を使うべきである」
 
 ルフィナの言った闇の剣。二律の剣には二つのモードがある。ソフィアさんが協力した光の剣とルフィナが協力した闇の剣。この白と黒が混ざっての二律の剣に敵は無い。
 
 白の光の剣はレーザーを具現化し、まるでビームサーベルだ。使い勝手は良く最強の剣と言ってもいい。出現させるのに少し恥ずかしいくらいで、それは我慢の許容量だ。
 
 黒い闇の剣は腐れの大剣を具現化し、その姿は不気味。使い勝手は少し長く最凶の剣と言ってもいい。出現させるのに手間が掛かって、恥ずかしさは許容量を越える。
 
 それを今、使えと!    巨人の歩幅を考えて言ってるのか!?    闇の剣はある意味で最凶。これは光の剣を越えるものがあるが、人に使ったらジュネーブ条約に抵触する。
 
 ルフィナの羨望に似た眼差し。他の白百合団も旅団からも期待に似た眼差しを避ける手段を僕は知らない。
 
 これを使えば絶対に勝てる!    勝てるが後で絶対に怒られる!    怒られるのは嫌だ、だけど死ぬのも嫌だ。
 
 僕は怒られるのを覚悟で闇の剣を引き出す。
 
 
 「闇よ!」
 
 後で怒られるの決定。
 
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