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第1部 勇者と狼の王女
第10話 帰さない理由
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①
「夜分遅くにごめんなさいね。狼のお嬢さん」
今、リビングのテーブルを挟んで、私と女神エルセフィーネが向かい合って座っている。
天井の照明魔道具の明かりがぼんやりと上から私達を照らすと共に、窓から差し込んでくる月の光が女神の身体に明るい部分と暗い部分のコントラストをはっきりとつけ、女神が立体的で現実的で、確かにそこに肉体として存在していることを教えてくれる。
この地のハイステータスな女性がよく着る、胸元と肩がばっくりと開いているそれでいながら、どこか上品な印象を受ける赤いワンピースに身を包んで、昼間見たときにきらきらと輝いていたオーラはなく、どこかの貴族のお嬢様のようなそんな印象を受ける出で立ちで、今私の目の前で優しく微笑んでいる。
「いえ。女神様、私に何か御用でしょうか?」
「そんなかしこまらなくていいわ。そうねぇ。今はエラって呼んでいただけるかしら?」
「エラ?」
「えぇ、今考えた私のもう一つの名前。エルセフィーネって呼びにくいでしょ?長いし」
「いえ、そんな…」
「私ね!女子会ってのをやってみたかったのよ!だから、私もあなたのこと、マリーって呼んでいいかしら?」
「そんな…恐縮でございます。女神様」
「だめよ。エラって呼んで?」
「では…エラ…世界への直接的な干渉は禁忌だったのでは?」
「えぇ、そうよ。他の神々に禁忌を犯さないか監視されているわ」
「では、どうして?」
「だからね。他の神々にはたくさんお願いして、今そっぽを向いてもらっているのよ」
「はぁ…?」
「もちろん、代償を払わなくてはいけないわ。私の身体もつかしら…でもね、それだけの代償を払ってでも、あなたとは話をしないといけないと思ったの」
「そんな…私のために…私はどんな代償を払わなければならないのでしょうか?」
「ふふふ。もうやめて?そんな堅苦しい言い方。あなた勘づいているんでしょ?」
この世界の女神のことだから、私の心なぞお見通しなのだろう。
旦那様は異世界人だから別として、私はこの世界で生まれ育っている。管理者である彼女に隠し事はできないのかもしれない。ならば…変にごまかしても時間の無駄だ。
「はい。あなたの最後の涙…あれはなんですか?あんな雑な噓泣き、私達を馬鹿にしているの?エラ?」
「いいわね!思い切りが良い子って大好き!」
「旦那様の前では、かしこまって女神然としていたのに、今のその様は、まるでその辺の市井の娘と変わらないわ」
「仕事モードとプライベートモード、男の前と女の前…顔が違って当たり前ではなくて?」
「女神にもプライベートがあるのね」
「そりゃね。なければやってられないわ。地獄のような決断の連続をさせられるのよ?しかも死ねないから永遠にね」
「…それは、同情するわ」
「ありがとう!で、マリー。私が嘘泣きをした理由…知りたいのでしょ?」
「えぇ。そうね。エラ。あなたは旦那様を元の世界に帰せる。違う?」
「えぇ、そうよ。帰せるわ」
「…あっさり認めるのね。そして、嘘をつき続けているんだ」
「女神が嘘をついてはいけないなんて法はないのよ?それに、私はあなたのことも、他の子も…この世界のあらゆる存在は…みーんな、自分の可愛い子供だと思っているの。
つまりね。子供たちが幸せになる結果を手繰り寄せられるなら、私はなんだってするのよ。
嘘だってつくし、他の神々が私に娼婦のまねごとをしろといえば、それで欲しい結果が得られるなら喜んでするわ?」
「この世界の人たちのために、旦那様を犠牲にしている…ということですか?」
