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第二百三話
しおりを挟むアンネリーゼ嬢の戴冠式は素晴らしく、敗戦続きのハルモニアに僅かながらも光が差すのを皆が感じられた。
戴冠式の後には食糧庫が解放され、戦乱中とも言え酒も存分に振る舞われた。束の間の安らぎが、僕を小さな悩みから解放してくれる。
「飲んでるか、てめぇ…… ひっく」
「プリシラさんは飲み過ぎですよ。あんまりリヒャルダちゃんをイジメるのは止めて下さいね」
「あれはいい女になるぞ。あたいが言うんだから間違いねぇ。後はあれがデカくなればな……」
胸を張るなよ、揉みたくなるだろ。酒の席とはいえ、リヒャルダちゃんの乳を揉みすぎなんだよ羨ましい。いつか僕もと思うのは、少し酒が入り過ぎたせいか。
本当なら僕の席も用意されて、他の貴族様と一緒にアンネリーゼ嬢の側で食事をする予定だったが、それはユーマバシャールに任せて僕は白百合団と旅団の仲間と共に酒を飲んでいた。
ユーマバシャール…… 殺せなかった自分は弱かったのだろうか。力の差は神速持ちの僕の方が遥かに上で、本当なら最初の一刀で勝負は付いていたんだ。
僕はユーマバシャールに殺されるほどの憎しみを買った覚えはない。それなのに初めて会った時からの僕に対する態度がどうしても気になっていた。
最初は傭兵嫌いな騎士だと思っていたけれど、命まで狙われる理由がなかった。ユーマバシャールが見せたあの覚悟を決めた目がどこか気になっていた。
僕は圧倒的な力を見せ付け、ユーマバシャールに僕の命を狙う理由を聞き出した。拷問に近いくらいの傷を負わせるまで口を割らなかった…… アルマ・ロンベルグの様な拷問では無い!
「き、貴様が逃げ出したからアンハイムが落ちたんだ! 残って戦ってくれていたらセリーナだって死なずに済んだんだ!」
久しぶりに聞く名前が二つ。アンハイムオーフェンの街の名前とセリーナと言う騎士団長の名前。確かセリーナ・ハッセ。ヒマワリの様な笑顔を見せて最後までアンハイムに残った女。
「セリーナと言うのは騎士団長のセリーナ・ハッセの事か? お前とどんな関係があるって言うんだ」
「妹だ…… セリーナは最後までアンハイムの為に戦ったんだ…… お前が逃げ出さなければ!」
ボロボロになってもまだ剣を向けるユーマバシャール。勝ち目なんて無いのに、僕はモード・ツーまでしか出してないよ。立ち上がるのは意地ですか。
「撤退命令がハッセ様から出たんだ。勝ち目が無い事は分かっていたのに、残ると言い出したのはハッセ様だよ」
「貴様はそれほど強いじゃないか! サンドドラゴンも倒し、巨人だって倒した! お前が残ってくれたならセリーナは死なずに済んだのに……」
そう言われても困る。僕はあの時、街の住民と傭兵を引き連れてシュレイアの街に後退したんだ。しかもセリーナ嬢から直接の命令だったんだ、あの覚悟を決めた目を見て断れるはずもない。
理屈じゃないんだね…… 僕が殺したのと同じに見ている。殴ってでもセリーナ嬢を連れて帰れば良かったのか……
アンハイムを無事に撤退する事が出来たのは、残った騎士団が時間を稼いだからと言ってもいい。過去は変わらない、アンハイムも落ちセリーナ嬢も亡くなった。王都も追われ国王も死んだ。僕達は生きてる者の使命として未来を見なければならないんだ。
過去に捕らわれ未来を描けない者に、この戦乱を生きて行く事は出来ない…… なんて、綺麗事が通じるはずも無いのは分かるが…… どうしよう?
