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★38話-5、闇に堕ちた心
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動かすたびに激痛が走る体を前に進め、行く手を阻むように群生しているススキをかき分けつつ、ゴーニャがいるであろう場所へと向かっていく。
地面に転がっている石に何度も足を取られ、受け身を取らぬまま顔から転ぶも、痛がる暇もなく立ち上がる。
それを幾度も繰り返している内に、体全体を蝕んでいる耐え難い痛みに慣れ始め、走る速度を徐々に早めていった。
走っても一向に変わらぬ事のない景色のせいで、自分が前に進んでいるのか疑問を持ち始めた頃。進行方向から疑問を吹き飛ばす騒ぎ声が耳に入る。
走りながら耳をすませてみると、その正体はゴーニャが助けを求めている叫び声だと分かり、闇に染まりつつある心がドクンと弾む。
「ゴーーニャーーッッ!!」
喉を潰す勢いで叫んだ花梨が、すぐにまた耳をすませる。すると正面から、花梨の名前を叫び返すゴーニャの声が聞こえてきた。
その返事に一瞬だけ気が緩み、胸を撫で下ろしそうになるも、状況は何も変わっていないと自らに言い聞かせ、緩んだ気持ちを限界以上に引き締めた。
全速力で走り続けたせいか肺が酸素を求めて悲鳴を上げるも、聞こえないふりをして更に酷使し、顔や体を打ちつけくるススキに目もくれず、無我夢中で走り抜けていく。
既に体は限界が来ているのか、先ほどまで感じていた体中をつんざく痛みは消え失せ、呼吸をしているのかしていないのか自分でも分からないまま進んでいくと、煩わしかったススキが唐突に目の前から無くなり、開けた場所に出る。
そしてその中央付近では、うつ伏せで倒れているゴーニャに馬乗りしている細身の鬼と、ゴーニャの頭を踏みつけ、嘲笑しているガタイのいい鬼がいた。
「ゴーニャ!!」
「……か、花梨っ!!」
無事とは程遠いゴーニャの姿をよく見てみると、綺麗だったロリータドレスはズタズタに引き裂かれており、殴られたのか右頬には青黒いアザが出来ている。
ゴーニャの変わり果てた姿に目を疑った花梨は、荒げていた呼吸が更に酷く荒ぎ、全身の血が煮え滾る勢いの怒りが心頭し、瞳孔が開いていく。
「お、お前ら……! 今すぐゴーニャから離れろ!!」
「お前は確か……。棒で殴り殺したと思ってたが、生きてたのか。それに……」
細身の鬼がゴーニャの後頭部に視線を送り、蔑んだその目を、歯を食いしばっている花梨に戻す。
「ゴーニャって、このチビの事か?」
「そうだ! その子は私の大切な家族だ! その汚い足と体をどけて、今すぐ私に返せ!!」
暴言を交え、怒りを露にした眼差しで睨みつけるも、細身の鬼はまったく臆する事無く、口角をいやらしく上げた。
「はっはぁ~ん、なるほどぉ。お前ら、元家族だったのかぁ~。ヒッヒッヒッ……。悪いがもう、こいつはお前の物じゃねえ。俺の奴隷であり、家畜だ」
「はっ? ど、奴隷? 家畜……? なに、それ……」
あまりに理解からかけ離れた言葉に、花梨は愕然として言葉を失い、そこで完全に思考が止まった。
花梨の全ての色を失った表情を見て、細身の鬼が不敵に笑う。
「俺達は、妖怪のガキ共を主にした取引業者でねぇ。たまたまここの噂を聞いて、満月の日に乗じて何人か在庫として持って帰ろうとしてたんだ」
