きみを待つ

四葉 翠花

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04.くすんだ場所

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「マリオン兄さん」

 ミゼアスは廊下を一人歩いていくマリオンを呼び止めた。
 目上の白花には『兄さん』と敬称をつけるのが習わしだ。
 マリオンは足を止め、振り返る。その端正な顔には呆れが浮かび上がっており、ミゼアスは怯んでしまう。

「あなたね、ガルトごときにあれだけ好きに言わせるなんて、それでも五花ですか。情けない。それに、私にいつまで『兄さん』とつける気ですか。今やあなたのほうが上の立場なのですよ」

 苛立ちを含んだ声でマリオンはミゼアスを咎める。

「で……でも、僕は若輩者ですし……」

「若輩者だろうと何だろうと、あなたは最高位の五花なのですよ。それにふさわしい振る舞いをなさい」

 言い訳を口に上らせようとしたミゼアスを、ぴしゃりと叱りつけるマリオン。
 思わずミゼアスが口をつぐむと、マリオンは大きなため息をひとつ漏らして、再び歩いていってしまった。

 廊下に一人取り残され、ミゼアスは俯いてじっと床を見る。一面に敷かれた鮮やかな緋色の絨毯は、見るからに高級品だ。おそらく、ミゼアスが生まれ育った村にいては、一生お目にすらかかれないような品だろう。
 壁を飾る絵画や置物だって、どれも一級品ばかりだ。それだけではない。ミゼアスの部屋にある品々も全て一流の物である。どれも、本来ならば貧乏人の子であるミゼアスの手に届くような品ではない。

 国一番の高級娼館で、最高位にまで上りつめた今、望めば王侯貴族のような贅沢だって可能なのだ。本当は客を毎日取る必要もない。客を選ぶ権利だって持っている。
 日々懸命に働き、それでもその日を暮らすのに精一杯な人々から見れば、恵まれているといえるだろう。たくさんの素晴らしい物に囲まれ、不自由のない暮らしを送りながら、何が不満だと呆れられるかもしれない。

 それでも、ミゼアスが本当に欲しかったものはそんな贅沢ではない。唇を引き結び、ミゼアスは自らの手を見る。
 手の甲には五花の証である、五つの花が刻まれている。白く、華奢な手だ。肌はしっとりと滑らかで、労働の跡など見られない。この手は楽器を奏で、筆を取り、そして愛撫を施すためにあるのだ。
 貴婦人も、この手を見ればうらやむだろう。徹底的に磨きぬかれた珠玉の存在、それが不夜島の五花であるミゼアスなのだ。

 しかしミゼアスの中では、泥にまみれて手も足も擦り傷だらけになっていた、幼い日の思い出のほうが輝いていた。鮮やかで贅沢な品々も、思い出の前にはくすんで見える。
 ここには、ミゼアスの欲しいものはない。
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