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★73話-5、湧いてきてはいけない怒り
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「またそれか!」
迫り来る大量のツララを認めると、駆け出した鵺は拳を下へ振り抜き、大通りを埋め尽くす程の黒煙にまみれた空間を作り出す。
「ふふんっ。同じ手は通用しねえって言った……、ゲッ!?」
これでツララを防いだと思いきや。形は崩壊しつつあるものの、ツララは黒煙の空間をすり抜けてきて、ばつが悪そうな声を上げる鵺。
しかし、数はそれなりに減っているようで。拳で確実に粉砕していき、自分が作り出した黒煙の空間に突入していく。
空間の先に居る雹華には、こちらの様子が見えていないが。鵺には、まるで黒煙が初めから無かったかのように視界が晴れていて、外に居る雹華の姿をしっかりと捉えていた。
「野郎、次は氷の斬撃か」
黒煙の空間を走り抜けている中。雹華の行動を窺っていると、右手に生成した新たな氷の剣を乱舞しており、無数の斬撃が向かって来ている。
先のツララの硬度からして、更に硬くなっていると予想した鵺は、的外れな方向を飛んでいる斬撃にかかと落としを放つ。
すると斬撃にはヒビすら入らず、金属音に近い音を立たせながら地面に落ち、黒煙が少しずつ浸透して、形をグズグズに崩していった。
「かってえ~……。マトモに食らったら一撃で真っ二つだなあ、こりゃ」
あまりの硬度に足が痺れてしまい、思わず顔を歪めた鵺が、一旦そこで歩みを止める。
正面から襲い来る斬撃を全て躱すと、雹華はターゲットを空中に居るクロに変え、斬撃とツララを同時に放っていく。
が、クロは攻撃に転じず漆黒の盾を出すか、氷の斬撃に風の斬撃で相殺するのみで、『黒春』を出すタイミングだけに集中していた。
「あの風もやべえなあ。盾とかすっげえ薄いのに、全部削っちまってらあ」
二人の戦いを冷静に眺め、クロと己の力の差を改めて感じてしまい、やや落胆した愚痴をこぼす。
「私もなんか飛び道具が欲しいなあ。……固めた黒煙でも飛ばすか?」
現在、近接格闘でしか戦う術を持っていなく、下手に雹華へ近寄れないと悟ると、即興で飛び道具を作るべく思案をする。
そして、軽く考えた結果。触れるほど固く圧縮させた黒煙をぶん殴り、それを雹華に向けて飛ばす事にした。
「直接防がれたとしても、触れちまえば病に侵される。たとえ避けられたとしても、その瞬間に圧縮を解いて辺りにばらまけば、結果は同じ……。お、いいなこれ。最強じゃね?」
不確かな予測に手応えを感じると、鵺はいやらしくニタリと笑う。早速実行する為に、辺りを漂っている黒煙を目の前に集め、限界まで圧縮していく。
鵺が集めている黒煙の病は、触れた瞬間に約四十℃以上の高熱に侵される物だけにしてあり、他の症状は一切無い。
その特製の黒煙をサッカーボール大にまで圧縮すると、鵺は拳を後ろに大きく振りかぶり、腕を三回回した後。的である雹華に狙いを定めた。
「オラァ! ぶっ飛んでけえ!」
圧縮させた黒煙を意気揚々にぶん殴ると、ひしゃげ切った黒煙のボールはボッと音を立たせ、風を切りながら雹華を目指して飛んでいく。
楕円の形を保ったまま外へ出た直後、雹華は黒煙のボールの横目で視認。クロに斬撃を放ちつつ指招きをし、分厚い氷の壁を三枚生成した。
「甘えぜ、雹華」
