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蜂黒須怪異談∞X∞
0052話「ガラスおばさん」
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──くしゃみの向こう側で、誰かがこちらを見ている。
⸻
虫男「へっくしょん!」
応接間に、間の抜けたようでいてどこか不吉な響きのくしゃみ音が鳴り響いた。
揺れるカーテン、風のすきま風、そして──ピンと張ったガラス戸。
八木紗凪(やぎ さなぎ)「あらあら、虫男さん。風邪ですの?」
八木家の先代当主、今はご意見番となった紗凪が、薄い湯気をたてる湯呑みを手に近づいた。
虫男「いやぁ、どうも鼻の奥がムズムズしてまして……へっ、へっ、へっ……っくしょん!」
紗凪「ま、そんなガラスの前で連発してはなりません。ここは……怪異を呼ぶ境界ですから」
虫男の背筋が、ひゅっと凍った。
そして、寒さが増せばまたくしゃみが出る。
くしゃみが出れば──あの怪異を思い出す。
⸻
【1】
その女は、うちの団地の隣の棟に住んでた。
年齢は、いつ見てもわからなかった。五十代にも、七十代にも見える。
窓ガラス越しに見るたびに、年齢が違って見えたんだ。
うちではみんな「ガラスおばさん」って呼んでた。
バカにするでも、親しみでもない。あれは、たぶん……おまじないだったんだと思う。
彼女が近くにいると──誰かがくしゃみをした瞬間、
必ず、どこかのガラスが割れる。
パリーン、という破裂音。
空気の裂け目に、誰かの視線が滑り込んでくるような音。
⸻
【2】
最初のことは、よく覚えてる。
放課後、団地のエレベーターの前で友達の沙耶がくしゃみをした。
「へっくしょん!」
その瞬間、掲示板のガラスが勝手に割れた。
誰も触ってない。ただ、くしゃみをしただけ。
破片が飛び、隣にいた子の手が切れた。
それよりも怖かったのは──
掲示板の向こう、ガラスの反射の中に映ってた“顔”。
白くて、薄くて、笑ってた。
見たことのない老婆の顔。
⸻
【3】
「ガラスおばさん」がいるとき、空気が変わる。
風もないのに、カーテンが揺れる。
曇ってないのに、窓の向こうに誰かの影が見える。
まるで、ガラスの向こうからこちらが覗かれているような気配。
本来、ガラスは見るためのもの。
でもそのときは、ガラスの“中”がこちらを見てる側になるんだ。
窓、鏡、スマホの画面──
映るすべてが、向こう側の目になる。
⸻
【4】
中学生の男子が、面白半分でドキドキを撮ってた。
「くしゃみしたらガラス割れるってマジ? 実験してみま~す!」
スマホを構え、カメラを自撮りに切り替え、笑いながらくしゃみをした。
「へっくしょん!」
スマホの液晶が、内側から割れた。
その画面のヒビの中に、うっすら女の顔が浮かんでいて──
笑っていた。
その子はそれ以来、口をきかなくなった。
部屋のカーテンは閉じっぱなし。鏡もスマホも捨てたらしい。
もう、映るもの全てが怖くなったからだ。
⸻
【5】
団地では今でも「くしゃみはガラスから離れてしろ」って言われてる。
ガラスに顔が映っても、それが“自分”とは限らない。
くしゃみの瞬間、別の誰かとすり替わるかもしれないから。
ある子は風防ガラスのそばでくしゃみして、
割れた内側から“腕”を掴まれた。
誰もその正体を知らない。
でも、“割れる瞬間に誰かの顔が映る”ってのは、みんな口をそろえて言う。
⸻
【6】
なぜ“くしゃみ”で割れるのか──
昔、祖母が言っていた。
「くしゃみってのはね、魂が体の外へ飛び出す一瞬なのよ」
その刹那、近くに“何か”がいたら──
魂は、引っ張られてしまう。
ガラスは境界。
こちらと向こうを分ける、ただの壁じゃない。
だからこそ、「あの女」はガラスの中にいる。
こちらへ出てこようと、ずっと……待ってる。
⸻
【7】
昨年、ガラスおばさんの住んでた部屋が取り壊された。
空き家のはずだった。
でも最後の日、作業員がこう言った。
「誰もいない部屋のガラスに……誰かが座ってた」
そして──
割れたガラスの“内側”にだけ、女の顔が焼き付いていたんだって。
誰もその顔を写真に収めることはできなかった。
カメラを向けた人の、スマホが割れたから。
⸻
【8】
ここまで読んで、「ふうん、そんな話あるんだ」って思った?
今、あなたのそばに、ガラスはある?
くしゃみ、出そうになってない?
もしそうなら──
すぐに、その場から一歩、ガラスから離れてください。
さっきまで何も映ってなかった鏡に、
知らない顔が、あなたのくしゃみを待っているかもしれないから。
⸻
【9】
「ヘックション!」
外はまだ冷える。
また、どこかでくしゃみの音がした。
直後──
遠くで、ひとつ、パリン、とガラスが割れる音が響いた。
……どこで割れた?
