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71話-7、根回し済みの既成事実
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すっかりと打ち解けた八葉や夜斬と共に、受付の仕事を楽しくこなしていった、夜の八時前後。
この頃になってくると、風呂に入る客よりも宿泊する客の方が多く訪れるようになり、だんだんと各宿泊部屋が埋まり始めていく。
最初に七メートル以上の身長が入れる、百二十一号室から百五十号室が埋まり、次に九十一号室から百二十号室が埋まる。
それでもなお、埋まってしまった部屋番に対応する客が来てしまい、花梨は一度事情を説明し、合意を得てから葉っぱの髪飾りを渡していった。
そして空き部屋数がごく僅かになってきた、夜九時過ぎ。各々の仕事が終わったのか、花梨達も見知っている客が訪れ始める。
「本当に花梨が受付やってる。それにゴーニャも」
「あっ、纏姉さん! お疲れ様です」
「纏っ、お疲れ様っ」
客足が途絶え途絶えになり、隙を見計らって八葉達と会話を交えている最中。不意に受付の外からヒョコッと、顔を覗かせてきた座敷童子の纏を目にし、花梨とゴーニャが反応する。
「流石はクロの弟子達。様になってる」
「あれ? なんで纏姉さんが、それを?」
「少し前にクロから聞いた。みんなに言いふらしてたよ」
受付にぶら下がっていた纏がよじ登り、目の前に正座すると、花梨は、あっ、もうみんな既に知っているんだ……。用意周到だなぁ……。と、口元をヒクつかせる。
更に、という事は、私も話を合わせないといけないな。と思案して空気を読むと、纏が大きなあくびをつき、潤んだ瞳を指で擦った。
「ふふっ、眠たそうにしていますね」
「さっき起きたばかりだから余計に眠い」
「えっ? まさか、ずっと私達の布団で寝てたんですか?」
予想外な纏の言葉に、花梨は目をキョトンとさせると、纏は小さく頷き、もう一度あくびをする。
「一日中寝ちゃったんですね。今日はどのお風呂に入るんですか?」
「電気風呂。眠気を飛ばしてくる」
「ああ、あのお風呂なら打って付けですね。感電しないように気をつけて下さいよ? ゴーニャ、極小サイズを一つ頂戴」
「もう持ってきたわっ」
花梨が後ろを振り向いて指示を出したと同時に、下からゴーニャの声が聞こえて来た。
そのまま視線を足元へ滑らせると、極小サイズの服とタオルが入っている袋を持っているゴーニャがおり、花梨は思わず「早いっ」と嬉々とした声を出す。
「ありがとう。それでは、リストバンドとタオルと服が入っている袋です、ごゆっくりどうぞ」
「ありがとう。二人共、お仕事頑張って」
手渡された袋を両手で受け取った纏は、受付から飛び降り、手をヒラヒラと振りながら奥へ消えていく。
その見知っている客に手を振り返していると、左側から「おっ、やってるっスね!」と聞き慣れた声が耳に入り込んできたので、顔を入り口側に向ける。
すると、受付の前には茨木童子の酒天の姿があり、花梨と顔が合うや否や。ニッと明るい笑みを飛ばしてきた。
「酒天さん! お疲れ様ですっ」
「お疲れっス! いやぁ~、花梨さんの女将姿がどうしても見たくて、現世からすっ飛んできましたよ」
酒天がサラリと言ったものの。現世の意味を知らなかった花梨が、「うつしよ?」と首を傾げながら聞き返す。
「あれ? 知らなかったんスか? 現世というのは、元々花梨さんが、どわぁっ!?」
花梨の様子と仕草で察した酒天が、説明をしようよした直後。入口側から駆けて来た何かと衝突し、奥へとすっ飛んでいく。
目の前から一瞬で消えた酒天の姿を、受付から乗り出して追おうとするも、「花梨ぢゃんっ!!」という鬼気迫る叫び声に体が硬直し、慌てて顔を前に移した。
「ひょ、雹華さん……? お疲れ様、です」
先ほどまで酒天が立っていた場所には、透き通った青い瞳を血走らせている雪女の雹華がおり。全速力で走ってきたのか、過呼吸気味に息を荒げている。
