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01.四花のヴァレン

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 国一番の高級娼館といわれる不夜島は、常に人々でにぎわっている。
 白花と呼ばれる男娼たちと、赤花と呼ばれる娼婦たちは、優れた美貌を持ちながら知性と教養も兼ねそろえるという、選りすぐりの存在だ。

 彼らには一花から五花までの格付けがあり、数が増えるほど上位となっていく。最高位の五花ともなれば、ときにはその位置が不在となることすらある。
 現在、白花の五花はただ一人であり、それに数少ない四花が続く。四花ともなれば、完全に上級に位置する、気品と色気とを兼ねそろえた存在のはずだった。

 しかし、一人だけ『賭博王』や『酒豪王』などといった、おかしな称号を不動のものにする者がいた。
 赤味がかった金色の髪と、海のような青い瞳を持ち、顔立ちも整っているのに、中身が何かおかしいという評判だ。
 彼の名は、ヴァレンという。



 数少ない四花にして、花としておかしいと評判のヴァレンは、接客中だった。
 椅子に腰掛けた客の、開かれた足の間に顔を埋めて奉仕している。淡々と作業をこなすように続け、やがて客が精を放つと、ヴァレンはそれを飲み下した。

「んっ……はい、終わりましたよー」

 あっけらかんと、色気のかけらもない声でヴァレンが告げると、客はうむと頷いて立ち上がる。ヴァレンは下ろしていた客の下穿きを引き上げ、身支度を整えていく。
 まるで今の行為などなかったかのように、二人は普段どおりの姿で椅子に腰掛けた。

「えっと、特に今のところ問題はなさそうですけれど、もしかしてお酒の量が多くなっていません?」

 ヴァレンが結果を切り出すと、客は納得したように頷いた。

「ああ……近頃、宴会が続いたからな。つい飲みすぎてしまっているのは自覚している」

「そうですか。すぐにどうこうっていうわけじゃありませんけれど、少し気をつけたほうがいいと思いますよ」

「そうか、気に留めておこう。……それにしても、そこまでわかるのだな。年々、おまえのその不思議な診断能力も精度を増しているようだ」

 ヴァレンは相手の体液から、病気の有無を感知することができる。
 まだ店に出たての頃に発見した、特殊な能力だ。客の体液を飲んだとき、まずいので病気ではないかと言ったら、本当に病気だったことがきっかけだった。
 それからヴァレンは病気の早期発見に有効だという噂が広がり、人気白花への道を歩むこととなった。

 最初はまずいから病気、程度しかわからなかったが、今ではもっと詳しいことがわかるようになっている。
 色気のかけらもないといわれるヴァレンが四花になれた理由のひとつに、この能力があるだろう。

「あっはっは、よくおまえは変だって言われますよー」

 からからとヴァレンは笑うが、客は大真面目な顔を崩さない。

「いや、ありがたいことなのだがな。おまえは確か、今年で十六になったのだったな。身請け話もすべて断っていると聞いたが、いつまで白花を続けるつもりだ?」

「うーん、まあ普通に十八までは続けるつもりですよ」

 白花は十八歳程度が賞味期限といわれる。病気の後遺症によって少年の姿を留めていたミゼアスのような例外はあったが、ヴァレンはごく普通に成長している。おそらく、一般的に十八歳程度で引退ということになるだろう。
 もうヴァレンは借金も返し終わっているので、しがらみはない。自分付きの見習いたちが一人前になるまで引退する気はないが、それ以降は白花に固執する理由もなかった。

「では、その後はどうするのだ?」

「いやー、そこまではまだ決めてません」

 今でも、ヴァレンには身請け話がそれなりに来ている。
 愛人として囲いたいという話は皆無に等しく、ほとんどは養子という話だった。娘の婿にどうかという話もある。
 しかし、ヴァレンはどうもその気になれずにすべて断っていた。

「私としては、いつまでもおまえに『診察』を続けてほしいものだがな。同じ考えの者も多いだろう。それなりの地位や謝礼も用意してやれるし、特定の誰かに仕える必要もない。まだ先のことだろうが、何らかの形で続けていくことは考えておいてもらえないか?」

「そうですね……考えておきます」

 実際にどうするかはともかく、いちおう検討事項の箱に入れておくことにしようと、ヴァレンは返事をした。
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