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28話-2、しつこい船幽霊の勧誘
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初めて一反木綿に乗り、三日月が落ちつつある夜空の旅を始めた花梨は、涼しい秋の夜風を肌で感じつつ、遥か上空からススキ畑を眺めていた。
風でなびいている黄金のススキ畑は、サーッと耳が癒される音を立たせており、月の光を流すようにいくつもの銀色の波を起こしている。
黄金の海に流れる銀色の波に目を奪われた花梨は、ただひたすらに、幻想的な光景を眺め続けては声が混じったため息を漏らしていった。
ススキ畑の海を超えると、茶色い土と緑色の野菜が延々と続いている景色に変わり、月の光を浴びている木霊農園を通り過ぎると、再び景色は黄金のススキ畑へと戻る。
しばらくすると広大な草原に変わり、そこには牛や羊。馬や豚と言った動物達が身を添え合って寝ており、一緒になって寝ている牛鬼牧場を過ぎていくと、草原の中にポツポツと岩肌が目立ち始める。
その岩肌の数がだんだんと増えていき、花梨は下げていた目線を前に向けると、遠方で夜空の色が移っている海が目に入った。
そして、その黒く染まっている海に近づいていくと、岩肌混じりの草原は終わりを迎え、地平線の彼方まで続いている、緩い湾曲を描いた白い砂浜が現れた。
「夜の海だ~! 三日月が海に落ちているように映ってて、なんだかロマンチックだなぁ」
三日月が落ちている海を眺めていると、ふと目線の右側に、大きな建物と船がいくつも停まっている停船場を見つけ、あそこが魚市場難破船かな? と予想していると、更に不思議な光景を目撃する。
その建物の周りや船の上には、ぼうっと青白い朧げな発光体が点々とあり、ゆっくりと何かの荷物を持ちながら移動していたり、三つ四つに集まっていたりしている。
目を細めた花梨は、その青白い発光体については皆目見当が付かず、色々と想像を膨らませていると、徐々に高度が下がっていって建物へと近づいていった。
そして、足が地面に着く所まで高度が下がると、終始黙っていた一反木綿が「は~い、魚市場難破船に到着で~す」と言い、その言葉を耳にした花梨はゆっくりと一反木綿から下りた。
「一反木綿さん、ありがとうございました! 夜空の旅、とっても楽しかったですっ!」
「いえいえ~お仕事ですから~。それでは~、またのご利用お待ちしておりま~す」
眠たそうな声で事務的な返事をした一反木綿は、ゆらゆらと揺れながら高度を上げいき、薄い手を振りつつ飛んで来た夜空に戻り、姿を消していく。
一反木綿を見送り一人残された花梨は、勢いよく魚市場難破船へと目を移し、まだ多少の距離はあるものの青白い発光体の正体を探るため、細めた目で観察をし始める。
全ての発光体は、額に白い三角巾をしており、白装束を身に纏っている。体は細身ながらも人間の姿に近い者がいたり、全身骸骨の姿をしている者もいた。そして全員が全員、腰にひしゃくを差している。
「どう見ても幽霊、だよなぁ? 前情報無しで見たら絶対に驚くぞこんなの。建物が荒廃していたら、完全にお化け屋敷じゃんか……」
青白い発光体の正体が見えてきて、額に手をかざして更に観察していると、手前で談笑をしていた四人の幽霊達と目が合うと同時に、その幽霊達は煙を撒くように姿をくらませた。
眉をひそめた花梨は、あれっ? 消えた……? と、不思議に思った瞬間。パッと目の前に、姿をくらませた幽霊達が花梨を囲むように現れ、突然の事に驚いた花梨が「ひぇあっ!?」と甲高い声を上げる。
「人間だ」
「本当だ、人間だ」
「何年振りの人間だ?」
「あの夫婦達以来だから、二十三年振りぐらいか?」
「あわっ……、あわわわわっ……」
四方を囲んでいる幽霊達は、顔が青ざめている花梨を物珍しそうにしながら眺めると、お互いに目を合わせつつ会話を始めた。