青と赤が入り乱れる瞳で捉えられている中。右手に一眼レフカメラ、左手にビデオカメラを持っていた雹華が、二つのカメラを同時に構えた。
「さあ、始めるわよ! 花梨ちゃんの晴れ舞台の撮影をねぇ!!」
「あの~、雹華さん? 他のお客様にご迷惑になると思うので、撮影はちょっと……」
「少しだけ! ほんのずっとだけだから!!」
「ほんのずっとだけって、結局ずっとじゃないですか……」
暴走状態に突入している雹華のワガママに、花梨が顔中を引きつらせていると、天井にある光源が消えでもしたのか、辺りが急にふっと薄暗くなった。
異変に気づいた花梨が足元に目を向けてみると、どうやら自分の周りだけが何かに光を遮られているようで、今度は天井に顔をやった。
「こんばんはぁ~」
「ふぉぉおおおおーーーっっ!?」
目線のすぐ先には、不気味な笑みをしていろくろ首の首雷の顔が浮かんでいて、その顔を認めた花梨が、断末魔を彷彿させる叫び声を上げる。
花梨の悲鳴と、畏怖し切っている表情に満足したようで。影で闇深くなっている首雷の口角が、更に鋭くつり上がっていく。
「花梨ちゃんったらぁ、毎回良いリアクションをしてくれるわねぇ~。最高よぉ~。今着てるぅ、クロちゃんに昔あげた着物ぉ、とってもよく似合ってるわぁ~」
「あ、あり、ありがががが……」
「あらあら、やってるわねぇ~」
懐かしささえ覚える恐怖に支配されていると、合間を縫って、受付からおっとりとしている新しい声が聞こえてきたので、泳いでいる視線をそちらへ逃がす。
受付の前には首雷の胴体と、その横にふくよかな笑みを浮かべている化け物の釜巳がおり、花梨の恐怖心がほんの少しだけ薄れていった。
「か、釜巳さんまで。お疲れ様です」
花梨の注目が逸れると、首雷の頭が胴体へ戻っていく。頭が完全に戻ると、首雷は七百円を。釜巳は二千百円を受付に置いた。
「これ、私と雹華ちゃんと酒天ちゃんの分ね~。どう、花梨ちゃん。初めての受付は?」
「はい。初めは緊張してましたけど、どのお客様も優しくて、なんとかこなせてます」
「そう、よかった~。それじゃあ、フリーサイズを四つ頂戴~。酒天ちゃ~ん、雹華ちゃんを連れて行ってあげて~」
「イッテテテテ……、了解っス」
釜巳が花梨からフリーサイズの袋を四つ受け取りつつ、奥からのたのたと戻って来た酒天に指示を出す。
その酒天は隙だらけでいる雹華の背後に周り、自慢の怪力で羽交い締めすると、強制的に我に返された雹華が、「なっ!?」と焦りを含んだ声を上げた。
「だ、誰!? 邪魔しないでちょうだい!!」
「お客さんと花梨さん達の邪魔をしちゃダメっスよー。このまま連行するっス」
「しゅ、酒天ちゃん!? 待って! あと千枚だけ!! あと千枚だけでいいから花梨ちゃんを撮ら―――」
手足をばたつかせている雹華が悲痛な懇願をするも、茨木童子の力には到底敵わず、大声を上げながら姿を消していく。
二人の後を追うように、釜巳と首雷も花梨に手を振りつつ奥へ進んで行くと、苦笑いを浮かべて手を振り返していた花梨が、「ふふっ」と微笑んだ。
しかし、今過ぎ去った嵐のような余韻に浸る暇も無く。温泉街に店を構えている妖怪達が、次々に押し寄せて来た。
カマイタチ三兄妹である、辻風、薙風、癒風。河童の流蔵。八咫烏の八吉と神音。ただ花梨の様子を見に来た、木霊一同と朧木。
たまには永秋の露天風呂にでもと、牛鬼の馬之木。花梨が体調を崩して以来、一度も会っていなかった船幽霊の幽船寺。
鬼の青飛車と赤霧山、楓達は来なかったものの。懐かしさを覚える妖怪達が会いに来ては、仕事をしている事を忘れて長々と談笑し、十人十色の背中を見送っていく。
そして、顔合わせに来ただけである酒呑童子の酒羅凶と別れると、隣で呆気に取られながら接客をしていた八葉が、花梨の肩を指でちょんちょんと突っついた。
「花梨さんってば、温泉街の皆さんとすごく仲がいいんですね」
問い掛けに気がついた花梨が、ほがらかな表情を八葉に移し、満足気な笑みを浮かべた。
