ソード・ダンサー

すあま

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第2話 エキスパートの実力

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 ドワーフが作り上げた地下都市ガイア・ドヴェルギア。ここをアリュフこと俺は冒険者の拠点としている。受ける依頼は、別名"掃除係"と言われる、おぞましい害獣達の退治だ。

 大昔にイーブルトピアから逃げて来た民族を受け入れ地下都市は大きくなったとかで、今は大陸最大の貿易都市となり栄えていた。大きさ的な目安は人口約九千人程。ガド政会。正式名称、ガイア・ドヴェルギア行政委員会。そこから発表されている、何の役に立つのか俺には分からん数値だ。

 この地下都市は6区画に分けられている。今の出発時間からだと、冒険者ギルドから最も遠くの区画でしか稼げない可能性が高い。その現場は1区画分、凡そ千五百人が作り出す生活排水が流れる迷路の様な地下水路だ。ダンジョンや塔よりは比較的危険度は低い。しかし、そこは既に様々な生態系を形成する未開の地。人の手でどうこう出来るものではなかった。

 依頼内容は不潔極まりない空間に棲息する生物とそれを捕食する魔獣退治。それらが街へ溢れない様に依頼が出ている。前述した通りソロでも可能だが、報酬は安く歩合制。モノ好きか冒険者としては向いてないと呼ばれる連携の取れない連中の溜まり場となっていた。

 そんな依頼の手伝いにこのシルバーAランクの助っ人。場違いだ。何だかコッチがこんな依頼で申し訳ない気持ちでいっぱいになる。毎日毎日底辺冒険者。抜け出したい輩はいるはずだ。そう思って欠かさずに毎回、手伝い依頼を出していた。願ったり叶ったりの筈だが実力差があり過ぎ。
 地図を見て、見慣れてしまった初期に付けた目印を確認し、進んでは耳をすます。後ろをついてくる威圧感の半端ないエキスパート。

「もし」

 不意に声をかけられて、ドキーッと口から飛び出しかけた心臓を抑える様に両手で口を押さえながら振り向いた。

「は、はい? な、なな、なんです?」
「確認なのですが、貴殿は発音探知アクティブソナーを未修得ではありませんか?」
「はい?」
「まず、立ってしまう音を利用して物体に跳ね返って来る反響音の差を聞きます。反響間隔で距離を測り、左右の耳で方角が分かります」

 何をおっしゃってるのだろうか? この達人は。そもそんなもの出来たら、こんなトコにワザワザ日銭を稼ぎに来てはいない。理屈は分かるが出来るとは思わない。

「えと、そんな達人技出来ると思いますか?」
「ひょっとして貴殿はやる前から無理だと否定してませんか?」
「いやいや。そんなのやり方もわから無いのにやろうとか思わないでしょ」

 この人はいったい何を望んでこんなコト持ちかけてきたのだろう? そんな達人技、カッパーで使える道理があるとでも思っているのだろうか?

「そうですか。では、やり方を教えます」
「は?」
「ですから、私がやり方を、『今』教えますので練習してみてください」
「ははぁ。読めましたよ。それで授業料吹っ掛けるつもりでしょう。騙そうたってそうはいきません」
「いえ、ただ、一つヒントを教えるだけですよ。必ず出来ますよ」
「はぁ? そんな高度なスキルをヒント一つで出来る道理、高い授業料払わなきゃ、普通はあり得ません」
「皆さんは自力で気付く作業をお金を払って省いてるだけなんですよ。コツさえ知ってしまえば、なんてコトありません。五感を研ぎ澄ます訓練と研ぎ澄まされた感覚を魔力でブーストするだけですからね」
「は? ああ!? そっか! なんで気づかなかったんだろ……」

 魔力の基本行使は強い思いの実現。魔法はそれを効率良くマナを少なく短時間で最適化すること。魔導学園出身のエリート気取りのソーサラーもそんなことを言っていた。
 五感を研ぎ澄ます方向で魔力を注いで見る。少しずつ。ゆっくりと。
 音に集中する。

「そうそう。嗅覚を切って、その分、音と風の動きに注意を払ってください」
「嗅覚って、もう慣れて鼻がバカになってますよ」
「それはいい。その状態で風に乗ってくる、血のにおいは分かりますか?」
「血?」
「そう。感じませんか?」

