霊和怪異譚 野花と野薔薇Ⅱ〜エイエン語り〜

野花マリオ

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蜂黒須怪異談∞X∞

0030話「クビの手」

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「1」

 石山県地方には、古くから語り継がれる奇妙な怪異譚がある。
 その名を――《クビの手》。

 だが、それは決して紙の上の伝承や昔話ではなく、今なお息づいている。
 この物語は、私――中医莉亞が体験した恐怖そのものだ。

 ⸻

 その夜は、夏の風物詩である花火大会の日だった。
 黒須海浜公園は屋台と浴衣姿の人々で溢れ、熱気と潮風が入り交じる。

 私は大親友の古宮永えるみ、そして彼女の友人の星田星夏と三人で訪れていた。
 夜空に咲く大輪の花火が、群衆の歓声とともに弾ける。
 まるでこの世の華やかさを全て映し込んだような光景。

 だが、帰り道――。
 その夜の記憶は、鮮明に焼き付いている。

 ⸻

 浜辺の道を歩いているときだった。
 唐突に、空気が澱み、背筋に氷のような冷たさが走った。

 (ポワン)

 耳の奥で、不気味な音が響いた。
 視線を前にやると、そこに――奇妙なものが浮かんでいた。

 人の首。その頭頂部に、手が生えている。
 その手はまるで体の主を探すように、空をさまよい、私たちを撫でようと伸びてきた。

 「いけませんわ! みなさん、目を閉じてくださいまし!」

 星夏が鋭く叫んだ。
 咄嗟に、私は両手で目を覆った。
 暗闇の中で、えるみの短い悲鳴が聞こえる。
 しばらくして――。

 「……もう、いいですわ」

 星夏の声に、私たちはゆっくりと目を開けた。
 そこには、もはや何も浮かんでいなかった。

 ⸻

 「星夏……あれは、何だったの?」
 恐怖に震える声で、えるみが問う。

 星夏は、吐息を混ぜて答えた。
 「――《クビの手》。妖怪の一種ですわ」

 「クビの手……?」
 「ええ。見てはいけない存在。直視した者は、やがて……気づけば同じ《クビの手》にされてしまいますの」

 説明の最後、彼女の声はほんの僅かに震えていた。
 私は笑い飛ばしたかった。けれど、笑えなかった。
 あの空中に浮かぶ首と手の異形が、まぶたの裏に焼き付いて離れなかったからだ。

 ⸻

「2」

 花火の余韻も消えぬまま帰宅した夜。
 私は一人、居間でバラエティ番組を眺めていた。
 両親は共働きで不在。家は不気味なほど静かだった。

 突然――。

 ブツンッ。
 テレビが途切れ、家中が真っ暗になった。

 「停電……?」

 嫌な予感に胸が締めつけられる。
 廊下の奥にあるブレーカーを上げようと立ち上がる。
 だが――次の瞬間、身体が硬直した。

 動かない。
 首から下が石のように固まり、目玉だけが必死に動く。

 ――金縛り。

 ⸻

 そして。

 (ポワン)

 あの音とともに、闇の奥に浮かび上がった。
 ひとつ、またひとつ……。

 首の上に手が載った異形が、無数に漂っていた。

 その輪郭はぼんやりと光を帯び、ねっとりとこちらを見ている。
 ――いや。違う。

 「っ……う、そ……」

 近づいてくる首の顔は、見覚えのあるものばかりだった。
 母。父。えるみ。そして――。

 「ひっ……!」

 最後に現れたのは、あの星夏の《クビの手》だった。
 まるで彼女自身が、既に怪異に取り込まれたかのように。

 恐怖に耐えきれず、私はその顔を直視してしまった。
 瞬間、視界が真っ暗になり、意識が闇に沈んでいった。

 ⸻

「3」

 「いやあああああああ!? やめてえええっ!」

 喉を裂くような悲鳴を上げ、私は飛び起きた。
 全身は冷たい汗に濡れ、髪が頬に張りついている。

 「……夢……?」

 必死に首に手を当てる。
 そこにはまだ、温かな血の通った自分の首が繋がっていた。
 その安堵で呼吸が荒くなる。

 見渡せば、自分の寝室。
 机の上には昨日のノート、カーテン越しに朝の光。

 手探りでスマホを取り、画面を点ける。

 2028年08月08日 08時08分08秒。
 妙に規則的な数字が、背筋をざわつかせた。

 ⸻

 「……どこかで……見た……?」

 強烈な既視感が襲う。
 けれど、そんなことより――今日は夏期補習があったはずだ。

 「……もう、行きたくない」

 私は布団に潜り込み、学校を欠席してオンライン配信の授業を受けることにした。
 だが、その後も妙な違和感は消えなかった。

 二学期になり、私は部活で「クビの手」の話をした。
 けれど、誰も知らない。
 あの夜、共に体験したはずのえるみでさえ、首を傾げた。
 そして――星夏本人すら「存じませんわ」と微笑んだのだ。

 ネットで検索しても、生成AIチャットに尋ねても、何も出てこない。
 《クビの手》なんて存在しない。

 なら、あの体験は……?

 もしかして、あのとき私は既に《クビの手》にされて――今ここにいる私は、その残滓なのだろうか?

 ⸻

 「……まさかな」

 笑い飛ばし、私は怪談としてこの話を創作したことにした。
 そう語れば、ただの怖い話で済むからだ。

 だが、語り終えた夜。
 寝室の天井の隅から――。

 (ポワン)

 あの音が、微かに響いた気がした。

 ⸻

 クビの手 完
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