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17.果てしない青空
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ヴァレンの話を聞き終え、ミゼアスは握り締めた拳が震えるのを止めることができなかった。
怒らないと約束した手前、怒り出すこともできない。ひたすら自らの内側に渦巻くやりきれない思いを押し込めるだけだった。
「……つまり、きみは後方転回の練習をして失敗したということかい?」
声が震えないよう、ミゼアスは必死に押さえて問いかける。
「はいっ!」
吐き出したことで楽になったのか、元気いっぱいにヴァレンは答える。やたらと眩しい笑顔に、ミゼアスはめまいがしそうだった。
「どうして、そんなことをしたんだい?」
「格好いいから、やってみたかったんです!」
てらいもなくヴァレンは声を張り上げる。
「誰かに傷つけられたわけじゃなくて、一人で練習して、一人で怪我をしたのかい?」
「そのとおりです! ミゼアス兄さんに言ったら怒られると思って、黙ってました」
ミゼアスはがっくりとうなだれた。
嫌がらせで傷つけられたわけでも何でもなく、ただ自分で勝手に危ないことをして、怪我をしてしまったので言えなかったということか。
昨日から食事も喉を通らないほど思い悩んでいたのは、いったい何だったのだろう。消えたと思っていた心の明かりが、けたたましく色を変えて乱反射していくようだった。
しかし、嫌がらせで怪我をしたわけではないのだ。むしろ、喜ぶべきことだろう。そう自らに言い聞かせ、ミゼアスは必死に己を宥める。
「……あのね、後方転回は危険なんだよ。下手をすれば首の骨を折ることだってある。もう勝手な練習はやめなさい」
「ええー」
不満げな声を漏らすヴァレン。
「……どうしてもやりたいんだったら、僕のいるところで、僕の許可を取ってから、僕と一緒に練習しなさい」
このままではまた同じことを繰り返すかもしれない。仕方なく、ミゼアスは妥協案を提示する。
「むー」
完全な拒絶ではないが、ヴァレンは納得できないようだ。唇を尖らせて、呻き声を漏らす。
ミゼアスはため息をひとつ漏らし、地面に硝子など危ないものが落ちていないかを確認する。何もないことを確かめると、不思議そうなヴァレンを横目にミゼアスは膝を曲げた。
腕を大きく振りかぶり、勢いをつけると地面を蹴り上げ、後方に跳ぶ。
目の前には青い空が広がった。吸い込まれそうなほど、澄み切った空だ。眩しさに目がくらみそうになるが、目を閉じるわけにはいかない。やがてゆっくりと迫ってくる地面に両手をつき、回転の勢いを利用してくるりと着地する。
身体を起こして手に付いた汚れを払うと、ヴァレンがぽかんとした顔をしてミゼアスを見つめていた。
「え……ええー! ミゼアス兄さんって後方転回、できるんですか!」
興奮した様子でヴァレンが叫ぶ。
「うん。見てのとおり、できるよ。だから、練習したければ僕と一緒にすること。わかったかい?」
「はいっ! 俺、ミゼアス兄さんの言うとおりにします!」
瞳を尊敬の色に輝かせ、ヴァレンはびしっと片手を上げてミゼアスに従う。
きらきらとした眼差しを向けてくるヴァレンを見ながら、ミゼアスは苦笑してそっと息を吐く。
とても疲れてしまったが、胸のつかえは下りた気分だった。ヴァレンの行動には困りものだが、それでもこちらの悩みのほうがまだましだ。
「さ、帰ろうか」
「はいっ!」
ヴァレンの頭をぽんと叩いてミゼアスが促すと、勢いのよい返事が響く。まるでこの青空のように曇りのない笑顔を浮かべるヴァレンを、ミゼアスは目を細めて見る。
この子が来てから、ミゼアスの世界は変わった。暗い世界に閉じこもっていたミゼアスを、ヴァレンは無理やり極彩色の世界へといざなって行く。ときには疲れることもある。いや、とにかく疲れ、ひたすら疲れる。
だが、それでも前に進んでいっているような気がした。
