上 下
30 / 31

土下座

しおりを挟む






4人は、近くのファミレスで朝食を食べていた。
まぁ朝食セットなどどこでも系列なので一緒なのだが、まぁ和食にしたり洋食にしたり。
系列のお店を変えたりして、ツアーは乗り切っているのが現状であった。
早めにギターと荷物を持つと、車まで移動してギターを後部座席の後ろに置いていた。
今回は、新人としては破格の5000円のチケットだったが全国全て完売していた。
車はそのまま旭川の公会堂に到着して、器材などが運ばれていた。
麗奈達は衣装とかメイクは会場でやってもらうので、手ぶらであった。
ただ弦とかピック・譜面などは、小さな鞄に入れて降りていた。

「あ 純也さん 窓、少しづつ開けててもらっていいですか?車内が暑くなるので、頼みますね。」

「でも、終る頃には寒くなってますから閉めておきますよ。なんか問題あるんですか?」

「もう、わかったわよ。話すから開けておいてね。ギター入っているから温度上がると困るのよ。頼みますね。」

昼の部は12時開演だった。 
午前中のリハーサルも程なく終了して、軽くサンドイッチを食べながら紅茶を飲んでいた。

「おい だれのギターなんだよ。こんなの車にあったけど。」

「私のですけど。すいません、車に置いてきました。ステージでは使わないので・・・」

「言ったよな。休養しろって。どこから持ってきたんだよ。」

「高いギターだとダメだと言われたので、昨日買いました。すいません。」

「没収するぞ、いいな。」

「社長、そんなことやっても無駄ですよ。麗奈はギター弾かないとイライラしてて、こっちが迷惑なんですよね。社長まだ麗奈理解してませんよね。ギターと離れるってことは、麗奈にとってどれほど苦痛なのかって事を。北海道までの車の中でも、イライラしてましたからね。だから、漁港で食事してもあまり食べてなかったんですよ。」

「わかったよ。でも、後で説教するからな。まずは、このステージを成功させることだけに全力を注ぐ様にな。」

旭川1ステージ目、いよいよ開幕であった。
暗い客席・暗いステージ・なんの音もしなく静まり返っていた。
殆どのお客様は、ドラムの音から始まると思ってドキドキしていた。
そんな静かな空気の中、麗奈の透き通った綺麗な声が流れ始めていた。
ピンスポットで照らされた麗奈は、マイクの前で歌っていた。
Aメロ・Bメロを歌い上げると、一斉に楽器が鳴り響きステージ全体が明るくなっていた。
一斉に観客の拍手と歓声が巻き上がっていた。
一曲目をクリアして、麗奈はニコニコと笑っていた。

「ただいまーーーーーー  また、旭川にもどってきましたーーーーーーーーー
いいところですよねーーーー  最高の街ですよーーーーーーーーーーーー
そうそう、昨日1人で街に出かけたんですけどね。
まだ、有名じゃないから気が付かれませんでいたーーーーーーーーーーーー
楽器店で不審人物に見間違われましたーーーーーーーーーーーーーーー
そうよね こんな若いのに、1番高いギター見せてーーーーーーーーなんて言うんだからね
買っちゃいましたけどねーーーーーーーーーーーーー
練習用のギター忘れてきちゃってーーーーーーーーーーーーー
でも、最後にやっと気がついてくれましたよーーーーーーーーー 
また、今度も来ますからよろしくーーーーーーってね
次の曲いきまーーーーす   【そよ風】 【蕾】」

