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第二十五話
しおりを挟む僕は城船の三級錬金術師。仕事は整備全般、危険な事もあるけれど、この仕事は楽しいし職場の雰囲気も申し分ない。それは、いつもの時であって今では無い。今は…… 今は…… あれから何日経つんだ?
整備班の半分は治療を受けているが、それは魔導師も同じ事で怪我人は過去最高人数を記録しているだろう。まともに動ける人がいない。ここまで人手不足は初めてだ。
親方は三交代制を言っていたが、その中に僕は入って無かった。交代の時に親方が来て「お前は死ぬ一歩手前までだ」とサラとローラを連れ去って行った。
確かに僕の魔力は底無しだ。だけど、僕は人間で食べたり寝たりをしないと生けては行けない。それにお風呂にも入りたいし、トイレにだって行くんだ。
寝不足でここが限界だと伝えると「言いに来る気力があるうちは大丈夫だ」と帰され、僕は長脚の外作業中に安全ロープで吊るされたまま眠った。
さすがに親方はそれを見て、引き上げられた僕に覚醒のナントカと言うポーションを飲ませて起こしてくれやがった。
二度と口にしたくない味は頭の天辺から爪先まで三周ほど駆け巡り、フラついて倒れた先はラウラ親方の豊満な胸の中へ。
役得。このまま優しさに包まれて眠りたい僕の首根っこを軽々と持たれ、「さあ、仕事に戻れ」と面と向かって言うラウラ親方は今日も綺麗だ。
いつにも増して、何かピカピカしてるよ。アハハッ、蝶が飛んでる。ここは花園かな、幸せな気分だ。
そんな仕事に追われる毎日も整備班が続々と復帰して、負担が少なくなるまで続いた。気が付くとサラとローラは僕を不振の目で見る様になったのは気のせいか……
「久しぶりだな、ミカエルさんよ」
「あれ? ジョシュ? 確か葬式に出た記憶があるんだけど……」
「働き過ぎでボケたか。ボケエル君よ」
「そう思うなら手伝え。いったい何日、家に帰ってないと思ってる」
「俺だって帰ってないぜ」
「入院してたんだろ。暇で太ったんじゃないか」
「俺がただで暇していると思ったのか? 忙しかったんだよ、これでも」
入院患者の仕事なんて寝ているくらいだろ。両足骨折でまともに動けないんだから。僕も冷たく硬い床じゃなくて、フワフワのベッドで眠りたい。
「良く聞けミカエル。俺は頑張っているだろうミカエル君にいい話を持ってきた」
「ポーカーの負けを返すのか?」
「そんなつまらないモノじゃない。入院中に俺は山の頂きに登ったと言っても過言じゃない」
「両足を折ったのに?」
「そうじゃねぇよ。比喩だ、比喩! 俺が入院中に何をしていたと思う?」
「寝てたんだろ。体重増量計画とかか?」
「お前なぁ…… いい話、持って帰るぞ」
「冗談だよ、教えてジョッシュ」
ジョシュアのいい話に間違った事は無い。たまに危険を伴ういい話を持ってくるのには注意だ。それさえ気を付ければいいのだが、治療所で持って来る話なんて薬の横流しとかかな?
「良く聞いてくれ、ミカエル。俺はやったんだ。ゴルゴー山の頂きに立った」
ゴルゴー山は領内でも一番の高さを誇る山で、その頂きに立つ事は名誉であり時間のあるヤツくらいしか登らない。
「山の話はいいから、本題に入ってよ」
「……ドラムロールはしてくれないのか?」
僕はスパナを持って組み立てに入った。錬金術で作れるのはユニット事で、それらは組み付けなければならない。いつもの僕なら完成した物を作り上げられるが、力と集中力が無くなった今では小さなユニット事を作るのが精一杯だ。
「……露骨な無視はキズ付いちゃうよ、ミカエルちゃん」
小さくても精密な物が入っている。それを錬金術で組み上げるには正確な設計図が頭の中に入っていなければならない。この城船の全ての設計図が頭に入っている訳では無いが、分からなくなったら見ればいいだけ。
「言うから、こっち向けよ。良く聞け、なんと! なんと! なんと! なんと! なんと! と、何回言ったでしょう?」
仕事の邪魔だ。今の僕の精神状態なら錯乱したとか言って、こいつを城船から落としても無罪が適用されるに違いない。
「……」
「ん? 今、なんて言った?」
「だから、……だよ」
「聞こえないよ。重要な事は大きな声で正確に言え!」
振り向く僕に馴れ馴れしく肩を抱いて引き寄せるジョシュア。こいつとは、こんな風な関係じゃない。絶好してやるから、その肩に回した手を退けろ。
「ゴ・ウ・コ・ン。治癒魔導師との合コンをセッティングしてきたぜ」
我が親友よ。生涯の友よ。疲れた僕に花園を与えてくれる悪友よ。今なら「神」と呼んでやってもいい。
「本当か!? 治癒魔導師って言ったって魔導師だろ。錬金術師を下に見てないか?」