説明を始めた細身の鬼が、暴徒が蔓延る温泉街に目を向けてからため息をつき、太ももに膝を突き、手に顎を置く。
「しっかし……。どうやって品定めをして、暴走してる奴らを持って帰ろうか悩んでたんだ。んで、そんな中こいつを見つけたってワケ」
ゴーニャの頭に枯れ枝を思わせる手を置き、雑に叩きながら話を続ける。
「最初は、いい趣味を持った金づるに売り飛ばしてやろうと思っていたが……、やっぱりやめた。調教に調教を重ね、俺がいないと生きていけねぇような体にしてやる事に決めたんだ。イッヒッヒッヒッ、楽しみだぜぇ~」
瞳孔が開き切り、呆気に取られていた花梨の空っぽだった頭の中に、細身の鬼が言い放った下劣な言葉が反響して増幅し、瞬く間に埋め尽くしていく。
ギチギチまで埋まり、行き場を失った言葉は、「奴隷? 家畜? 売り飛ばす? ……調教? 誰を? まさか、ゴーニャを……?」と、口を通して漏れ出した。
更には、心に根を張っている闇のツボミにも行き届き、高い栄養分として吸収され、成長を急速に促していく。
闇の花が開花しそうになるまで育つと、花びらの隙間からふつふつと純粋な殺意を振り撒いていき、花梨の頭に流れていくと、色の無い顔に赤い熱を帯びていった。
心身共に限界を超えた疲労から、自制が効かなくなってきた花梨はその場に立ち尽くし、様々な感情の波に囚われて泳いでいる目を、地面へと向ける。
漆黒の闇に染まりつつある心の中で、ダメだ。とてもじゃないけど、話が通じるような奴じゃない。ここでどんな手段を使ってでも止めないと、ゴーニャと二度と会えなくなっちゃう……。と考え始める。
そして、でも、どうやって? 力尽くで止める? それとも、あいつの息の根を止める? ……今のボロボロな私に、そんな事ができるかなぁ……。と、己の自信の無さと非力さに嘆いている中、殺意のある思考を遮るようにゴーニャの声が割り込んできた。
「花梨っ! 逃げてぇっ!!」
「……はっ?」
闇に飲み込まれて自暴自棄になっていた花梨が、ゴーニャの声により意識が呼び戻され、虚ろな瞳をゆっくり前に向ける。
目前には汚れた壁みたいな物が迫ってきており、その壁を目にした花梨は、ほぼ無意識に両腕でガードした。
「グッ……!?」
迫ってきていた汚い壁が軽く体にぶつかると、全身に骨が軋む程の衝撃を受け、後方に向かい、体が弧を描きながら宙を舞う。
そのままススキ畑まだ吹っ飛ばされて落下するも、大量のススキがクッションになったお陰か、全身強打までは免れた。
今まで立っていた遥か前方の開けた場所から、細身の鬼ではない笑い声が微かに流れてきた。
「アッヒャッヒャッヒャッ! 兄貴ぃ、今の見ました? あいつ、軽く蹴っ飛ばしただけなのに、すげえぶっ飛びましたぜ!」
「こいつぁ傑作だぁ。今のでやっと死んだんじゃねえか?」
「花梨っ!? 返事をして花梨っ!! かりぃーーーんっ!!」
二つの癇に障る雑音と、ゴーニャの悲痛な叫び声が聞こえてくる中。花梨の視界には、静かに揺れ動く黄色いススキと、全ての元凶である青白い光を放つ満月を捉えていた。
最悪な状況下にも関わらず、心は驚くほど落ち着いていて、耳に入ってきた情報で今、自分がガタイのいい鬼に蹴り飛ばされた事を把握する。
動かないでボーッとしている花梨が、ああ、そうだった。細い奴の他に、大きい奴もいたんだった。そいつの処理はどうしよう? さっきみたいに脳震盪を起こさせる?
