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なぜ最初に出てきた場所が保健室なのだろうか
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「保健室がなくなってる!」
ジャン◯を読みに保健室へ来てみれば、そこはもぬけのからだった。
山積みだった歴代雑誌はジャン◯だけでなく、マガジ◯もチャンピオ◯もなく、少女漫画雑誌まできれいに片付けられている。
「たむろしてたヤンキーも1人もいないし!」
俺の他の奴らも絶望して去っていったんだな。そうなんだな。気持ち、泣けるほどわかるぜ……!
保健室だった部屋のドアにすがってしくしくしていると、軽やかな女の子の声がした。
「あら、あなた何しているの?」
「保健室がなくなって絶望してる」
「保健室なら別の場所に移動していますよ。ここは私の部屋です」
「まじで!?」
ばっと振り返って、俺はそこに天使を見た。
桃色の髪は波打って腰まであり、ぱっちりした同じ桃色の瞳は意志の強そうな光を宿している。でももともとの造形が優しげなのかふんわりした印象の強い、美少女。
「天使?」
「いえ王女です。あなたは?」
「王女!?」
「訳あって留学しています。あなたはどちらの方ですか」
「普通に戦闘職の学生です!」
「なるほど、騎士候補ですか」
「そんなかっけーもんじゃないっすけど」
「まぁどちらでもかまいません。保健室なら私が案内いたしましょう。こちらですよ」
「王女さまが案内してくれんの!?」
「私の部屋を用意したせいですからね、このくらいはいたします」
「まじかー! あんたいい王女さまだなぁ」
「そ、そうでしょうか。嬉しいです。ありがとうございます」
「うんうん、それにすっげぇかわいいし」
「そうですか。ありがとうございます」
「めっちゃ言われ慣れてるね!?」
「ふふふ」
なんて話しているうちに保健室についていた。綺麗に整頓された白を基調とした部屋。明るい出窓には大量のマンガ雑誌が整然と並べられている。
メガネの養護教諭のお姉さんが「おや」と顔を上げた。
「ここが分かりましたか。あなたが一番乗りですねぇ」
薄茶のショートカットの髪を耳にかけ、にこりと笑うクール美人な先生。
「やったぁ! ジャン◯ある?」
「ありますけれど、それよりもっと楽しそうなこと、ありますよ」
「え、なにそれ?」
「そこの姫さまと一緒に、国を救う旅してみません? マンガを読むよりマンガみたいなことした方が楽しいですよ、きっと」
「へ?」
「彼でよろしいのでしょうか」
隣の美少女が首をかしげて先生に聞く。
「十分、力はありますよ。頭は悪いですがおすすめです」
「おい!」
「なるほど」
桃色のきらきらした目が俺を見た。桃色って思っていたけど、よく見るとこれは桃色っていうより赤紫に近くて色味が濃い。すげぇ綺麗な目。
「共に戦っていただけますか?」
「はい!」
あ、なんも考えずに返事しちゃった。ま、いっか!
小首かしげてちょっと不安げに聞いてくる美少女のおねだりとか、俺には一瞬たりともあらがえないっすわ。
「ありがとうございます」
笑顔が最高にきらめいてる。
そんなこんなでなんか知らんけどいろんな奴と戦うことになった。
姫さまと一緒に国から逃げてきたという「じいや」と3人での旅。姫さまも強いから別行動なこともけっこうある。
姫さまの国は魔物に乗っ取られ、弟のジャック王子は姫さまの目の前で魔物に一飲みにされたらしい。
両親もいない、国民もみな逃げたか死んだその国を取り戻すため、姫さまは戦っている。
今の力ではまだまだ無理だからと、力を手に入れるためにあっちこっち移動するから、先の長い旅になりそうだ。冒険の拠点はあの学校だ。
世界中から実力者をあつめて力を競わせるあの学校は、永世中立の場所。
政治的ないろいろの問題も横に置いておけるんで、姫さまにはありがたい場所らしい。他の国に保護を求めると、国同士だからなんかいろいろめんどくさいことになるらしい。
あるとき、強い魔物を倒したらぽろりとオレンジ色の玉が出てきた。
「フィアンマオーブ?」
持った瞬間にその名前が思い浮かんだ。
「スキルが入っていて、使うと手に入れられるのか」
なぜか直感的に全てを理解できる。
「すげぇ綺麗だなぁ、これあげたら酒場のサチちゃんデートしてくれるかな」
ふへへへ、と笑っていると、背後にやってきてた姫さまがため息をついた。
「そんな貴重なものを非戦闘員へのプレゼントにしないでください……」
めっちゃ呆れた目をされた。バカを見る目ってやつだこれ。いやバカだけど!
