あやかし温泉街、秋国

桜乱捕り

文字の大きさ
123 / 402

36話-6、無意識のスキンシップ(閑話)

しおりを挟む
 時は少しさかのぼり、花梨が自室で日記を書き始めた頃。

 支配人室に居るぬらりひょんは、花梨に言われた至極である言葉を頭の中で反芻し、情けない程までに腑抜けた表情で書斎机に突っ伏しつつ、耳を這いずり回るような不気味な笑い声を発していた。

「ふっ、ふふふっ……。ぬっふっふっふっふっふっ……、花梨の奴めぇ~。急にマッサージをしてくれたりぃ、ワシの事を大好きだと言ってくれてぇ、いったいどうしたんだ急にぃ~。ぬふっ、ふふふ……、今日はとても良い夢が見れそうだぁ~」

 見るも無残なぬらりひょんの顔の筋肉は、限界以上まで緩んでおり、トロトロにとろけながら書斎机の上に広がっていく中。
 不意に、扉の方からノックをする音と共に、「ぬらりひょん様っ、入ってもいいかしら?」というゴーニャの声が聞こえてきた。
 
 その音と声がぬらりひょんの耳に入るや否や、慌てていつもの強張った威厳のある表情へと戻し、わざとらしく咳払いをしてから「いいぞ、入れ」と口にする。
 少しの間を置いてから扉が開き、「失礼しますっ」と言いながらゴーニャが部屋内に入ってくると、書斎机の前まで歩み寄り、ペコリと頭を下げた。 

「お疲れ様です、ぬらりひょん様っ」

「一人でここに来るのは珍しいな、どうしたんだ?」

「えっと、相談があってここに来たの」

「相談?」

 眉をひそめたぬらりひょんが、オウム返しでそう言うと、ゴーニャは神妙な面立ちをしながらコクンとうなずき、ピンと立っていた狐の耳を揺らす。

「私も、花梨みたいに温泉街でもっと働いてみたいのっ!」

「働いてみたい? ……ふむぅ」

 微塵も予想していなかった相談の内容に対し、赤いキセルに火をつけたぬらりひょんが、天井に向かって白い煙をふかす。
 そして、書斎机に肘を突いてから手に顎を置き、顎をいじりながら話を続ける。

「なんでまた急に? 別に無理をせんでもいいんだぞ」

「無理をしてでもしたいのっ! 働いてみたい理由だってちゃんとあるわっ」

「理由、ねえ。言ってみろ」

「えと、その……」

 言葉を濁し、狐の耳と尻尾と共にこうべを下げたゴーニャは、恥じらいながらもじもじとし始める。

「……こんな私に優しく接してくれて、色々な事を教えてくれたり、家族の一員にまでしてくれた大好きな花梨に……、恩返しがしたくて……。その、プレゼントを贈りたいなって、思って」

 頬を赤らめつつ理由を明かすと、ぬらりひょんは何か悪巧みを思いついたのか、口角を鋭くニヤリと上げた。

「ほう、花梨へのプレゼントか。それならワシが金をやるぞ? いくら欲しいんだ? 言い値をやろう」

 悪魔の囁き染みたぬらりひょんの言葉に、ゴーニャは首を力強く横に振り、魅力的である囁きを振り払い、キッとした眼差しをぬらりひょんに向ける。

「そ、その気持ちはすごく嬉しいけど、それじゃダメなのっ! 私が働いて稼いだお金で、ちゃんとしたプレゼントを花梨にあげなくちゃ意味がないのっ!」

 気持ちだけは受け取るも、悪魔の囁きを否定して真剣な眼差しで言い切ったゴーニャに、ぬらりひょんは、ふむ。試すように言ってみたが、楽な道は選ばない、か。
 しっかりしておる。本当に花梨が好きなんだな、よろしいよろしい。と感心し、静かにほくそ笑む。

「とても立派で偉いぞゴーニャ。分かった、温泉街の奴らに掛け合ってみよう」

「本当っ!?」

 ぱあっと表情が明るくなり、はち切れんばかりに狐の尻尾を振り回しているゴーニャを見て、ぬらりひょんが嘘偽りが無い想いを込めて小さくうなずく。

「ああ、本当だ。だが、奴らにも予定というもんがある。それ故に、ちと時間が掛かるかもしれんから、決まるまで待っててくれないか?」

「わかったわっ! ありがとうぬらりひょん様っ!」

「なに、礼はいらん。それと、わざわざ花梨と離れてここに来たんだ。プレゼントをあげるまでは花梨に黙っておいた方がいいか?」

「そうね。花梨をビックリさせたいから内緒にしておいてちょうだいっ」

「分かった、お前さんもバレないようにしろよ」

 話が決まり、互いに顔を見合わせると、ゴーニャは心の底から嬉しそうな温かみのある笑みを浮かべ、ぬらりひょんは鼻で笑いながらキセルの煙をふかす。
 短い密談が終わりを迎え、扉に駆け寄っていったゴーニャが扉を開けると、にんまりとした顔をぬらりひょんに向けた。

