早く婚約解消してください!

鳴哉

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「アルバート様、申し訳ありませんが、少し頭痛がしますので、退席させていただきます」

 私は立ち上がると一息にそう言った。

 今までどれだけ空気のように扱われようが同席していた私の突然の行動に、二人は戸惑ったように視線を向けた。でもすぐにその好ましい状況に喜色の色を浮かべたメアリに告げる。

「メアリ、アルバート様をしっかりおもてなししてね」
「はい、お姉さま!」

 姉が体調不良だというのに喜び過ぎ、と心の中で嗜めつつ、席を立つ。本当に頭痛がしてきた。胸もモヤモヤするし、早くこの状況から解放されたい一心で、私は父の部屋へと向かった。



 ノックの後返された返事に、扉を開け、事務机に向かっている父に思い切って声をかける。

「お父様、お話があります」

 いつもより硬い声音に、父が眉根を寄せる。

「何だね、エスト。今はアルバート殿が来られているのではなかったのか?」
「お相手はメアリがしています」

 そう答えると、父の顔がさらに渋面になった。父も察しているのだ、今の状況を。

「アルバート殿の婚約者は、メアリではなく、お前だろう」

 父の言葉の後に「今はまだ」と続く気がして、胸のモヤモヤが増した。
 もう、限界だ、と感じた私は、敢えて言葉にする。

「そうでなくなるのは、時間の問題でしょう」

 我ながら自虐的だと思う。でも父も否定しなかった。

「例えそうだとしても、こちら側からどうこうできるものではない」
「それは承知しています」

 婚約は対等のものではない。家格が違うのだ。子爵家のこちらから婚約解消、ましては婚約者の変更など言い出せるものではない。侯爵家が望んで、私との婚約を解消し、妹との婚約を結び直してもらうしかない。

「お父様、アルバート様がそう望まれたら、即刻了承してくださいませ」

「……エスト、お前はそれでいいのだな?」
 難しい顔をしたまま、父は私の顔を見た。心の中まで見透かそうとするようで、居心地が悪い。私は無意識に視線を逸らした。

「構いません。メアリのような華やかな女性の方が、侯爵家にも相応しいと思います」

 父は肯定も否定もしない。父にとっては、学友との縁の婚約が、姉の私であっても妹であっても、家同士の繋がりが持てることに違いはない。たまたま年が近いのが私だっただけ。婚約者が私から妹に変わることは、誰にとっても良いことに違いないのだ。

「アルバート様に早くご決断いただかないと、私の嫁ぎ先の選択肢がどんどん減ってしまいますわ」

 そう戯けて言うと、父はようやく口元に笑みを浮かべた。

「そうだな、今から候補者を探しておこう」
「よろしくお願いします」

 私はそれだけ言うと、父の部屋から退室した。

 メアリのような美しい令嬢なら、すぐに候補が見つかるだろう。けれど、平凡な容姿で特別なアピールポイントもない私に、しかもこの年齢になって婚約解消されたなんて醜聞が追加されたら、本当にお相手は見つかるのだろうか。

 後ろ向きな考えを吐き出すように、私は大きな溜息をついたのだった。




「初めて会ったその日、なんて素敵な女性だろう、と思ったんだ」

 聞こえてきた声に足を止める。
 それが自分の婚約者のアルバート様のものであることは明白で、私は身動きできなくなった。

 それはある時の夜会。
 少し席を外した後、エスコートしてきてくれた彼の元へ戻ろうとしたその時にちょうど聞こえてきた会話は、彼の友人のダンテ伯爵子息のエドガー様とのものだ。
 普段はあまり感情を表に出さない穏やかなアルバート様の熱のこもった台詞に、反比例するように私の体温が下がるのを自覚する。

 社交界での人気が高く憧れる女性は多いものの、浮いた噂などなく、私の婚約者となってからも紳士的な態度を変えることもない彼と、社交界デビューもまだではあるけれど美しく愛らしい妹との出会いは、彼にこんなに熱く語らせる程、運命的なものだったのだろう。

 私では釣り合わないと思っていた。
 それでも優しく婚約者として扱ってくれるアルバート様に甘えていた自分が、とても惨めで醜く感じられた。

 私はその場を離れ、時間を置いてから彼等の元へ戻った。その時には会話は全く別のものになっていたし、私の顔色も幾分かましになっていただろうと思う。

 だけど、その日以降、私は夜会等の公の場に共に出席することを、何かと理由をつけてお断りするようになったのだった。





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