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第3章 圭一の部屋
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「――」
びく、と少しだけ体が動いたのは圭一にも伝わっているはずだけど、圭一はやめなかった。そっと浅く重なる。さっきまで密着していた体が離れて、熱を失い、強く掴まれている肩だけが熱い。柔らかさを確かめるように表面をなぞっていた唇は、やがて少しずつ強く押し付けられ、徐々に大胆に旭の唇をもてあそび始める。どうすればよいのか分からなくて、旭はじっと体を固くしたまま待った。考えるだけでいいって言ったくせに、と一瞬だけ恨みがましく思って、でもすぐ後から、付き合わないと駄目かどうか分からないと言われたことも思い出した。これも、駄目かどうか確かめているのだろうか。
「……っ!」
その時、ぬる、と圭一の舌が唇の隙間からねじ込まれるのが分かって、旭は反射的に顔を離した。同時に圭一の体を押し返してしまい、肩に置かれた圭一の手が離れる。
圭一は一瞬驚いた顔をしたが、すぐにぎゅっと固く口を引き結んだ。宙に浮いていた手が力なく下りる。
「――ごめん」
無意識に手の甲で唇を拭っていた旭は、圭一の視線が自分の手に注がれているのに気付いて、慌てて手を離した。
「ちが、嫌とかじゃなくて」
嫌、とかじゃなくて。旭の仕草を圭一がどう解釈したか容易に想像できて、必死に言い繕う。
「ちょっとびっくりしたっていうか」
「……ごめん」
「分かってるから。俺が駄目かどうか試したんだろ」
なるべく明るい声色で言ってみたが、圭一は思いつめたような表情をやめない。
「違う。俺がやりたかっただけ」
「……」
「変えなくていいとか言っといて、ごめん」
「いや、あの」
居心地の悪さが大きくなり、徐々に不安へと変化していく。さっきの、あんなに冷たい口調の圭一も初めて見たけれど、でもそれは旭が知らなかっただけで、きっとあれが素の圭一なのだろう。今までずっと旭に対しては精一杯気を遣っていたのかもしれない。
そしてまた、こんな暗い表情の圭一も今まで見たことがなかった。何とかしたいけれど、自分がどうしたいのかもまだ分からないのに、圭一に対してどう振舞えばよいのかなんて更に検討もつかなかった。
「だから嫌とかじゃないって。そんな顔すんなよ」
何を言えば圭一の表情が晴れるのか、それだけを考えながら言葉を繋ぐ。
「つ、付き合うんだろ、試しに。だから、これだって必要だったっていうか」
「……嫌なら断ってくれていいから」
「だから嫌じゃないって。ちょっとまだ急すぎて分からないけど……考えるし」
何を言っても圭一の表情は変わらなかった。やがて片手で顔を覆い、低い声を出す。
「……悪い。今日は解散でもいいか」
「え、あ……うん」
一瞬言葉の意味を掴みかねたが、とりあえず立ち上がる。解散って、帰れってことだよな。荷物を手に取ってみたが、圭一は何も言わない。旭は躊躇いがちに鞄を肩に掛けた。
「……なあ。ちゃんと考えろよ」
「え、うん。分かってる」
「俺に流されるんじゃなくて、自分がどう思うか考えろ」
「分かってるって」
そのまま入口の方に向かい、ドアを開ける。振り返ると圭一と目が合う。
「……じゃ、また」
「ん」
軽く手を上げあってから、旭は廊下に出てドアを閉めた。
ゆっくりと靴を履きながら後ろを気にしてみても、圭一は部屋から出てこなかった。
びく、と少しだけ体が動いたのは圭一にも伝わっているはずだけど、圭一はやめなかった。そっと浅く重なる。さっきまで密着していた体が離れて、熱を失い、強く掴まれている肩だけが熱い。柔らかさを確かめるように表面をなぞっていた唇は、やがて少しずつ強く押し付けられ、徐々に大胆に旭の唇をもてあそび始める。どうすればよいのか分からなくて、旭はじっと体を固くしたまま待った。考えるだけでいいって言ったくせに、と一瞬だけ恨みがましく思って、でもすぐ後から、付き合わないと駄目かどうか分からないと言われたことも思い出した。これも、駄目かどうか確かめているのだろうか。
「……っ!」
その時、ぬる、と圭一の舌が唇の隙間からねじ込まれるのが分かって、旭は反射的に顔を離した。同時に圭一の体を押し返してしまい、肩に置かれた圭一の手が離れる。
圭一は一瞬驚いた顔をしたが、すぐにぎゅっと固く口を引き結んだ。宙に浮いていた手が力なく下りる。
「――ごめん」
無意識に手の甲で唇を拭っていた旭は、圭一の視線が自分の手に注がれているのに気付いて、慌てて手を離した。
「ちが、嫌とかじゃなくて」
嫌、とかじゃなくて。旭の仕草を圭一がどう解釈したか容易に想像できて、必死に言い繕う。
「ちょっとびっくりしたっていうか」
「……ごめん」
「分かってるから。俺が駄目かどうか試したんだろ」
なるべく明るい声色で言ってみたが、圭一は思いつめたような表情をやめない。
「違う。俺がやりたかっただけ」
「……」
「変えなくていいとか言っといて、ごめん」
「いや、あの」
居心地の悪さが大きくなり、徐々に不安へと変化していく。さっきの、あんなに冷たい口調の圭一も初めて見たけれど、でもそれは旭が知らなかっただけで、きっとあれが素の圭一なのだろう。今までずっと旭に対しては精一杯気を遣っていたのかもしれない。
そしてまた、こんな暗い表情の圭一も今まで見たことがなかった。何とかしたいけれど、自分がどうしたいのかもまだ分からないのに、圭一に対してどう振舞えばよいのかなんて更に検討もつかなかった。
「だから嫌とかじゃないって。そんな顔すんなよ」
何を言えば圭一の表情が晴れるのか、それだけを考えながら言葉を繋ぐ。
「つ、付き合うんだろ、試しに。だから、これだって必要だったっていうか」
「……嫌なら断ってくれていいから」
「だから嫌じゃないって。ちょっとまだ急すぎて分からないけど……考えるし」
何を言っても圭一の表情は変わらなかった。やがて片手で顔を覆い、低い声を出す。
「……悪い。今日は解散でもいいか」
「え、あ……うん」
一瞬言葉の意味を掴みかねたが、とりあえず立ち上がる。解散って、帰れってことだよな。荷物を手に取ってみたが、圭一は何も言わない。旭は躊躇いがちに鞄を肩に掛けた。
「……なあ。ちゃんと考えろよ」
「え、うん。分かってる」
「俺に流されるんじゃなくて、自分がどう思うか考えろ」
「分かってるって」
そのまま入口の方に向かい、ドアを開ける。振り返ると圭一と目が合う。
「……じゃ、また」
「ん」
軽く手を上げあってから、旭は廊下に出てドアを閉めた。
ゆっくりと靴を履きながら後ろを気にしてみても、圭一は部屋から出てこなかった。
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