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「こんばんは」
久しぶりに父の同伴で出席した夜会で、声をかけられた。
「こんばんは。ご無沙汰しております、エドガー様」
否応にも、最後にお会いした夜会でのアルバート様との会話を思い出す。
「随分、久しぶりの夜会ではないですか? それに、今日はアルバートは一緒ではない?」
詮索する彼に、こんな時のために用意していた答えを返す。
「今日は体調を崩した母の代理で、父の付き添いのため来ております」
「なるほど。だけど、最近貴女をエスコートしていないアルバートは、残念がると思いますよ」
何故か神妙な顔で頷いた彼が口にした言葉に、自嘲の笑みを浮かべてしまう。
貴方は知っているくせに。彼が本当にエスコートしたい相手のことを……。
でも、それを口にすることもできず、私は曖昧に微笑む。
「ところで、エスト嬢」
一瞬で表情を剣呑なものに変えたエドガー様が、私との距離を詰め、声を顰める。
「何故、フィスラー子爵殿は貴女の新しい婚約者を探しているのですか?」
心臓の音が相手に聞こえるのではないかと思うほど大きく響く。アルバート様という婚約者がいるのに別の相手を探しているなどという噂が出回っているなんて、父は何をしているのか。もしもパルメア侯爵の耳に入ろうものなら……。
「私にはアルバート様がいらっしゃるのに、どうしてそんな噂が? 」
噂を否定するために咄嗟に返した言葉が自分の胸に刺さる。それも、私が次の婚約者を探さないといけない理由に思い当たるはずのエドガー様に向かって言っている。何という茶番だろう。意地の悪い方だ、と視線で責めることくらいしか、私にはできない。
エドガー様は視線を逸らさず、驚くことを告げた。
「噂ではなくて、実は貴女の父が私の父のところへ打診に来たのだ。勿論、秘密裏に、ではあるけれど」
アルバート様の友人のところにまで話を持って行ったなんて……!
まあ、私のような冴えない娘が婚約解消されたとなると、形振り構ってはいられないのかも知れないけれど。
もしくは、わざとそういった情報をアルバート様の耳に入れて、婚約解消を切り出しやすくしようという考えだろうか。優しいアルバート様のことだ。これくらいしないと踏ん切りがつかないかも知れないから……。
でも、そんな話をされたエドガー様からすると、気分を害されても仕方ない。まだ私とアルバート様の婚約は解消されていないのだし、友人が振る予定の女を勧められるのも嫌だろう。
私は頭を下げておくことにする。
「父の非礼、誠に申し訳ございません。エドガー様にまでそんな話を持ちかけるなんて、余程切羽詰まっていたのだと思います」
「切羽詰まっていたとは?」
分かっていて聞いているのだろうか。本当に、意外と人の悪い。
口にするのも嫌なのだけれど、何も答えずに解放してくれそうにないので、私は諦める。
「近いうちに私とアルバート様の婚約が解消されるからです」
言った後、思わず溜息と共に「エドガー様はご存知なのでは?」と本音が溢れた。
「え?」
短い驚きの声に彼を見る。本当に驚いているようだ。エドガー様としては、アルバート様が婚約解消まで考えているとは思っていなかったのかも知れない。
でも、私と結婚してしまったら、アルバート様は妹とは結ばれない。例えば、私との結婚を形式上のものにするとしても、妻の妹を第2婦人や妾とするのはあまり外聞がよろしくないし、それでは妹が可哀想だ。
「エ、エスト嬢?!」
考え込んでしまっていた私の両肩を、エドガー様が掴んだ。その勢いに声を上げるのも忘れ、踏鞴を踏む。言葉を無くし、見上げると、彼は何故か焦っているようで、その理由がわからない。彼はアルバート様から妹のことを聞いていたはずなのに。
「離せ、エドガー!!」
肩を掴んでいたエドガー様の手が引き剥がされた。目の前には私とエドガー様との間を遮るように割り込んで声を発した人の背中があり、私は唖然と見上げる。
走ってきたのか、息を乱した肩は上下に揺れ、銀色の髪もそれに合わせ揺れている。
「エストに何をしている!?」
親友のエドガー様に対して怒気を孕む声で問うているのは、何故かここにいるアルバート様だ。
今日の夜会には出席なさらないと人伝に聞いていた。出席されていたとしても、こんなに多く人がいる中で、どうやって私たちを見つけたのだろう。ああ、そもそもエドガー様とお会いになる予定だったのかも知れない。
それにしては、何故こんな険悪な雰囲気になっているのか。
いつも穏やかなアルバート様が珍しく語気を荒げていることなど、私にはわからない事が多過ぎて、思考がまとまらない。
その場の誰も言葉を発することができないでいると、アルバート様は何をどう勘違いしたのか、さらに激昂した。
「何故、彼女が泣いている!? 答えろっ!!」
泣いている……?
私はふと手を自分の頬にあて、初めて気付く。私、泣いている? 何故? いつから?
「待て! 落ち着け! 私は何もしていない! ちょっと話をしていただけで」
「それでどうしてエストが泣くんだ! ことの仔細によっては、俺はお前を許さんぞ!!」
今にも取っ組み合いにでもなりそうな2人に、私の頭が冷える。何故こんなことになっているのかは分からないけれど、泣いている場合ではない。
「ま、待ってください、アルバート様! エドガー様は何も悪くございません!」
必死であげた声をアルバート様は聞いてくれた。私に向きなおった顔は、いつもの優しい彼のものだ。
彼が私の名を呼ぶ。その声もいつもと変わりなく優しい。強張っていた体が自由になり、今まで聞こえていなかった周りの喧騒が耳に戻ってくる。気付くと周囲から注目されており、視線が痛い。
「場所を変えよう」
そう言って差し出された手を拒むことはできなかった。
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