 言われてみれば、微かに鉄の匂いか、臓腑の腐りかけの匂いか……。麻痺しかけてるドブ泥の匂いに紛れてるが確かにする。

「それに、ほら」

 シュツルムさんがつま先で微かな音をたてる。

「反響音の一部がさっきより反響間隔が短く最初の音が小さい。……気がする」
「最速で到達する反射音が小さいのは、柔らかい何かに当たって反射量が小さくなった為です。音の間隔がさっきより短くなったのはその何かに近づいてるからです」

 ヒント一つで俺にも出来たことに驚く。

「恐らく、200m~400m先の右方向、油粘性生物オイル・ボールが食事中です。大鼠でも食べてるのかも知れません」
「オイル・ボールかぁ。刃物じゃ太刀打ち出来ないじゃないっスか」
「アリュフさんは、魔法を何処まで習得できていますか?」
「第2階梯までです」
「それは、凄いですね。これの報酬でよくそこまでがんばりましたね」

 やべ、なんだこの人。涙出そう。

「いや、前はパーティーに所属してたんですけどね」
「パーティーに?」

 意外そうな顔をされ、少し傷ついたがそれには反応せず続ける。
「その時に基礎魔法のコーチングだけを借金しながら。パーティー抜けてソロ始めて、こっちで必要なものを取ってですね……たいしたことないっすよ」

 かつての仲間達との日々が走馬灯のように駆け抜けて行った。

「貴殿の借金が重荷になったのですか」
「いや、そんなんじゃないっすよ。ホント、ウマが合わなかったって言うか」
「そうですか……余計な事を聞いてしまい申し訳ありません。私も同じデュオ・アームズですから苦労は分かります。貴方を見てると過去の私の様で……つい」
「そうだったのですか。でも、ソレって同情と変わらないですよね」

「同情、ですか。そうかもしれませんね」
「それじゃ、その同情に便乗する様で悪いのですけど、シュツルムさん。その達人の腕を見込んで色々教えて貰ってもいいですか?」
「望むところです。その代わりと言っては何ですが、暫く旅をご一緒していただけないでしょうか?」
「え? 旅?」

 え? 待って。マジで言ってんの。そりゃ、こんな強い人が側に居れば、安定生活確定だろう。けど、俺を抱えてしまう事で収入が減ったりしないのか? パーティー組みたいって事で良いのか? あ、でも師弟関係かな。でも師匠自ら弟子取りに来るとかないだろ? とここまで考えてもう一度聞いた。

「え? 旅って、ドヴェルギアを離れて?」
「もちろん断ってくれても構わないです。その代わり教えるのは今のヒント一つで終わりです。大抵のデュオ・アームズならそれでやっていけるはずですし、ね」
「いやいや、誰が断ると言いましたか。先ずは旅の目的をお聞かせくださいよ、それからでも遅くないでしょ、ねぇ?」

「旅の目的ですか。つまらないことですよ」
「つまらないかどうかは、俺が決めることですよ」
「あ、あぁ、そうですね。とにかく、行方の知れなくなった古い友人に借りたモノを返しに行くだけのことです。 貴殿は旅を暫く一緒に付き合ってくれるだけで良いのです」
「その友人は行方知れずと言いますが、どんな特徴なのですか」

「あー、なんとゆうか悪友でして」
「アサシンかローグですか?」
「ええ、まぁ、そんなところですね。それよりどうしますか?」

 シュツルムさんは少し言い淀んだ。初対面だし、そこは仕方がない事なのだろう。もう少し打ち解けたら話してくれるかもしれない。

「乗りかかった船だし。こちらとしても技術が上がるうえに断る理由もありませんし、良いですよ」
「ありがたい。交渉成立ですね。お近付きのしるしに敬語をやめてみませんか?」

「了解っス。それじゃ、暫くは、シュツルムさんの背中位は守れるように頑張るっスよ」
「敬語、ではないんですか? それは」
「これは、癖っス」
「そうですか。アリュフさんなら、直ぐに追いつくと思います」

「そう言って、もらえると嬉しいっスね。シュツルムさん、言い出しっぺが早速できてないっスね。極力使わないにしないっスか?」
「そ、そうですね。とりあえず、害獣駆除をさっさと終わらせましょう」
「そう言えば、さっき、魔法のことを聞いていたのは、何故っスか?」