「いやいや、違うって! 冗談! もちろん姫さんにあげるよ!?」
「いえ、けっこうです。私も先ほど違うオーブを手に入れましたので。それはあなたが使ってください」
そう言って取り出したのは、紫色と青がまざる、なんか毒々しいオーブだった。
「なにそのオーブ」
「……罰のオーブ。拷問ができるようになるオーブですね」
「ひえええ。そんな怖いもん姫さんに使わせらんないよ! 俺がそっち使う!」
「いいえ、これは私でなければならないのです。拷問なんて、一般人が持つには害にしかなりません。これは王族たる私が身につけるべきものです」
「でも女の子にできることじゃなくない? 拷問とか」
「……く、国のためなら、耐えてみせます!」
「いやいや、耐えるじゃダメでしょう。やっぱ俺持つ!」
「あ、ダメです!」
さっととろうとしたら、さっと避けられた。
また手を出したら避けられる。姫さまは必死な顔でオーブを抱えて逃げるけど、一定の距離以上は俺から離れない。
じっと警戒しながら俺を見ている。
……なんかかわいいな。
調子に乗って手を出して避けられて、といちゃいちゃしてたら、じいやがやってきた。
「お二人共なにをなさっておられるのですか」
「じいや! この者が罰のオーブを使うというのです。これは私のものなのに」
「ふむ。若人(わこうど)よ、気持ちはわかるがこれは姫さまにゆずってやってくれんか。わしからも頼むのじゃ」
「でもそれ、姫さんにはつらくない?」
「罰のオーブはそれでも王族にふさわしいのですじゃ」
「そういうもんかなぁ」
「そういうものなのじゃよ」
「ふーん。つらくなったら外せんの? これ」
「後継者に受け継がせることが可能なはずですじゃ。だからできなくはないのではないかと思うのう」
「そっか、ならいっか」
ほっと肩をおとす姫さま。
そんなに欲しいの? 拷問。なんか俺の知らない特殊な技とかあんのかな。姫さまらはオーブにも詳しいのか? あとで学校行ったとき先生に聞いてみよう。
「じゃあ俺はフィアンマオーブか」
オレンジ色の綺麗なオーブ。どんな能力だろうな。
「おおおお! かっけー! フィアンマ~!」
ゴーレム製作のオーブだった。
オレンジ色の巨大ゴーレムは、中に入って移動も可能。3人分のゴーレムを作れば、じいやも戦えるようになる。
「さすがオーブですじゃ、ありがたやありがたや」
戦えるようになったじいやは、腰の痛みなど感じさせない機敏な動きで敵を倒していく。
この調子なら魔物倒して国を取り戻すのも夢じゃない?
姫さまは拷問の力を使って、敵を遠くからでも縛りあげたり、切り刻んだり、痛みを与えたりできるようになった。
かわいい顔してやることえげつないこの違和感。
でもまだ城攻めはしないらしい。
今度は味方を増やすそうだ。俺のゴーレムさえあれば、そんな強くなくても戦えるしね。
そんなある日、俺は本を手に入れた。
赤くてすすけた、古めかしい感じの本。
姫さまたちとの合流地点で待っているときに、それを開いたり閉じたりしていたら、急に声が聞こえてきた。
『────』
「え? なに? 誰?」
『私はかつて…女神……だった者…です』
「女神?」
『ジャック王子は…生きています……』
「まじか! どこに、どうやって、助けられるのか!?」
『────』
「女神さま!」
声はもう聞こえなかった。
女神だった、ってなんだ。
「どうしたんじゃあ?」
物陰からじいさんがやってきた。
「じいさん! ジャック王子は生きてるって! 今なんか女神だった者ですとか言う奴が教えてくれた」
「それは本当ですか!」
別方向からあらわれた姫さんにつめよられて、こくこくとうなづく俺。
「ジャックが生きてる……! ああ、よかった……よかった……」
ぽろぽろ流れる涙が、すごく綺麗だった。
よしよし、とそっと抱きしめて背中をなでる。抵抗はされなかった。役得!