「楓さん達は来ませんでしたが……。ほとんどのお店のお仕事のお手伝いをしたり、お使いに行ったりしてきましたので、大体の方々とはお知り合いみたいな感じになっています」
「ほとんどの方々とですか!? はぁ~……」
サラリと言い放った花梨の言葉に、八葉は大袈裟に反応し、黒みが深い紫色の瞳を丸くさせる。
そのまま、尊敬と羨ましさが同居している眼差しで花梨を見つめていると、客の出入りがほとんど無くなり、静寂に包まれている入口方面が騒がしくなっていく。
その騒がしさを耳にした八葉が、受付から顔を覗かせて入口方面を見てみると、「あっ」と声を出し、慌てて花梨の肩を叩いた。
「花梨さん、花梨さん! クロさん達が帰ってきましたよ!」
「本当ですか? どれどれ……」
報告を受けた花梨も受付から顔を出し、入口方面を覗いてみる。
そこには、クロと共に昼頃出ていった女天狗、クロに怯えて泣いていた若い女天狗の姿があり、和気あいあいと会話を交わしていた。
一行が受付近くまで来ると、若い女天狗が満面の笑顔をクロに見せ、深々とお辞儀をする。
「クロさん、今日一日本当にありがとうございました! とても楽しかったです!」
「そうか、そりゃよかった。そう言ってくれると、歓迎会を開いた甲斐があるってもんだ。どうだ? 私を怖がる理由なんて何もなかっただろ? もっと砕けた感じで接してくれな」
「はい! 小心者ですが、これからよろしくお願い致します!」
「ああ、こちらこそよろしく。それじゃあお前は明日から二日間休みだから、ゆっくり休んでろよ」
「了解です! 皆さんも今日一日、本当にありがとうございました!」
終始和やかな雰囲気でいる若い女天狗が、クロ以外の女天狗達にも頭を下げると、各々は励ましやおどけた言葉を飛ばし、再び活気に溢れた笑い声を発する。
しばらくしてから全員で歩き出すと、受付を通り過ぎ様にクロが、「すまんみんな、先に行っててくれ」と女天狗達に断りを入れ、花梨達の元へと近づいてきた。
「ようお前ら、お疲れ」
半日振りにクロと再会し、声を掛けられた花梨、ゴーニャ、八葉、夜斬が声を揃え、「お疲れ様です!」と返す。
元気そうでいる四人を認め、安心したような笑みを浮かべたクロが小さく頷き、花梨に温かみのある顔をやった。
「花梨、初めての受付はどうだった?」
「はい! 八葉さんや夜斬さんと仲良くなれましたし、ゴーニャと一緒に仕事が出来たので、とても楽しかったです!」
今日一日の感想を述べ、微笑んだ花梨が「それと」と付け加え、背後で山を成している梱包に手をかざす。
「百々目鬼さんという方から差し入れがありましたよ。他のお客様達からも、山のように頂きました」
「おっ、ついに来たな~。ずっと待ってたんだ。後でお礼を言っておかないとな」
花梨の報告に嬉々とした反応を見せると、次にクロは、八葉に顔を合わせる。
「どうだ八葉、特に問題は無かったか?」
「ええ、大丈夫でした。今日も異常無しです!」
「そうか、それはなによりだ」
敬礼してきた八葉に対し、クロはしっかりと頷いて応えると、奥で屈伸をしている夜斬に顔を向ける。
「夜斬はどうだった?」
「八葉と以下同文です。強いて言えば、温泉街に居る方々が、こぞってなだれ込んで来た事ぐらいですかねー」
「ああ~、やっぱりな」
温泉街に店を構えている妖怪達に、数日前から言いふらしていたせいか。クロは予想通りと言わんばかりに苦笑いをし、花梨の足元に立っているゴーニャに笑みを送る。
「ゴーニャ、楽しかったか?」
「うんっ! 花梨と一緒に仕事ができたし、新しい友達も増えたから、とっても楽しかったわっ!」
「なるほど、よかったじゃないか。次も仲良くしてやってくれな」
「わかったわっ!」
ゴーニャが嬉しそうな笑顔になると、クロも口角を緩く上げて微笑み返す。そして受付に手を添え、話を続けた。
「よし。それじゃあ、もう少ししたら代わりの奴らが来るから、来たら交代して各自上がってくれ」
クロの仕事の終わり告げる言葉に、八葉、夜斬、ゴーニャが個性ある返答をするも、花梨だけは何も言わず、クロに顔を寄せていく。
そのまま耳元まで寄せると、隣に居る八葉にも聞こえないような小声で、静かに喋り出した。