ここで今までの恨みとエルンスト伯爵の約束を果たすのは簡単だ。だけど、だけど…… この先、思い出すであろうセリーナ・ハッセのヒマワリの様な笑顔が涙に暮れる気がしてたまらない。
僕はユーマバシャールを殺せなかった。恨みも果たせず、エルンスト伯爵との約束も守れずで「ごめん」で済む訳も無いのに殺せなかった。
これからどうしよう……
「飲んでるか、てめぇ…… ひっく」
「プリシラさんは飲み過ぎですよ。あんまりリヒャルダちゃんをイジメるのは止めて下さいね」
まったく、人が深く悩んでいるのに羨ましい事をしてるもんだ。出来るなら僕がプリシラさんをイジメたい。その大きな胸に埋まって眠りたいよ。
「これからどうなるんだ……」
空になった僕のジョッキに酒を注ぎながら、自分は僕の倍はあろうかと言う特注のジョッキに波々と注ぎながら、プリシラさんは独り言の様に呟いた。
クリスティンさんは旅団の男逹に囲まれ、ソフィアさんはアラナに膝枕をし、オリエッタは踊り、ルフィナは酒に何かを入れてる。束の間の安らぎの中でも先を考えていかないと。
「殺られた分はやり返します。ケイベックには使者を送っているのでアンネリーゼ様が女王となった今は、直ぐにでも駆け付けてくれるでしょう。アシュタール帝国もロースファーの国境まで来ています。ロースファーの許可が出れば直ぐにでも越境してハルモニアの援軍に来てくれます」
ここまでは問題がない。アシュタールもケイベックも協力的だし、アシュタール関しては超振動の武器を持った騎士団にはとても期待している。僕はジョッキに口を付けて続けた。
「問題はロースファーですね。アシュタールへの越境を許可してもらわないといけないし、出来ることなら騎士団も出して欲しい。一戦交えてから言うのは調子が良すぎる話です。まずはロースファーとの停戦条約ですね。あの戦いから、こちらに軍を向けてませんし期待は出来ます」
プリシラさんも巨大な凶器にもなりそうなジョッキをあおった。綺麗な首筋、喉を通る酒。いつ見てもプリシラさんは美しい。
「勝てんのか……」
まだ残っているジョッキの酒を見つめプリシラさんは呟いた。いつに無く弱気なプリシラさんも大好きだ。
「勝ちますよ。僕達は勝ちます」
敗戦続きの僕の言葉に説得力が無いのは分かってる。だけど勝たなければ人類に未来は無い。あるとすれば家畜としての未来だけ。
僕なんかは戦死出来ればいいが、捕まったらアルマ・ロンベルグの夫と言う名の家畜になるのは間違いない。それも捨てがたいが、家畜はやっぱり、ねぇ……
勝てる算段があるのかと言われれば、僕は「ある」と言おう。希望的観測が入ってしまうのだが…… このハルモニア、ロースファー、ケイベックの北方三国の連合とアシュタール帝国の参加。これが叶えば何とかなるかも。
しかも、アシュタールは騎士団全員に超振動の武具が渡っているんだ。魔剣に匹敵する切れ味と全てを受けれる盾があれば、魔王軍にも引けを取らない。
それにシャイデンザッハのドワーフにも超振動の武具を作る事を頼んである。本当なら契約で白百合団とアシュタール帝国以外に超振動の武具を引き渡す事は禁止されているが、名目上で傭兵白百合団に編入しちゃえば問題ない…… と、思う。
「やっと殺り返す事が出来そうだな……」
プリシラさんは飲んで浮かれている旅団のメンバーを見ながら遠い目をして言った。殺る以上は殺られる覚悟もなければならない、そんな少し悲しそうな目をしている様に僕は見えた。
僕は立ち上がりプリシラさんの横へ座り直した。躓いてプリシラさんの胸にダイブする小技も考えたが、今は止めておこう。
「白百合団は無敵ですから。ここで稼いで借金返済、薔薇色の老後の資金にしましょう」
「……まったく、てめぇってヤツは……」
少し笑ってくれた。僕達はジョッキを打ちならし、残りの酒をあおる。体に染み渡る酒が心地よい。プリシラさんを見れば僕の方を見ていた。自然と引かれ合う二人、当然の如く邪魔が入る。
「飲んでいるであるか」
邪魔だと言わんばかりに割って入るのは止めて欲しい。後、五センチもあればプリシラさんの柔らかい唇に触れる事が出来たのに。
「飲んでますよ。お祝いですからね。ルフィナも飲んでますか?」
「もちろんである。ロッサも呼んでみるのである」
ロッサを肉付きで呼ぶのなら構わないけど、それだけでもルフィナの魔力が消費されてしまう。魔力の無駄使いになってなければいいけど。
「お久しぶりです。ミカエルさま」
肉の付いたロッサは赤い目を気にしなければ、いい女に間違いは無い。もう少し自由に肉を付ける事が出来るなら、胸を大きくウエストを細くしてくれたら完璧なんだけどね。
僕がロッサの官能的な肉体に見とれている隙に、ルフィナは僕のジョッキに手持ちの酒を注いだ。バカめ! ルフィナが何か入れてたのを僕は見ていたんだ。
プリシラさんにも注いだ酒をプリシラさんは疑う事も無く飲み干し、手酌でルフィナも自分で持って来た酒を飲んでいた。毒入りではないのかな……
遅効性かもしれないと、僕はジョッキを片手にロッサと話をして時間を稼いだが、二人には何の異常も見られ無かった。
それならと、僕はジョッキを一気に空けた。染み渡る酒、周りには美女、男として生まれてきて良かったと思う時間は一瞬で終わった。
「……寝たか」
「寝たである。相変わらず他愛も無い」
「これで良かったッスか?」
「構わねぇ、こいつは働き過ぎだ……」
「催淫剤も用意してたです~」
「止めておけ、こいつには必要ねぇだろ」
「このまま寝かせちゃうのは勿体ないですね」
「たまにはいいだろ……」
「……」
染み渡る睡眠薬、美女に囲まれ眠る僕はキスをされたら起きるのだろうか。それならプリシラさんがいいな。斬馬刀じゃなくてよ……
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