お化け屋敷や幽霊、怪談などが心底苦手な花梨は、温泉街に来てからその存在に慣れつつはあるものの、不意の出来事により恐怖のスイッチが入り、声と体を震わせて幽霊達の会話を聞いていた。
「夫婦? ああ、あの人達か」
「そうだったそうだった、名前は何だったっけ?」
「昔の事だから覚えてないな」
「秋国の建築に携わっていた責任者だろうに。名前は季節に関するものだ。ほら、あ―――」
「やいやいてめぇら! うだうだくっちゃべってねぇで、さっさと持ち場に戻りやがれってんだ!」
四人の幽霊の内一人が、夫婦の名前を言おうとした瞬間。それを遮るように、花梨の目の前にいる幽霊の背後から怒号が飛んできた。
その怒号を耳にした幽霊達は、「まずい、船長だ」と落ち着いた声を漏らし、その場から逃げるようにふっと姿を消していった。
小刻みに体を震わせていた花梨は、囲んでいた幽霊達が居なくなると「ほっ……」と胸を撫で下ろすも、先程とはまた違う幽霊がパッと目前に現れ、再び「ぎゃっ!?」と声を上げる。
その幽霊の姿は、花梨を囲んでいた細身の体をした者達とは打って変わり、大柄でガタイがよく、筋肉が太く隆々としている。
角刈りの頭にはねじりハチマキをしていて、はち切れんばかりの白いTシャツに紺色の防水エプロンを着ており、何よりもしゃくれた顎が目立ち、泳いでいた目が顎へと焦点を合わせていく。
新たに目の前に現れ、腕を組んで仁王立ちをしている江戸っ子の面立ちをした幽霊が、花梨をジロジロと眺めつつ口を開いた。
「なんで人間がここにいやがる! 俺らの仲間になりてぇのか!?」
「へっ!? ……あっ、い、いえっ! 違います!」
「だったらなんなんでぃ!? 仲間になり―――」
「ち、違いますっ! ぬらりひょん様に言われて、ここにお使いにきました!」
ぬらりひょんという単語を耳にした途端、大柄の幽霊は目をパチクリとさせると、勧誘を止めて「ああ」と全てを理解したような声を漏らす。
「じゃあ、あんたが秋風さんかい。へへっ、早く言ってくれりゃあいいのによ」
現状を把握した幽霊が、はにかみながら鼻下を指で擦り、それを見た花梨は、なるほど、確かに癖が強そうだ……。先が思いやられそうだなぁ……。と、夜空の旅で舞い上がっていた気分が急降下し、口をヒクつかせる。
「俺ぁ、この魚市場難破船の総船長、船幽霊の幽船寺でぃ、よろしく」
「あ、秋風 花梨です。今日一日、よろしくお願いします!」
「あんたの名前はとっくの昔に知ってらぁ。んじゃ、メモを見せてくれメモ」
ハキハキと自己紹介を済ませた花梨は、幽船寺の一言多い言葉に引っ掛かるも、リュックサックからメモを取り出して手渡した。
そのメモを奪い取るように掴んだ幽船寺は、手でしゃくれた顎を撫でつつ「……五隻ありゃあ充分か」と呟き、メモを手で叩きながら話を続ける。
「よーし秋風さんよ。せっかくだし、あんたも船に乗って漁を手伝ってくれぃ!」
「私も、ですか? 分かりました。漁は大体経験しているので、何でも行けますよ!」
「いいねぇ! やっぱり俺らの仲間になってくれぃ!」
「い、イヤです……」
「なんでぃ、ツレねぇな。それじゃあ準備をするから着いてきてくれぃ」
断るのが億劫になってきた花梨は、少々つまらなそうな表情をしている幽船寺に着いていき、『幽船寺丸』と黒い筆字で書かれており、全体的に白く、船底だけ赤く塗られた大型の漁船へと乗り込んだ。
デッキまで来ると、既に十人前後の船員達が談笑をしながら待機しており、その中には花梨を囲んで会話をしていた船幽霊達の姿も伺える。
幽船寺は足を止めぬまま運転席に入り込み、紺色の防水エプロンと既にねじられているハチマキ、新品のひしゃくを携えて来て、棒立ちしている花梨に差し出した。
「ほれ、お前の分だ。着ろ」
「あっ、ありがとうございま……。あの、ひしゃくは何に使うんですかね?」
「何って、船幽霊なら必須の道具だぞ? なに寝ぼけた事を言ってんでぃ」
「だから! 何回も言ってますけど、仲間にはなりませんってばっ!」
「チッ、ダメか……」