「クロさん、今日はいつまで起きてますか?」
「今日か? 二時ぐらいまでは起きてると思うぞ」
「分かりました。……あの、一時頃にクロさんの部屋に行ってもいいですか?」
「ああ、いいぞ。何しに来るんだ?」
「それは……、その時に言います」
「……んー、そうか。まあいい、待ってるぞ」
「すみません、ありがとうございます」
全員が居る前で密談を済ませると、クロは何事もなかったように「それじゃあみんな、今日もお疲れ。ゆっくり休めよ」と言い残し、受付から離れていく。
真夜中に会う約束をした花梨は、外で待機している女天狗達にも、手を振って労っているクロの背中を、楽しみと不安に満ちた眼差しで見送っていた。
この頃になってくると、風呂に入る客よりも宿泊する客の方が多く訪れるようになり、だんだんと各宿泊部屋が埋まり始めていく。
最初に七メートル以上の身長が入れる、百二十一号室から百五十号室が埋まり、次に九十一号室から百二十号室が埋まる。
それでもなお、埋まってしまった部屋番に対応する客が来てしまい、花梨は一度事情を説明し、合意を得てから葉っぱの髪飾りを渡していった。
そして空き部屋数がごく僅かになってきた、夜九時過ぎ。各々の仕事が終わったのか、花梨達も見知っている客が訪れ始める。
「本当に花梨が受付やってる。それにゴーニャも」
「あっ、纏姉さん! お疲れ様です」
「纏っ、お疲れ様っ」
客足が途絶え途絶えになり、隙を見計らって八葉達と会話を交えている最中。不意に受付の外からヒョコッと、顔を覗かせてきた座敷童子の纏を目にし、花梨とゴーニャが反応する。
「流石はクロの弟子達。様になってる」
「あれ? なんで纏姉さんが、それを?」
「少し前にクロから聞いた。みんなに言いふらしてたよ」
受付にぶら下がっていた纏がよじ登り、目の前に正座すると、花梨は、あっ、もうみんな既に知っているんだ……。用意周到だなぁ……。と、口元をヒクつかせる。
更に、という事は、私も話を合わせないといけないな。と思案して空気を読むと、纏が大きなあくびをつき、潤んだ瞳を指で擦った。
「ふふっ、眠たそうにしていますね」
「さっき起きたばかりだから余計に眠い」
「えっ? まさか、ずっと私達の布団で寝てたんですか?」
予想外な纏の言葉に、花梨は目をキョトンとさせると、纏は小さく頷き、もう一度あくびをする。
「一日中寝ちゃったんですね。今日はどのお風呂に入るんですか?」
「電気風呂。眠気を飛ばしてくる」
「ああ、あのお風呂なら打って付けですね。感電しないように気をつけて下さいよ? ゴーニャ、極小サイズを一つ頂戴」
「もう持ってきたわっ」
花梨が後ろを振り向いて指示を出したと同時に、下からゴーニャの声が聞こえて来た。
そのまま視線を足元へ滑らせると、極小サイズの服とタオルが入っている袋を持っているゴーニャがおり、花梨は思わず「早いっ」と嬉々とした声を出す。
「ありがとう。それでは、リストバンドとタオルと服が入っている袋です、ごゆっくりどうぞ」
「ありがとう。二人共、お仕事頑張って」
手渡された袋を両手で受け取った纏は、受付から飛び降り、手をヒラヒラと振りながら奥へ消えていく。
その見知っている客に手を振り返していると、左側から「おっ、やってるっスね!」と聞き慣れた声が耳に入り込んできたので、顔を入り口側に向ける。
すると、受付の前には茨木童子の酒天の姿があり、花梨と顔が合うや否や。ニッと明るい笑みを飛ばしてきた。
「酒天さん! お疲れ様ですっ」
「お疲れっス! いやぁ~、花梨さんの女将姿がどうしても見たくて、現世からすっ飛んできましたよ」
酒天がサラリと言ったものの。現世の意味を知らなかった花梨が、「うつしよ?」と首を傾げながら聞き返す。
「あれ? 知らなかったんスか? 現世というのは、元々花梨さんが、どわぁっ!?」
花梨の様子と仕草で察した酒天が、説明をしようよした直後。入口側から駆けて来た何かと衝突し、奥へとすっ飛んでいく。
