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60.魔法使い
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「え?」
涙に濡れた顔を上げ、ネヴィルは不思議そうにヴァレンを見つめる。
「あいつ、かなり重度の病魔に冒されている。今は自覚症状がほとんどないだろうけれど、近いうちに一気にくるよ」
慰み者にされている最中、体液を飲んだときにわかったことだった。
体液で病気の有無を感知できるヴァレンの診断では、このままだと残り一ヶ月程度の命といったところだ。
「どうして、そんなことが?」
ますます不思議そうにネヴィルは問いかけてくる。
「まあ、いろいろあって。とにかく、しばらく引き伸ばせばその話は消えるはず。それから、最初の献上相手に『風月花』を約束どおりに献上すればいい」
ヴァレンは詳しい説明は省き、もう一度『風月花』をネヴィルに差し出す。
「でも……詳しいことはよくわからないけれど、きみはこの『風月花』を手に入れるために大変な思いをしたんじゃないのかい? しかも、これは値段をつければ相当な金額になるような品だ。それを、あっさりと僕なんかに渡してもいいの……?」
『風月花』に手を伸ばすことはせず、ネヴィルは戸惑いながらヴァレンに問いかけてくる。
「ネヴィルのために手に入れたんだ。これでネヴィルが助かるのなら、俺にはそれ以上の価値はないよ」
ヴァレンは微笑みながら、ネヴィルの腕に『風月花』を抱えさせる。
今度こそネヴィルは受け取ったが、両腕でぎゅっと『風月花』を抱えたまま、俯いて震え出す。
「ありがとう……本当にありがとう……ヴァレン……」
涙を流すネヴィルの肩を優しく抱き、ヴァレンはぽんぽんと背中を叩いてやる。そのまましばし、二人とも無言のまま時が流れていった。
やがてネヴィルが落ち着きを取り戻し、顔を上げる
「……やっぱり、僕は共同経営者とは手を切ろうと思う。きみが手に入れてくれた『風月花』を渡して、それを最後に独立しようと思うんだ」
穏やかに口を開くネヴィルの表情からは、憂いが去ったようだった。
これまでの思いつめていた影が消えたことに、ヴァレンは安堵する。
「うん、それがいいんじゃないかな。『風月花』を渡せば、献上する予定だったっていう権力者も、共同経営者も納得するだろう。ただ、そうするとネヴィルにはどれくらいのものが残るの?」
「うーん……娼館も建物自体は共同経営者のものだし、『物』はほとんど残らないんじゃないかな。利益の分配が少しくらいはあるだろうけど。ただ、働いている娼婦や男娼は、共同経営者の所有品っていうわけじゃないから、僕が育てた子たちはもしかしたら……まあ、ついてきてくれれば、だけれどね」
再び、ネヴィルの表情が憂いを帯びた。
おそらく、育てた男娼が逃げてしまったことを思い出しているのだろう。そんな奴に誰がついてきてくれるというのだ、とでもいうようにネヴィルの声も弱々しい。
「ああ、そうだ。ネヴィルが逃げられたっていうの、ジリーメル君だろう? 今、この島に来ているよ」
「……えっ!?」
信じられないといった様子で、ネヴィルが驚きの声をあげる。
「門の外だけれどね。休憩所にいるよ。逃げてしまったことを後悔していた。ネヴィルに謝りたいとも言っていたよ」
「そんな……まさか……そんなことって……」
意味を成さない言葉をぶつぶつと呟くネヴィルを見て、ヴァレンは笑いながらネヴィルの手を取った。
「この際だ。一緒に、ジリーメル君に会いに行こうか」
有無を言わさず、ヴァレンはネヴィルの手を引いて、もと来た道を引き返す。
領主への報告は後回しになるが、構わないだろう。ヴァレンの行動くらい、魔女である領主は見抜いているような気もする。
すると、呆気に取られたネヴィルの声が響く。