予想通りの展開に鵺が楽し気に呟くと、黒煙のボールが氷壁に着弾する前に圧縮を解除。
楕円形だった黒煙のボールは、勢いを殺さぬまま煙状に戻り、一部は氷壁にぶつかり下へ流れていくも、残りは壁の上を伝い、雹華に迫っていった。
そこまでは予想していなかったのか。雹華は短い舌打ちをしてから黒煙と距離を取り、身の安全を確保しすると、左手を地面に付けて氷柱を生成。
その氷柱に飛び乗り、更に十メートルほど伸ばすと、永秋がある方面に手の平をかざした。
「鵺ちゃん。これを避けると、永秋が跡形もなく無くなっちゃうわよ?」
「は? ……あっ」
脅迫染みた警告に嫌な予感がした鵺は、慌てて両拳を前に構える。が、次に来る攻撃を目にした途端、鵺は背筋に強烈な悪寒を走らせ、構えたばかりの両拳をダランを垂らした。
鵺にとって、絶望とも取れる視線の先。全長二十メートルはあろう巨大な氷弓に装着されているのは、大型で先端が鋭く尖った、鵺の唯一の弱点である『尖り矢』であった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「……あれは、尖り矢?」
空から一部始終を眺めていたクロが、雹華が生成した巨大な氷弓と弓矢を認め、旋回させていた体を止めた。
「あいつ、鵺を本気で殺すつもりか!?」
直後。永秋を的に見立てていた尖り矢が放たれ、触れていない地面を風圧で抉りつつ、白い壁を幾重にも突破しながら飛んでいく。
しかし、クロも遅れを取らまいとテングノウチワを振り抜いており。鵺が発生させた黒煙の空間の前に、万物を拒絶しそうなほど闇が深い、暴力的な漆黒の壁が出現。
その漆黒の壁に尖り矢が接触すると、氷の矢じりからダイヤモンドダストの様にきめ細かく削れていき、水色の煌きと化して消えていく。
ほぼ同時。黒煙の空間が力を無くしたように霧散していき、晴れた景色の中。尻餅をつき、涙目になりながら全身を小刻みに震わせている鵺が現れた。
「まずい、完全に戦意喪失してやがる。鵺! 大丈夫―――」
初代が打ち取られた尖り矢を目の当たりにしたせいで、未曽有の恐怖に駆られている鵺に、慌てて近づこうとする最中。視界スレスレに氷の斬撃が横切り、体勢を崩すクロ。
すかさず体勢を立て直し、雹華に顔を移して状況を把握しつつ、鵺の元へ飛び出していく。しかし、雹華は鵺に近づけさせまいと、三十を超える氷の斬撃で猛追。
その斬撃群を横目で目視したクロは、振り払うかの様にテングノウチワを振り抜き、幅が広い漆黒の旋風で応援。
自分に向かって来る斬撃だけを対処し、明後日の方向へ飛んでいく斬撃を無視したクロは、潤んだ真紅の瞳を泳がせている鵺の真横に着地した。
「おい、鵺! 大丈夫か!?」
「あ、ああっ……、嫌だ……。死にたく、ない……」
声を掛けようとも、尖り矢という絶望に囚われたままの鵺は、ただ一点だけを見据えているだけで、クロの問い掛けに気付いてすらいない。
そんな弱り果てている鵺に、クロは一瞬雹華に横目を流してから、鵺の両肩に手を置き、体を大きく揺すり出した。
「鵺、鵺っ! しっかりしろ!」
「……ハッ!? く、クロ……?」
必死に問い掛けが鵺に届いたのか。正気を取り戻した鵺が、今にも涙が零れそうな瞳をクロに合わせ、握られている肩をストンと落とした。
「あ、ああ……。だ、大丈夫だ。すまねえ、みっともねえ所を見せちまって」
「そうか、よかった……」
ようやく自分の存在に気付いてくれた鵺に、クロは安堵のため息をつくも、緩んだ奥歯を噛み締め、ギリッと音を立たせた。
