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第一章
目覚め
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ラカを乗せた真っ白なボートは、夜の森の中で淡く光っているように見えた。
国護りの壁付近の流れは穏やかで、真っ白な小舟はゆっくりと森の奥の方へ運ばれていった。
夜明け前、川の流れが大きくカーブを描くあたりにいきつき、その膨らみの浅瀬になっているところで乗り上げた。
睡眠薬の効果が切れ始めた頃、森の真上に登った太陽の光が、木々の葉の間を抜け、ラカの顔を照らした。目を覚ましたラカは、ふと自分の腹の上に乗っている一匹の雨蛙に気づく。見たこともない色鮮やかなその蛙と、ほんの数秒、視線が交わる。この風景は夢か現実か、頭が混乱し身動きが取れない。蛙が喉を膨らませ鳴き声を出した瞬間、ラカの思わず上げた叫び声に驚いて、蛙は川へと飛び込んだ。
蛙が飛び込んだ水面に波紋が広がる。それが合図だったかのように近くの木々から色とりどりの鳥たちが一斉に舞い上がる。羽ばたく音、鮮やかな羽根のきらめき、そして青空へと消えていく姿が、ラカの目に焼きつく。
息を整えようとするも、初めて目にする森の景色に、ラカの心は乱れ思考が追いつかない。
「ここはどこ…」
混乱に続いて、見知らぬ場所への不安が胸をよぎった。
ボートから這い出てフラフラと歩きながら周囲を見渡せば、そこには深く濃い緑の葉、力強く大地に根を下ろす茶色の木々、赤や黄、紫に咲き誇る花々、ふかふかとした肥沃な土の黒さと、透明な水をたたえた川。透明の水の向こうの川底には、無数の色を持つ石や岩が、まるでそれぞれの顔を持つかのように並んでいる。 色鮮やかな世界、王国では見たことのない豊かな彩り。鮮烈に瞳に飛び込んでくる光景に圧倒され、ラカはその場で気を失ってしまった。
どのくらい時間が経っただろう?次にラカが目を覚ましたのは、苔に覆われたふかふかの斜面。森の風が渦を巻き、花粉や蝶の鱗粉が中空に漂う不思議な場所。頭上の葉についた水滴が木漏れ日を受け、虹のように七色の光を地面に落としていた。
起き上がりふと掌を見ると淡く煌めく青い光苔。身体に止まっていた蝶が舞い上がり、黄金の輝きを空へ放つ。
見上げれば、生い茂る葉、抜けるような空、花々の彩り、石や土の温かい色合いが鮮明に広がる。
ラカの目が輝き始める。
「すごい……なんだ、ここ……!」
思考が徐々に色彩を受け入れ始めると、先ほど感じた恐怖心は好奇心の渦に溶けていった。
夢中で駆け回るラカ。
裸足で草を踏みしめるたび、足跡には刺激で発光する花粉が帯のような瞬きを残す。
蝶を追って登った岩の上からは、川に沿って花畑、奥には吊り橋や小さな風車小屋のような建物が見える。
耳をすませば、花が風で揺れるたびに「トン」「リィン」と音が鳴り、世界そのものが小さな楽器のようだった。
五感で感じる"生"の息吹、ラカは狭い部屋から解き放たれたかのように天を仰ぎ両手を空に向かって目一杯に広げた。
ラカが草の中に腰を下ろし地面に手をついた瞬間、地面とラカの掌どちらから出たのかわからない”異色の光”が一瞬だけ閃いた。
まるで誰かが火を灯したかのような赤色。
──しかし、ラカはそれに気づかない。
その"赤”に触れた一枚の葉が焼け焦げ、そっと横たわった。 他の葉とは異なり豊かな発色を失い、まるで“色を吸い取られたよう”な静けさを纏っている。
そしてその焦げた葉は、あたかも意思があるかのように這い上がり、ラカがベルトに下げていた薬袋の中へと滑り込んでいった。
無意識に薬袋を触るラカ、だがこの焦げた葉の存在を知るのはずっと先のことになる。
森でしばし色彩豊かな自然と戯れたラカは、川辺に戻った。この森の中で白き船だけ時間が止まったように沈黙に沈んでいるようだった。
ボートの中に置かれた母が縫った丈夫な帽子をかぶり、父が遺した小さな鍛冶用ハンマーをベルトに差し込む。
父と母、祖母の事が気になった。きっと心配し、そして悲しんでいるだろう。そして、もう二度と会えないのだろう。
王国の掟やしきたりについては、幼い頃に聞かされた御伽話の中で知っていた。王国最後の日に鏡で見た自分の前髪をひっぱり、一部が赤く染まっているのを再確認する。
それを見た瞬間、ラカは自分が追放されたのだと確信する。
普段なら母を探し周り泣いていたかもしれない。
──だが、不思議なことに涙は出なかった。
胸の内に広がっていたのは、この新しい世界との出会いの喜び。不安よりも、これから何かが始まるという昂りが勝っていた。