仲間になる事を拒絶した花梨は、い、いま、舌打ちされた……? ……なんだかなぁ。と、多少の苛立ちを覚えつつ、紺色の防水エプロンとねじりハチマキだけを受け取り、いそいそと着始める。
防水エプロンは首から紐をかけるタイプで、頭を通してから腰の紐を締め、ねじりハチマキを頭に巻き、後ろをキツく縛った。
着替え終わると花梨は、前にマグロ漁船に乗った時も、似たような物を着たっけなぁ。懐かしいや。と、温泉街に来る少し前の記憶を思い出す。
花梨の防水エプロン姿を見た幽船寺は、太い腕を組み「うんうん」と、しゃくれた顎を上下に揺らし、ニカッと笑みを浮かべた。
「なかなか似合ってるじゃねえか! いい海の女になるぜぇ、あんた!」
「そ、そうですか? そう言われると、ちょっと照れますねぇ」
おだてに弱い花梨は、やや赤く染まった頬をポリポリと掻いて照れ笑いすると、幽船寺が両手でひしゃくを差し伸べながら角刈り頭を下げた。
「だから、今日一日だけでいい! このひしゃくを腰に差してくれるだけでいいから! 受け取ってくれぃ!」
「ま、またか……。どうしても私を仲間にしたいんですね……。……はあっ、分かりました。腰に差すだけですよ?」
「おおっ! 差してくれるか、ありがてぇ!」
拒絶するのも面倒になり、あまりのしつこさにとうとう観念した花梨は、渋った表情をしながら幽船寺からひしゃくを受け取り、防水エプロンの腰の部分にある紐にひしゃくを挟み込んだ。
呆れ顔に変わり、ため息をついて肩を落とした花梨が、両腕をダランと垂らしてから目線を幽船寺に向ける。
「……これでいいですかぁ?」
「おうとも! 似合ってるぜぇ、秋風さんよぉ! よーし野郎共、出航すんぞ!」
「「「「オーッ!!」」」」
「オー……」
総船長のやる気に満ちた掛け声と共に、乗船していた船員達が腕を掲げながら声を上げ、既にやる気が皆無である花梨も、腕を半分だけ上げて掠れた掛け声を上げる。
そして、漁船がけたたましいエンジン音を鳴らしながら動き出し、明るくなり始めた夜空を背にし、まだ夜色に染まっている大海原へと発進していった。
風でなびいている黄金のススキ畑は、サーッと耳が癒される音を立たせており、月の光を流すようにいくつもの銀色の波を起こしている。
黄金の海に流れる銀色の波に目を奪われた花梨は、ただひたすらに、幻想的な光景を眺め続けては声が混じったため息を漏らしていった。
ススキ畑の海を超えると、茶色い土と緑色の野菜が延々と続いている景色に変わり、月の光を浴びている木霊農園を通り過ぎると、再び景色は黄金のススキ畑へと戻る。
しばらくすると広大な草原に変わり、そこには牛や羊。馬や豚と言った動物達が身を添え合って寝ており、一緒になって寝ている牛鬼牧場を過ぎていくと、草原の中にポツポツと岩肌が目立ち始める。
その岩肌の数がだんだんと増えていき、花梨は下げていた目線を前に向けると、遠方で夜空の色が移っている海が目に入った。
そして、その黒く染まっている海に近づいていくと、岩肌混じりの草原は終わりを迎え、地平線の彼方まで続いている、緩い湾曲を描いた白い砂浜が現れた。
「夜の海だ~! 三日月が海に落ちているように映ってて、なんだかロマンチックだなぁ」
三日月が落ちている海を眺めていると、ふと目線の右側に、大きな建物と船がいくつも停まっている停船場を見つけ、あそこが魚市場難破船かな? と予想していると、更に不思議な光景を目撃する。
その建物の周りや船の上には、ぼうっと青白い朧げな発光体が点々とあり、ゆっくりと何かの荷物を持ちながら移動していたり、三つ四つに集まっていたりしている。
目を細めた花梨は、その青白い発光体については皆目見当が付かず、色々と想像を膨らませていると、徐々に高度が下がっていって建物へと近づいていった。
そして、足が地面に着く所まで高度が下がると、終始黙っていた一反木綿が「は~い、魚市場難破船に到着で~す」と言い、その言葉を耳にした花梨はゆっくりと一反木綿から下りた。