そのまま頭を垂らすと、ああ、体の奥底がチリチリと熱くなってきた。今の私は、間違いなく怒り始めてる。そりゃそうだ。鵺が殺されそうになったんだ、怒らない方がおかしい。と、己の心境を分析し出す。
更に、しかし駄目だ。怒るんじゃない、私。冷静さを欠いたら終わりだ。鵺を殺そうしたのは、雹華じゃない。満月の光だ。頭で理解しろ! と、自問自答を繰り返して怒りを黙らせていった。
「あの野郎、なりふり構わなくなってきたな」
「ああ。今の攻撃には、お前を殺そうという明確な殺意があった。そろそろ私達も―――」
「いや、それだけじゃねえ……」
先の攻撃は、鵺だけを狙っていた物だと思っていたのか。状況を把握し切れていないクロの言葉を遮ると、鵺は奥歯を噛み締め、雹華にガンを飛ばす。
クロの肩に手を置いて立ち上がると、恐怖から怒りの感情で上塗りされた手を握り締めた。
「おい、てめえ。今、私と一緒に永秋までぶっ壊そうとしただろ?」
わなわなと震えている鵺の問い掛けに、雹華は口角を妖しく上げ、クスリと笑う。
「そうよ。どうせ永秋には、ぬらりひょん様や花梨ちゃん達も居るんでしょう?」
そう弾んだ口調で語り出した雹華は、雪原を彷彿とさせる純白の頬を淡く火照らし、歪んだ女々しい眼差しを鵺へ送る。
「鵺ちゃんと一緒に殺っちゃおうかな~って思いながら、尖り矢を放ってやったわあ」
普段の雹華であれば、微塵も考えないであろう言葉を易々と放ち、それを聞いてしまったクロが動揺してしまい、目を見開いていく。
真実を知ったクロは、なんだと? 鵺だけじゃなくて、永秋まで狙ってたのか? 雹華の奴、花梨達までも殺そうとしてたのか? と、考えた矢先。
「っざっけんじゃねぇええーーーッッ!!」
再び湧いてきた怒りすら吹き飛ばす鵺の怒号に、虚を突かれたクロの体が小さく波を打つ。
慌てて鵺を視界に入れると、鵺は炎の揺らめきに似た黒煙を全身に纏っていて、殺意を露にさせた表情を浮かべていた。
「てんめえ!! 今確かに、ぬらさんと花梨を殺すっつったよなあ!?」
怒髪天を衝く、クロの怒りとはまるで比べ物にならない憤怒の叫びに、クロさえも畏怖し、身を凍らせる。
しかしクロは、危ない、また怒りそうになってた。けど、今度は鵺が我を失っちまった。このまま戦闘に入ったとしても、雹華に負ける可能性がある。と冷静に判断し、二人のやり取りを差し置き、挑発を繰り返している雹華に目をやる。
そのまま思案を続けると、なら、鵺の正気を取り戻すのが先決だ。すまん雹華。お前に一回だけ、鵺以上の殺意を向けるぞ。と心の中で詫びを入れ、静かに上空へ飛び立つ。
二人を視界に入れながら雹華の頭上まで来ると、クロは息を大きく吸い込み、吸った以上に吐き出す。そして、持っていたテングノウチワを、高々と掲げた。
「雹華、上を向け」
「えっ―――」
突如として湧いてきた、全身を切り裂く鋭い殺意を空から感じ取った雹華が、悦に浸っている顔を仰いだ直後。視界に入ったのはクロの姿ではなく、一寸先すら拝めない漆黒の闇。
その闇深い風が鼻先を掠める前に分断し、音も無く地面に衝突すると、爆発音に似た轟音が遅れて耳を劈き、同時に激しい振動が雹華を襲う。
体を揺さぶる振動は十秒ほど続き、周りを囲っていた闇が糸を引くように晴れていくと、辺りの景色が薄っすらと色付いていった。
「……はっ? なに、これ?」
振動が収まり、晴れた視界の景色を認めた雹華が、唖然とした声を絞り出す。