──彩りとの出会い、それはラカの旅が始まった瞬間だった。しかしこの時、喜びの果てに待つ過酷な宿命をラカ本人は知る由もなかった。
国護りの壁付近の流れは穏やかで、真っ白な小舟はゆっくりと森の奥の方へ運ばれていった。
夜明け前、川の流れが大きくカーブを描くあたりにいきつき、その膨らみの浅瀬になっているところで乗り上げた。
睡眠薬の効果が切れ始めた頃、森の真上に登った太陽の光が、木々の葉の間を抜け、ラカの顔を照らした。目を覚ましたラカは、ふと自分の腹の上に乗っている一匹の雨蛙に気づく。見たこともない色鮮やかなその蛙と、ほんの数秒、視線が交わる。この風景は夢か現実か、頭が混乱し身動きが取れない。蛙が喉を膨らませ鳴き声を出した瞬間、ラカの思わず上げた叫び声に驚いて、蛙は川へと飛び込んだ。
蛙が飛び込んだ水面に波紋が広がる。それが合図だったかのように近くの木々から色とりどりの鳥たちが一斉に舞い上がる。羽ばたく音、鮮やかな羽根のきらめき、そして青空へと消えていく姿が、ラカの目に焼きつく。
息を整えようとするも、初めて目にする森の景色に、ラカの心は乱れ思考が追いつかない。
「ここはどこ…」
混乱に続いて、見知らぬ場所への不安が胸をよぎった。
ボートから這い出てフラフラと歩きながら周囲を見渡せば、そこには深く濃い緑の葉、力強く大地に根を下ろす茶色の木々、赤や黄、紫に咲き誇る花々、ふかふかとした肥沃な土の黒さと、透明な水をたたえた川。透明の水の向こうの川底には、無数の色を持つ石や岩が、まるでそれぞれの顔を持つかのように並んでいる。 色鮮やかな世界、王国では見たことのない豊かな彩り。鮮烈に瞳に飛び込んでくる光景に圧倒され、ラカはその場で気を失ってしまった。
どのくらい時間が経っただろう?次にラカが目を覚ましたのは、苔に覆われたふかふかの斜面。森の風が渦を巻き、花粉や蝶の鱗粉が中空に漂う不思議な場所。頭上の葉についた水滴が木漏れ日を受け、虹のように七色の光を地面に落としていた。
起き上がりふと掌を見ると淡く煌めく青い光苔。身体に止まっていた蝶が舞い上がり、黄金の輝きを空へ放つ。
見上げれば、生い茂る葉、抜けるような空、花々の彩り、石や土の温かい色合いが鮮明に広がる。
ラカの目が輝き始める。
「すごい……なんだ、ここ……!」
思考が徐々に色彩を受け入れ始めると、先ほど感じた恐怖心は好奇心の渦に溶けていった。
夢中で駆け回るラカ。
裸足で草を踏みしめるたび、足跡には刺激で発光する花粉が帯のような瞬きを残す。
蝶を追って登った岩の上からは、川に沿って花畑、奥には吊り橋や小さな風車小屋のような建物が見える。
耳をすませば、花が風で揺れるたびに「トン」「リィン」と音が鳴り、世界そのものが小さな楽器のようだった。
五感で感じる"生"の息吹、ラカは狭い部屋から解き放たれたかのように天を仰ぎ両手を空に向かって目一杯に広げた。
ラカが草の中に腰を下ろし地面に手をついた瞬間、地面とラカの掌どちらから出たのかわからない”異色の光”が一瞬だけ閃いた。
まるで誰かが火を灯したかのような赤色。
──しかし、ラカはそれに気づかない。
その"赤”に触れた一枚の葉が焼け焦げ、そっと横たわった。 他の葉とは異なり豊かな発色を失い、まるで“色を吸い取られたよう”な静けさを纏っている。
そしてその焦げた葉は、あたかも意思があるかのように這い上がり、ラカがベルトに下げていた薬袋の中へと滑り込んでいった。
無意識に薬袋を触るラカ、だがこの焦げた葉の存在を知るのはずっと先のことになる。
森でしばし色彩豊かな自然と戯れたラカは、川辺に戻った。この森の中で白き船だけ時間が止まったように沈黙に沈んでいるようだった。
ボートの中に置かれた母が縫った丈夫な帽子をかぶり、父が遺した小さな鍛冶用ハンマーをベルトに差し込む。
父と母、祖母の事が気になった。きっと心配し、そして悲しんでいるだろう。そして、もう二度と会えないのだろう。
王国の掟やしきたりについては、幼い頃に聞かされた御伽話の中で知っていた。王国最後の日に鏡で見た自分の前髪をひっぱり、一部が赤く染まっているのを再確認する。
それを見た瞬間、ラカは自分が追放されたのだと確信する。
普段なら母を探し周り泣いていたかもしれない。
──だが、不思議なことに涙は出なかった。
胸の内に広がっていたのは、この新しい世界との出会いの喜び。不安よりも、これから何かが始まるという昂りが勝っていた。
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