261 / 402
75話-9、一抹の不安と、現世と隠世について
しおりを挟む
「後はオーブンに天板を入れて、焼けば完成よ」
「ほ~、案外簡単じゃねえか。しかし……」
先生となった翡翠から、クッキーの作り方を手取り足取り教えてもらい。難なく作り終える事が出来た紅柘榴が、背後にずっと居た花梨達に体を向ける。
「俺が用意した材料なら大体のもんは作れると思ってたけど、全然足りなかったみてえだな。わりぃわりぃ」
「あっははは……。私も最初は、材料を見てビックリしちゃいました」
「そうよ紅柘榴。最低でも、卵と牛乳は必要なんだからね。お菓子作りにはメレンゲが大事なのよ、メレンゲが」
ここぞとばかりに翡翠が割って入ると、花梨から教えてもらった知識をそのまま披露し、人差し指を立てて得意気に語る。
が、紅柘榴は初めて聞く単語だったようで。いまいちピンと来ておらず、難しい顔をして後頭部をガシガシと掻いた。
「なんだ、メレンゲって?」
「卵の卵白を泡立てた物よ。色んなお菓子に使うから、紅柘榴もしっかり覚えておいてね。……でしたよね、花梨さん?」
紅柘榴がここへ来る前に、花梨から菓子作りのイロハを教えてもらったものの。やや確信を持てていない様子の翡翠が、おもむろに問い直す。
「合ってますよ。メレンゲを使うのは、主にパンケーキとかスフレケーキ。フォンダンショコラやテリーヌ。お菓子じゃないですけど、メレンゲでオムレツを作ると、ふわっふわになるんですよねぇ~」
最初は菓子について説明をしていたが、途中から話が脱線し、内容がお菓子から主食へと移行していく。
パンケーキは先ほどの勉強会で軽く触れていたが、残りのお菓子名には一切触れておらず。とりあえず『合ってますよ』だけを聞き取った翡翠は、ほっと肩を撫で下ろした。
「メレンゲねえ。今度現世に行った時、スーパーで購入してくっかなあ」
「そういや紅柘榴って、どの歪みから現世に行ってるんスか?」
現世に行ける歪みの在り処を、秋国にある物しか知らない酒天が、おもむろに質問を投げ掛ける。
「ん? 近くの洞穴に、歪みが一つあってよ。人気が無い森の中にある泉に出るから、かなり気軽に行けるんだぜ」
「へえ~、この近くにもあるんスね。その森から熊童子のバーまで、どのくらいで行けるんスか?」
「あ~、徒歩で十分ぐらいか?」
「近っ! な、なら、『秋国』は知ってるスか?」
声を急に上げた酒天の質問攻めに対し、紅柘榴は目を丸くさせつつも、「ああ、行った事もあるぜ」とあっけらかんと答えた。
「あるんスか!? なら話は早いっス! その秋国に、居酒屋浴び呑みっていう店があるんスけど、あたし、そこで働いてるんスよ」
「マァジか!? っか~! たまに莱鈴さんのとこに行ってんだが、知らなかったぜ。勿体ねえ事してたなあ。行く行く! 明日から頻繁に行くぜ! それに……」
会話に花が乱れ咲き、酒天に固い約束を交わした紅柘榴が、二人の会話を目で追っていた花梨に顔を移す。
「秋風、あんたも秋国にいんだろ?」
「はい、居ますよ」
「なら翡翠も一緒に連れて行くから、そこでも菓子の作り方を教えてくれよ。暇な時で構わねえからさ」
「あっ、いいですね! 是非お待ちしてます!」
紅柘榴のやる気を垣間見せる提案に、花梨は喜々と賛同もするも、「でも」と付け加え、酒天に気になっている顔を合わせる。
「前に永秋でも言ってましたけど、現世って一体なんなんですか?」
「現世って言うのは、簡単に言うと現世っスね。花梨さんが元々住んでる世界の事を指すっス」
「現世? えっと、それじゃあ秋国とか、ここは現世じゃないんですか?」
「そうっス。こっちは隠世という世界でして……。なんて言えばいいっスかねえ~」
ばつが悪そうに言葉を濁した酒天が、表情を曇らせ、獣のそれに近い金色の瞳を天井へ逃がした。
「ぶっちゃけると、死後の世界だ。流石に黄泉は知ってんだろ? その黄泉も、この世界のどっかにあんのさ」
「死後の、世界……?」
にかわに信じ難い紅柘榴の説明に、花梨は眉間に深いシワを寄せ、酒天と紅柘榴の顔を高速で見返していく。
「それじゃあ、私……。死んじゃってるって、こと?」
「いやいや! ちゃんと生きてるっスよ! 花梨さん、何度か現世に戻った事があるじゃないっスか!」
