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第2話 きんべんな俺とあまえる彼女

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 駅前にある高層マンション...。
3年ほど前に建てられたそのマンションは地上48階建てであり、その最上階に彼女は住んでいた。


「どうぞ」


「...お邪魔します」と、少し先に警戒しながら中に入る。


 綺麗とか豪華なんていう言葉では表せないほどの大豪邸がそこにあった。
これが...タワマンか。


「そんなにキョロキョロしなくても今日は誰もいないわよ。安心しなさい」


「...てっきり家にごつい彼氏を名乗る男がいて金品を要求されるのかと思いました」


「そう思うならなんでほいほい付いてきたのよ」


「...そりゃ...冗談で100万円くれたら行くって言ったら、本当にATMで100万円を下ろすから...」


「あげると見せかけてあなたを誘き出すために下ろした...とは考えなかったの?」


「俺みたいな何の取り柄もない貧乏学生にそんな嘘をついてまで、誘き出す必要がないでしょ」


「それだけの理由?」


「それだけで十分でしょ。...それで?本当にくれるんですか?」


「えぇ、約束は守るわ」


「...でも、タダでくれるわけじゃないんですよね?俺に何をさせるつもりですか?鉄骨渡りですか?それとも紐なしバンジーですか?もしくは1億円の騙し合いゲームですか?」


「あら、本当に話が早くて助かるわ」


「...マジでさせる気かよ」


「いえ。私ね...半年くらい前にとても悲しいことがあったの」


「悲しいこと?」


「えぇ。小さい時からずっと一緒だった愛犬が亡くなってしまったの...。それからぽっかりと心に穴が開いてしまってね」


「...?」


「つまりね、私はペットが欲しいのよ」 


 こいつは一体何の話をしてるんだ?


「...じゃあペットを飼えばいいんじゃないですか?あぁ、亡くなったペットに似たペットを探して来いとかですか?」


「あなたってすごく馬鹿なの?」


「...」


「ペットが亡くなって悲しいのに、またペットを飼うわけないじゃない。というか、話の流れ的に何が言いたいかわかるでしょ?」


「...もしかして...そういうことですか?正気ですか?」


「えぇ。お察しの通り、今日からあなたには私のペットになってほしいの。いえ、ペットになりなさい」


「...俺に犬の代わりなんて無理なんですけど。てか、人間と犬じゃ全然違うじゃないですか」


「犬じゃダメなこともあるのよ」


「...どういうところがですから」


「ほら、私ってすごく可愛いじゃない?だから、街に出かければナンパされるし、公共交通機関を使おうものなら痴漢されるし。まぁ、それぐらいかわいいし仕方のないことだけれど、不快は不快だし、たまにはそういうの気にせず、自由に外に出たり、気軽に買い物に行ける友達も欲しいの」


「...それは普通に女友達と行けばいいんじゃないのか?」


「あなた、阿呆なの?女の子2人で歩いていたら余計にナンパされるじゃない。だから、ペット兼男友達的な人を探していたのよ。いえ、この場合はペット犬男友達になるのかしら」


「...それはどっちでもいいですけど。なんで俺なんですか?」


「そんなの決まってるじゃない。あなたが亡くなったクルミにそっくりだったからよ」


 犬と似てるとか嬉しくねぇ...。


 てか、なんだこの超怪しげな取引...。
犬というのは何かの隠語で実は麻薬の売買の取引に俺を使ったり...。
いや、そうだとしても即金で100万円が手に入るなら...。


「ちょっと...色々条件とか確認したいのですが」


「あら、違うわよ。そうじゃないわ。あなたは犬なのよ?返事はYESかワンよ」


 有無を言わせないとはまさにこのことである。
いや...まぁ、そうだな。俺に選択肢なんてない。


「...ワン」


「はい、お利口ね」と、彼女はテーブルに置いてあった紙を手渡す。
それは...誓約書だった。


「...」


「詳しい条件はここに書いてあるわ。そうね...サインは肉球の母印でもいいわよ?」と、彼女は本当に楽しそうに不敵に笑いながらそう言うのだった。


 ◇10分後


 俺は誓約書とにらみ合っていた。


 誓約書の内容について簡単にまとめるとこうだった。
1.契約の期間は本日(2024年6月16日)から2026年3月31日までであること。
2.現在住んでいる家については退去し、同棲をすること。
また、同棲にあたってかかる費用や生活費(学費、食費、移動費、交通費、衣服費用、交友費、その他雑費すべて)は秋本クロエが負担すること。
3.電話もしくはRINEについては特別な事情を除き5分以内に返答すること。
(破った場合にはお仕置き)
4.彼女を作らないこと。
5.秋本クロエが命令やお願いごとにはYESまたはワンと返事をすること。
(命令やお願いと宣言した時に有効)
6.また秋本クロエは契約期間中に1度だけこの誓約書の内容の一部を変更、削除をすることができる。
7.この関係・契約について一切他言してはいけない。
8.上記契約に違反していない場合、半年に1回ボーナスとして『100万円』貰うことができる。
9.この契約を破棄する場合には罰則として『100万円』が発生する。