「一反木綿さん、ありがとうございました! 夜空の旅、とっても楽しかったですっ!」
「いえいえ~お仕事ですから~。それでは~、またのご利用お待ちしておりま~す」
眠たそうな声で事務的な返事をした一反木綿は、ゆらゆらと揺れながら高度を上げいき、薄い手を振りつつ飛んで来た夜空に戻り、姿を消していく。
一反木綿を見送り一人残された花梨は、勢いよく魚市場難破船へと目を移し、まだ多少の距離はあるものの青白い発光体の正体を探るため、細めた目で観察をし始める。
全ての発光体は、額に白い三角巾をしており、白装束を身に纏っている。体は細身ながらも人間の姿に近い者がいたり、全身骸骨の姿をしている者もいた。そして全員が全員、腰にひしゃくを差している。
「どう見ても幽霊、だよなぁ? 前情報無しで見たら絶対に驚くぞこんなの。建物が荒廃していたら、完全にお化け屋敷じゃんか……」
青白い発光体の正体が見えてきて、額に手をかざして更に観察していると、手前で談笑をしていた四人の幽霊達と目が合うと同時に、その幽霊達は煙を撒くように姿をくらませた。
眉をひそめた花梨は、あれっ? 消えた……? と、不思議に思った瞬間。パッと目の前に、姿をくらませた幽霊達が花梨を囲むように現れ、突然の事に驚いた花梨が「ひぇあっ!?」と甲高い声を上げる。
「人間だ」
「本当だ、人間だ」
「何年振りの人間だ?」
「あの夫婦達以来だから、二十三年振りぐらいか?」
「あわっ……、あわわわわっ……」
四方を囲んでいる幽霊達は、顔が青ざめている花梨を物珍しそうにしながら眺めると、お互いに目を合わせつつ会話を始めた。
お化け屋敷や幽霊、怪談などが心底苦手な花梨は、温泉街に来てからその存在に慣れつつはあるものの、不意の出来事により恐怖のスイッチが入り、声と体を震わせて幽霊達の会話を聞いていた。
「夫婦? ああ、あの人達か」
「そうだったそうだった、名前は何だったっけ?」
「昔の事だから覚えてないな」
「秋国の建築に携わっていた責任者だろうに。名前は季節に関するものだ。ほら、あ―――」
「やいやいてめぇら! うだうだくっちゃべってねぇで、さっさと持ち場に戻りやがれってんだ!」
四人の幽霊の内一人が、夫婦の名前を言おうとした瞬間。それを遮るように、花梨の目の前にいる幽霊の背後から怒号が飛んできた。
その怒号を耳にした幽霊達は、「まずい、船長だ」と落ち着いた声を漏らし、その場から逃げるようにふっと姿を消していった。
小刻みに体を震わせていた花梨は、囲んでいた幽霊達が居なくなると「ほっ……」と胸を撫で下ろすも、先程とはまた違う幽霊がパッと目前に現れ、再び「ぎゃっ!?」と声を上げる。
その幽霊の姿は、花梨を囲んでいた細身の体をした者達とは打って変わり、大柄でガタイがよく、筋肉が太く隆々としている。
角刈りの頭にはねじりハチマキをしていて、はち切れんばかりの白いTシャツに紺色の防水エプロンを着ており、何よりもしゃくれた顎が目立ち、泳いでいた目が顎へと焦点を合わせていく。
新たに目の前に現れ、腕を組んで仁王立ちをしている江戸っ子の面立ちをした幽霊が、花梨をジロジロと眺めつつ口を開いた。
「なんで人間がここにいやがる! 俺らの仲間になりてぇのか!?」
「へっ!? ……あっ、い、いえっ! 違います!」
「だったらなんなんでぃ!? 仲間になり―――」
「ち、違いますっ! ぬらりひょん様に言われて、ここにお使いにきました!」
ぬらりひょんという単語を耳にした途端、大柄の幽霊は目をパチクリとさせると、勧誘を止めて「ああ」と全てを理解したような声を漏らす。
「じゃあ、あんたが秋風さんかい。へへっ、早く言ってくれりゃあいいのによ」
現状を把握した幽霊が、はにかみながら鼻下を指で擦り、それを見た花梨は、なるほど、確かに癖が強そうだ……。先が思いやられそうだなぁ……。と、夜空の旅で舞い上がっていた気分が急降下し、口をヒクつかせる。
「俺ぁ、この魚市場難破船の総船長、船幽霊の幽船寺でぃ、よろしく」
「あ、秋風 花梨です。今日一日、よろしくお願いします!」