それとも、急所だけを執拗に狙って気絶させる? でも、どうやって? ……ダメだ、頭が全然回らないや。と、思考を放棄し、ヤケクソ気味に短いから笑いを飛ばす。
手足を動かせるか確認しながら、左腕が上がらない。痛みをまったく感じないのはなんでだろ? 体に限界が来ちゃったんだろうか……。このまま私、死んじゃうのかなぁ……。と、自ら作った死期を悟り、恨みのこもった眼差しを満月に向ける。
「憎たらしいほどまでに綺麗な満月だ。全部、お前のせいだっていうのに。……私達、お前になにか悪い事でも、した? なんで、なんで私達が、こんなヒドイ目に遭わなくちゃいけないの? ねえ、どうして……?」
嘲笑うように光を放つ満月に語り始めると、今まで抑え込んでいた感情が涙腺を通って涙へと変わり、視界がだんだん朧げに霞んでいく。
「私のお父さんとお母さんね、私が赤ちゃんの頃に火事で亡くなったんだ。写真とかも全部一緒に燃えちゃったから、顔も声も、何もかも知らないんだよね。心の奥底でずっと寂しいと思っていたかもしれないし、会いたいとも思っていたかもしれない……。だから、ゴーニャが家族になってくれた時は、本当に嬉しかったんだ。こんな私にも家族が出来たんだって、泣くほど喜んだんだ……」
夜空に佇む満月に向かい、誰にも話した事のない本当の本音をぶつけると、目に溜まっていた涙が頬を伝って零れ落ちた。
「だからこそ、私から大切な家族を奪おうとしているお前や鬼共が、憎い……。本当に憎いっ! お前が手に届く距離にいたら、怒りに身を任せて粉々に破壊してやりたいよ……!」
黒い本音が憎悪に変わり、花梨の瞳から再び光が消え失せていく。
何もかもが自分を脅かす敵に見えてくると、心に根付いていた闇の花が開花し、純粋なる殺意にまみれた闇を更に振り撒いていった。
完全なる闇に染まり、殺意と憎悪に取り込まれた花梨の心と頭の中に、今まで考えた事すらなかった新たなる欲求が生まれ始める。
「……力が欲しいなぁ。お前が破壊できないのであれば、せめて鬼共を黙らせる事ができる強大な力が、欲しい。私が弱い人間だから、あいつらが調子に乗るんだ……。酒羅凶さんや酒天さんのような、場を覆させる事ができる強い力が―――……。……酒天さんの、ような? ……あっ」
花梨が茨木童子である酒天を頭の中に思い浮かべた瞬間、口元だけが怪しく微笑んだ。
「ああ、そうだ。剛力酒があるじゃんか。なんで今まで気がつかなかったんだろう。これを飲んで、私も強い茨木童子になっちゃえば、いいんだ……」
正常な判断を失い、妖怪の体になった後のリスクを忘れた花梨が立ち上がり、リュックサックから剛力酒が入った赤いひょうたんを取り出す。
閉まっていた栓を歯で抜き、リュックサックの中に向かって吐き出した。そして、ゴーニャ達がいる開けた場所へと戻っていく。
その足取りには一切力が無く、前に向けて歩ませている両足は、地面から離れること無く長い線を描いていった。
時間を掛けて開けた場所まで戻り、再び全員の前に姿を現すと、死んだと確信していた鬼達の笑い声が止み、生暖かい静寂が訪れる。
その中で、花梨が生きていた事を知ったゴーニャが嬉々とした声を上げそうになるも、花梨から流れてくる不穏な空気に一早く勘付いた。
「……花梨っ?」
「……」
「な、なんで黙ってるの……? ―――ッ!! 花梨っ! 剛力酒を飲んじゃダメっ! それを飲んだら、花梨もこいつらみたいにおかしくなっちゃう!!」