目の前から一瞬で消えた酒天の姿を、受付から乗り出して追おうとするも、「花梨ぢゃんっ!!」という鬼気迫る叫び声に体が硬直し、慌てて顔を前に移した。
「ひょ、雹華さん……? お疲れ様、です」
先ほどまで酒天が立っていた場所には、透き通った青い瞳を血走らせている雪女の雹華がおり。全速力で走ってきたのか、過呼吸気味に息を荒げている。
青と赤が入り乱れる瞳で捉えられている中。右手に一眼レフカメラ、左手にビデオカメラを持っていた雹華が、二つのカメラを同時に構えた。
「さあ、始めるわよ! 花梨ちゃんの晴れ舞台の撮影をねぇ!!」
「あの~、雹華さん? 他のお客様にご迷惑になると思うので、撮影はちょっと……」
「少しだけ! ほんのずっとだけだから!!」
「ほんのずっとだけって、結局ずっとじゃないですか……」
暴走状態に突入している雹華のワガママに、花梨が顔中を引きつらせていると、天井にある光源が消えでもしたのか、辺りが急にふっと薄暗くなった。
異変に気づいた花梨が足元に目を向けてみると、どうやら自分の周りだけが何かに光を遮られているようで、今度は天井に顔をやった。
「こんばんはぁ~」
「ふぉぉおおおおーーーっっ!?」
目線のすぐ先には、不気味な笑みをしていろくろ首の首雷の顔が浮かんでいて、その顔を認めた花梨が、断末魔を彷彿させる叫び声を上げる。
花梨の悲鳴と、畏怖し切っている表情に満足したようで。影で闇深くなっている首雷の口角が、更に鋭くつり上がっていく。
「花梨ちゃんったらぁ、毎回良いリアクションをしてくれるわねぇ~。最高よぉ~。今着てるぅ、クロちゃんに昔あげた着物ぉ、とってもよく似合ってるわぁ~」
「あ、あり、ありがががが……」
「あらあら、やってるわねぇ~」
懐かしささえ覚える恐怖に支配されていると、合間を縫って、受付からおっとりとしている新しい声が聞こえてきたので、泳いでいる視線をそちらへ逃がす。
受付の前には首雷の胴体と、その横にふくよかな笑みを浮かべている化け物の釜巳がおり、花梨の恐怖心がほんの少しだけ薄れていった。
「か、釜巳さんまで。お疲れ様です」
花梨の注目が逸れると、首雷の頭が胴体へ戻っていく。頭が完全に戻ると、首雷は七百円を。釜巳は二千百円を受付に置いた。
「これ、私と雹華ちゃんと酒天ちゃんの分ね~。どう、花梨ちゃん。初めての受付は?」
「はい。初めは緊張してましたけど、どのお客様も優しくて、なんとかこなせてます」
「そう、よかった~。それじゃあ、フリーサイズを四つ頂戴~。酒天ちゃ~ん、雹華ちゃんを連れて行ってあげて~」
「イッテテテテ……、了解っス」
釜巳が花梨からフリーサイズの袋を四つ受け取りつつ、奥からのたのたと戻って来た酒天に指示を出す。
その酒天は隙だらけでいる雹華の背後に周り、自慢の怪力で羽交い締めすると、強制的に我に返された雹華が、「なっ!?」と焦りを含んだ声を上げた。
「だ、誰!? 邪魔しないでちょうだい!!」
「お客さんと花梨さん達の邪魔をしちゃダメっスよー。このまま連行するっス」
「しゅ、酒天ちゃん!? 待って! あと千枚だけ!! あと千枚だけでいいから花梨ちゃんを撮ら―――」
手足をばたつかせている雹華が悲痛な懇願をするも、茨木童子の力には到底敵わず、大声を上げながら姿を消していく。
二人の後を追うように、釜巳と首雷も花梨に手を振りつつ奥へ進んで行くと、苦笑いを浮かべて手を振り返していた花梨が、「ふふっ」と微笑んだ。
しかし、今過ぎ去った嵐のような余韻に浸る暇も無く。温泉街に店を構えている妖怪達が、次々に押し寄せて来た。
カマイタチ三兄妹である、辻風、薙風、癒風。河童の流蔵。八咫烏の八吉と神音。ただ花梨の様子を見に来た、木霊一同と朧木。
たまには永秋の露天風呂にでもと、牛鬼の馬之木。花梨が体調を崩して以来、一度も会っていなかった船幽霊の幽船寺。
鬼の青飛車と赤霧山、楓達は来なかったものの。懐かしさを覚える妖怪達が会いに来ては、仕事をしている事を忘れて長々と談笑し、十人十色の背中を見送っていく。