「でも女神だった者とかいうやつ信じていいんか? 急だったしさ」
隣で涙目になっていたじいさんが、ふむ、と語る。
「かつて女神であらせられ、今なおその力を持ちながら神の座からおろされた女神は1人だけじゃ」
「ふんふん」
「その名はフィアンマ。お主のオーブの元になった土の加護の力を持つ女神さまじゃあ」
「え、まじで!?」
「その赤い本は、オーブの力を引き出すものじゃな。それできっと聞こえたんじゃろうのう。おお…女神さま、感謝いたします。ジャックさまは生きておられたか、そうかぁ、よかった、よかったのう」
ぼろぼろもろい涙をながすじいさん。
「わざわざ教えてくれるような優しい女神さんが、なんで神様じゃなくなっちゃったんだ?」
「それにはふかぁーい、海より深ぁーい、くはないわけがあるんじゃよ」
「どっちだよ」
姫さまの背中をなでるのをやめて抱きしめるだけにするが、姫さまぐすぐす泣いて胸にすがってくる。
くはっかわいい!
「うむ。土の女神フィアンマさまはな、それはもう美しい女神さんじゃったのじゃ。土の女神なのにじゃな、美の女神と競う美しさなのじゃ。しかしそれに嫉妬して怒ったのが、全能神の娘で美と嫉妬の女神のオクレーズ様じゃ。あとは、言わなくてもわかるの?」
「いや分かんないです。パパにわがまま言って女神剥奪とかしたの?」
「まぁそういうことじゃな」
「しょーもな! 理由しょーもなぁ!! そんな理由かよ、女神さん完ぺき被害者じゃん!」
「うむ。しかしの、土の女神の加護は世界にとって重要じゃからの。力までは奪い取られなかったのじゃ。かわりに女神さんは神の庭と呼ばれる自分の家を奪われて、女神は名乗れなくなってしもーたんじゃが。美人じゃからの。恋人の男神の庭に住んでおるから、世界から見るとあんまり問題はないのじゃ」
「そうなんだ。その男神はパパ神に文句言われたりしてないのか?」
「太陽の神じゃからのう。それも強い神様じゃから問題ないの。全能神も庭を奪ったのじゃからもういいだろう、と娘をなだめているところじゃ」
「そうなんだ……神様も大変なんだな」
「うむ。まぁじゃからフィアンマ様の言うことなら信じて大丈夫じゃ」
「そだね。それは納得したわ。でも女神じゃなくなったのフィアンマ様だけなのか? その嫉妬の神さん他にもやらかしてそうだけど」
「うむ。フィアンマ様だけじゃな。フィアンマ様は美人で人気者じゃったからのう。憧れておった男神女神たちがそれはもう猛抗議しての、しょっちゅうオクレーズ様とケンカしておるんで、オクレーズ様も他の嫉妬するものに気が向く暇もないんじゃよ」
「怪我の功名かぁ」
「難しい言葉を知っておるの」
「神様も色々あるんだなぁ」
「うむ。まぁそういうことじゃ」
泣きやんだ姫さまは、照れくさそうに顔を赤くしながらそっと俺から離れていった。
離れちゃったの残念だけど、照れた顔もかわいい。
躍進を続ける俺たち一向。
仲間も集まり、どんどん強くなって、いよいよこれから王城へ攻め入る!