頭を垂らして黙っていた花梨が、ゴーニャの必死な制止を意に介さず、右手に持っていた赤いひょうたんの中に入っている剛力酒を、ゴクッと一口飲み込んだ。
すると、剛力酒の副作用が花梨の体に起こり始めたのか、満月の光が反応し、花梨の全身から白い湯気が昇り始める。
「そんな、花梨っ……」
そこで初めてゴーニャの声が耳に届いたのか、花梨は再び垂らした頭を上げると、無表情のまま口元だけに笑みを浮かべた。
「……もう、どうにでもなっちゃえ」
地面に転がっている石に何度も足を取られ、受け身を取らぬまま顔から転ぶも、痛がる暇もなく立ち上がる。
それを幾度も繰り返している内に、体全体を蝕んでいる耐え難い痛みに慣れ始め、走る速度を徐々に早めていった。
走っても一向に変わらぬ事のない景色のせいで、自分が前に進んでいるのか疑問を持ち始めた頃。進行方向から疑問を吹き飛ばす騒ぎ声が耳に入る。
走りながら耳をすませてみると、その正体はゴーニャが助けを求めている叫び声だと分かり、闇に染まりつつある心がドクンと弾む。
「ゴーーニャーーッッ!!」
喉を潰す勢いで叫んだ花梨が、すぐにまた耳をすませる。すると正面から、花梨の名前を叫び返すゴーニャの声が聞こえてきた。
その返事に一瞬だけ気が緩み、胸を撫で下ろしそうになるも、状況は何も変わっていないと自らに言い聞かせ、緩んだ気持ちを限界以上に引き締めた。
全速力で走り続けたせいか肺が酸素を求めて悲鳴を上げるも、聞こえないふりをして更に酷使し、顔や体を打ちつけくるススキに目もくれず、無我夢中で走り抜けていく。
既に体は限界が来ているのか、先ほどまで感じていた体中をつんざく痛みは消え失せ、呼吸をしているのかしていないのか自分でも分からないまま進んでいくと、煩わしかったススキが唐突に目の前から無くなり、開けた場所に出る。
そしてその中央付近では、うつ伏せで倒れているゴーニャに馬乗りしている細身の鬼と、ゴーニャの頭を踏みつけ、嘲笑しているガタイのいい鬼がいた。
「ゴーニャ!!」
「……か、花梨っ!!」
無事とは程遠いゴーニャの姿をよく見てみると、綺麗だったロリータドレスはズタズタに引き裂かれており、殴られたのか右頬には青黒いアザが出来ている。
ゴーニャの変わり果てた姿に目を疑った花梨は、荒げていた呼吸が更に酷く荒ぎ、全身の血が煮え滾る勢いの怒りが心頭し、瞳孔が開いていく。
「お、お前ら……! 今すぐゴーニャから離れろ!!」
「お前は確か……。棒で殴り殺したと思ってたが、生きてたのか。それに……」
細身の鬼がゴーニャの後頭部に視線を送り、蔑んだその目を、歯を食いしばっている花梨に戻す。
「ゴーニャって、このチビの事か?」
「そうだ! その子は私の大切な家族だ! その汚い足と体をどけて、今すぐ私に返せ!!」
暴言を交え、怒りを露にした眼差しで睨みつけるも、細身の鬼はまったく臆する事無く、口角をいやらしく上げた。
「はっはぁ~ん、なるほどぉ。お前ら、元家族だったのかぁ~。ヒッヒッヒッ……。悪いがもう、こいつはお前の物じゃねえ。俺の奴隷であり、家畜だ」
「はっ? ど、奴隷? 家畜……? なに、それ……」
あまりに理解からかけ離れた言葉に、花梨は愕然として言葉を失い、そこで完全に思考が止まった。
花梨の全ての色を失った表情を見て、細身の鬼が不敵に笑う。
「俺達は、妖怪のガキ共を主にした取引業者でねぇ。たまたまここの噂を聞いて、満月の日に乗じて何人か在庫として持って帰ろうとしてたんだ」