己が立っている部分を中心として、その周りから半径五メートルほどの地面が全て無くなっており、点となっている瞳を下へ向ける。
そこには、深さ十メートル以上はあろう陥没した地面があり、何が起きたのか未だに理解していない雹華は、ただひたすらに呆然としていた。
「雹華。今、ぬらりひょん様と花梨を殺すと言ったよな?」
不快な耳鳴りが止まないでいる中。途切れ途切れなクロの言葉を耳にした雹華が、ゆっくりと空を見上げていく。
夜空で滞空しているクロに顔を合わせると、クロは暴風の殺意を含んだ黒目で、雹華を見下げていた。
「冗談でも口にするんじゃない。もし次言ったら、魂ごと霧状まで切り刻むぞ?」
「お、おいクロ。『黒風』だけは、ぜってえ使うんじゃねえぞ?」
先の凶悪な攻撃で正気を取り戻し、立場が逆転して慄いていた鵺が、クロに念を押した警告を挟む。
が、黒風と聞いて興味を抱いてしまったようで。落ち着きを取り戻した雹華が、指をパチンと鳴らし、消滅した地面を氷で埋めていった。
「そういえば黒四季ちゃんのそれ。聞いた事はあるけど、実際に見た事がないわね。どうせ、ほら話なんでしょ?」
「雹華、もう黙れ。それ以上の挑発はマジでやめろ」
雹華を殺しかねなかったクロの攻撃に、クロの心境を察してしまった鵺は、本当に放ちかねないと危惧して精一杯の説得を試みるも虚しく、雹華は薄ら笑いを見せつける。
「ねえ、見せてちょうだいよ。当たる物を全て飲み込むっていう、黒風ってやつを」
「お前がそんなに死にたがりだったとはな、残念だよ。なら、お望み通り見せて―――」
「やめろっつってんだろうがあ!」
黒風に浸食され、温泉街の完全なる消滅の未来を想像してしまった鵺が吠え、二人の行動を制止するべく、目先に圧縮した黒煙を作り出す。
そして、その黒煙を力いっぱいぶん殴り、嘲笑している雹華に向けて飛ばしていった。。
迫り来る大量のツララを認めると、駆け出した鵺は拳を下へ振り抜き、大通りを埋め尽くす程の黒煙にまみれた空間を作り出す。
「ふふんっ。同じ手は通用しねえって言った……、ゲッ!?」
これでツララを防いだと思いきや。形は崩壊しつつあるものの、ツララは黒煙の空間をすり抜けてきて、ばつが悪そうな声を上げる鵺。
しかし、数はそれなりに減っているようで。拳で確実に粉砕していき、自分が作り出した黒煙の空間に突入していく。
空間の先に居る雹華には、こちらの様子が見えていないが。鵺には、まるで黒煙が初めから無かったかのように視界が晴れていて、外に居る雹華の姿をしっかりと捉えていた。
「野郎、次は氷の斬撃か」
黒煙の空間を走り抜けている中。雹華の行動を窺っていると、右手に生成した新たな氷の剣を乱舞しており、無数の斬撃が向かって来ている。
先のツララの硬度からして、更に硬くなっていると予想した鵺は、的外れな方向を飛んでいる斬撃にかかと落としを放つ。
すると斬撃にはヒビすら入らず、金属音に近い音を立たせながら地面に落ち、黒煙が少しずつ浸透して、形をグズグズに崩していった。
「かってえ~……。マトモに食らったら一撃で真っ二つだなあ、こりゃ」
あまりの硬度に足が痺れてしまい、思わず顔を歪めた鵺が、一旦そこで歩みを止める。
正面から襲い来る斬撃を全て躱すと、雹華はターゲットを空中に居るクロに変え、斬撃とツララを同時に放っていく。
が、クロは攻撃に転じず漆黒の盾を出すか、氷の斬撃に風の斬撃で相殺するのみで、『黒春』を出すタイミングだけに集中していた。
「あの風もやべえなあ。盾とかすっげえ薄いのに、全部削っちまってらあ」