「ちがうわ。ちがうのよマリー。そういう風に思われていると思って、今夜は来たの」
「どういうこと?」
「勇者の妻であるマリー…あなたには、ちゃんと理由を知っていて欲しくて…そして、それが勇者をこの世界を救済し続けてくれる結果をもたらしてくれると思ったからよ」
私が返事に困っていると、エラは左目をウィンクする。
こういうの可愛いでしょ?と言われているようで、ちょっとイラっとする。
「見る方が早いわね…」
女神が右手で指を鳴らすと、私たちの空間が歪み始め、リビングのテーブルとイス、そしてそこに座る私たち以外が、ぐにゃっと歪んで、おかしな風景を映し始めた。
「これは…」
「心配しないで。ただの映画よ」
「一体どこの映像なのですか?」
「もちろん、貴方の愛しの旦那様の世界のものよ…」
エラのルビーのような赤い瞳が…どこか哀しそうに輝いた。
②
鉄の鳥
鉄の馬車
天に届くであろう高い高い…それでいて大量の塔
驚くほど平らに整地された道が…うねうねと大量に走っていて、場所によっては空中すら走っているかのよう。
「これが…旦那様の世界?」
「そうよ」
「凄い…あんな高い建物が…たくさんある…」
「あそこでね人間たちが働いていたのよ」
「いた?」
「よく見てちょうだい。人間の街なのに、人影があって?」
確かに、かなり高度な文明であることが誰の目でも明らかなその世界に、人影は一つもない。
「ここは、まだ綺麗な方だからよくわからないわね」
映像が早送りのようになり、別の場所を映し始める。
「砂漠?」
そこは、何もない。ただただひたすら砂漠が広がっている。
「ここも今はただの砂漠だけどね。さっき見せたような巨大な都市があったのよ」
映像は更に進む。
次に映し出されたのは、最初に映し出された巨大な都市に似てはいるが、今度の場所はいたるところが穴だらけだ。
何かが爆発したかのように穴だらけの道、屋根と壁だけを残して中身が消し飛んでいる家々…。
ところどころは煙が燻っていて、炎が上がっている区画もある。
「何があったんですか?あっ、あそこに人影」
人影らしきものをポイントに少し映像が拡大される。
「えっ…何してるの…?」
なにか抱き合っている人たちがいると思ってよく見れば…それは、人が人を喰っている姿だった。
「酷いでしょ?」
「これが…本当に旦那様の世界?」
映像は次々と違う場所を映しだしていくけれど、どれも悲惨なものばかりで…。
「ある日ね。突然ある病気が発生したの。それは複数の原因によって発生していて、爆発的に増えたのはあるウィルスが原因だったわ」
「ウィルス?ウィルスとはなに!?」
「病気の原因の一つよ。とってもね。小さいの。目では当然見えないくらい小さなそれが体に入ってきて悪さするのよ」
「それで、それがどうしてこうなるの!?」
「この世界では60億の人達が生きていたのだけれど、それが一気に1億までに減ったのよ」
「60億!?凄い!そんなに人が!?食べ物は足りるの!?」
「ふふふ。そうね。食べ物も足りなかったかしらね」
「文明を維持できないくらい減ってしまった人たちは、残った無事な文明の利器たちを奪い合って殺し合ったわ」
「1億もいるなら、どうにでもできそうなのに」
「あなたがイメージしているのは、狩りをする日々じゃないかしら?そんな原始人のような生き方は、彼らにはできなかったのよね」
映像では殺し合って死んでいく人達が映し出されて、そのあまりに凄惨な様に私は思わず目をつむってしまう。
これは、戦いではない…。
多くの人たちが、燃やされたかと思えば、体中を穴だらけにして死んでいく。
「そして。世界は終わろうとしている。見て…ウィルスに支配された人間たちが、無事な人間たちを襲っていくわ」
「見たくない!」
「あら、そう。残念」
「この世界を旦那様が生きていたというの?」
「違うわ」