説明を始めた細身の鬼が、暴徒が蔓延る温泉街に目を向けてからため息をつき、太ももに膝を突き、手に顎を置く。
「しっかし……。どうやって品定めをして、暴走してる奴らを持って帰ろうか悩んでたんだ。んで、そんな中こいつを見つけたってワケ」
ゴーニャの頭に枯れ枝を思わせる手を置き、雑に叩きながら話を続ける。
「最初は、いい趣味を持った金づるに売り飛ばしてやろうと思っていたが……、やっぱりやめた。調教に調教を重ね、俺がいないと生きていけねぇような体にしてやる事に決めたんだ。イッヒッヒッヒッ、楽しみだぜぇ~」
瞳孔が開き切り、呆気に取られていた花梨の空っぽだった頭の中に、細身の鬼が言い放った下劣な言葉が反響して増幅し、瞬く間に埋め尽くしていく。
ギチギチまで埋まり、行き場を失った言葉は、「奴隷? 家畜? 売り飛ばす? ……調教? 誰を? まさか、ゴーニャを……?」と、口を通して漏れ出した。
更には、心に根を張っている闇のツボミにも行き届き、高い栄養分として吸収され、成長を急速に促していく。
闇の花が開花しそうになるまで育つと、花びらの隙間からふつふつと純粋な殺意を振り撒いていき、花梨の頭に流れていくと、色の無い顔に赤い熱を帯びていった。
心身共に限界を超えた疲労から、自制が効かなくなってきた花梨はその場に立ち尽くし、様々な感情の波に囚われて泳いでいる目を、地面へと向ける。
漆黒の闇に染まりつつある心の中で、ダメだ。とてもじゃないけど、話が通じるような奴じゃない。ここでどんな手段を使ってでも止めないと、ゴーニャと二度と会えなくなっちゃう……。と考え始める。
そして、でも、どうやって? 力尽くで止める? それとも、あいつの息の根を止める? ……今のボロボロな私に、そんな事ができるかなぁ……。と、己の自信の無さと非力さに嘆いている中、殺意のある思考を遮るようにゴーニャの声が割り込んできた。
「花梨っ! 逃げてぇっ!!」
「……はっ?」
闇に飲み込まれて自暴自棄になっていた花梨が、ゴーニャの声により意識が呼び戻され、虚ろな瞳をゆっくり前に向ける。
目前には汚れた壁みたいな物が迫ってきており、その壁を目にした花梨は、ほぼ無意識に両腕でガードした。
「グッ……!?」
迫ってきていた汚い壁が軽く体にぶつかると、全身に骨が軋む程の衝撃を受け、後方に向かい、体が弧を描きながら宙を舞う。
そのままススキ畑まだ吹っ飛ばされて落下するも、大量のススキがクッションになったお陰か、全身強打までは免れた。
今まで立っていた遥か前方の開けた場所から、細身の鬼ではない笑い声が微かに流れてきた。
「アッヒャッヒャッヒャッ! 兄貴ぃ、今の見ました? あいつ、軽く蹴っ飛ばしただけなのに、すげえぶっ飛びましたぜ!」
「こいつぁ傑作だぁ。今のでやっと死んだんじゃねえか?」
「花梨っ!? 返事をして花梨っ!! かりぃーーーんっ!!」
二つの癇に障る雑音と、ゴーニャの悲痛な叫び声が聞こえてくる中。花梨の視界には、静かに揺れ動く黄色いススキと、全ての元凶である青白い光を放つ満月を捉えていた。
最悪な状況下にも関わらず、心は驚くほど落ち着いていて、耳に入ってきた情報で今、自分がガタイのいい鬼に蹴り飛ばされた事を把握する。
動かないでボーッとしている花梨が、ああ、そうだった。細い奴の他に、大きい奴もいたんだった。そいつの処理はどうしよう? さっきみたいに脳震盪を起こさせる?