 まぁ...基本的には問題はないか。
いや、問題はあるのだが...、それよりはるかにメリットが上回っていた。


 万が一違反したとしても、今貰える100万円を返すだけで実質プラマイゼロになるわけか。


「私、待たされるのがあまり好きではないの。制限時間は1時間にしましょう。そうね...今の時間が8:50だから...9:50までね」


 突然の制限時間ルール。
しかし、俺は反抗することなどできずに「ワン」と、返事するのだった。


 ――1時間後


 そうして、ゆっくりと時間をかけて誓約書に問題ないことを確認し、サインをするのだった。


「...はい」


「はい、よくできました。いい子いい子」と、頭を撫でられる。


「...ワン」


「あら、可愛いわね。それじゃあ、これから色々手続きも必要だと思うし、今日のところはシャワーを浴びて寝ることにしましょう。...あー、そうね...。最初の命令は『お風呂に一緒に入る』なんていう命令してみようかしら?」


 一瞬動揺して『いや』という言葉を発しそうになり、その言葉をなんとか飲み込む。


「...ワン」


「ふふっ、冗談よ」と、高貴な笑みを浮かべながらシャワーに向かうのだった。


「のぞいちゃダメよ?」


「...覗かないですよ」


 そうして、彼女のいなくなったリビングのソファに深く腰掛ける。


「...ふぅ」


 めちゃくちゃ柔らかいソファだった...。
何インチあるかわからないほど大きいテレビに、まったく理解ができないが高そうな変な絵、大家族用みたいな大きな冷蔵庫に、無数の部屋。
流石は高層マンションだこと...と思った時に違和感を覚える。


 ふと、彼女の言葉が脳裏をよぎった。


『そんなにキョロキョロしなくても今日は誰もいないわよ。安心しなさい』


 ...今日は?ということは彼女はここで一人暮らしをしているわけではない...?
つまり場合によっては彼女の両親の前でまるで、犬のような振る舞いをさせられるということなのか!?
おいおいおいおい...冗談だろ...?


 そんな悶々とした気持ちを抱くが、今さらどうしようもないと思い大人しく携帯電話をいじることにした。


 すると、元樹から『早速ホテルで彼女...剥いちゃいました』という、恐らく甘栗剥いちゃいましたとかけた感じのRINEが来ていた。


 まぁ、向こうは俺がとっくに帰ってると思ってるもんな...。


 そんなことをしていると、少し経ってから秋本さんがお風呂から上がる。


「お次、どうぞ」


「...あ...どうも」


 湯上りのなんとも艶めかしい彼女の姿に思わず一瞬見惚れてしまうのだった。





  すると、彼女は心を見透かしたように笑うのだった。


 そして、彼女はそのまま俺の横に座る。
すげー良い匂いがした。


「あら、ペットのくせにご主人様に欲情してるのかしら?」と、下半身を指差してそう言った。


「...生物としての当然の反応をしたたまでです」


「ふふっ...そう。それは仕方ないわね。それと...その敬語やめてくれる?なんだか距離を感じてしまうわ」


「...わかりま...わかった」


「えぇ。その方がいいわ」


「それじゃあ、お風呂借ります...」


 そんな会話を交わして少ししてから脱衣所に向かうと、バスタオル、フェイスタオル、そしてパンツと着替えが置いてあった。
ちなみに着替えは...犬のパジャマであった。


 あの誓約書といい、このパジャマといい...すべては彼女の計画のうち...ということなのだろう。


 そうして、ゆっくりとシャワーを浴びてから、万が一家族の方が居たら...と思いながら深呼吸をし、覚悟を決めてからリビングに行く。


 しかし、やはりそこには彼女の姿しかなかった。
その彼女というと、ソファの上で眠っているようだった。


「さて...どうしたものか」と、呟く。


 選択肢はいくつかある。
1.彼女に布団をかけて俺は彼女の寝室で寝る
2.彼女をベットに運び、一緒に寝る
3.彼女をベットに運び、俺はソファで寝る


 恐らく、通常の答えは3である。
まぁ、これが一番間違いない選択肢である。
しかし、彼女が求めている理想は恐らく2...。とはいえ一歩間違えば、帰ってくるであろう彼女の家族に...殺されるかもしれない。


 はぁ...でもまぁ...2なんだろうな。


 そう思い、先に寝室の場所を確認し、彼女を抱きかかえたまま寝室に向かい、ゆっくりとベットに降ろして、俺もその横で寝転ぶ。


 すると彼女は「ふふっ、90点」というのだった。


「...やっぱ狸寝入りか」


「あら?気づいていたの?」


「俺をどの程度信用してくれているか知らんけど、普通初対面の男が一緒にいる空間で警戒もせず寝るわけないからな」


「あら?私はあなたのことを信用しているつもりよ?...まぁけど、もし無理やりいかがわしいことをしようとしてたら、これをつかうつもりだったけど」と、ポケットからスタンガンを取り出すのだった。


 ...人並みの貞操観念があってよかったぜ。


「...それで?ちなみに残りの10点は何をすればよかったんだ?」


「あら、勤勉ね。...そうね。私を運ぶ前か後に顔をぺろぺろしてくれたら100点だったわ」


「変態じゃねーか!」


「違うというの?」


「...はい。まぁ...変態だけど...」


「よろしい」と言いながら彼女は横になりながらこちらに向かって両手を広げる。


「...何?」


「あら?あなたペット飼ったことない?私は毎晩クルミを抱いて寝ていたのよ?」


「...マジで言ってんの?」


「ふふ。これは命令よ?私に抱かれて寝て頂戴」


 俺の答えはワンであった。
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