「次から次へと……何だか、僕にはついていけないよ……。ねえ、ヴァレン……きみって、もしかして魔法使いなの?」
涙に濡れた顔を上げ、ネヴィルは不思議そうにヴァレンを見つめる。
「あいつ、かなり重度の病魔に冒されている。今は自覚症状がほとんどないだろうけれど、近いうちに一気にくるよ」
慰み者にされている最中、体液を飲んだときにわかったことだった。
体液で病気の有無を感知できるヴァレンの診断では、このままだと残り一ヶ月程度の命といったところだ。
「どうして、そんなことが?」
ますます不思議そうにネヴィルは問いかけてくる。
「まあ、いろいろあって。とにかく、しばらく引き伸ばせばその話は消えるはず。それから、最初の献上相手に『風月花』を約束どおりに献上すればいい」
ヴァレンは詳しい説明は省き、もう一度『風月花』をネヴィルに差し出す。
「でも……詳しいことはよくわからないけれど、きみはこの『風月花』を手に入れるために大変な思いをしたんじゃないのかい? しかも、これは値段をつければ相当な金額になるような品だ。それを、あっさりと僕なんかに渡してもいいの……?」
『風月花』に手を伸ばすことはせず、ネヴィルは戸惑いながらヴァレンに問いかけてくる。
「ネヴィルのために手に入れたんだ。これでネヴィルが助かるのなら、俺にはそれ以上の価値はないよ」
ヴァレンは微笑みながら、ネヴィルの腕に『風月花』を抱えさせる。
今度こそネヴィルは受け取ったが、両腕でぎゅっと『風月花』を抱えたまま、俯いて震え出す。
「ありがとう……本当にありがとう……ヴァレン……」
涙を流すネヴィルの肩を優しく抱き、ヴァレンはぽんぽんと背中を叩いてやる。そのまましばし、二人とも無言のまま時が流れていった。
やがてネヴィルが落ち着きを取り戻し、顔を上げる
「……やっぱり、僕は共同経営者とは手を切ろうと思う。きみが手に入れてくれた『風月花』を渡して、それを最後に独立しようと思うんだ」
穏やかに口を開くネヴィルの表情からは、憂いが去ったようだった。
これまでの思いつめていた影が消えたことに、ヴァレンは安堵する。
「うん、それがいいんじゃないかな。『風月花』を渡せば、献上する予定だったっていう権力者も、共同経営者も納得するだろう。ただ、そうするとネヴィルにはどれくらいのものが残るの?」
「うーん……娼館も建物自体は共同経営者のものだし、『物』はほとんど残らないんじゃないかな。利益の分配が少しくらいはあるだろうけど。ただ、働いている娼婦や男娼は、共同経営者の所有品っていうわけじゃないから、僕が育てた子たちはもしかしたら……まあ、ついてきてくれれば、だけれどね」
再び、ネヴィルの表情が憂いを帯びた。
おそらく、育てた男娼が逃げてしまったことを思い出しているのだろう。そんな奴に誰がついてきてくれるというのだ、とでもいうようにネヴィルの声も弱々しい。
「ああ、そうだ。ネヴィルが逃げられたっていうの、ジリーメル君だろう? 今、この島に来ているよ」
「……えっ!?」
信じられないといった様子で、ネヴィルが驚きの声をあげる。
「門の外だけれどね。休憩所にいるよ。逃げてしまったことを後悔していた。ネヴィルに謝りたいとも言っていたよ」
「そんな……まさか……そんなことって……」
意味を成さない言葉をぶつぶつと呟くネヴィルを見て、ヴァレンは笑いながらネヴィルの手を取った。
「この際だ。一緒に、ジリーメル君に会いに行こうか」
有無を言わさず、ヴァレンはネヴィルの手を引いて、もと来た道を引き返す。
領主への報告は後回しになるが、構わないだろう。ヴァレンの行動くらい、魔女である領主は見抜いているような気もする。
すると、呆気に取られたネヴィルの声が響く。
「次から次へと……何だか、僕にはついていけないよ……。ねえ、ヴァレン……きみって、もしかして魔法使いなの?」
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