そう言うと、女神はもう一度指を鳴らす。
映像が消えて、私たちの見慣れたリビングの風景が返って来た。
「違う…?」
「勇者ソラは、自分の世界がああなったことは知らない。そうなる前に私がこの世界に転移させたから」
「エラは、旦那様を助けたということ…?」
「そうね。助けたのよ。でもね、マリー。あなたも感情でわかっていると思うけれど、ソラを助けたかったという理由だけで転移させたわけじゃないのよ。勇者をやらせていることからわかると思うけど…色々ね神の世界でも、色々なことがあるのよ。でもね、それは流石に言えないわ。あなたが、私を怪物のように見えるのは、それが原因ね。
でもね。ごめんなさいね。さすがにそれは言えないのよ」
エラは、心底聞かせられなくて残念といった風に、苦笑いしている。
「なんで、旦那様なのですか?」
「適正がね。あったのよ彼には。勇者になる適性が」
「それは一体…?」
「色々あるけどね。でも話すと長くなるからやめとくわ。他の神々がそっぽを向いている時間も、もうあまりないし」
「これを私に見せてどうしろと言うの?」
「わかるでしょ?私がソラに嘘をつく理由が…あんな地獄の世界に、ソラを帰せると思う?」
「…」
私は、何も言えなかった。
いや、私でも元の世界に帰せる力があったとしても、これを知ってしまえばうそをついてこの世界に引き留めるかもしれない。
「あなたにはね。勇者ソラがこの世界で根付いて…世界を救い続けてくれるように支えて欲しいのよね」
「…重いわ。随分と重いものを背負わせてくれたわね」
「えぇ、そうよ。これはね。私なりの祝福であり、嫌がらせなの」
「嫌がらせ…そうね。あなたもそうだったのね」
「えぇ。私はね、彼に恋しているのよ。一目惚れってやつね」
そう言うと、エラはペロっと舌を出した。
「そのぶりっこな仕草、いらっとするからやめて」
「あらぁ。女神にそんなこと言えるのあなたくらいかもね」
「おっと、さすがにこれ以上は、干渉できそうにないわ。最後に一つだけ。どうか、彼を幸せにしてあげてちょうだい。それには、マリー。あなたは、彼をもっと知る必要があるわ。もっと色々なことをして、色々な所へ行って、そしてたくさん彼と話して…」
そう言うと、エラの姿が徐々に透明になっていく。
「やれやれ…たぶん、これで本当に最後になるわきっと。お幸せに。狼のお嬢さん」
③
暗い…。
真っ暗闇だ…。
顔をどこに向けても…暗い…真っ黒…。
ねぇ、誰かいませんかー?
あぁ…光がある。
光は窓から差し込む日の光だった。
窓からは、空は青く…白い大きな入道雲が見える。
窓の前に幼い男の子が一人、金属製の板を凝視している。
魔力で動く情報端末であるタブレットに似ている。
時折、男の子は画面を指でなぞったり、押したりしている。
真っ黒の艶のあるショートカット、Tシャツに短パン姿で…。やや細い目が旦那様を思い出させる。
しばらくすると、母親だろうか?女の人が男の子にズカズカと近寄ったかと思ったら、右手を拳にして男の子の頭に勢いよく振り下ろした。
頭を抑えながらも泣くこともなければ、何かを言うわけでもない男の子。
ヒステリックな女の叫び声がいくらか響く。
やがて、男の子の手のタブレットを床に叩き落とすと、酷く残酷な言葉を吐き捨てて、その場を去っていった。
床のタブレットに目を落とすと、画面に亀裂が入ってしまっている。
亀裂の入っている画面を覗き込むと、髪の色も瞳の色もまるで違うが、どこか私に雰囲気の似ている狼の耳と尻尾を持った女の子が写っていた。
男の子はタブレットを拾うと、母親とおぼしき女が行った方向へ歩いていく。
④
「マリー?マリー?」
旦那様の心配そうな声にはっと目を覚ます。
私は、リビングでエラと話をしていたはずだけれど…。
おかしい。どうなっている?狐にでも化かされたか?