二人の戦いを冷静に眺め、クロと己の力の差を改めて感じてしまい、やや落胆した愚痴をこぼす。
「私もなんか飛び道具が欲しいなあ。……固めた黒煙でも飛ばすか?」
現在、近接格闘でしか戦う術を持っていなく、下手に雹華へ近寄れないと悟ると、即興で飛び道具を作るべく思案をする。
そして、軽く考えた結果。触れるほど固く圧縮させた黒煙をぶん殴り、それを雹華に向けて飛ばす事にした。
「直接防がれたとしても、触れちまえば病に侵される。たとえ避けられたとしても、その瞬間に圧縮を解いて辺りにばらまけば、結果は同じ……。お、いいなこれ。最強じゃね?」
不確かな予測に手応えを感じると、鵺はいやらしくニタリと笑う。早速実行する為に、辺りを漂っている黒煙を目の前に集め、限界まで圧縮していく。
鵺が集めている黒煙の病は、触れた瞬間に約四十℃以上の高熱に侵される物だけにしてあり、他の症状は一切無い。
その特製の黒煙をサッカーボール大にまで圧縮すると、鵺は拳を後ろに大きく振りかぶり、腕を三回回した後。的である雹華に狙いを定めた。
「オラァ! ぶっ飛んでけえ!」
圧縮させた黒煙を意気揚々にぶん殴ると、ひしゃげ切った黒煙のボールはボッと音を立たせ、風を切りながら雹華を目指して飛んでいく。
楕円の形を保ったまま外へ出た直後、雹華は黒煙のボールの横目で視認。クロに斬撃を放ちつつ指招きをし、分厚い氷の壁を三枚生成した。
「甘えぜ、雹華」
予想通りの展開に鵺が楽し気に呟くと、黒煙のボールが氷壁に着弾する前に圧縮を解除。
楕円形だった黒煙のボールは、勢いを殺さぬまま煙状に戻り、一部は氷壁にぶつかり下へ流れていくも、残りは壁の上を伝い、雹華に迫っていった。
そこまでは予想していなかったのか。雹華は短い舌打ちをしてから黒煙と距離を取り、身の安全を確保しすると、左手を地面に付けて氷柱を生成。
その氷柱に飛び乗り、更に十メートルほど伸ばすと、永秋がある方面に手の平をかざした。
「鵺ちゃん。これを避けると、永秋が跡形もなく無くなっちゃうわよ?」
「は? ……あっ」
脅迫染みた警告に嫌な予感がした鵺は、慌てて両拳を前に構える。が、次に来る攻撃を目にした途端、鵺は背筋に強烈な悪寒を走らせ、構えたばかりの両拳をダランを垂らした。
鵺にとって、絶望とも取れる視線の先。全長二十メートルはあろう巨大な氷弓に装着されているのは、大型で先端が鋭く尖った、鵺の唯一の弱点である『尖り矢』であった。
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「……あれは、尖り矢?」
空から一部始終を眺めていたクロが、雹華が生成した巨大な氷弓と弓矢を認め、旋回させていた体を止めた。
「あいつ、鵺を本気で殺すつもりか!?」
直後。永秋を的に見立てていた尖り矢が放たれ、触れていない地面を風圧で抉りつつ、白い壁を幾重にも突破しながら飛んでいく。
しかし、クロも遅れを取らまいとテングノウチワを振り抜いており。鵺が発生させた黒煙の空間の前に、万物を拒絶しそうなほど闇が深い、暴力的な漆黒の壁が出現。
その漆黒の壁に尖り矢が接触すると、氷の矢じりからダイヤモンドダストの様にきめ細かく削れていき、水色の煌きと化して消えていく。
ほぼ同時。黒煙の空間が力を無くしたように霧散していき、晴れた景色の中。尻餅をつき、涙目になりながら全身を小刻みに震わせている鵺が現れた。
「まずい、完全に戦意喪失してやがる。鵺! 大丈夫―――」