「あんたの名前はとっくの昔に知ってらぁ。んじゃ、メモを見せてくれメモ」
ハキハキと自己紹介を済ませた花梨は、幽船寺の一言多い言葉に引っ掛かるも、リュックサックからメモを取り出して手渡した。
そのメモを奪い取るように掴んだ幽船寺は、手でしゃくれた顎を撫でつつ「……五隻ありゃあ充分か」と呟き、メモを手で叩きながら話を続ける。
「よーし秋風さんよ。せっかくだし、あんたも船に乗って漁を手伝ってくれぃ!」
「私も、ですか? 分かりました。漁は大体経験しているので、何でも行けますよ!」
「いいねぇ! やっぱり俺らの仲間になってくれぃ!」
「い、イヤです……」
「なんでぃ、ツレねぇな。それじゃあ準備をするから着いてきてくれぃ」
断るのが億劫になってきた花梨は、少々つまらなそうな表情をしている幽船寺に着いていき、『幽船寺丸』と黒い筆字で書かれており、全体的に白く、船底だけ赤く塗られた大型の漁船へと乗り込んだ。
デッキまで来ると、既に十人前後の船員達が談笑をしながら待機しており、その中には花梨を囲んで会話をしていた船幽霊達の姿も伺える。
幽船寺は足を止めぬまま運転席に入り込み、紺色の防水エプロンと既にねじられているハチマキ、新品のひしゃくを携えて来て、棒立ちしている花梨に差し出した。
「ほれ、お前の分だ。着ろ」
「あっ、ありがとうございま……。あの、ひしゃくは何に使うんですかね?」
「何って、船幽霊なら必須の道具だぞ? なに寝ぼけた事を言ってんでぃ」
「だから! 何回も言ってますけど、仲間にはなりませんってばっ!」
「チッ、ダメか……」
仲間になる事を拒絶した花梨は、い、いま、舌打ちされた……? ……なんだかなぁ。と、多少の苛立ちを覚えつつ、紺色の防水エプロンとねじりハチマキだけを受け取り、いそいそと着始める。
防水エプロンは首から紐をかけるタイプで、頭を通してから腰の紐を締め、ねじりハチマキを頭に巻き、後ろをキツく縛った。
着替え終わると花梨は、前にマグロ漁船に乗った時も、似たような物を着たっけなぁ。懐かしいや。と、温泉街に来る少し前の記憶を思い出す。
花梨の防水エプロン姿を見た幽船寺は、太い腕を組み「うんうん」と、しゃくれた顎を上下に揺らし、ニカッと笑みを浮かべた。
「なかなか似合ってるじゃねえか! いい海の女になるぜぇ、あんた!」
「そ、そうですか? そう言われると、ちょっと照れますねぇ」
おだてに弱い花梨は、やや赤く染まった頬をポリポリと掻いて照れ笑いすると、幽船寺が両手でひしゃくを差し伸べながら角刈り頭を下げた。
「だから、今日一日だけでいい! このひしゃくを腰に差してくれるだけでいいから! 受け取ってくれぃ!」
「ま、またか……。どうしても私を仲間にしたいんですね……。……はあっ、分かりました。腰に差すだけですよ?」
「おおっ! 差してくれるか、ありがてぇ!」
拒絶するのも面倒になり、あまりのしつこさにとうとう観念した花梨は、渋った表情をしながら幽船寺からひしゃくを受け取り、防水エプロンの腰の部分にある紐にひしゃくを挟み込んだ。
呆れ顔に変わり、ため息をついて肩を落とした花梨が、両腕をダランと垂らしてから目線を幽船寺に向ける。
「……これでいいですかぁ?」
「おうとも! 似合ってるぜぇ、秋風さんよぉ! よーし野郎共、出航すんぞ!」
「「「「オーッ!!」」」」
「オー……」
総船長のやる気に満ちた掛け声と共に、乗船していた船員達が腕を掲げながら声を上げ、既にやる気が皆無である花梨も、腕を半分だけ上げて掠れた掛け声を上げる。
そして、漁船がけたたましいエンジン音を鳴らしながら動き出し、明るくなり始めた夜空を背にし、まだ夜色に染まっている大海原へと発進していった。
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※別サイトにも掲載しています。
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