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第二百三十話
しおりを挟む殲滅旅団、第二軍、軍団長プリシラ。人の言う事を聞かないライカンスロープ。
「お前ら遅れるなよ!」
突撃していくプリシラさんの後を追い駆ける第二軍団とルフィナとオリエッタ。この二人が着いて行けば心配する事も無いだろうし、レールガンを持ったゴーレムと離しておけば無駄弾も撃たないだろう。
「第三軍、速足で城まで移動だ。クリスティンさんお願いします。白百合団は西側の壁に沿って西の城門の守備隊を倒して来ます」
主力の八百の命知らずを引き連れてクリスティンさんの行く姿は、絵画の様に絵になる。今後は白百合団に絵師と吟遊詩人を連れて歩こうかな。
「リヒャルダ、ゴーレムを急がせろよ。出発!」
馬の速足くらいまでなら、ゴーレムも着いて来れる筈だ。レールガン三本、フルオートの実力は見たいけれど一発七百ゴールドは家計を圧迫する。騎兵のみの白百合団は、超振動のハルバートと馬具を持って西の城門を目指した。
僕達が突入した西側の壊れた壁は北西と言ってもいいくらい北側に近く、今さら北門から逃げ出す者が居れば必ず他の部隊が見付けるだろう。
これで西門を押さえればクリンシュベルバッハから逃げ出す事は出来ない筈だ。魔王め、袋のネズミと知れ。このまま城まで攻め込んで魔王を倒して僕達の勝ちだ。
「いた! 全騎突撃!」
西門を守護していたオーガ、百にも満たない。サンドドラゴンも巨人も居なければレールガンの出番も無く家計の心配も無い。何よりも僕の勇者デビュー戦だ。増えた白百合団に格好いい所を見せたくなる男の心情。
「光よ!」
魔剣ゼブラを光らせ、オーガの群れに先頭を切って突入する僕と白百合団。自分に酔いしれそうになる、今の僕は格好いい筈だ。
「眩しっ! 昼間だからって張り切って光らせるんじゃねぇ」
ローズさんの突っ込みはプリシラさんを思い出させるよ。勇者なんだから目立っていいの! 目立って的になれば他の白百合が散らなくて済むだろ。
オーガもまさか城内から攻撃をされるとは思って無かったらしく、魔剣ゼブラと超振動のハルバートは遺憾無く力を発揮した。
一回の突撃でオーガの群れは壊滅し後は数十の掃討ですんだ。全く持って楽勝。白百合団に死人も無ければ怪我人も無し。
「ナディア、十人率いて西門につけ! 開門して待機。敵が来たら逃げて良し。戦う事より報告の為に城に走れ」
ナディアちゃんはハスハント傭兵からの移動組。残念ながら身長は僕より高く、胸囲は僕よりある。それはいいが、プリシラさんよりかローズさんタイプなのが……
「アラナ、戦域の状況はどうなってる!?」
「全軍、戦闘に入ったようッス。今は投石の打ち合いッス」
「サンドドラゴンと巨人がいるの?」
「東門には両方、南門にはサンドドラゴンだけッス」
「プリシラさんは?」
「城の城壁付近でサイクロプスと殺り合ってるッス」
そこまで追い込んだなら魔王も逃げられない。しかもサイクロプスしか居ないなんて勝ったも同然だ。どうかオリエッタがフルオートで撃ってませんように。
「北はどうなってる?」
「静なもんッス。巨人が一体いるだけッス」
逃げ道の確保の為に置いたのか? たった一体の巨人を? だけど、中央通りから城に向かった第二、三軍が通っても、まだ北門に巨人がいるって事は魔王は城に居るに違いない。押し込めば勝てる!
「全騎、速駆! 城に向かう!」
ゴタゴタに集まった白百合団を縦隊にまとめ、その中のミケーネさんの髪に櫛を通しまとめ、僕達はプリシラさんが戦ってるクリンシュベルバッハ城に向かった。
僕は高揚している。自分でも分かる。ミケーネさんの髪の毛が予想より綺麗だった事に…… プリシラさんが城まで攻め込み魔王を釘付けにしてる事に。
もうすぐ終わる。サイクロプスだろうが魔族だろうが、モード・ファイブの前に敵は無い。慣れてないせいもあって、自分で自分が何をやってるか分からないくらい速いんだから。
「あっ!?」
見てしまった…… オリエッタがレールガンのマガジンを代える所を。三十発、二万一千ゴールドがクリンシュベルバッハ城の城門と引き換えになって行く所を。
馬を降りて戦っていた第二軍の後ろから、回りの迷惑「大」なレールガンが撃たれた。オリエッタの前に居た第二軍の屈強な兵士を衝撃波で吹き飛ばし、城門も吹き飛ばしてくれてたよ!