虫男は辺りを見回した。
だが、どこにも割れたガラスはない。
見つからないまま、日が暮れた。
虫男「ヘックション……」
ガラスおばさん 完
⸻
虫男「へっくしょん!」
応接間に、間の抜けたようでいてどこか不吉な響きのくしゃみ音が鳴り響いた。
揺れるカーテン、風のすきま風、そして──ピンと張ったガラス戸。
八木紗凪(やぎ さなぎ)「あらあら、虫男さん。風邪ですの?」
八木家の先代当主、今はご意見番となった紗凪が、薄い湯気をたてる湯呑みを手に近づいた。
虫男「いやぁ、どうも鼻の奥がムズムズしてまして……へっ、へっ、へっ……っくしょん!」
紗凪「ま、そんなガラスの前で連発してはなりません。ここは……怪異を呼ぶ境界ですから」
虫男の背筋が、ひゅっと凍った。
そして、寒さが増せばまたくしゃみが出る。
くしゃみが出れば──あの怪異を思い出す。
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【1】
その女は、うちの団地の隣の棟に住んでた。
年齢は、いつ見てもわからなかった。五十代にも、七十代にも見える。
窓ガラス越しに見るたびに、年齢が違って見えたんだ。
うちではみんな「ガラスおばさん」って呼んでた。
バカにするでも、親しみでもない。あれは、たぶん……おまじないだったんだと思う。
彼女が近くにいると──誰かがくしゃみをした瞬間、
必ず、どこかのガラスが割れる。
パリーン、という破裂音。
空気の裂け目に、誰かの視線が滑り込んでくるような音。
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【2】
最初のことは、よく覚えてる。
放課後、団地のエレベーターの前で友達の沙耶がくしゃみをした。
「へっくしょん!」
その瞬間、掲示板のガラスが勝手に割れた。
誰も触ってない。ただ、くしゃみをしただけ。
破片が飛び、隣にいた子の手が切れた。
それよりも怖かったのは──
掲示板の向こう、ガラスの反射の中に映ってた“顔”。
白くて、薄くて、笑ってた。
見たことのない老婆の顔。
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【3】
「ガラスおばさん」がいるとき、空気が変わる。
風もないのに、カーテンが揺れる。
曇ってないのに、窓の向こうに誰かの影が見える。
まるで、ガラスの向こうからこちらが覗かれているような気配。
本来、ガラスは見るためのもの。
でもそのときは、ガラスの“中”がこちらを見てる側になるんだ。
窓、鏡、スマホの画面──
映るすべてが、向こう側の目になる。
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【4】
中学生の男子が、面白半分でドキドキを撮ってた。
「くしゃみしたらガラス割れるってマジ? 実験してみま~す!」
スマホを構え、カメラを自撮りに切り替え、笑いながらくしゃみをした。
「へっくしょん!」
スマホの液晶が、内側から割れた。
その画面のヒビの中に、うっすら女の顔が浮かんでいて──
笑っていた。
その子はそれ以来、口をきかなくなった。
部屋のカーテンは閉じっぱなし。鏡もスマホも捨てたらしい。
もう、映るもの全てが怖くなったからだ。
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【5】
団地では今でも「くしゃみはガラスから離れてしろ」って言われてる。
ガラスに顔が映っても、それが“自分”とは限らない。
くしゃみの瞬間、別の誰かとすり替わるかもしれないから。
ある子は風防ガラスのそばでくしゃみして、
割れた内側から“腕”を掴まれた。
誰もその正体を知らない。
でも、“割れる瞬間に誰かの顔が映る”ってのは、みんな口をそろえて言う。
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【6】
なぜ“くしゃみ”で割れるのか──
昔、祖母が言っていた。
「くしゃみってのはね、魂が体の外へ飛び出す一瞬なのよ」
その刹那、近くに“何か”がいたら──
魂は、引っ張られてしまう。
ガラスは境界。
こちらと向こうを分ける、ただの壁じゃない。
だからこそ、「あの女」はガラスの中にいる。
こちらへ出てこようと、ずっと……待ってる。
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【7】
昨年、ガラスおばさんの住んでた部屋が取り壊された。
空き家のはずだった。
でも最後の日、作業員がこう言った。
「誰もいない部屋のガラスに……誰かが座ってた」
そして──
割れたガラスの“内側”にだけ、女の顔が焼き付いていたんだって。
誰もその顔を写真に収めることはできなかった。
カメラを向けた人の、スマホが割れたから。
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【8】
ここまで読んで、「ふうん、そんな話あるんだ」って思った?
今、あなたのそばに、ガラスはある?
くしゃみ、出そうになってない?
もしそうなら──
すぐに、その場から一歩、ガラスから離れてください。
さっきまで何も映ってなかった鏡に、
知らない顔が、あなたのくしゃみを待っているかもしれないから。
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【9】
「ヘックション!」
外はまだ冷える。
また、どこかでくしゃみの音がした。
直後──
遠くで、ひとつ、パリン、とガラスが割れる音が響いた。
……どこで割れた?
虫男は辺りを見回した。
だが、どこにも割れたガラスはない。
見つからないまま、日が暮れた。
虫男「ヘックション……」
ガラスおばさん 完
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