早く婚約解消してください!

鳴哉

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 夜会の次の日、アルバート様がフィスラー家を訪れた。
 思っていたよりも早く決断いただいたみたいだ。変に私に気を遣ったりしないうちに、早く話をまとめてしまおう。どうせなら、父と妹も同席してもらおうか。

 なんて考えながら、いつもの茶会の東屋へ向かうと、右往左往する銀色の頭が見えた。
 右往左往するアルバート様?

 不思議なこともある、と思いながら、声をかけると、その頭が驚くほど飛び上がった。

 そして振り返るなり、今度は急降下し、私の腰よりも低くなった。

 意味がわからない。
 アルバート様が私に頭を下げている。
 それも尋常じゃないほど、頭の位置が低い。地面につきそう。

 余りのことに動転した私が慌ててしゃがみ込んだのと同時に、彼が叫ぶように言った。

「大変申し訳ございませんでしたっ!!」

「は?」

 思わず淑女らしからぬ間抜けな声が出た。

「女性が苦手なせいで、貴女に大変酷い態度をとってしまっていました! 貴女と満足に話すこともできなかったのは、私の不徳の致すところでしかありません。そればかりか、貴女が何もおっしゃらないのをいいことに、私は貴女と一緒にいるだけで勝手に幸せな気持ちになって、貴女を蔑ろにするようなことをしていることにさえ気付いてもいませんでした。謝って済むことではないと分かっていますが、どうか謝らせていただきたい。本当にすみませんでした!!!」

 一息にとても長い謝罪を言い切ったアルバート様は、そのままさらに頭を下げた。両手が東屋の床につくほどに。

 余りの長い台詞に、私の頭はその内容をすぐに理解できないでいた。
 でも、その中に含まれた違和感を感じた言葉を頭の中で反芻する。

 私と一緒にいるだけで幸せな気持ち?
 それは、まるで私に好意を持っているかのように聞こえてしまう。

「あの、アルバート様、お顔をお上げください」

 とりあえず、恐れ多く思いながらも床についた彼の手に自分の手を添えて立たせようとするが、彼はなかなか頭を上げようとしなかった。

「貴女を傷付けた自分がどうしても許せない。それでも、それでも、どうかお願いします」

 そう言って、ようやく彼は顔を上げた。縋るような視線が絡みつく。

「私との婚約を破棄しないで欲しい」

 自分の胸が自分のものとは思えないくらい、大きな音を立てた。顔に血が集まっていくのを自覚する。

 激しくなる鼓動を無理矢理押さえつけるように、言葉を絞り出す。

「……メアリとは楽しそうにお話しされていたじゃないですか」

「あれは私のハリボテの外面で、社交辞令的な会話しかしてないし、メアリ嬢には申し訳ないが内容なんて全く頭に入ってないんです。頭の中では、貴女とした会話をずっと反芻していましたし」

「……私とは全く視線は合いませんでしたよ」

「貴女のような素敵な女性とそうそう目なんて合わせられる訳ないじゃないですか。今だって逃げ出してしまいそうになるのを必死に堪えているんです」

 素敵な女性、と言われて、夜会で聞いた会話を思い出す。あれは、メアリでなく私のことだったってこと?

「私、素敵な女性だなんて言われるところは持ち合わせていません」

「そんなことはありません。私の知る限り、貴女より素敵な女性なんて存在しません! 私は貴女だから結婚したいと思えたんです!!」

 そう叫ぶアルバート様は、自分の勢いに驚くと、私よりはるかに大きな体を小さく丸めた。

「こんなことを言う資格はないとは思います。でも、お願いです。私との婚約を破棄するなんて言わないでください。もう二度と同じ過ちは繰り返しませんから」

 そう言って、どこからか大きな花束を差し出した。確か、侯爵家の領地の特産品だったように思う。妹が強請って一度お土産にいただいていた。あの時のものより数倍大きく、美しい。

「エスト、私には貴女しかいない。愛しているんです。どうか私と結婚してください」

 手ずから選んで摘んできてくれたという花を前に、私は自分に問いかける。


 私はどうしたい?


 今まで見てきた紳士的なアルバート様とは違う。
 秀麗な顔は必死になってるからなのか、少し紅潮して、何だか少し可愛く見えてしまう。
 不器用ではあるけれど、女性が苦手ながらも私に向き合ってくれて、結婚するなら私がいいと言ってくれる。
 それを素直に、嬉しく思う私がいる。

 本当は私だって、婚約解消なんてしたくなかった。ただ、愛されないのに傍にいるのが辛かっただけ。


「私だけを見てくださいますか?」


 そう言うと、アルバート様は、
「はい!貴女だけを!」
と力強く宣言してくれた。


 私は、今まで見て来たアルバート様とは違う、だけど真摯に私を見てくれる彼に、心が温かくなるのを感じた。


 私の心が言っている。
 私もこの方が好きだ。


「よろしくお願いします」

 そう告げると、とうとうアルバート様は泣き出してしまった。「ありがとう」と「申し訳ない」を何度も繰り返され、私は頭を振った。

 謝らないといけないのは、私もだ。

 寂しいのなら、辛いのなら、そう彼に言えばよかったのに。

「貴方の気持ちを勝手に決めつけてしまっていました。そして勝手に諦めてしまっていて、本当に申し訳ありませんでした」

 ちゃんと言葉にしないと伝わらない。
 しなくても分かってもらえると思い込むのは傲慢だ。

「アルバート様のことが好きなのに、諦めようとしたこと、許してくださいますか?」

 アルバート様は、泣き笑いのまま、許してくれた。そして、初めてデートに誘ってくれた。私はもちろん喜んでお受けしたのだった。



 アルバート様は家族にも謝って、私との婚約継続を改めて申し入れてくれた。父はちょっと渋い顔をして、「体裁を保つのも良いが、周りや娘に誤解を与えることのないように」と苦言を呈していた。娘とは、私と妹のメアリの両方のことだと思う。

 正直なところメアリは納得しないかと思っていたのだけれど、意外にあっさりとアルバート様と私のことを祝福してくれた。
 どうやら東屋でのアルバート様の謝罪からの号泣を覗き見ていたようで、
「あの方を支えるのは、私じゃ無理みたい」
と苦笑いしていた。



 初めてのデートは、観劇だった。
 私の好きな作家の作品が初めて歌劇になると聞いて、とても気になっていたものだった。お礼を言うと、アルバート様は照れながら頭を掻いた。

「以前、貴女がこの作家を好きだと言っていたので、私も読んでみて好きになりました。歌劇になったのなら、貴女と絶対一緒に観に行くと決めていました」

 私が話したことを覚えていてくれていた。
 それがとても嬉しい。
 それを言葉で伝えてくれる。
 それもとても嬉しい。

 ならば、私も同じように思っていることを伝えよう。つりあわないとか考えるよりも先にあった、私の心の底から湧き上がるこの想いを伝えよう。

 そうすれば、あんな悲しいすれ違いはなかったと思うから。

「アルバート様」

 続けた私からの想いに、彼は赤い顔で、とても嬉しそうに、笑い返してくれたのだった。




感想 1

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みんなの感想(1件)

ちゃんみんママ
2025.07.18 ちゃんみんママ

心が暖かくなる素敵なストーリーでした😌
両片思いだったのですね❤️
すれ違いにならなくてほんとに良かった😂

2025.07.19 鳴哉

お読みいただき、ありがとうございました。
感想もいただけて、本当に嬉しいです。
素敵、とか言ってもらえてそわそわしています。
楽しんでいただけたのでしたら、幸いです。

解除

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