「あっ、そう言われてみれば……」
花梨が予想通りと言わんばかりの反応を示したせいで、酒天は安心させるよう慌てて説明を挟み、ほっとため息をつく。
「それに、秋国がある隠世は、現世に限りなく近い隠世でして。ちょっとした条件を満たせば、誰でも気軽に来れるんスよ」
「ちょっとした条件、ですか。例えば、どんな条件があるんですかね?」
「例えば~……。霊感がある人とかっスね。花梨さん、あたしの代わりに、駅事務室の見張り番をしてくれた事があったじゃないっスか?」
「はい、ありますね」
「その駅事務室と扉の先にある駅が、ちょうど現世と隠世の境目でして。扉の前に隠世へ通ずる歪みっていうのがあるんス。で、その扉は普通の人間には見えないんスが、霊感がある人だと見えちゃうので、中に入って来れるって訳っス」
「へぇ~。私が見張り番をやった時に、人間の女の子が入ってきちゃったんですけど、その子には霊感があったから、駅事務室に入って来れた訳なんですね」
「んげっ、そんな事があったんスか……?」
最早、懐かしささえ覚える花梨の災難に、酒天はお気の毒にと言いたげな表情をすると、花梨は「えへへへ……」と苦笑いをした。
「た、確かに……。子供には霊感があるって聞きますから、もしかしたらそうかもしれないっスね」
「なるほど……。しかし、隠世かぁ」
物思いにふけるようにか細く呟き、握った手を口元に添え、視線を右にズラす花梨。
今まで現世と隠世については一切知らず、現世よりも隠世の雰囲気や空気に懐かしさを覚えており、我が家に帰ってきた気分にさえなっていた。
そんな自分と向き合いつつ、初めて秋国に来た時、どこか懐かしさを感じたけど……。あの感じは、一体なんだったんだろ? と一人頭を悩ませていく。
「花梨さん? 急に黙り込みましたけど、どうかしたんスか?」
「う~ん、こんな事を言ったら変に思われるかもしれないんですけど……。私、初めて秋国へ来た時、懐かしさを感じたんですよね」
「へっ? 懐かしさ……、っスか?」
「はい。それに現世から隠世に帰って来た時にも、こっちの方が我が家に帰って来た感があったというか……。元々私、隠世の方が肌に合ってるのかなぁ? 酒天さん、これっておかしいですよね?」
「あ、あ~、その~……。な、なんて言うんスかねえ?」
『あなたは隠世で産まれました』だなんて、今は口が裂けても言えるはずもなく。正直者な酒天は焦りに焦り、言い訳すら思いつかず。金色の瞳を泳がせては、ぎごちない愛想笑いで誤魔化していく。
なにか起死回生の話題はないかと、焦りが渦巻く頭の中で霞んだ思考を混ぜ込み、顔を歪ませる酒天。
そして、頭から煙が出んばかりにパンクしている中。酒天は一つの打開策を見出し、「あっ!」とわざとらしく声を上げた。
「か、花梨さん! 永秋でぬらりひょん様に、味がどうとか聞いてたじゃないっスか! 今目の前に、本物の人魚が居るので聞いてみたらどうっスか!?」
「えっ? 人魚さんにあの質問をするのは、何かとまずいんじゃないですかね?」
「あ、えあっ……。じゃ、じゃあ、あたしが聞いてみるっス!」
話題を強引に切り替える事に必死で、後先なぞ度外視している酒天が、早足で二人の元へ歩み、紅柘榴の両肩を鷲掴む。
「紅柘榴! 人魚の肉って、どんな味がするんスか!?」
「は? 味?」
「そうっス! 教えてほしいっス!!」
「突然そう叫ばれてもなあ。味、ねえ……」
酒天の鬼気迫る圧が強い質問に、紅柘榴は臆する事無く視線を逸らし、目を細めていく。
が、やはり知らなかったのか。逸らした視線をすぐに酒天へ戻し、両手がくい込んでいる肩を竦めた。
「流石に共食いは趣味がわりぃし、誰も知らねえだろうな。どうせなら、ぬらりひょんに聞いてみろよ。確かあいつの知り合いに、八百比丘尼が居たはずだぜ」
「んえ? そうなんスか?」
「ああ。どっかの市長兼、イタコもやってるとか言ってたな」
「……尼僧で、市長でイタコ? なかなか濃いキャラっスが、それは知らなかったっス。誰から聞いたんスか?」
「誰って、熊童子からだぜ?」
「熊童子からっスか!? ……ああ、なるほど。あのバーは妖怪もかなり訪れるから、自ずと情報や噂が集まってくるんスね」