「ああ、そうか。旅を同行していただくのですし……」

 そう言うとシュツルムさんは、腰のナイフを片方だけ抜いた。って刃渡りが短い。その長さ10cm。

「見ていて下さい。どう魔法を使うのか、結果を導くのに何が必要かも考え続けるコトも含めて、良く、見て、観察して下さい」

 シュツルムさんが真剣な空気を纏う。結局、敬語に戻ってしまった。ツッコめる空気ではないけれど。

「“万物の主よ、我が左手と同じ物をひととき与え給え。テンポラリー・コピー・オブジェクト”」

 左手に握られた、ただのナイフにしか見えないナイフと同じ一振りのナイフが右手から現れた。

「“我を守れ。盾よ。刃と成り、我が意のままに敵意をさわれ。マジック・シールド・エッジ×2バイ・トゥー”」

 二振りのナイフにマジックシールドがまとわりついた。いや、刃の延長みたいにはえた?

「さて、これが武器の準備です。これの利点は物理的な音が少なくて済むことです。続いて」

 いやいや、それ魔力どれくらい使うんスか。連戦するなら不利じゃ無いスか。

「“コンディション・フルコントロール”」

 魔法形態から外れた魔法の使用だろうか。噂にはブースト魔法が存在すると聞いたが詠唱らしい詠唱が要らないとは。体内貯蔵を何%か倍消費して肉体のリミッターを切ったのだろう。これも乱用出来ない魔法の筈。って魔力の集中とかは!? あ、全部ここまで掛けっぱなしでコントロール要らないのかな? どれも教えて貰った魔法に似てる。けど、知らない初めて見る魔法なんですが。

「“クォーター・オブ・フロート・コントロール”」
 また無詠唱! でもこの魔法は明らかに知っている。落ちる時の速度をコントロールする魔法で集中を必要とする筈なんスけど、シュツルムさん魔法を改造して使っている!?

 タン!

 シュツルムさんが軽く床を蹴った。右の壁にナイフを握ったままの籠手で突くと水路の反対側の壁へまるで踊る様に一回転して着地した。勢いを殺さず、角度修正して今度は天井に左拳を突きつつ、物凄い速さで壁を天井を床を重力ガン無視の全力移動を開始し出した。
 慌てて追いかけたのだがまるで一陣の風の如くの跳躍であっという間に獲物に接敵し魔法の盾(?)をオイル・ボールに突き立て、斬り刻み始めた。

 オイル・ボールはスライムの変質種だ。多分ここにしか居ない。脂分の多い生活排水内に棲息し大鼠や排水魚なんかを主食とするが大食漢で冒険者も襲う危険な魔物だ。大きいモノは3mを越す。遭遇したのは1mサイズ。そいつをバターみたいに斬り刻んでる。マジック・シールドを刃渡り1.5m刃幅0.5m。エッジは鋭く峰部分が幅10cmも切り離す様な極端な歪な刃で且つ、飛び散らないほど鮮やかな切れ口だ。これじゃ物理無効も形無しだろう。

 慌てて反撃をしたのか触手化させた一部がシュツルムさんを襲う。しかし、通常攻撃2回のデュオ・アームズの前では遅すぎる対応だった。一撃目に遅れて来た対の二撃目に、その根元ごと体の1/3が斬り落とされる。二撃を受けたオイルボールはちょうど3枚におろされた魚同然になった。
 床に薄く成り、倒れた部分と斬られた部分が再融合しようとしたのか境目がくっついたとこからなくなりはじめたが三撃目で核(コア)が露出した。そこに魔法の刃を突き立て、シュツルムさんは攻撃魔法を発動した。

「“ハイ・ヒート”」

 また無詠唱。しかもほぼカウンターも許さない早さ。コアの中身が赤熱した。後には殻だけが残った。退治した証にコアの殻をボロ布に包んで鞄に丁寧にしまう。オイル・ボールの身体だった粘性の油はドロドロと水路にゆっくり流れていった。
 そして、シュツルムさんはこちらに振り向く。

「では、アリュフさんの番です」
「いやいや。そんな凄いのやれるわけがないじゃないスか」
「また、頭ごなしに『出来ない』」

 シュツルムさんが意地悪い。その一言に笑いを含める気配がした。

「あ、いや、スんません。とりあえずやってみるスね」

 とは、言ったものの。どうしよう?



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