ヴァレンと共に歩みながら見上げる空は、突き抜けるほどに青く、果てしなく広がっていた。
怒らないと約束した手前、怒り出すこともできない。ひたすら自らの内側に渦巻くやりきれない思いを押し込めるだけだった。
「……つまり、きみは後方転回の練習をして失敗したということかい?」
声が震えないよう、ミゼアスは必死に押さえて問いかける。
「はいっ!」
吐き出したことで楽になったのか、元気いっぱいにヴァレンは答える。やたらと眩しい笑顔に、ミゼアスはめまいがしそうだった。
「どうして、そんなことをしたんだい?」
「格好いいから、やってみたかったんです!」
てらいもなくヴァレンは声を張り上げる。
「誰かに傷つけられたわけじゃなくて、一人で練習して、一人で怪我をしたのかい?」
「そのとおりです! ミゼアス兄さんに言ったら怒られると思って、黙ってました」
ミゼアスはがっくりとうなだれた。
嫌がらせで傷つけられたわけでも何でもなく、ただ自分で勝手に危ないことをして、怪我をしてしまったので言えなかったということか。
昨日から食事も喉を通らないほど思い悩んでいたのは、いったい何だったのだろう。消えたと思っていた心の明かりが、けたたましく色を変えて乱反射していくようだった。
しかし、嫌がらせで怪我をしたわけではないのだ。むしろ、喜ぶべきことだろう。そう自らに言い聞かせ、ミゼアスは必死に己を宥める。
「……あのね、後方転回は危険なんだよ。下手をすれば首の骨を折ることだってある。もう勝手な練習はやめなさい」
「ええー」
不満げな声を漏らすヴァレン。
「……どうしてもやりたいんだったら、僕のいるところで、僕の許可を取ってから、僕と一緒に練習しなさい」
このままではまた同じことを繰り返すかもしれない。仕方なく、ミゼアスは妥協案を提示する。
「むー」
完全な拒絶ではないが、ヴァレンは納得できないようだ。唇を尖らせて、呻き声を漏らす。
ミゼアスはため息をひとつ漏らし、地面に硝子など危ないものが落ちていないかを確認する。何もないことを確かめると、不思議そうなヴァレンを横目にミゼアスは膝を曲げた。
腕を大きく振りかぶり、勢いをつけると地面を蹴り上げ、後方に跳ぶ。
目の前には青い空が広がった。吸い込まれそうなほど、澄み切った空だ。眩しさに目がくらみそうになるが、目を閉じるわけにはいかない。やがてゆっくりと迫ってくる地面に両手をつき、回転の勢いを利用してくるりと着地する。
身体を起こして手に付いた汚れを払うと、ヴァレンがぽかんとした顔をしてミゼアスを見つめていた。
「え……ええー! ミゼアス兄さんって後方転回、できるんですか!」
興奮した様子でヴァレンが叫ぶ。
「うん。見てのとおり、できるよ。だから、練習したければ僕と一緒にすること。わかったかい?」
「はいっ! 俺、ミゼアス兄さんの言うとおりにします!」
瞳を尊敬の色に輝かせ、ヴァレンはびしっと片手を上げてミゼアスに従う。
きらきらとした眼差しを向けてくるヴァレンを見ながら、ミゼアスは苦笑してそっと息を吐く。
とても疲れてしまったが、胸のつかえは下りた気分だった。ヴァレンの行動には困りものだが、それでもこちらの悩みのほうがまだましだ。
「さ、帰ろうか」
「はいっ!」
ヴァレンの頭をぽんと叩いてミゼアスが促すと、勢いのよい返事が響く。まるでこの青空のように曇りのない笑顔を浮かべるヴァレンを、ミゼアスは目を細めて見る。
この子が来てから、ミゼアスの世界は変わった。暗い世界に閉じこもっていたミゼアスを、ヴァレンは無理やり極彩色の世界へといざなって行く。ときには疲れることもある。いや、とにかく疲れ、ひたすら疲れる。
だが、それでも前に進んでいっているような気がした。
ヴァレンと共に歩みながら見上げる空は、突き抜けるほどに青く、果てしなく広がっていた。
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