一旦は驚愕するも、冷静に自己解決した酒天が納得すると、紅柘榴は「そうそう」と相槌を打ち、腰に手を当てる。
「私も一端の『情報屋』だからな。情報収集も兼ねて行ってんのさ。酒がある場所に、新鮮な情報ありってな」
「はあ~……。紅柘榴の本職って、情報屋だったんスか……。だから莱鈴さんの名前が、唐突に出てきたんスね」
「ああ。互いに手の届かない情報を売り買いしたり、共有し合ったりしてんのさ。私の店は現世にあるから、知りたかったら後で場所を教えてやるよ」
「おっ、ありがたいっス。手が空いた時にでも覗きに行ってみるっスね」
己の素性を明かした紅柘榴が話を終えると、タイミングを見計らっていた花梨が、「すみません、八百比丘尼ってなんですか?」と疑問を放つ。
「ん? 八百比丘尼っていうのはだなあ。人魚の肉を食って、長寿を手に入れた女子修行者……、またの呼び名を比丘尼。八百歳まで若い見た目を保ったまま生きてたもんだから、それらを合わせて八百比丘尼と呼ばれてんのさ」
「八百歳……、すごいなぁ。途方にもなく長いや。やっぱり人魚の肉を食べると、不老不死みたいな体になっちゃうんですね」
「だな。それと、人魚の肉を食うと人魚になる~みたいな言い伝えもあっから、不老不死というよりも、体の内側だけ人魚になったとも言えるな」
「はえ~……、色んな話があるんですね。と言う事は人魚さんの寿命も、そんなに長いんだなぁ」
話が進めば進むほど枝分かれしていく情報に、花梨はだんだんと興味や好奇心が芽生えていき、同時に妖怪の事についても気になり出していく。
興味と好奇心が膨らみ続け、他の事についても知りたくなってくると、花梨は「紅柘榴さん!」と弾んだ口調で呼び掛け、瞳をワンパク気味に輝かせた。
「お? 急に改まってきたな、どうしたよ?」
「八百比丘尼や人魚さんの事もそうなんですが、他にも面白い言い伝えや妖怪さんの事について、教えてくれませんか?」
花梨の質問に胸が躍ったのか、はたまた情報屋の血が騒いだのか。紅柘榴の右眉が陽気に跳ね上がる。
「ほ~う。いいのかあ、情報屋の俺にそんな事を聞いて? 俺の話は長くなるぜ?」
「はい、是非とも教えて下さい!」
「あっはははは。趣旨が完全に変わっちゃったっスねえ」
「面白そうだから、私も聞こうかしら」
なんとか話をすり替える事に成功した酒天が、安堵の表情を浮かべながらから笑いし。
今後もお菓子作りを学べる確約を得られた翡翠も、普段より賑やかな現状を楽しみ、四人分の飲み物を用意するべく、キッチンに向かっていく。
そして、今度は教わる立場に回った花梨と、妖怪の講師と化した紅柘榴は、自分が作ったクッキーを振る舞いつつ、嬉々と語り明かしていった。
「ほ~、案外簡単じゃねえか。しかし……」
先生となった翡翠から、クッキーの作り方を手取り足取り教えてもらい。難なく作り終える事が出来た紅柘榴が、背後にずっと居た花梨達に体を向ける。
「俺が用意した材料なら大体のもんは作れると思ってたけど、全然足りなかったみてえだな。わりぃわりぃ」
「あっははは……。私も最初は、材料を見てビックリしちゃいました」
「そうよ紅柘榴。最低でも、卵と牛乳は必要なんだからね。お菓子作りにはメレンゲが大事なのよ、メレンゲが」
ここぞとばかりに翡翠が割って入ると、花梨から教えてもらった知識をそのまま披露し、人差し指を立てて得意気に語る。
が、紅柘榴は初めて聞く単語だったようで。いまいちピンと来ておらず、難しい顔をして後頭部をガシガシと掻いた。
「なんだ、メレンゲって?」
「卵の卵白を泡立てた物よ。色んなお菓子に使うから、紅柘榴もしっかり覚えておいてね。……でしたよね、花梨さん?」
紅柘榴がここへ来る前に、花梨から菓子作りのイロハを教えてもらったものの。やや確信を持てていない様子の翡翠が、おもむろに問い直す。
「合ってますよ。メレンゲを使うのは、主にパンケーキとかスフレケーキ。フォンダンショコラやテリーヌ。お菓子じゃないですけど、メレンゲでオムレツを作ると、ふわっふわになるんですよねぇ~」
最初は菓子について説明をしていたが、途中から話が脱線し、内容がお菓子から主食へと移行していく。
パンケーキは先ほどの勉強会で軽く触れていたが、残りのお菓子名には一切触れておらず。とりあえず『合ってますよ』だけを聞き取った翡翠は、ほっと肩を撫で下ろした。