「大丈夫だ。あそこは戦ってばかりいる魔導師とは違うぜ。俺はあそこで天使を見たんだ」
「天使が合コンしてくれるのか?」
「疑うのか? 他のヤツを誘ってもいいんだぜ」
「ジョシュアさんを疑うなんて、そんな罰当たりは長脚に踏まれて死んじまえですよ、ジョシュアさん」
「当たり前だな。ただ、ちょっと条件があってな。大丈夫だと思うんだけどな」
「何? 条件って?」
「俺達は今、魔導都市イグナフスに向かってるだろ。シルバー・クリスタル号は修理と補給で滞在すると思うんだよ。そこで下船許可が出たら合コンだ」
「下船しなければ合コンは無しかよ。許可なんて出ると思うか?」
「たぶん、出る。もともと、こっちに来る予定は無かったから補給は必要だ。それにお前の魔力が底無しだからって、着く前に直し切れないだろ。魔導師達への休息も込めて、俺達にも下船許可はきっと出る!」
魔導都市イグナフス。この厄介な魔石の塊を運ぶ地。僕の花園になるかもしれない都市。何だかヤル気が出てきた。おっと、ヤル気を出して滞在出来なくなるくらい直すのは不味い。
「そうだな…… 確かにイグナフスで滞在はしそうだ。そうなれば合コンか!」
「そうだよ、ミカエル。人をゴミとも思わない治癒の魔導師だ。白衣の天使が俺達を待っている!」
僕とジョシュアはがっちりと握手した。人生、悪い事もあれば良い事もある。今から何を着るか考えないと。
「あぁ、それと、今日はもう帰っていいそうだ」
「本当か!? 久しぶりにベッドで寝れるよ。そう言えば、今は何時だ?」
「六時になるぜ。あそこに時計があるだろ」
あれは時計か? 随分と大きな、てんとう虫が何でいるのかと思ったよ。
久しぶりの我が家。仮住まいの「三度の飯亭」は魔石の塊の時の争いも気にする風も無く、威風堂々、少しボロくそこに建っていた。
「あらあら、お帰りなさい」
久しぶりに聞く「あらあら」 心なごむ一時とはこの事だろうか。帰れる家があるのはいい。待ち人がいるのは、もっといい。
「ただいまです。ご飯ありがとうございました。これからは帰れそうなので大丈夫です」
僕の食事は女将であるセラフィーナさんが届けてくれていた。お陰で変なポーションの影響も少なかっただろう。心身共に健康が一番だ。
「あらあら、お口にあったかしら。お弁当なんて久しぶりで」
「とても美味しかったです。また何かあったらお願いしますね」
「あらあら、はいはい」
「それで、食事って出来ますか? お腹が空いちゃって」
「あらあら、もう少ししたら出来ますよ。お部屋に持って行きましょうか?」
「お願いします。大盛でお願いします」
「あらあら、若いっていいわね」
僕は挨拶もそこそこに二階に上がった。今日はお酒を飲んでもいいだろう。きっと、少しの量で酔って眠たくなる。食事が来るまでお風呂に入ろうか。セラフィーナさんが「お背中を流します」とか言ったらお願いしたい。
「サプラ~イズ!」
もちろんセラフィーナさんのサプライズでは無い。悪の三魔導師…… もとい、地水火に黒いナターシャが、ドアを開けようとした僕を中に引きずり込み、転がった僕を覗き込む様に見下げながら驚かしてくれた。
驚くより息が止まって死ぬね。ナターシャには「蔦を人の首にかけて、引っ張ってはいけない」と教えておこう。
「し、死にまふ……」
「驚いてか!?」
「い、息が……」
やっとの事で状況に気が付いたのか、ナターシャの蔦は首を絞めるのを止めた。少し照れ臭そうに彼女は笑った。許すかボケ!
「な、何をしているんですか!? 僕の部屋で!」
「サプライズだよ。退院しても整備に掛かりっきりだろ。頑張ってるミカエル君を癒してやろうかと思ってよ」
「首を絞められる癒しなんて初めての事で、嬉しくて窒息しそうです」
「もっと派手に花火で迎えてやろうと思ったんだけどな。ソフィアが五月蝿くてよ」
それは花火じゃなくて火炎だろ。知ってるか? 人は火だるまになると死ぬんだよ。
「そうよ、フィリス。私はもっと水が玉の様に浮いて幻想的に迎えたかったのに」
その水って顔に張り付いたら取れなくなるのじゃないですか? 知ってますか? 人は水の中では呼吸が出来ないんですよ。
「ちっちゃなゴーレムを並べてパレードをしたかったですぅ~」
そのパレードに並ぶ数は東京マラソン並みだろ。知ってるかな? 城船の重力バランスを崩すと百脚に負担がかかるのを。
「……」
それで選ばれたのがナターシャか!? もう少し人選を考えた方がいいんじゃないか? この城船は、そんなに人材不足なのか!?
その後、セラフィーナさんが食事を持って来て盛り上がり、ラウラ親方が酒を持ってさらに盛り上がり、僕は二杯目から記憶が無い。
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