そして、顔合わせに来ただけである酒呑童子の酒羅凶と別れると、隣で呆気に取られながら接客をしていた八葉が、花梨の肩を指でちょんちょんと突っついた。
「花梨さんってば、温泉街の皆さんとすごく仲がいいんですね」
問い掛けに気がついた花梨が、ほがらかな表情を八葉に移し、満足気な笑みを浮かべた。
「楓さん達は来ませんでしたが……。ほとんどのお店のお仕事のお手伝いをしたり、お使いに行ったりしてきましたので、大体の方々とはお知り合いみたいな感じになっています」
「ほとんどの方々とですか!? はぁ~……」
サラリと言い放った花梨の言葉に、八葉は大袈裟に反応し、黒みが深い紫色の瞳を丸くさせる。
そのまま、尊敬と羨ましさが同居している眼差しで花梨を見つめていると、客の出入りがほとんど無くなり、静寂に包まれている入口方面が騒がしくなっていく。
その騒がしさを耳にした八葉が、受付から顔を覗かせて入口方面を見てみると、「あっ」と声を出し、慌てて花梨の肩を叩いた。
「花梨さん、花梨さん! クロさん達が帰ってきましたよ!」
「本当ですか? どれどれ……」
報告を受けた花梨も受付から顔を出し、入口方面を覗いてみる。
そこには、クロと共に昼頃出ていった女天狗、クロに怯えて泣いていた若い女天狗の姿があり、和気あいあいと会話を交わしていた。
一行が受付近くまで来ると、若い女天狗が満面の笑顔をクロに見せ、深々とお辞儀をする。
「クロさん、今日一日本当にありがとうございました! とても楽しかったです!」
「そうか、そりゃよかった。そう言ってくれると、歓迎会を開いた甲斐があるってもんだ。どうだ? 私を怖がる理由なんて何もなかっただろ? もっと砕けた感じで接してくれな」
「はい! 小心者ですが、これからよろしくお願い致します!」
「ああ、こちらこそよろしく。それじゃあお前は明日から二日間休みだから、ゆっくり休んでろよ」
「了解です! 皆さんも今日一日、本当にありがとうございました!」
終始和やかな雰囲気でいる若い女天狗が、クロ以外の女天狗達にも頭を下げると、各々は励ましやおどけた言葉を飛ばし、再び活気に溢れた笑い声を発する。
しばらくしてから全員で歩き出すと、受付を通り過ぎ様にクロが、「すまんみんな、先に行っててくれ」と女天狗達に断りを入れ、花梨達の元へと近づいてきた。
「ようお前ら、お疲れ」
半日振りにクロと再会し、声を掛けられた花梨、ゴーニャ、八葉、夜斬が声を揃え、「お疲れ様です!」と返す。
元気そうでいる四人を認め、安心したような笑みを浮かべたクロが小さく頷き、花梨に温かみのある顔をやった。
「花梨、初めての受付はどうだった?」
「はい! 八葉さんや夜斬さんと仲良くなれましたし、ゴーニャと一緒に仕事が出来たので、とても楽しかったです!」
今日一日の感想を述べ、微笑んだ花梨が「それと」と付け加え、背後で山を成している梱包に手をかざす。
「百々目鬼さんという方から差し入れがありましたよ。他のお客様達からも、山のように頂きました」
「おっ、ついに来たな~。ずっと待ってたんだ。後でお礼を言っておかないとな」
花梨の報告に嬉々とした反応を見せると、次にクロは、八葉に顔を合わせる。
「どうだ八葉、特に問題は無かったか?」
「ええ、大丈夫でした。今日も異常無しです!」
「そうか、それはなによりだ」
敬礼してきた八葉に対し、クロはしっかりと頷いて応えると、奥で屈伸をしている夜斬に顔を向ける。
「夜斬はどうだった?」
「八葉と以下同文です。強いて言えば、温泉街に居る方々が、こぞってなだれ込んで来た事ぐらいですかねー」
「ああ~、やっぱりな」
温泉街に店を構えている妖怪達に、数日前から言いふらしていたせいか。クロは予想通りと言わんばかりに苦笑いをし、花梨の足元に立っているゴーニャに笑みを送る。
「ゴーニャ、楽しかったか?」
「うんっ! 花梨と一緒に仕事ができたし、新しい友達も増えたから、とっても楽しかったわっ!」
「なるほど、よかったじゃないか。次も仲良くしてやってくれな」
「わかったわっ!」
ゴーニャが嬉しそうな笑顔になると、クロも口角を緩く上げて微笑み返す。そして受付に手を添え、話を続けた。