私は、ピンクのパジャマを着て、ベッドで旦那様の横で寝ていた。
「どうしたの?怖い夢でも見た?」
旦那様が心配そうに私の顔を覗き込んでいる。
旦那様の顔がなぜか歪んでちゃんと見ることができない。
自分が大粒の涙をぼろぼろ零していることに気がつくのに数秒要した。
「はい。旦那様。とても…とっても怖い夢を見ました…」
涙がとまらない。
びっくりするくらいとまらない。
旦那様がぎゅっと私を抱きしめてくれたけれど…。やがて声を出してわんわんと泣いてしまった。
私が旦那様を満たさなくては…。
私以外に誰ができるというのか…。
泣いて…泣いて…わんわん泣いて…。
幼い子供が癇癪を起して泣くように、もう成人したという私が…泣いた。泣き続けた。
旦那様は、泣き続ける私をちょっと困ったように見つめながらも、優しく抱きしめ続けてくださった。
「夜分遅くにごめんなさいね。狼のお嬢さん」
今、リビングのテーブルを挟んで、私と女神エルセフィーネが向かい合って座っている。
天井の照明魔道具の明かりがぼんやりと上から私達を照らすと共に、窓から差し込んでくる月の光が女神の身体に明るい部分と暗い部分のコントラストをはっきりとつけ、女神が立体的で現実的で、確かにそこに肉体として存在していることを教えてくれる。
この地のハイステータスな女性がよく着る、胸元と肩がばっくりと開いているそれでいながら、どこか上品な印象を受ける赤いワンピースに身を包んで、昼間見たときにきらきらと輝いていたオーラはなく、どこかの貴族のお嬢様のようなそんな印象を受ける出で立ちで、今私の目の前で優しく微笑んでいる。
「いえ。女神様、私に何か御用でしょうか?」
「そんなかしこまらなくていいわ。そうねぇ。今はエラって呼んでいただけるかしら?」
「エラ?」
「えぇ、今考えた私のもう一つの名前。エルセフィーネって呼びにくいでしょ?長いし」
「いえ、そんな…」
「私ね!女子会ってのをやってみたかったのよ!だから、私もあなたのこと、マリーって呼んでいいかしら?」
「そんな…恐縮でございます。女神様」
「だめよ。エラって呼んで?」
「では…エラ…世界への直接的な干渉は禁忌だったのでは?」
「えぇ、そうよ。他の神々に禁忌を犯さないか監視されているわ」
「では、どうして?」
「だからね。他の神々にはたくさんお願いして、今そっぽを向いてもらっているのよ」
「はぁ…?」
「もちろん、代償を払わなくてはいけないわ。私の身体もつかしら…でもね、それだけの代償を払ってでも、あなたとは話をしないといけないと思ったの」
「そんな…私のために…私はどんな代償を払わなければならないのでしょうか?」
「ふふふ。もうやめて?そんな堅苦しい言い方。あなた勘づいているんでしょ?」
この世界の女神のことだから、私の心なぞお見通しなのだろう。
旦那様は異世界人だから別として、私はこの世界で生まれ育っている。管理者である彼女に隠し事はできないのかもしれない。ならば…変にごまかしても時間の無駄だ。
「はい。あなたの最後の涙…あれはなんですか?あんな雑な噓泣き、私達を馬鹿にしているの?エラ?」
「いいわね!思い切りが良い子って大好き!」
「旦那様の前では、かしこまって女神然としていたのに、今のその様は、まるでその辺の市井の娘と変わらないわ」
「仕事モードとプライベートモード、男の前と女の前…顔が違って当たり前ではなくて?」
「女神にもプライベートがあるのね」
「そりゃね。なければやってられないわ。地獄のような決断の連続をさせられるのよ?しかも死ねないから永遠にね」
「…それは、同情するわ」
「ありがとう!で、マリー。私が嘘泣きをした理由…知りたいのでしょ?」
「えぇ。そうね。エラ。あなたは旦那様を元の世界に帰せる。違う?」
「えぇ、そうよ。帰せるわ」
「…あっさり認めるのね。そして、嘘をつき続けているんだ」
「女神が嘘をついてはいけないなんて法はないのよ?それに、私はあなたのことも、他の子も…この世界のあらゆる存在は…みーんな、自分の可愛い子供だと思っているの。
つまりね。子供たちが幸せになる結果を手繰り寄せられるなら、私はなんだってするのよ。
嘘だってつくし、他の神々が私に娼婦のまねごとをしろといえば、それで欲しい結果が得られるなら喜んでするわ?」