なぜか、麗奈はレスポールで弾き始めていた。
ここは、ストラトのはずなにとメンバーは思っていた。
3曲歌い終わり、メンバー紹介も終わった。

「あのねーーーーーーーー   
練習用のギターですけど、結構良い音出ると思うのよねー
聞きたい?  聞きたい人ーーーーーーーーーーー」

「きかせてーーーーーーーーーーーーー」

「ききたーーーーーーーーーーーーーーーい」

「はい、じゃ、ちょっと待っててね。ギター取ってきますからね。」

麗奈は袖に引っ込むと、楽屋からギターを取って持ってきていた。

「ちょっと、可愛い 8本目のギターさんでーーーーーーーす。
ちょこっと、お待ちをチューニングしまーーーーーーーーーーーーす。」

簡単にチューニングをしてしまうと。

「じゃ、このギターで初ステージ 旭川の人達達への感謝を込めて
   【Kiss Kiss Kiss】 【恋人達の夜明け】」

買ったばかりのレスポールは、かなり良い音色を奏でていた。
重厚感とか歯切れとかは、Vintageには比べ物にはならなかったが。
しかし、先程のレスポールに比べるととても良い音とは言えなかった。
まぁそれは現状、Vintageを何度も弾いているから仕方ないことであったが。

「ありがとうございまーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーす
どうでしたか? 先程のと区別つきましたか?
凄く出来が良いギターだと思いますねーーーーーーーーーーー
私が最初に買ったのは25万のギターを学校に内緒でアルバイトして買いましたーーー
コンビニとファーストフードですけどねーーーーーーーーーーーー
今は、行きつけのお店ですよーーーーーーーーーーーーーーー
楽器って、いいですよねーーーーーーーー  色々な音を奏でてくれます
そして、こんなに大勢の仲間もできて。 こんなに大勢のお客様の前で歌えて
さいこーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
いっくよーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」

袖に、ギターを渡すとストラトに持ち変えて弾き始めていた。
テクニックを駆使して、弾き始めていた。
こうして16曲を演奏して、アンコールを2曲歌って昼の部は終了していた。

「おい、わざとあのギターで弾いただろ? 勝手なことしやがって、ちゃんとした演奏できないのかよ。」

「ちゃんと演奏してましたよ。1音もずれてませんでしたけどね。それに、59年モデルだから、それなりの音出してましたよ。結構良い音出してたじゃないですか?」

「そんなに俺に逆らうなら、お前首だからな。もう、ステージ立たなくていいから帰れよ。」

「わかりました。お世話になりました。失礼します。ギターは後で取りに行きますのでよろしくおねがいしますね。」

麗奈は、買ったギター1本抱えて公会堂を後にしていた。
まぁ行くところもなかったので、ブラブラと散歩しながら近くのファミレスに入っていた。
軽い食事だったので、ハンバーグセットを注文していた。

善人は、麗奈を首にしたと優に報告していた。
吾郎から折返し電話がかかってきて、長い電話をしていた。

「そりゃ、善人が悪いわ。あいつからギター取ったらなにも残らないからな。こっちに上京する日でも、家で泊まってこいって言ったのに、4時間くらいしたらもどってきて練習したからな。善人、あいつからギター取り上げたらそりゃ、反発するしな。とにかく探せ。麗奈には俺から連絡入れるからな。」

ファミレスでハンバーグとパンを食べていると、携帯がブルブルと振動していた。
見ると、吾郎からの電話だった。 
まぁ、出ないわけにもいかないので一応出てみた。

「吾郎さん、すいませんでした。そして、お世話になりました。ありがとうございました。」

「おい なに言ってんだよ。今、善人を怒ったとこだぜ。お前はなにも悪くないし、好きなだけ弾いてればいいんだからな。今、なにしてるんだ?」

「お腹空いたから、ファミレスでハンバーグ食べてますけど。」

「まぁ善人は謝りづらいだろうから、お前が頭を下げてやってくれないか。ここまでこれたのも全部善人の下準備とかあったからだからな。わかるだろ?」

「わかりますけど、ギター取り上げられるのだけは嫌ですよ。」

「ああ わかった それだけは、こっちでなんとかするから。お前は戻って悪いけど頭を下げて謝ってくれ。いいな。」

「吾郎さんの頼み聞かないわけないじゃないですか。師匠には逆らえませんからね。」

「じゃ、それ食べたら戻りなさいね。頼むぞ。お前の代わりなんていないんだからな。」

「ご迷惑おかけしました。頭を下げて謝って戻ります。それでは失礼します。」

ハンバーグを食べながら、そりゃそうだよな。
社長が、こんな私に謝るなんてできないものな。
こっちから謝らないと、みんなの夢も潰しちゃうし。

精算を終えて、再び公会堂まで足を運んでいた。
裏口では、メンバー達3人がただオロオロとしていた。
麗奈を見つけると、みんな駆け寄ってきていた。
色々と事情を説明して、吾郎との会話もみんなに話していた。

