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40.ありがたい申し出

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 マリオンが去り、ヴァレンはイーノスと二人きりとなった。
 皿を片付けながら、イーノスが世間話のように口を開く。

「きみは、『風月花』の所有者と会おうとしているのだろう? 今日はお供を連れて歓楽街に繰り出すという話を聞いた。もしきみが望むのなら、どこかの店に誘導することくらいはできるが、どうする?」

「……え? それ、大丈夫なんですか?」

 まさかイーノスからいきなり切り出してくるとは思わず、ヴァレンは問い返してしまう。
 『風月花』の所有者と会おうとしていたのは、確かにそのとおりである。そのためにはどうすればよいかと考えていたのだが、こうしてお膳立てしてくれるとは思いもしなかった。

 しかし、ヴァレンがやろうとしていることは、おそらく『風月花』の所有者の怒りを買うだろう。イーノスがそれに加担したと知られれば、報復される可能性が高い。
 ヴァレンは明日の朝には去るので逃げられるが、イーノスはそうではない。さすがに巻き込むことは躊躇してしまう。

「俺に出来るのは、店に誘導するまでだ。そこできみが彼の目に留まることができるか、目的どおりに事を進められるかは、俺には関知できない。きみと俺は、互いに面識もない、赤の他人ということになる。その程度しか出来ないが……」

「ああ……なるほど。いや、もう十分過ぎるくらいです。ぜひ、お願いします」

 イーノスが誘導した店にヴァレンがいるのは、ただの偶然であり、その後何が起ころうともイーノスには何も出来ないということだろう。だが、それで十分だった。
 ヴァレンがぜひと答えると、イーノスは頷く。

「……これで、昔、俺がきみにしてしまったことの償いになるだろうか」

 ぼそりとイーノスが独り言のように呟く。
 薬を盛った飴をヴァレンに手渡したことを言っているのだろう。ヴァレンはもともと、まったくもって気にしていないのだが、イーノスの心には負担となっていたらしい。

「ええ、十分ですよ。これで貸し借りなしってことにしましょう」

 本当は償いなど必要なかったが、ヴァレンは受け取っておく。そのほうが、イーノスの心からも重荷が取れることだろう。
 何より、イーノスの申し出はヴァレンにとって、とてもありがたいことだった。

「ただ……きみが何をしようとしているのかは聞かないが、無茶はしないでくれよ。きみにもし何かあったとしたら、俺はマリオンとミゼアスに殺されてしまうかもしれない」

「大丈夫ですよー。もし危なくなってきたら、諦めて逃げますから」

 軽く返しながら、ヴァレンはどういう手段を取るべきかと考えを巡らせる。
 一番の難題だった出会いについては、イーノスのおかげで解決できそうだ。あとは、どうやって『風月花』を譲ってもらうかである。
 片付けを手伝いながら、ヴァレンは滅多に使わない頭を今日は酷使しているなと、わずかに苦笑した。
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