初代が打ち取られた尖り矢を目の当たりにしたせいで、未曽有の恐怖に駆られている鵺に、慌てて近づこうとする最中。視界スレスレに氷の斬撃が横切り、体勢を崩すクロ。
すかさず体勢を立て直し、雹華に顔を移して状況を把握しつつ、鵺の元へ飛び出していく。しかし、雹華は鵺に近づけさせまいと、三十を超える氷の斬撃で猛追。
その斬撃群を横目で目視したクロは、振り払うかの様にテングノウチワを振り抜き、幅が広い漆黒の旋風で応援。
自分に向かって来る斬撃だけを対処し、明後日の方向へ飛んでいく斬撃を無視したクロは、潤んだ真紅の瞳を泳がせている鵺の真横に着地した。
「おい、鵺! 大丈夫か!?」
「あ、ああっ……、嫌だ……。死にたく、ない……」
声を掛けようとも、尖り矢という絶望に囚われたままの鵺は、ただ一点だけを見据えているだけで、クロの問い掛けに気付いてすらいない。
そんな弱り果てている鵺に、クロは一瞬雹華に横目を流してから、鵺の両肩に手を置き、体を大きく揺すり出した。
「鵺、鵺っ! しっかりしろ!」
「……ハッ!? く、クロ……?」
必死に問い掛けが鵺に届いたのか。正気を取り戻した鵺が、今にも涙が零れそうな瞳をクロに合わせ、握られている肩をストンと落とした。
「あ、ああ……。だ、大丈夫だ。すまねえ、みっともねえ所を見せちまって」
「そうか、よかった……」
ようやく自分の存在に気付いてくれた鵺に、クロは安堵のため息をつくも、緩んだ奥歯を噛み締め、ギリッと音を立たせた。
そのまま頭を垂らすと、ああ、体の奥底がチリチリと熱くなってきた。今の私は、間違いなく怒り始めてる。そりゃそうだ。鵺が殺されそうになったんだ、怒らない方がおかしい。と、己の心境を分析し出す。
更に、しかし駄目だ。怒るんじゃない、私。冷静さを欠いたら終わりだ。鵺を殺そうしたのは、雹華じゃない。満月の光だ。頭で理解しろ! と、自問自答を繰り返して怒りを黙らせていった。
「あの野郎、なりふり構わなくなってきたな」
「ああ。今の攻撃には、お前を殺そうという明確な殺意があった。そろそろ私達も―――」
「いや、それだけじゃねえ……」
先の攻撃は、鵺だけを狙っていた物だと思っていたのか。状況を把握し切れていないクロの言葉を遮ると、鵺は奥歯を噛み締め、雹華にガンを飛ばす。
クロの肩に手を置いて立ち上がると、恐怖から怒りの感情で上塗りされた手を握り締めた。
「おい、てめえ。今、私と一緒に永秋までぶっ壊そうとしただろ?」
わなわなと震えている鵺の問い掛けに、雹華は口角を妖しく上げ、クスリと笑う。
「そうよ。どうせ永秋には、ぬらりひょん様や花梨ちゃん達も居るんでしょう?」
そう弾んだ口調で語り出した雹華は、雪原を彷彿とさせる純白の頬を淡く火照らし、歪んだ女々しい眼差しを鵺へ送る。
「鵺ちゃんと一緒に殺っちゃおうかな~って思いながら、尖り矢を放ってやったわあ」
普段の雹華であれば、微塵も考えないであろう言葉を易々と放ち、それを聞いてしまったクロが動揺してしまい、目を見開いていく。
真実を知ったクロは、なんだと? 鵺だけじゃなくて、永秋まで狙ってたのか? 雹華の奴、花梨達までも殺そうとしてたのか? と、考えた矢先。
「っざっけんじゃねぇええーーーッッ!!」
再び湧いてきた怒りすら吹き飛ばす鵺の怒号に、虚を突かれたクロの体が小さく波を打つ。
慌てて鵺を視界に入れると、鵺は炎の揺らめきに似た黒煙を全身に纏っていて、殺意を露にさせた表情を浮かべていた。