「ありがとうぬらりひょん様っ! 私もぬらりひょん様の事が大好きよっ!」

「ふっ、そうか。嬉しい言葉じゃないか。それじゃあお疲れさん」

「お疲れ様でしたっ!」

 ゴーニャが花梨の真似をするように、ペコリと一礼をして支配人室を後にした。嬉々とした背中を見送ったぬらりひょんは、キセルに新しい詰めタバコを入れて火をつける。

「うーむ、今日はなんとも良い日だ。ちゃんとゴーニャの期待に応えてやらんとな。しかし、どの店が一番安全か……」

 まだゴーニャの技量を知らないでいたぬらりひょんは、細めた目を天井に向けて思案し、ゴーニャでも仕事の手伝いが出来そうな店を模索し始める。

木霊農園こだまのうえん牛鬼牧場うしおにぼくじょうか? ……ふーむ、あまり遠くない店がいいな。焼き鳥屋八咫やたか酒羅凶しゅらきが不在の日の居酒屋浴び呑み、ぶんぶく茶処と秋国山小豆餅辺りだろうか……。それと、ここ永秋えいしゅう。ひとまずは明日、奴らに声を掛けてみるか」

 ゴーニャでも働けるであろう店を粗方決め、あくびを一つついたぬらりひょんは、花梨とゴーニャに大好きと言われた事を思い出す。
 そして、再び情けなく腑抜け切った表情に戻り、デレデレしながらいつもより格段に美味しく感じるキセルの煙をふかした。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

神スキル【絶対育成】で追放令嬢を餌付けしたら国ができた

黒崎隼人
ファンタジー
過労死した植物研究者が転生したのは、貧しい開拓村の少年アランだった。彼に与えられたのは、あらゆる植物を意のままに操る神スキル【絶対育成】だった。 そんな彼の元に、ある日、王都から追放されてきた「悪役令嬢」セラフィーナがやってくる。 「私があなたの知識となり、盾となりましょう。その代わり、この村を豊かにする力を貸してください」 前世の知識とチートスキルを持つ少年と、気高く理知的な元公爵令嬢。 二人が手を取り合った時、飢えた辺境の村は、やがて世界が羨む豊かで平和な楽園へと姿を変えていく。 辺境から始まる、農業革命ファンタジー&国家創成譚が、ここに開幕する。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

幼女のようじょ

えあのの
ファンタジー
小さい時に両親が他界してしまい、孤児院で暮らしていた三好珠代(みよしみよ)は、突然やってきたお金持ちの幼女の養女になることに?!これから私どうなるの⁇ 幼女と少女のはちゃめちゃ日常コメディ(?)

安全第一異世界生活

ファンタジー
異世界に転移させられた 麻生 要(幼児になった3人の孫を持つ婆ちゃん) 新たな世界で新たな家族を得て、出会った優しい人・癖の強い人・腹黒と色々な人に気にかけられて婆ちゃん節を炸裂させながら安全重視の異世界冒険生活目指します!!

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

俺得リターン!異世界から地球に戻っても魔法使えるし?アイテムボックスあるし?地球が大変な事になっても俺得なんですが!

くまの香
ファンタジー
鹿野香(かのかおる)男49歳未婚の派遣が、ある日突然仕事中に異世界へ飛ばされた。(←前作) 異世界でようやく平和な日常を掴んだが、今度は地球へ戻る事に。隕石落下で大混乱中の地球でも相変わらず呑気に頑張るおじさんの日常。「大丈夫、俺、ラッキーだから」

社畜をクビになった俺のスキルは「根回し」だけど、異世界では世界最強の裏方でした

cotonoha garden
ファンタジー
派手な攻撃魔法も、伝説級のチートもない。 社畜生活で身につけたのは、会議前の根回しと、空気を読みながら人と人をつなぐ段取り力――そして異世界で手に入れたスキルもまた、「根回し」だけだった。 『社畜の俺がもらったスキルは「根回し」だけど、なぜか世界最強らしい』は、 ・追放・異世界転移ものが好き ・けれどただのざまぁで終わる話では物足りない ・裏方の仕事や調整役のしんどさに心当たりがある そんな読者に向けた、“裏方最強”系ファンタジーです。 主人公は最初から最強ではありません。 「自分なんて代わりがきく」と思い込み、表舞台に立つ勇気を持てないままクビになった男が、異世界で「人と人をつなぐこと」の価値に向き合い、自分の仕事と存在を肯定していく物語です。 ギルド、ステータス、各国の思惑――テンプレ的な異世界要素の裏側で、 一言の声かけや、さりげない段取りが誰かの人生と戦争の行方を変えていく。 最後には、主人公が「もう誰かの歯車ではなく、自分で選んだ居場所」に立つ姿を、少しじんわりしながら見届けられるはずです。

幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕だけ別な場所に飛ばされた先は異世界の不思議な無人島だった。

アノマロカリス
ファンタジー
よくある話の異世界召喚… スマホのネット小説や漫画が好きな少年、洲河 愽(すが だん)。 いつもの様に幼馴染達と学校帰りの公園でくっちゃべっていると地面に突然魔法陣が現れて… 気付くと愽は1人だけ見渡す限り草原の中に突っ立っていた。 愽は幼馴染達を探す為に周囲を捜索してみたが、一緒に飛ばされていた筈の幼馴染達は居なかった。 生きていればいつかは幼馴染達とまた会える! 愽は希望を持って、この不思議な無人島でサバイバル生活を始めるのだった。 「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕の授かったスキルは役に立つものなのかな?」 「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕は幼馴染達よりも強いジョブを手に入れて無双する!」 「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕は魔王から力を授かり人類に対して牙を剥く‼︎」 幼馴染達と一緒に異世界召喚の第四弾。 愽は幼馴染達と離れた場所でサバイバル生活を送るというパラレルストーリー。 はたして愽は、無事に幼馴染達と再会を果たせるのだろうか?

処理中です...