悪役令嬢はお仕置きされたい

神夜帳

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第1章

第1話 出会い Ver0.5

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この世界が昔プレイした乙女ゲーの世界にそっくりなことに気が付いたのは、5歳の時、森で猪のような魔物にはねられて、後頭部を木の根っこに叩きつけられたからだ。

なんで男の俺が乙女ゲーなんかプレイしたかといえば、びっくりするくらいちゃんとアクションRPGしていて、特に戦闘アクションがとても面白かったからだ。
近年、女の子も死にゲーと名高いゲームを遊ぶようになってきたとはいえ、こういった乙女ゲームを遊ぶ層はガチのアクションは苦手な人がまだまだ多いんじゃないだろうか。俺の妹も戦闘システムや行動キャンセルからのコンボへのつなぎ等がいまいちわかっていないようで、ヘルプされて遊び始めたら俺自身がハマりこんでしまった。

「あなた! 大丈夫!?」

俺の後方から幼い女の子のソプラノの声が響いてくる。
この世界が乙女ゲーの世界なのか、それとも乙女ゲーの世界にたまたまそっくりな異世界なのか、それはわからないが、声の主は乙女ゲーでいうところの悪役令嬢役であるエアリー・フォートブラッドだ。

カイン。苗字なしの村人。
それが、この世界の俺の名前であり、多少体が丈夫なだけの至って普通の村の子供だ。
今年で6歳。
前世は、普通の医療系の営業をやっていて、確か……過労で、車の中で眠るように死んだんじゃないだろうか。
最期の記憶は、自分が死んだと認識せずに死んだせいかいまいち曖昧だ。

「あぁ! ごめんなさい! 私が! こんなところに来たいって言ったから!」

エアリーの嘆きが聞こえてくる。
猪のような魔物、ボアラスの鼻息が聞こえてきて、ざっざっと後ろ足が土を何度か蹴り飛ばしているのが聞こえてきた。
再度、こちらに突撃して止めを刺そうとしているのがうかがいしれる。
後頭部はまだじんじんと痛いが、そんなことを言っている場合ではない。
がばっと飛び起きて、相手を見据える。

口からは蒸気が漏れるように白い……魔力だろうか? が噴き出していて、目は真っ赤に妖しく輝き、口からはサーベルのように鋭い二本の牙が見て取れる。強烈な獣臭さが鼻をつく。
6歳の自分からは、身長より大きく見えるその巨体が、自分に狙いを定めて……と思ったら、一気に駆け出した。

「きゃあ!」

俺が殺されると思ったのだろう、エアリーの悲痛な叫びが聞こえてきたが、大丈夫だ。
全てを思い出した今、俺はさっと腰に携えていたナイフを右手で抜くと、ボアラスが自分の身体に接触するか否かのタイミングでナイフを前に突き出した。
身体から魔力がほとばしって青く輝き、その輝きは自分の全身を包んだうえで、ナイフをまばゆく輝かせた。

パリィ!

吹き飛ばされたのは俺ではなく、ボアラスだった。
技が決まり、青い魔力の奔流によって空高く打ち上げられたボアラスは、そのまま地面に受け身をとることなく激突し、その重たい自重によって大ダメージを受けた。
口から赤い血を多量に吐いたところを見ると、内臓にも多大なダメージがあったに違いない。
俺はボアラスが起き上がる前に、走って一気に近づき、その喉元にナイフを突き立てて一気に斬り裂いた。

空が、視界が、噴出した魔物の真っ赤な血で赤く染まる。

魔法の世界は便利だ。
普通であれば子供の筋力で固い毛皮に覆われたこの魔物にダメージを負わせることは不可能だろう。しかし、魔力によって身体強化ができるこの世界では、6歳の俺でも魔力操作さえできれば大人顔負けの力がふるえるわけだ。
その代わり、この世界のS級の戦士は、本当に化け物ぞろいなわけだけれど……。

ボアラスが息絶えたのを確認したところで、後方の木陰に隠れていたエアリーの元へ行く。
朗らかな陽気で木漏れ日がきらきらと輝いている。
前世の記憶と魂が蘇った俺と、6歳までこの世界の住人として生きてきたカインの記憶と魂が、一歩、また一歩と足を踏みしめる度に、段々と溶け込んで一つになっていくのが実感できる。
それと共に、転生時に女神なんかに出会った覚えはないし、チート能力を授けられた覚えもなかったが、この体の奥底から膨大な魔力の奔流を感じる。転生者特典は一応貰っているということなのか? それとも、元々この体は魔力の生成量が多いのか……。

そうだ。
なんでこんなところで魔物に襲われているかといえば、湯治が有名な温泉の村として有名なこの地に、エアリー一家がやってきて……。
それで、暇を持て余したエアリーの相手を俺が言いつけられ、わがまま令嬢のエアリーの好奇心による暴走を止めることができず、こんな森の奥まできてしまったというわけだ。

「あなた……血が……」

俺がエアリーの前まで行くと、全身血まみれになった俺の姿を見て顔をさーっと青ざめさせる。

「大丈夫だ。全部返り血だよ。頭はまだジンジン痛いけどね」
「そ、そう……。よ、良かったわ! あなた強いのね!! お父様に言って当家で雇って貰うように言ってみるわ!」
「はぁ……。そりゃ嬉しくて涙が出ますな。でも、その前にね」

彼女から見たら俺の目がギラリと光ったように見えた事だろう。
悪役令嬢になる前のエアリーは、それはそれは我儘っぷりは凄いもので、十分な素質を持っていた。
このまま突き進めば、将来、お約束のシーンで断罪されて、処刑されてしまうのは目に見えている。