「この世界の人たちのために、旦那様を犠牲にしている…ということですか?」
「ちがうわ。ちがうのよマリー。そういう風に思われていると思って、今夜は来たの」
「どういうこと?」
「勇者の妻であるマリー…あなたには、ちゃんと理由を知っていて欲しくて…そして、それが勇者をこの世界を救済し続けてくれる結果をもたらしてくれると思ったからよ」
私が返事に困っていると、エラは左目をウィンクする。
こういうの可愛いでしょ?と言われているようで、ちょっとイラっとする。
「見る方が早いわね…」
女神が右手で指を鳴らすと、私たちの空間が歪み始め、リビングのテーブルとイス、そしてそこに座る私たち以外が、ぐにゃっと歪んで、おかしな風景を映し始めた。
「これは…」
「心配しないで。ただの映画よ」
「一体どこの映像なのですか?」
「もちろん、貴方の愛しの旦那様の世界のものよ…」
エラのルビーのような赤い瞳が…どこか哀しそうに輝いた。
②
鉄の鳥
鉄の馬車
天に届くであろう高い高い…それでいて大量の塔
驚くほど平らに整地された道が…うねうねと大量に走っていて、場所によっては空中すら走っているかのよう。
「これが…旦那様の世界?」
「そうよ」
「凄い…あんな高い建物が…たくさんある…」
「あそこでね人間たちが働いていたのよ」
「いた?」
「よく見てちょうだい。人間の街なのに、人影があって?」
確かに、かなり高度な文明であることが誰の目でも明らかなその世界に、人影は一つもない。
「ここは、まだ綺麗な方だからよくわからないわね」
映像が早送りのようになり、別の場所を映し始める。
「砂漠?」
そこは、何もない。ただただひたすら砂漠が広がっている。
「ここも今はただの砂漠だけどね。さっき見せたような巨大な都市があったのよ」
映像は更に進む。
次に映し出されたのは、最初に映し出された巨大な都市に似てはいるが、今度の場所はいたるところが穴だらけだ。
何かが爆発したかのように穴だらけの道、屋根と壁だけを残して中身が消し飛んでいる家々…。
ところどころは煙が燻っていて、炎が上がっている区画もある。
「何があったんですか?あっ、あそこに人影」
人影らしきものをポイントに少し映像が拡大される。
「えっ…何してるの…?」
なにか抱き合っている人たちがいると思ってよく見れば…それは、人が人を喰っている姿だった。
「酷いでしょ?」
「これが…本当に旦那様の世界?」
映像は次々と違う場所を映しだしていくけれど、どれも悲惨なものばかりで…。
「ある日ね。突然ある病気が発生したの。それは複数の原因によって発生していて、爆発的に増えたのはあるウィルスが原因だったわ」
「ウィルス?ウィルスとはなに!?」
「病気の原因の一つよ。とってもね。小さいの。目では当然見えないくらい小さなそれが体に入ってきて悪さするのよ」
「それで、それがどうしてこうなるの!?」
「この世界では60億の人達が生きていたのだけれど、それが一気に1億までに減ったのよ」
「60億!?凄い!そんなに人が!?食べ物は足りるの!?」
「ふふふ。そうね。食べ物も足りなかったかしらね」
「文明を維持できないくらい減ってしまった人たちは、残った無事な文明の利器たちを奪い合って殺し合ったわ」
「1億もいるなら、どうにでもできそうなのに」
「あなたがイメージしているのは、狩りをする日々じゃないかしら?そんな原始人のような生き方は、彼らにはできなかったのよね」
映像では殺し合って死んでいく人達が映し出されて、そのあまりに凄惨な様に私は思わず目をつむってしまう。
これは、戦いではない…。
多くの人たちが、燃やされたかと思えば、体中を穴だらけにして死んでいく。
「そして。世界は終わろうとしている。見て…ウィルスに支配された人間たちが、無事な人間たちを襲っていくわ」
「見たくない!」
「あら、そう。残念」
「この世界を旦那様が生きていたというの?」
「違うわ」
そう言うと、女神はもう一度指を鳴らす。
映像が消えて、私たちの見慣れたリビングの風景が返って来た。
「違う…?」
「勇者ソラは、自分の世界がああなったことは知らない。そうなる前に私がこの世界に転移させたから」
「エラは、旦那様を助けたということ…?」
