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仮説と検証

検証一

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丁度いいので、この地球人を暫く追跡してみることにした。
年頃は、地球で言うところの三十前後の男。朝は六時頃に起き、七時頃に家を出て、会社に向かう。会社は設備関係のようで、何らかの器具を各家に取り付けるのがこの男の任務のようだった。
まだ腕は未熟なようで、上司が連れ添っている。度々怒られることがあり、その都度『ストレス反応』が検出された。
仕事に取り掛かる前、この男から僅かに『D』の反応があったが、上司に叱られると『D』の反応は消え、『ストレス反応』に変わった。
任務を完了し、客にお礼を言われると、この男からは『O』の反応が見られた。しかし、上司と二人になると、たちまちその反応は消え失せ、また『ストレス反応』へと変わっていった。
この男の一日は、ずっとこんな感じだった。
基本的に、『ストレス反応』とモチベーション加増物質の比率は同じぐらいが望ましいが、この男は明らかに『ストレス反応』の比率の方が多いように思われた。

会社帰りにこの男はキラキラと光る建物に入って行った。何故かこの建物に入る前から『D』が分泌されている。
空いた椅子に座ってレバーを握り続け、眼前の画面に映る玉がコロコロと上から下に転がっていく様子を必死に眺めている。時に喜び、時に悲しみ、『D』と『ストレス反応』が出たり引っ込んだりで忙しい。
暫くしてこの建物から出てきた男はしょんぼりとしていた。この建物内でまたストレスを溜め込んでしまったようだ。

帰るとご飯を食べながら、ひっきりなしに液体を喉に流し込んでいる。これは私の星でも存在する『アルコール』という物質だった。私の星ではアルコールは燃料の一種であり、それを体内に直接取り入れるなどということは考えられなかった。
面白いことに、このアルコールを摂取することでも『D』が分泌されていた。その代わり、脳機能が一部抑制され、行動が大胆になる傾向があるようだ。
この男のパートナーと思われる女性が咎めるような態度を取ると、男から『ストレス反応』が検出された。男はこの『ストレス反応』によって台無しにされた『D』を取り返すために、更に『D』を分泌させようとし、それは暴力という形で表面に現れた。
暫くして、気が晴れたのか、男は自室に戻って布団に潜った。

まるで下等生物のような行動パターンだが、モチベーション加増物質の分泌パターンから、我々の摂取しているそれと性質が非常に似通っているものであることが分かった。
そして、この男だけかも知れないが『D』の比率が非常に高い。我々の星でこのレベルの『D』を摂取することは許されることではない。
『D』の多量摂取により凶暴性が増し、パートナーと共有できたであろう『O』の摂取を逃している。それどころかそれが更に『D』を求めるキッカケとなり、『D』の過剰摂取に拍車を掛ける悪循環に陥っている。

他のサンプルも欲しいので、別の個体を探すことにした。
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