というときなんだが、俺はちょっと落ち込んでいた。
「危機一髪守ったり、泣いてるとこ励ましたり、恋愛になりそうなこといっぱいしてるのに姫さま全然おちてこない……」
ふっと黄昏(たそが)れて柱に寄りかかる。
背後に人の気配を感じたけど、落ち込んでるし、別に俺が姫さま好きなのみんな知ってるし。聞かれてもいいやと思って独り言を続行したんだが、まさかそれが姫さまだとは思わなかった。
「なんでこんだけしても姫さん俺のこと好きになんないのかな……」
「好きですよ、好きになるに決まってるじゃないですか」
「え」
振り返れば、夕焼けの中、はかなく微笑む桃色の髪の人。
「でも私は王女です、いつか女王となる身です。あなたでは王配は務まらない。だからこの気持ちは旅と一緒におしまいです」
「いやったー! 両想いなのか! なんだよー! それなら早く言ってくれてよかったのに! 理由作ってごまかす姫さんかわいい!」
姫さんが逃げる前にがばっと抱きついて離さない!
俺の腕の中で顔真っ赤にしてあわあわする姫さまかわいい! かわいい! かわいいー!
「ちょっと、聞いていたのですか!? 旅と一緒におしまいだと言っているではないですか!」
と言いつつ、距離は置こうとしているものの、手は俺の服を握ってはなさない姫さま愛しすぎる。
「聞いてたよ! 俺も好きだよ!」
「そこじゃないです!あなたは王配なんて向いてないから、もっと自由に生きてほしいんです!」
「そこは愛さえあればなんのその!」
「人の話聞いてください!」
「へへへへ、俺がんばるよ。だから一緒にいようよ。な?」
「うう……ほんとバカなんだから」
姫さまの細い腕が俺の背中にまわって、ぎゅっと抱きしめてきた。
「あとで、やっぱり無理、なんてやめてくださいよ……」
「ああ! もちろんだ!」
だからなにがあっても無理とは言わなかったけど。
頭パンクしてみんなに迷惑かけたり、助け出したジャック王子に手伝ってもらうことでなんとか王配の仕事ができるようになったりするのだが。それはまだちょっと先の話だ。
今は、いい匂いのする姫さまを抱きしめるので忙しいです!
あーもーすげぇ幸せ!
ジャン◯を読みに保健室へ来てみれば、そこはもぬけのからだった。
山積みだった歴代雑誌はジャン◯だけでなく、マガジ◯もチャンピオ◯もなく、少女漫画雑誌まできれいに片付けられている。
「たむろしてたヤンキーも1人もいないし!」
俺の他の奴らも絶望して去っていったんだな。そうなんだな。気持ち、泣けるほどわかるぜ……!
保健室だった部屋のドアにすがってしくしくしていると、軽やかな女の子の声がした。
「あら、あなた何しているの?」
「保健室がなくなって絶望してる」
「保健室なら別の場所に移動していますよ。ここは私の部屋です」
「まじで!?」
ばっと振り返って、俺はそこに天使を見た。
桃色の髪は波打って腰まであり、ぱっちりした同じ桃色の瞳は意志の強そうな光を宿している。でももともとの造形が優しげなのかふんわりした印象の強い、美少女。
「天使?」
「いえ王女です。あなたは?」
「王女!?」
「訳あって留学しています。あなたはどちらの方ですか」
「普通に戦闘職の学生です!」
「なるほど、騎士候補ですか」
「そんなかっけーもんじゃないっすけど」
「まぁどちらでもかまいません。保健室なら私が案内いたしましょう。こちらですよ」
「王女さまが案内してくれんの!?」
「私の部屋を用意したせいですからね、このくらいはいたします」
「まじかー! あんたいい王女さまだなぁ」
「そ、そうでしょうか。嬉しいです。ありがとうございます」
「うんうん、それにすっげぇかわいいし」
「そうですか。ありがとうございます」
「めっちゃ言われ慣れてるね!?」
「ふふふ」
なんて話しているうちに保健室についていた。綺麗に整頓された白を基調とした部屋。明るい出窓には大量のマンガ雑誌が整然と並べられている。
メガネの養護教諭のお姉さんが「おや」と顔を上げた。
「ここが分かりましたか。あなたが一番乗りですねぇ」
薄茶のショートカットの髪を耳にかけ、にこりと笑うクール美人な先生。
「やったぁ! ジャン◯ある?」
「ありますけれど、それよりもっと楽しそうなこと、ありますよ」
「え、なにそれ?」
「そこの姫さまと一緒に、国を救う旅してみません? マンガを読むよりマンガみたいなことした方が楽しいですよ、きっと」
「へ?」
「彼でよろしいのでしょうか」
隣の美少女が首をかしげて先生に聞く。
「十分、力はありますよ。頭は悪いですがおすすめです」
「おい!」
「なるほど」
桃色のきらきらした目が俺を見た。桃色って思っていたけど、よく見るとこれは桃色っていうより赤紫に近くて色味が濃い。すげぇ綺麗な目。
「共に戦っていただけますか?」
「はい!」
あ、なんも考えずに返事しちゃった。ま、いっか!