「そうね。助けたのよ。でもね、マリー。あなたも感情でわかっていると思うけれど、ソラを助けたかったという理由だけで転移させたわけじゃないのよ。勇者をやらせていることからわかると思うけど…色々ね神の世界でも、色々なことがあるのよ。でもね、それは流石に言えないわ。あなたが、私を怪物のように見えるのは、それが原因ね。
でもね。ごめんなさいね。さすがにそれは言えないのよ」
エラは、心底聞かせられなくて残念といった風に、苦笑いしている。
「なんで、旦那様なのですか?」
「適正がね。あったのよ彼には。勇者になる適性が」
「それは一体…?」
「色々あるけどね。でも話すと長くなるからやめとくわ。他の神々がそっぽを向いている時間も、もうあまりないし」
「これを私に見せてどうしろと言うの?」
「わかるでしょ?私がソラに嘘をつく理由が…あんな地獄の世界に、ソラを帰せると思う?」
「…」
私は、何も言えなかった。
いや、私でも元の世界に帰せる力があったとしても、これを知ってしまえばうそをついてこの世界に引き留めるかもしれない。
「あなたにはね。勇者ソラがこの世界で根付いて…世界を救い続けてくれるように支えて欲しいのよね」
「…重いわ。随分と重いものを背負わせてくれたわね」
「えぇ、そうよ。これはね。私なりの祝福であり、嫌がらせなの」
「嫌がらせ…そうね。あなたもそうだったのね」
「えぇ。私はね、彼に恋しているのよ。一目惚れってやつね」
そう言うと、エラはペロっと舌を出した。
「そのぶりっこな仕草、いらっとするからやめて」
「あらぁ。女神にそんなこと言えるのあなたくらいかもね」
「おっと、さすがにこれ以上は、干渉できそうにないわ。最後に一つだけ。どうか、彼を幸せにしてあげてちょうだい。それには、マリー。あなたは、彼をもっと知る必要があるわ。もっと色々なことをして、色々な所へ行って、そしてたくさん彼と話して…」
そう言うと、エラの姿が徐々に透明になっていく。
「やれやれ…たぶん、これで本当に最後になるわきっと。お幸せに。狼のお嬢さん」
③
暗い…。
真っ暗闇だ…。
顔をどこに向けても…暗い…真っ黒…。
ねぇ、誰かいませんかー?
あぁ…光がある。
光は窓から差し込む日の光だった。
窓からは、空は青く…白い大きな入道雲が見える。
窓の前に幼い男の子が一人、金属製の板を凝視している。
魔力で動く情報端末であるタブレットに似ている。
時折、男の子は画面を指でなぞったり、押したりしている。
真っ黒の艶のあるショートカット、Tシャツに短パン姿で…。やや細い目が旦那様を思い出させる。
しばらくすると、母親だろうか?女の人が男の子にズカズカと近寄ったかと思ったら、右手を拳にして男の子の頭に勢いよく振り下ろした。
頭を抑えながらも泣くこともなければ、何かを言うわけでもない男の子。
ヒステリックな女の叫び声がいくらか響く。
やがて、男の子の手のタブレットを床に叩き落とすと、酷く残酷な言葉を吐き捨てて、その場を去っていった。
床のタブレットに目を落とすと、画面に亀裂が入ってしまっている。
亀裂の入っている画面を覗き込むと、髪の色も瞳の色もまるで違うが、どこか私に雰囲気の似ている狼の耳と尻尾を持った女の子が写っていた。
男の子はタブレットを拾うと、母親とおぼしき女が行った方向へ歩いていく。
④
「マリー?マリー?」
旦那様の心配そうな声にはっと目を覚ます。
私は、リビングでエラと話をしていたはずだけれど…。
おかしい。どうなっている?狐にでも化かされたか?
私は、ピンクのパジャマを着て、ベッドで旦那様の横で寝ていた。
「どうしたの?怖い夢でも見た?」
旦那様が心配そうに私の顔を覗き込んでいる。
旦那様の顔がなぜか歪んでちゃんと見ることができない。
自分が大粒の涙をぼろぼろ零していることに気がつくのに数秒要した。
「はい。旦那様。とても…とっても怖い夢を見ました…」
涙がとまらない。
びっくりするくらいとまらない。
旦那様がぎゅっと私を抱きしめてくれたけれど…。やがて声を出してわんわんと泣いてしまった。
私が旦那様を満たさなくては…。
私以外に誰ができるというのか…。
泣いて…泣いて…わんわん泣いて…。
幼い子供が癇癪を起して泣くように、もう成人したという私が…泣いた。泣き続けた。
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