「よし。それじゃあ、もう少ししたら代わりの奴らが来るから、来たら交代して各自上がってくれ」
クロの仕事の終わり告げる言葉に、八葉、夜斬、ゴーニャが個性ある返答をするも、花梨だけは何も言わず、クロに顔を寄せていく。
そのまま耳元まで寄せると、隣に居る八葉にも聞こえないような小声で、静かに喋り出した。
「クロさん、今日はいつまで起きてますか?」
「今日か? 二時ぐらいまでは起きてると思うぞ」
「分かりました。……あの、一時頃にクロさんの部屋に行ってもいいですか?」
「ああ、いいぞ。何しに来るんだ?」
「それは……、その時に言います」
「……んー、そうか。まあいい、待ってるぞ」
「すみません、ありがとうございます」
全員が居る前で密談を済ませると、クロは何事もなかったように「それじゃあみんな、今日もお疲れ。ゆっくり休めよ」と言い残し、受付から離れていく。
真夜中に会う約束をした花梨は、外で待機している女天狗達にも、手を振って労っているクロの背中を、楽しみと不安に満ちた眼差しで見送っていた。
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異世界でようやく平和な日常を掴んだが、今度は地球へ戻る事に。隕石落下で大混乱中の地球でも相変わらず呑気に頑張るおじさんの日常。「大丈夫、俺、ラッキーだから」
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月@2025/11月新刊発売予定!
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旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
《作者からのお知らせ!》
※2025/11月中旬、 辺境領主の3巻が刊行となります。
今回は3巻はほぼ全編を書き下ろしとなっています。
【貧乏貴族の領地の話や魔導車オーディションなど、】連載にはないストーリーが盛りだくさん!
※また加筆によって新しい展開になったことに伴い、今まで投稿サイトに連載していた続話は、全て取り下げさせていただきます。何卒よろしくお願いいたします。
捨てられた貴族六男、ハズレギフト『家電量販店』で僻地を悠々開拓する。~魔改造し放題の家電を使って、廃れた土地で建国目指します~
荒井竜馬@書籍発売中
ファンタジー
ある日、主人公は前世の記憶を思いだし、自分が転生者であることに気がつく。転生先は、悪役貴族と名高いアストロメア家の六男だった。しかし、メビウスは前世でアニメやラノベに触れていたので、悪役転生した場合の身の振り方を知っていた。『悪役転生ものということは、死ぬ気で努力すれば最強になれるパターンだ!』そう考えて死ぬ気で努力をするが、チート級の力を身につけることができなかった。
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『死地』と呼ばれる何もない場所で、メビウスは『家電量販店』のスキルを使って生き延びることを決意する。
しかし、そこでメビウスは自分のギフトが『死地』で生きていくのに適していたことに気がつく。
家電を自在に魔改造して『家電量販店』で過ごしていくうちに、メビウスは周りから天才発明家として扱われ、やがて小国の長として建国を目指すことになるのだった。
メビウスは知るはずがなかった。いずれ、自分が『機械仕掛けの大魔導士』と呼ばれ存在になるなんて。
努力しても最強になれず、追放先に師範も元冒険者メイドもついてこず、領地どころかどの国も管理していない僻地に捨てられる……そんな踏んだり蹴ったりから始まる領地(国家)経営物語。
『ノベマ! 異世界ファンタジー:8位(2025/04/22)』
※別サイトにも掲載しています。
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