鉄人リリーは未だに恋を知らない

神夜帳

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鉄人リリー ①

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 鉄人——

 いつからそう呼ばれただろうか。

 外からは性別すらわからない真っ黒な全身鎧に身を包んで、常に最前線に立ち敵の攻撃をさばく。

 己の背中の向こう側には、仲間の魔術師やアーチャー、スカウトなど様々な人達。

 守らなくてはならない大切な命たち。

 別に格好をつけているわけではない。

 自分からそう名乗ったわけでもない。

 故郷で口減らしのために売り払われて、その道中に盗賊に襲われて、使ったこともない剣と盾を拾って振り回して……。

 才能があったのだろうか?

 辛酸苦難を嫌というほどに舐めた先にあったものは、ダンジョンで味方を守る盾として生きる道。

 最初は拾った安物の剣と盾。

 次に、中古の傷が入った半帽型の兜。

 そのまた次は、鋼鉄製のガントレットとグリーヴ。

 小銭が貯まった頃に、鎖を編んだ鎧、チェーンメイル。

 鉄人として名の知れた頃、全身をすっぽり包む全身鎧のスーツアーマーに買い替えた。

 段々と装備が充実していって、段々と一緒に戦う仲間が増えていく。

 背負う命が増えていき……。

 女でいる時間が減っていく日々。
 季節は巡り、鉄人こと、ノーラ村のリリーの齢も24を数えた……。

 ベッドを共にする男もいる。

 だというのに。

 自分はまだ恋を知らないのかもしれない——

 


 リリーは、高価そうなロングソードを地面に突き立て、身長178㎝の身体をすっぽりと隠せるほど大きな長方形の盾、ラージシールドを近くの木に立てかけた。

 夕陽が世界を茜色に染め上げる中、ゆっくりと兜を脱ぐ。

 途端に広がっていく黒くて長い髪の束。

 カラスの濡れ羽色。

 艶やかな黒い長い髪の毛が風に吹かれて、気持ちよさそうに揺らめく。

 色白で整った顔に、太めの眉、そして、強い意思がこもった凛々しい瞳は何を見ているのか。
 額や首から流れる汗をそのままに、汗ばんだ肌は夕陽の光を絹のようにたおやかに反射する。

 


「今日も生きてる。今日も守った」

 鈴のような凛とした女性らしいソプラノの声。
 風にはためく自分の髪をそっと左手で抑える。

 後ろには、ダンジョンの入り口前で羽を伸ばす戦いの終わった仲間達。

「おーい。リリー。今日の反省会はどうする?」

 仲間の斥候、スカウトであるギムレットがリリーに声をかける。

「すまない。今日は家に帰るとするよ」
「そっかー。わかったー」

 反省会という名の飲み会。
 リリーはほとんど参加したことが無い。

 その様子を見ていた魔術師の女の子のイーシャがむすっとした様子でリリーに声をかける。

「ねぇ。リリー? なんで、あんなやつがいいの? あたしね。あんな男ならギムレットの方が100倍マシだと思うの」

 リリーから見ても可愛らしいと思う女の子。
 自分とは違って、いつだって悪目立ちしない程度にメイクを決め込み、下着だって上下ちゃんと色どころか、デザインも揃える。
 面倒で洗濯して乾いたものから適当にチョイスする自分とは大違いだ。
 メイクだって、兜の中の滝のような汗の前には無意味だと最初から諦めているが、イーシャはちょっと高い水に強いものを使っているらしい。

 男が守りたくなるような愛らしい顔立ちに、コートの下のドレスシャツでは隠しきれない豊かな胸。
 匂いにだって気を使っていて、日によって違う香りを身に纏っている。

 自分とはまるで生きる世界が違う。
 だが、そりが悪いわけではなかった。
 一歩間違えれば全て悪口に聞こえそうなイーシャの言動の奥に、きらりと光る人情の輝き。

 その輝きに、気持ちが救われたことも数多い。

「ギムレットか……。」

 リリーが顎に手を当てながら、ちらりとギムレットに視線を向ける。
 自分より少し背丈の小さな男が、他の仲間達に屈託のない笑顔を向けている。
 ギムレットは気持ちの良い青年だ。
 そして、自分に対する視線に少し浮いた熱が含まれているのは鈍感なリリーにもわかっていた。
 その熱には性的なものは感じられなくて、真っすぐ自分の中を見つめているそんな視線であることも。
 
「そうだね……。ギムレットはいいかもしれないな……」

「じゃあ、なんで?!」

 イーシャが頭を抱える。

「あんなね。すぐ借金はするわ。浮気はするわの男別れなさいよ。この前の借金だって、あんたが返したんでしょ? 信じられない。そんなんだから、調子に乗るのよ」
「うーん。でも、あいつ手を上げたことないし、身の回りのことしてくれるし、浮気しても最後は返ってくるし、借金もまぁ……ダンジョン2回くらい潜れば返せる額だし」

 イーシャは丸い瞳を更に丸くする。

「あぁ……あんたね。鉄人に手を上げられる男が一体この世に何人いるっていうのよ。少なくともこのイリスヴェルグではいないと思うわよ……」
「ふむ……そうだろうか」
「そうよ」

 遠くで鴉の鳴き声がする。

「カラスが鳴くからかーえろっと」

 リリーは少しおどけて言うと、仲間達にくるりと背を向け歩き出す。

 イリスヴェルグの自宅。
 仲間がダメ男だと非難する相方の元へ。

「今日はいるのかな? それとも、別の女のところかな?」

 がしゃりがしゃりと足音を立てながら街へ向かい歩いて行く。
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