それとも、急所だけを執拗に狙って気絶させる? でも、どうやって? ……ダメだ、頭が全然回らないや。と、思考を放棄し、ヤケクソ気味に短いから笑いを飛ばす。
手足を動かせるか確認しながら、左腕が上がらない。痛みをまったく感じないのはなんでだろ? 体に限界が来ちゃったんだろうか……。このまま私、死んじゃうのかなぁ……。と、自ら作った死期を悟り、恨みのこもった眼差しを満月に向ける。
「憎たらしいほどまでに綺麗な満月だ。全部、お前のせいだっていうのに。……私達、お前になにか悪い事でも、した? なんで、なんで私達が、こんなヒドイ目に遭わなくちゃいけないの? ねえ、どうして……?」
嘲笑うように光を放つ満月に語り始めると、今まで抑え込んでいた感情が涙腺を通って涙へと変わり、視界がだんだん朧げに霞んでいく。
「私のお父さんとお母さんね、私が赤ちゃんの頃に火事で亡くなったんだ。写真とかも全部一緒に燃えちゃったから、顔も声も、何もかも知らないんだよね。心の奥底でずっと寂しいと思っていたかもしれないし、会いたいとも思っていたかもしれない……。だから、ゴーニャが家族になってくれた時は、本当に嬉しかったんだ。こんな私にも家族が出来たんだって、泣くほど喜んだんだ……」
夜空に佇む満月に向かい、誰にも話した事のない本当の本音をぶつけると、目に溜まっていた涙が頬を伝って零れ落ちた。
「だからこそ、私から大切な家族を奪おうとしているお前や鬼共が、憎い……。本当に憎いっ! お前が手に届く距離にいたら、怒りに身を任せて粉々に破壊してやりたいよ……!」
黒い本音が憎悪に変わり、花梨の瞳から再び光が消え失せていく。
何もかもが自分を脅かす敵に見えてくると、心に根付いていた闇の花が開花し、純粋なる殺意にまみれた闇を更に振り撒いていった。
完全なる闇に染まり、殺意と憎悪に取り込まれた花梨の心と頭の中に、今まで考えた事すらなかった新たなる欲求が生まれ始める。
「……力が欲しいなぁ。お前が破壊できないのであれば、せめて鬼共を黙らせる事ができる強大な力が、欲しい。私が弱い人間だから、あいつらが調子に乗るんだ……。酒羅凶さんや酒天さんのような、場を覆させる事ができる強い力が―――……。……酒天さんの、ような? ……あっ」
花梨が茨木童子である酒天を頭の中に思い浮かべた瞬間、口元だけが怪しく微笑んだ。
「ああ、そうだ。剛力酒があるじゃんか。なんで今まで気がつかなかったんだろう。これを飲んで、私も強い茨木童子になっちゃえば、いいんだ……」
正常な判断を失い、妖怪の体になった後のリスクを忘れた花梨が立ち上がり、リュックサックから剛力酒が入った赤いひょうたんを取り出す。
閉まっていた栓を歯で抜き、リュックサックの中に向かって吐き出した。そして、ゴーニャ達がいる開けた場所へと戻っていく。
その足取りには一切力が無く、前に向けて歩ませている両足は、地面から離れること無く長い線を描いていった。
時間を掛けて開けた場所まで戻り、再び全員の前に姿を現すと、死んだと確信していた鬼達の笑い声が止み、生暖かい静寂が訪れる。
その中で、花梨が生きていた事を知ったゴーニャが嬉々とした声を上げそうになるも、花梨から流れてくる不穏な空気に一早く勘付いた。
「……花梨っ?」
「……」
「な、なんで黙ってるの……? ―――ッ!! 花梨っ! 剛力酒を飲んじゃダメっ! それを飲んだら、花梨もこいつらみたいにおかしくなっちゃう!!」
頭を垂らして黙っていた花梨が、ゴーニャの必死な制止を意に介さず、右手に持っていた赤いひょうたんの中に入っている剛力酒を、ゴクッと一口飲み込んだ。
すると、剛力酒の副作用が花梨の体に起こり始めたのか、満月の光が反応し、花梨の全身から白い湯気が昇り始める。
「そんな、花梨っ……」
そこで初めてゴーニャの声が耳に届いたのか、花梨は再び垂らした頭を上げると、無表情のまま口元だけに笑みを浮かべた。
「……もう、どうにでもなっちゃえ」
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