小首かしげてちょっと不安げに聞いてくる美少女のおねだりとか、俺には一瞬たりともあらがえないっすわ。
「ありがとうございます」
笑顔が最高にきらめいてる。
そんなこんなでなんか知らんけどいろんな奴と戦うことになった。
姫さまと一緒に国から逃げてきたという「じいや」と3人での旅。姫さまも強いから別行動なこともけっこうある。
姫さまの国は魔物に乗っ取られ、弟のジャック王子は姫さまの目の前で魔物に一飲みにされたらしい。
両親もいない、国民もみな逃げたか死んだその国を取り戻すため、姫さまは戦っている。
今の力ではまだまだ無理だからと、力を手に入れるためにあっちこっち移動するから、先の長い旅になりそうだ。冒険の拠点はあの学校だ。
世界中から実力者をあつめて力を競わせるあの学校は、永世中立の場所。
政治的ないろいろの問題も横に置いておけるんで、姫さまにはありがたい場所らしい。他の国に保護を求めると、国同士だからなんかいろいろめんどくさいことになるらしい。
あるとき、強い魔物を倒したらぽろりとオレンジ色の玉が出てきた。
「フィアンマオーブ?」
持った瞬間にその名前が思い浮かんだ。
「スキルが入っていて、使うと手に入れられるのか」
なぜか直感的に全てを理解できる。
「すげぇ綺麗だなぁ、これあげたら酒場のサチちゃんデートしてくれるかな」
ふへへへ、と笑っていると、背後にやってきてた姫さまがため息をついた。
「そんな貴重なものを非戦闘員へのプレゼントにしないでください……」
めっちゃ呆れた目をされた。バカを見る目ってやつだこれ。いやバカだけど!
「いやいや、違うって! 冗談! もちろん姫さんにあげるよ!?」
「いえ、けっこうです。私も先ほど違うオーブを手に入れましたので。それはあなたが使ってください」
そう言って取り出したのは、紫色と青がまざる、なんか毒々しいオーブだった。
「なにそのオーブ」
「……罰のオーブ。拷問ができるようになるオーブですね」
「ひえええ。そんな怖いもん姫さんに使わせらんないよ! 俺がそっち使う!」
「いいえ、これは私でなければならないのです。拷問なんて、一般人が持つには害にしかなりません。これは王族たる私が身につけるべきものです」
「でも女の子にできることじゃなくない? 拷問とか」
「……く、国のためなら、耐えてみせます!」
「いやいや、耐えるじゃダメでしょう。やっぱ俺持つ!」
「あ、ダメです!」
さっととろうとしたら、さっと避けられた。
また手を出したら避けられる。姫さまは必死な顔でオーブを抱えて逃げるけど、一定の距離以上は俺から離れない。
じっと警戒しながら俺を見ている。
……なんかかわいいな。
調子に乗って手を出して避けられて、といちゃいちゃしてたら、じいやがやってきた。
「お二人共なにをなさっておられるのですか」
「じいや! この者が罰のオーブを使うというのです。これは私のものなのに」
「ふむ。若人(わこうど)よ、気持ちはわかるがこれは姫さまにゆずってやってくれんか。わしからも頼むのじゃ」
「でもそれ、姫さんにはつらくない?」
「罰のオーブはそれでも王族にふさわしいのですじゃ」
「そういうもんかなぁ」
「そういうものなのじゃよ」
「ふーん。つらくなったら外せんの? これ」
「後継者に受け継がせることが可能なはずですじゃ。だからできなくはないのではないかと思うのう」
「そっか、ならいっか」
ほっと肩をおとす姫さま。
そんなに欲しいの? 拷問。なんか俺の知らない特殊な技とかあんのかな。姫さまらはオーブにも詳しいのか? あとで学校行ったとき先生に聞いてみよう。
「じゃあ俺はフィアンマオーブか」
オレンジ色の綺麗なオーブ。どんな能力だろうな。
「おおおお! かっけー! フィアンマ~!」
ゴーレム製作のオーブだった。
オレンジ色の巨大ゴーレムは、中に入って移動も可能。3人分のゴーレムを作れば、じいやも戦えるようになる。
「さすがオーブですじゃ、ありがたやありがたや」
戦えるようになったじいやは、腰の痛みなど感じさせない機敏な動きで敵を倒していく。
この調子なら魔物倒して国を取り戻すのも夢じゃない?