「じゃ、謝ってくるから心配しないでね。ごめんなさいね。」

裏口から入っていき、善人の前で頭を下げて麗奈は謝っていた。

「お前、本当に戻りたいんだよな? じゃ、土下座して謝れよ。そしたら許してやるから。できるよな?麗奈。」

吾郎との約束もあるし、麗奈は従うしかなかった。
大勢のスタッフなどの前で、麗奈は土下座して涙を零して謝っていた。

「わかればいいんだよ。じゃ、夜もがんばってくれよな。」

善人が去った後も、麗奈はそのまま震えていた。
メンバーすら、声をかけられない状態だった。
麗奈は、立ち上がるとメンバーの元に行っていた。

「みんな、このツアー最後にして移籍しない? 話し違うし、こんな屈辱初めて出し。私、お金とかよりも、もっと楽しくやっていきたいの。これじゃ、本当に仕事って感じでしょ?嫌なのよね。我儘だとは思うけど、ごめんなさい。夜終わったら、吾郎さんに連絡しときます。」

「ああ 土下座はないよな。ここまで頑張った麗奈に土下座させるなんて。」

「私ならやらなかったけどね。でも、麗奈偉いよ。」

「今日の1曲目の歌は変更していい? とても集中できないから無理そうなの。」

「いいよ なんでも任せたわよ。」

「まぁ、メンバー紹介も頼むわね。ノッてないのに、出来ないもの。無理だわ。」

「じゃ、彩香あんた中央に立ちなさいよ。麗奈はサイドでボーカルしてればいいわよ。」

あすかは、少しメンバーから離れてどこかに消えていた。
スタッフも、洋子も純也も立ちすくんでいた。
あすかが戻ると、4人はそのまま公会堂を後にしてファミレスに入っていた。

「ほら、後2時間はゆっくりできるからここでお茶しない?」

「うんうん いいかもね。のんびりしないとね。」

3人が話しているのも聞こえず、ずっとぼんやりしていた。
ぼんやりしていると、自分が悪くないのに謝りそれでも許してもらえず土下座までさせられたことに少し怒りを感じてきていた。

「ねえ 麗奈 麗奈 聞いているの? 麗奈」

あすかに肩をゆすられてやっと、正気に戻っていた。

「え どうしたの? もう、行くの?」

「あのね いつもみたいにできないかもしれないけど、今日のところはね。後は対処するから、麗奈頑張ってくれないかな? それがみんなの願いなのよ。こんな北海道で私達みたいなのの為に集まってくれてるファンの為にも精一杯のパフォーマンスするのがプロでしょ?違うかしら?麗奈はプロよね?ここにいる4人の中では1番プロ意識あると思うわよ。そんな自分の感情でお客様悲しませていいの?なーんだ。PrettyGirlsって大したことないなーって思われたら、移籍だってできなくなるわよ。わかるわよね。」

「麗奈 麗奈の気持ちはわかるわよ。でも、ここが踏ん張りどころよ。下手な演奏して吾郎さんがっかりさせていいのかしら? あんたの師匠でしょ? 怒られるわよ。」

「麗奈、あすかや彩香の言う通りよ。理不尽な事に私は耐えたと思うわよ。でも、相手は今の社長だからね。まぁ、スケジュール騙したのから始まった今回のツアーだけどさー でも、みんなで乗り切るっって約束したでしょ? ファンを大事にしましょうよね。」

「わかったわ 今度こんな事あったらあのギターで殴るかもしれないけどね。だって、悪くないのに謝ったのに。土下座させられて、悔しくて涙出てきたし。これ以上は許さないから。」

「おー 怖い 麗奈って怒ると怖いのね」

「まぁ、普通はさっきキレてたでしょうけどね。麗奈だから我慢したのよ。」

4人はゆっくりと時間を過ごし、6時前に公会堂に戻っていた。
しおりを挟む

処理中です...