「てんめえ!! 今確かに、ぬらさんと花梨を殺すっつったよなあ!?」
怒髪天を衝く、クロの怒りとはまるで比べ物にならない憤怒の叫びに、クロさえも畏怖し、身を凍らせる。
しかしクロは、危ない、また怒りそうになってた。けど、今度は鵺が我を失っちまった。このまま戦闘に入ったとしても、雹華に負ける可能性がある。と冷静に判断し、二人のやり取りを差し置き、挑発を繰り返している雹華に目をやる。
そのまま思案を続けると、なら、鵺の正気を取り戻すのが先決だ。すまん雹華。お前に一回だけ、鵺以上の殺意を向けるぞ。と心の中で詫びを入れ、静かに上空へ飛び立つ。
二人を視界に入れながら雹華の頭上まで来ると、クロは息を大きく吸い込み、吸った以上に吐き出す。そして、持っていたテングノウチワを、高々と掲げた。
「雹華、上を向け」
「えっ―――」
突如として湧いてきた、全身を切り裂く鋭い殺意を空から感じ取った雹華が、悦に浸っている顔を仰いだ直後。視界に入ったのはクロの姿ではなく、一寸先すら拝めない漆黒の闇。
その闇深い風が鼻先を掠める前に分断し、音も無く地面に衝突すると、爆発音に似た轟音が遅れて耳を劈き、同時に激しい振動が雹華を襲う。
体を揺さぶる振動は十秒ほど続き、周りを囲っていた闇が糸を引くように晴れていくと、辺りの景色が薄っすらと色付いていった。
「……はっ? なに、これ?」
振動が収まり、晴れた視界の景色を認めた雹華が、唖然とした声を絞り出す。
己が立っている部分を中心として、その周りから半径五メートルほどの地面が全て無くなっており、点となっている瞳を下へ向ける。
そこには、深さ十メートル以上はあろう陥没した地面があり、何が起きたのか未だに理解していない雹華は、ただひたすらに呆然としていた。
「雹華。今、ぬらりひょん様と花梨を殺すと言ったよな?」
不快な耳鳴りが止まないでいる中。途切れ途切れなクロの言葉を耳にした雹華が、ゆっくりと空を見上げていく。
夜空で滞空しているクロに顔を合わせると、クロは暴風の殺意を含んだ黒目で、雹華を見下げていた。
「冗談でも口にするんじゃない。もし次言ったら、魂ごと霧状まで切り刻むぞ?」
「お、おいクロ。『黒風』だけは、ぜってえ使うんじゃねえぞ?」
先の凶悪な攻撃で正気を取り戻し、立場が逆転して慄いていた鵺が、クロに念を押した警告を挟む。
が、黒風と聞いて興味を抱いてしまったようで。落ち着きを取り戻した雹華が、指をパチンと鳴らし、消滅した地面を氷で埋めていった。
「そういえば黒四季ちゃんのそれ。聞いた事はあるけど、実際に見た事がないわね。どうせ、ほら話なんでしょ?」
「雹華、もう黙れ。それ以上の挑発はマジでやめろ」
雹華を殺しかねなかったクロの攻撃に、クロの心境を察してしまった鵺は、本当に放ちかねないと危惧して精一杯の説得を試みるも虚しく、雹華は薄ら笑いを見せつける。
「ねえ、見せてちょうだいよ。当たる物を全て飲み込むっていう、黒風ってやつを」
「お前がそんなに死にたがりだったとはな、残念だよ。なら、お望み通り見せて―――」
「やめろっつってんだろうがあ!」
黒風に浸食され、温泉街の完全なる消滅の未来を想像してしまった鵺が吠え、二人の行動を制止するべく、目先に圧縮した黒煙を作り出す。
そして、その黒煙を力いっぱいぶん殴り、嘲笑している雹華に向けて飛ばしていった。。
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