姫さまは拷問の力を使って、敵を遠くからでも縛りあげたり、切り刻んだり、痛みを与えたりできるようになった。
かわいい顔してやることえげつないこの違和感。
でもまだ城攻めはしないらしい。
今度は味方を増やすそうだ。俺のゴーレムさえあれば、そんな強くなくても戦えるしね。
そんなある日、俺は本を手に入れた。
赤くてすすけた、古めかしい感じの本。
姫さまたちとの合流地点で待っているときに、それを開いたり閉じたりしていたら、急に声が聞こえてきた。
『────』
「え? なに? 誰?」
『私はかつて…女神……だった者…です』
「女神?」
『ジャック王子は…生きています……』
「まじか! どこに、どうやって、助けられるのか!?」
『────』
「女神さま!」
声はもう聞こえなかった。
女神だった、ってなんだ。
「どうしたんじゃあ?」
物陰からじいさんがやってきた。
「じいさん! ジャック王子は生きてるって! 今なんか女神だった者ですとか言う奴が教えてくれた」
「それは本当ですか!」
別方向からあらわれた姫さんにつめよられて、こくこくとうなづく俺。
「ジャックが生きてる……! ああ、よかった……よかった……」
ぽろぽろ流れる涙が、すごく綺麗だった。
よしよし、とそっと抱きしめて背中をなでる。抵抗はされなかった。役得!
「でも女神だった者とかいうやつ信じていいんか? 急だったしさ」
隣で涙目になっていたじいさんが、ふむ、と語る。
「かつて女神であらせられ、今なおその力を持ちながら神の座からおろされた女神は1人だけじゃ」
「ふんふん」
「その名はフィアンマ。お主のオーブの元になった土の加護の力を持つ女神さまじゃあ」
「え、まじで!?」
「その赤い本は、オーブの力を引き出すものじゃな。それできっと聞こえたんじゃろうのう。おお…女神さま、感謝いたします。ジャックさまは生きておられたか、そうかぁ、よかった、よかったのう」
ぼろぼろもろい涙をながすじいさん。
「わざわざ教えてくれるような優しい女神さんが、なんで神様じゃなくなっちゃったんだ?」
「それにはふかぁーい、海より深ぁーい、くはないわけがあるんじゃよ」
「どっちだよ」
姫さまの背中をなでるのをやめて抱きしめるだけにするが、姫さまぐすぐす泣いて胸にすがってくる。
くはっかわいい!
