帰ってきた兄の結婚、そして私、の話

鳴哉

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 兄は幼い頃に誘拐された。身代金目的の犯人は早々に捕まったのだけれど、兄は帰ってこなかった。犯人たちは、兄が森の中で逃げてしまったと言ったが、まだ2歳の貴族男児がそこから生きて帰って来られるとは誰も思えなかった。

 それから20年経って。
 兄は地方の田舎町で警備兵として働いているところを発見された。どうやら森を通りかかった異国の商人に拾われ、その国の辺境にある孤児院に預けられたらしかった。大人になってから職を探して再度国境を超え我が国の地方の町で働き出したおかげで、行方不明の兄ではないかとの情報がもたらされたのだ。既に成人し、行方不明となった時とは随分容姿は変わっていたが、我が侯爵家特有の星が散る瞳が本人である証拠となった。

 しかし、生きてきたうちの大半を平民、それも荒くれ者揃いの兵隊の中で生きてきた兄は、なかなか貴族の生活に慣れることができないでいる。マナーや口調、食べるものさえ違うのだから、大変なのだと思う。
 最初はこの家に戻るのを頑なに拒んでいた兄だったが、顔も覚えていないとはいえ、明らかに血の繋がりを感じさせる自分に似た父母から泣いて縋られては拒みきれなかった。根は優しいのだ。


「はじめまして。お兄様、とお呼びしてもよろしいですか?」

 初めて話しかけた時は、私も緊張したものだ。青い瞳を下から見上げると、輝く星々。同じ瞳でも私とは違う。綺麗だ、と思った。泣きたくなるくらいに。

「俺の、妹なのか?」

 そう問われて、私は心の中で「血はうんと遠くでしか繋がってはいないんですけれどね」と言い訳しながら微笑んだ。


 私はスペアだった。
 兄が誘拐されて帰ってこなかった後、侯爵夫妻の間に子どもが生まれなかったため、赤ちゃんの頃に遠縁から養子として引き取られた。歴史ある当家を継ぐためには、代々引き継がれる精霊との契約の証である「星が散る瞳」を持つ必要があるのだが、私の青い瞳にはひとつだけ星が瞬いているからだ。

 「本物」を間近に見て、初めて私の瞳が劣化版だとわかった。だって本物は、深い青の中にいくつもの眩い星が輝いている。
 極寒の冬の夜空の星々のように。
 泉の底に沈んだ宝石のように。
 その泣き出してしまいそうなくらいの美しさに、胸が苦しくなる。



「お前は結婚しないのか?」

 むしゃむしゃとケーキを食べ、がぶがぶとお茶を飲みながら、兄が問う。マナーとか学ぶ気ないよね、とじっとりとした目で見つめながら、私はちゃんと優雅にお茶を飲む。

「今のところ、予定はありません」
「お前の年齢なら、もう婚約者くらいいるもんじゃないのか?」
 なかなか痛いところを突いてくる。
「つい最近までいたんですけれど、ちょっといろいろありまして」
「ふーん」
 無神経な兄も流石に詳細を追求してはこなかったが。

「良かった」
 良かったとは何だ! と睨みつけると、ニヤリと笑って兄は言う。

「まだしばらくお前とこうしていられるってことなんだろ?」

 そんなこと言われると怒るに怒れないじゃないか。私は口にする言葉を思いつかず、お茶を飲んで誤魔化した。



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