「オリエッタ! 何発撃った!? ルフィナはここで何してる!? 魔法で城門くらい壊せるだろうが!」
「マガジンは二つ目です~。やっぱりフルオートは派手でいいです~」
「前が詰まって行けんのである。第二軍団事、潰してしまってもいいであるか?」
「……プリシラが苦戦してる様です」
皆で一度に話さないで! クリスティンさんも交じる何てプリシラさんは本当に苦戦してるのか? ルフィナが前に出れば第二軍を潰さないで門を壊せるだろ。オリエッタは二万ゴールドを使ったのか……
状況は停滞に近いか。第二軍は馬を降りてサイクロプスや巨大な犬のケロベルスと戦っているし、後続の第三軍以降は前が詰まって動けない。敵の数は多くは無いが一匹、一匹が強い。ここは僕の出番と見た。
サイクロプスと殺り合ってる第二軍団プリシラさん事、吹き飛ばして突撃を掛けてもいいのだが、ルフィナが自重しているのに僕が突撃をする訳には行かない。
「第四軍は西側から城を回れ、第五軍は東からだ。ここ意外、城外に出る道は無い筈だが念のためだ」
クリンシュベルバッハ城には水を張った掘りがあり、船か泳ぐか目の前の跳ね橋を渡るかしなければ外には出れない。もしかしたら秘密の出口があるかも知れないが、女王陛下からは教わって無い。
「白百合団は馬上で待機。ローズさんに一時的に指揮権を渡す」
「団長はどうするんだ!?」
僕はお堀でバス釣りをしたいですね。まだこの世界で釣具屋さんやリールを見た事は無いけど長い竿とルアーを使って「フィッシュ!」と言ってみたい。
「プリシラさんが苦戦中みたいなので援護して来ます。後は任せた!」
僕はそれだけを言って竿を持って…… 剣を持って神速で第二軍を掻い潜りプリシラさんに後ろから「カンチョウ」を決めた。隙を突かれたプリシラさんに深々と刺さった「カンチョウ」は後で絶対に怒られる。
「て、てめぇ……」
「何をやってるんですか!? あんな頭の多いだけのちょっと大きな犬ぐらいに!」
跳ね橋正面に陣取る地獄の番犬ケルベロス。トロール並みの大きさもあるが、オリエッタも城門じゃなくて、こいつを撃ってくれたら良かったのに。と、思ったけれど、ケルベロスを貫通して跳ね橋を壊されたら困るし、頭が三頭分付いてるケルベロスの真ん中はチワワだ。
可愛らしいチワワの左右に狂暴そうなドーベルマンと土佐犬が着いている地獄の番犬。攻撃しずらい構成にオリエッタも戸惑ったのだろうが、僕は猫派だから気にしない。
「僕に任せろ!」
神速モード・スリー。一気に近付きゼブラを光に変えて伸ばし、ケルベロスの頭の真ん中に下から剣を振り上げる。
「くぅぅん」
今にも泣きそうな、つぶらな瞳で見つめられ鳴かれたら僕に何が出来るっていうんだ。こんなにも可愛いワンちゃんに、手を掛ける事など出来るはずもない。
動けなく見つめ合ってしまった僕に左右のドーベルマンと土佐犬が噛み付こうと牙を向けて来た。慌ててモード・ファイブで後退してプリシラさんに背中からぶつかる。
「何をやってんだ、てめぇは!?」
仕方がないだろ。可愛いワンちゃんを斬れって言うのか!? 動物虐待は犯罪だよ。人だろうと動物だろうと魔物だろうと可愛いは正義だ。
「か、可愛いんで…… 横の犬だけ斬りましょうか?」
「アホか、てめぇは! 身体は一つだ!」
そうでした。頭が三つあるだけで身体は一つでした。左右の頭を潰せばチワワも死んじゃうよ。どうしようか。
左右の狂暴な顔付きに比べて愛らしいチワワの毛が逆立つ。怒って牙を剥き出しに威嚇を始めたチワワ。これなら斬れるかな。
「後ろに下がれ!」
襟首捕まれ後ろに投げられる勇者の僕は、尻餅を着いてしまった。勇者の扱いが酷い。もう少し尊敬と礼節を持って欲しいが、プリシラさんは既にケルベロスの方を向いてしまっていた。
この角度からなら、もう一度「カンチョウ」をお見舞してやりたくなるが、前を向いてハルバートを構えたプリシラさんが光った。
黄金のライカンスロープになるのか!? そう思わせるくらいの輝きがハルバートを伝って地面に広がる。周りの第二軍の男達が苦しみ僕にも伝わるこの光は「稲妻」か。
「し、痺れた…… か、身体が……」
スタンガンを喰らうとこんな感じになるのだろうか。チワワの野郎は雷系の魔法を口から吐きやがった。プリシラさんがハルバートを避雷針にしてなければ直撃丸焦げ骸骨丸見えだったかも。
避雷針にしたハルバートで直撃は免れたものの、地面を伝わり弱まった稲妻が周りに広がり感電させる。このせいで攻めきれてなかったのか!?
「生きてるか、腐れ。死んでねぇな?」
「と、当然です。あのクソ犬は雷を使うんですか?」
身体の力が抜けた様に上手く動かない。もう少し寝ていたいが、雷の連発は嫌だし食べられるのも嫌だ。僕は無理しても立ち上がろうと、プリシラさんの服を掴んだらスパークした。
「ぎゃ!」
「がっ!」
冬場の静電気よろしく、二人で帯電していた雷の力を分かち合う。「痛っ!」の言葉より苦しみの言葉が出るほどの力が溜まっていたなんて知らなかったんだよ。ハルバートの柄で殴るなよ。
「てめぇ、ふざけてんのか!」
この状況でふざけられる程、余裕は無いよ。いくら僕の神速がモード・ファイブまで上がろうと、光の速さには追い付けないんだから。
「お陰で肩凝りが治った気がしますよ。犬のくせに魔法を使うとは生意気ですね」
「ただの犬ッコロに、プリシラ様がここまで追い込められるとはな。何か作戦はねぇのか」
無い! 光の速さ相手にどうしろと言うのか……
有る! 光の速さとは言え魔法を放つのは犬ッコロ。舐めるな、犬! 僕は猫派だ!
犬派でも猫派でも無く「僕派」の光がケルベロスを一筋の光が貫いた。
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