「うむ。土の女神フィアンマさまはな、それはもう美しい女神さんじゃったのじゃ。土の女神なのにじゃな、美の女神と競う美しさなのじゃ。しかしそれに嫉妬して怒ったのが、全能神の娘で美と嫉妬の女神のオクレーズ様じゃ。あとは、言わなくてもわかるの?」
「いや分かんないです。パパにわがまま言って女神剥奪とかしたの?」
「まぁそういうことじゃな」
「しょーもな! 理由しょーもなぁ!! そんな理由かよ、女神さん完ぺき被害者じゃん!」
「うむ。しかしの、土の女神の加護は世界にとって重要じゃからの。力までは奪い取られなかったのじゃ。かわりに女神さんは神の庭と呼ばれる自分の家を奪われて、女神は名乗れなくなってしもーたんじゃが。美人じゃからの。恋人の男神の庭に住んでおるから、世界から見るとあんまり問題はないのじゃ」
「そうなんだ。その男神はパパ神に文句言われたりしてないのか?」
「太陽の神じゃからのう。それも強い神様じゃから問題ないの。全能神も庭を奪ったのじゃからもういいだろう、と娘をなだめているところじゃ」
「そうなんだ……神様も大変なんだな」
「うむ。まぁじゃからフィアンマ様の言うことなら信じて大丈夫じゃ」
「そだね。それは納得したわ。でも女神じゃなくなったのフィアンマ様だけなのか? その嫉妬の神さん他にもやらかしてそうだけど」
「うむ。フィアンマ様だけじゃな。フィアンマ様は美人で人気者じゃったからのう。憧れておった男神女神たちがそれはもう猛抗議しての、しょっちゅうオクレーズ様とケンカしておるんで、オクレーズ様も他の嫉妬するものに気が向く暇もないんじゃよ」
「怪我の功名かぁ」
「難しい言葉を知っておるの」
「神様も色々あるんだなぁ」
「うむ。まぁそういうことじゃ」
泣きやんだ姫さまは、照れくさそうに顔を赤くしながらそっと俺から離れていった。
離れちゃったの残念だけど、照れた顔もかわいい。
躍進を続ける俺たち一向。
仲間も集まり、どんどん強くなって、いよいよこれから王城へ攻め入る!
というときなんだが、俺はちょっと落ち込んでいた。
「危機一髪守ったり、泣いてるとこ励ましたり、恋愛になりそうなこといっぱいしてるのに姫さま全然おちてこない……」
ふっと黄昏(たそが)れて柱に寄りかかる。
背後に人の気配を感じたけど、落ち込んでるし、別に俺が姫さま好きなのみんな知ってるし。聞かれてもいいやと思って独り言を続行したんだが、まさかそれが姫さまだとは思わなかった。
「なんでこんだけしても姫さん俺のこと好きになんないのかな……」
「好きですよ、好きになるに決まってるじゃないですか」
「え」
振り返れば、夕焼けの中、はかなく微笑む桃色の髪の人。
「でも私は王女です、いつか女王となる身です。あなたでは王配は務まらない。だからこの気持ちは旅と一緒におしまいです」
「いやったー! 両想いなのか! なんだよー! それなら早く言ってくれてよかったのに! 理由作ってごまかす姫さんかわいい!」
姫さんが逃げる前にがばっと抱きついて離さない!
俺の腕の中で顔真っ赤にしてあわあわする姫さまかわいい! かわいい! かわいいー!
「ちょっと、聞いていたのですか!? 旅と一緒におしまいだと言っているではないですか!」
と言いつつ、距離は置こうとしているものの、手は俺の服を握ってはなさない姫さま愛しすぎる。
「聞いてたよ! 俺も好きだよ!」
「そこじゃないです!あなたは王配なんて向いてないから、もっと自由に生きてほしいんです!」
「そこは愛さえあればなんのその!」
「人の話聞いてください!」
「へへへへ、俺がんばるよ。だから一緒にいようよ。な?」
「うう……ほんとバカなんだから」
姫さまの細い腕が俺の背中にまわって、ぎゅっと抱きしめてきた。
「あとで、やっぱり無理、なんてやめてくださいよ……」
「ああ! もちろんだ!」
だからなにがあっても無理とは言わなかったけど。
頭パンクしてみんなに迷惑かけたり、助け出したジャック王子に手伝ってもらうことでなんとか王配の仕事ができるようになったりするのだが。それはまだちょっと先の話だ。
今は、いい匂いのする姫さまを抱きしめるので忙しいです!
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