「な、なんですの?」

エアリーが青い瞳に少し怯えた色を携えてキョトンとしている。
俺はエアリーの胸倉をつかむと、一気に自分に引き寄せ……そして……。

「痛い! 痛い! なんですの!? 私にこんなことをして! ただで済むとお思いですの!?」

俺はしゃがんで、エアリーの上体を膝にのせると、ロングスカートをたくし上げ、ドロワーを降ろして、露になった白い肌のお尻を容赦なく平手打ちを叩きこんだ。
一発、二発と。

「お父様にあなたなんか極刑にしてもらうように進言するわ!」

涙目でそうのたまうエアリーのお尻に、さらに容赦なく平手打ちを叩きこむ。
五発、六発と叩きこんだところで、エアリーが大声で泣き叫んで言った。

「わかりましたわ! わかりましたから! 反省しました! もうしません! お父様にも言いません! だから許して!!」

俺はため息一つついてから「その前にごめんなさいは?」と言うと、エアリーはしくしくと泣きながら「ごめんなさい……」とぽつりと言った。

「よろしい……。では、村に帰りましょう。あまり遅くなると皆も心配するでしょうから」
「別に……私のことなんて誰も心配なんてしやしないわ……」
「そんなことはないでしょう?」
「いえ。お父様もお母さまも私自身には興味が無いの。いつも難しい政治の話をしていて、私の話は聞いてくれないし、叱ってもくれない……」
「なるほど。それでは、これからは私があなたを褒めて、時にはこうやって叱りましょう」
「え? というか、あなたなんなんですの? さっきまでただのクソガキだったくせに、急に大人びて……頭でもうちましたの?」
「えぇ、うちましたよ? 見てなかったんですか? こういった無茶な行動も両親に注目されたくてやっているんですか?」
「そ、そんなことないわよ!」
「そうですか。でも、安心してください。これからは、俺があなたを褒めて、そして、お仕置きします」
「な、なんでよ!?」
「なんで? うーん、そうですね。あなたのことが好きだから……でしょうか」
「私のことが好き!? なんで!? 会ったばかりだし! 嘘でしょ!?」

嘘ではない。
乙女ゲーに登場するキャラクター達の中で、一番好きなのはエアリーだった。
黒いロングヘアーに、魔力のこもった青い美しい瞳、常に小悪魔的な笑みを浮かべてヒロインをいじめる悪役令嬢。
しかし、その裏では、両親に政治の駒としてしか扱われない寂しさがあり、誰も叱らない、叱れない、からこそ行動がエスカレートするものの、なんだかんだで自分の身内には優しく遇するツンデレなところもあり、いまいち憎みきれない。
そして、なによりやや釣り目の勝ち気な顔に、スレンダーながらしっかり主張する胸、すらりとした足。

――今は5歳だからチンチクリンだが――。

悪役だからこそ、美しく、そして苛烈。
その様が宝石のように輝いて見えた。
俺自身がヴィラン好きというのもあるのだろう。
某ロボットアニメでは、ずっと敵勢力が好きだったし、某バイクに乗るヒーローものでは悪役に心を惹かれた。

悪役は散ってこそ輝く。
だから、エアリーも悪をなしたうえでギロチンで処刑されるまでがセットで美しいのかもしれない。

「だけど……。それはゲームの世界の話で、生きたこの世界では……それは、あまりに悲しいし、なによりもったいない……」
「あなた、さっきから何をぶつぶつおっしゃっていますの?」
「あぁ……すまない。さて、どうだろうか? 俺の強さはわかってくれたと思う。まだ6歳でこの実力なら将来も有望だ。どうだろうか? 助けた恩を返すとして君の護衛として雇わないか?」
「あなた正気ですの!? 助けた恩は、私のお尻を叩いたことで帳消しですわ!」
「叩かれて嬉しかったろう?」
「なっ!? 嬉しいわけありませんわ! 痛かったですわ! すっごく!!」
「そうだね。じゃあ、言い換えよう。叱られて嬉しかったろ?」
「はぁ?! あなた何様!? 誰が、どこの馬の骨かもわからないクソガキに叱られて嬉しいのよ?!」
「エアリー。俺だけだ」
「は? なにがですの?」
「君のことを正面から向き合い続けられるのは俺だけだ」
「なっ!?」

俺はエアリーにひざまついて、その小さな白い手を握って言った。

「俺は、君のことを絶対に裏切らないし、ずっとそばにいる。君が良いことをすれば褒めて、悪いことをすればちゃんと叱るよ」

エアリーの顔はみるみる真っ赤にそまって、また口をパクパクさせてなにかアワアワとつぶやくと

「じゃあ! うちのヴィラ―と戦って勝ったらお父様にお願いしてあげるわ!!」
「イエス。マイマスター」

俺がちょっと気取って答える。ちょっと寒いかとも思ったが、世界観的に問題ないはずだ。
ヴィラ―というのは、フォートブラッド家の護衛隊長のことだった。
俺からすれば楽勝だった。
身体能力の差が大きいので、一度に与えられるダメージは、それこそRPG風に言うならば1しか与えられなかっただろうが、死にゲーにもハマっていた身からすれば、相手に1でもダメージが入るのならば、いつかは倒せるわけだ。
俺は、ゲームの技術をうまく魔力で再現して、パリィ、緊急回避、スウェー、ジャストガード、ジャストアタック……などなど、戦闘時間は実に2時間に及んだが、無事ヴィラ―を倒すことに成功した。

その結果は、誰もが目を丸くした。
エアリーの両親も、俺のこの世界の両親も、村長も、そして、エアリーも……。

地面に横たわったヴィラ―の横で、満月を背に俺はにこやかに笑ってエアリーに言った。

「これから末永くよろしくね」

エアリーの顔が引きつっていたようにも見えたが、今は気にしないことにしよう。
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