知らぬ間に失われるとしても

立石 雫

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第12章 圭一の部屋2

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 圭一の口が離れ、代わりに手が何度か屹立をゆるく扱く。その手も離れて圭一が動く気配がしたので、旭は目を開けた。
 ベッドの下に手を伸ばした圭一が、何かを取り出す。
「……何?」
「ジェル」
「買った?」
「うん」
 柏崎に教えてもらった、と圭一が呟くように言いながら蓋を開ける。見上げていた旭と目が合うと、少しだけ笑って顔を近付けてきたが、何かに気付いたように途中でやめた。
 やっぱり柏崎くんはもう知ってるのか。旭はしばらく会っていない友人のことを思い出した。圭一とのことを話そうと思っていたから、既に圭一から伝えていたのなら良かった。
 そんなことを考えていると、閉じかけていた旭の膝の間で、圭一が膝立ちのまま距離をつめてくる。旭の太腿を下から持ち上げるように圭一の膝がシーツとの隙間に入り込む。大きく足を開いたまま腰が持ち上げられた格好になり、旭は再び生じた激しい羞恥を必死に押し殺した。
 圭一はジェルを手のひらに取り、両手に伸ばすようにしてから、再び旭のものを握ってくる。上下に動かされると、素手で触られるのとは違う快感があった。そして圭一のもう一方の手が更に奥の方を探りあてた。しばらく表面を撫でた後、やがて指がゆっくりと侵入してくる。
 目と口をぎゅっと固く閉じて、旭はその状況に耐えた。中で動く感触には違和感しかない。痛くはないが快感もない。圭一の逆の手は宥めるようにずっと旭のものを刺激し続けている。
 一度両手が離れ、容器の蓋を開閉する音がした後、再びくぼみにジェルが塗り込められた。そして増やされた指が挿入される。
 さっきよりも大きく無理やりこじ開けられる感覚に、旭は一瞬で体を強張らせた。
「痛い?」
 考えるより先に首を振る。痛いのかどうかも分からない。入り口が拡げられている感触と、中に入り込まれている圧迫感。無理やり体を開かれる不安。
 自分のそこが圭一の指を締め付けているのに気付き、旭は何とか力を抜こうと息を吐いた。中の指はじっとしたまま動かず、代わりに気を逸らすように前が握られ、扱かれる。
 しばらくして、ようやく少し慣れた旭は、無意識に仰け反っていた背中をベッドに下ろした。旭の様子をうかがっていた圭一は、少しずつ指を動かし始めた。
 それから、何度か指を抜かれ、ジェルを足されてはまた入れられた。重ねられていた指が少しずつ広げられ、より大きく入り口と中を圧迫する。何度も「痛い?」と聞かれ、その度に旭は首を横に振った。そしてふと、最初に比べてだいぶ慣れてきている自分に気付く。徐々に周りの様子に意識が向き始める。ぬるぬるとしたものが漏れ出て下に伝っていく感触。圭一が指を動かす度に聞こえるくちゅくちゅという小さな音。エアコンの冷気で冷えたシーツ。そして、いつもよりだいぶ速くなっている圭一の息遣い。
 やがて圭一が大きく息をついて、指を抜いた。旭の腿を支えていた脚も離れていく。閉じていた目を開けてそっと様子をうかがうと、下着も脱いで全裸になった圭一が、ベッドの縁に座ってゴムを付けているところだった。ああ、今からするんだ、と他人事のように旭は思った。
 付け終わってこちらに向き直った圭一と目が合う。
「……入れる」
 旭は小さく頷いた。
「痛かったら言って」
 旭はまた頷く。圭一が再び旭の両足を抱え上げる。
「ちょっとでも痛かったら、絶対言って」
 旭はもう一度頷いて、再び目を閉じた。さっきまでの感覚を思い出そうとする。さっきの続きをやるだけだ。さっきみたいにただ受け入れればいい。
 圭一の先端が触れる。力がこめられ、少しだけ入ってきたのが分かる。大丈夫だ。同じように受け入れれば大丈夫。圭一ならきっと大丈夫――
「――っ!!」
 熱くて太いものがめり込んでくる衝撃に、旭は声を出さずに叫んだ。そこを一気に開こうとする、比べ物にならない大きさと圧力。絶対に入らない、と瞬時に確信する。
「っ、旭、痛い?」
 それでも、旭は反射的に首を振った。勝手に顔が歪むのが分かって、両腕で顔を覆う。
「旭、ちょっと力抜いて」
 圭一自身も苦しそうな声に、旭は精一杯言われたとおりにしようとした。浅い呼吸を繰り返しながら、何とかそれを受け入れようと力を抜く。裂けるのではないかという恐怖に必死に抗う。
「旭……一回抜く?」
 圭一の気遣いに、旭はまた首を振った。一度抜いてしまえば自分はもう二度とできないだろうと思った。このまま耐えているうちに、さっきみたいに慣れることさえできれば。
「顔見えないから、腕どけて」
 また首を振る。早く、さっきみたいに。早く。圭一が気付かないうちに。
 震える息を悟られないように、浅く短い呼吸を繰り返した。下半身から意識を逸らすように奥歯を噛み締め、瞼に力を入れる。圭一に気付かれないように。
 もう少しだけ我慢していれば、また慣れる。だからそれまで。早く、そこが慣れるまで――
 ふいに圧迫感が消えた。入ったままの感覚だけがそこに残り、同時に圭一に手首を掴まれる。そのまま両腕を引っ張られて思わず目を開けると、目の前の圭一と目が合った。
「……やっぱり痛いんじゃないか」
 そう言った圭一は、何故か自分の方が苦しそうな顔をした。旭は咄嗟にまた首を振った。
「……ちが」
「痛かったら言えって言っただろ」
 放り出すように手首を離され、圭一の体が離れていく。
 こちらに背を向けて、圭一はしばらく俯き加減にベッドの端に座っていたが、やがて無造作に服を着ると、足早にドアの方に歩いていった。
「……圭一」
 呼び掛けると、圭一はこちらを見ないまま「トイレ」と答え、そのまま部屋を出ていった。
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