「メレンゲねえ。今度現世に行った時、スーパーで購入してくっかなあ」
「そういや紅柘榴って、どの歪みから現世に行ってるんスか?」
現世に行ける歪みの在り処を、秋国にある物しか知らない酒天が、おもむろに質問を投げ掛ける。
「ん? 近くの洞穴に、歪みが一つあってよ。人気が無い森の中にある泉に出るから、かなり気軽に行けるんだぜ」
「へえ~、この近くにもあるんスね。その森から熊童子のバーまで、どのくらいで行けるんスか?」
「あ~、徒歩で十分ぐらいか?」
「近っ! な、なら、『秋国』は知ってるスか?」
声を急に上げた酒天の質問攻めに対し、紅柘榴は目を丸くさせつつも、「ああ、行った事もあるぜ」とあっけらかんと答えた。
「あるんスか!? なら話は早いっス! その秋国に、居酒屋浴び呑みっていう店があるんスけど、あたし、そこで働いてるんスよ」
「マァジか!? っか~! たまに莱鈴さんのとこに行ってんだが、知らなかったぜ。勿体ねえ事してたなあ。行く行く! 明日から頻繁に行くぜ! それに……」
会話に花が乱れ咲き、酒天に固い約束を交わした紅柘榴が、二人の会話を目で追っていた花梨に顔を移す。
「秋風、あんたも秋国にいんだろ?」
「はい、居ますよ」
「なら翡翠も一緒に連れて行くから、そこでも菓子の作り方を教えてくれよ。暇な時で構わねえからさ」
「あっ、いいですね! 是非お待ちしてます!」
紅柘榴のやる気を垣間見せる提案に、花梨は喜々と賛同もするも、「でも」と付け加え、酒天に気になっている顔を合わせる。
「前に永秋でも言ってましたけど、現世って一体なんなんですか?」
「現世って言うのは、簡単に言うと現世っスね。花梨さんが元々住んでる世界の事を指すっス」
「現世? えっと、それじゃあ秋国とか、ここは現世じゃないんですか?」
「そうっス。こっちは隠世という世界でして……。なんて言えばいいっスかねえ~」
ばつが悪そうに言葉を濁した酒天が、表情を曇らせ、獣のそれに近い金色の瞳を天井へ逃がした。
「ぶっちゃけると、死後の世界だ。流石に黄泉は知ってんだろ? その黄泉も、この世界のどっかにあんのさ」
「死後の、世界……?」
にかわに信じ難い紅柘榴の説明に、花梨は眉間に深いシワを寄せ、酒天と紅柘榴の顔を高速で見返していく。
「それじゃあ、私……。死んじゃってるって、こと?」
「いやいや! ちゃんと生きてるっスよ! 花梨さん、何度か現世に戻った事があるじゃないっスか!」
「あっ、そう言われてみれば……」
花梨が予想通りと言わんばかりの反応を示したせいで、酒天は安心させるよう慌てて説明を挟み、ほっとため息をつく。
「それに、秋国がある隠世は、現世に限りなく近い隠世でして。ちょっとした条件を満たせば、誰でも気軽に来れるんスよ」
「ちょっとした条件、ですか。例えば、どんな条件があるんですかね?」
「例えば~……。霊感がある人とかっスね。花梨さん、あたしの代わりに、駅事務室の見張り番をしてくれた事があったじゃないっスか?」
「はい、ありますね」
「その駅事務室と扉の先にある駅が、ちょうど現世と隠世の境目でして。扉の前に隠世へ通ずる歪みっていうのがあるんス。で、その扉は普通の人間には見えないんスが、霊感がある人だと見えちゃうので、中に入って来れるって訳っス」
「へぇ~。私が見張り番をやった時に、人間の女の子が入ってきちゃったんですけど、その子には霊感があったから、駅事務室に入って来れた訳なんですね」
「んげっ、そんな事があったんスか……?」
最早、懐かしささえ覚える花梨の災難に、酒天はお気の毒にと言いたげな表情をすると、花梨は「えへへへ……」と苦笑いをした。
「た、確かに……。子供には霊感があるって聞きますから、もしかしたらそうかもしれないっスね」
「なるほど……。しかし、隠世かぁ」
物思いにふけるようにか細く呟き、握った手を口元に添え、視線を右にズラす花梨。
今まで現世と隠世については一切知らず、現世よりも隠世の雰囲気や空気に懐かしさを覚えており、我が家に帰ってきた気分にさえなっていた。
そんな自分と向き合いつつ、初めて秋国に来た時、どこか懐かしさを感じたけど……。あの感じは、一体なんだったんだろ? と一人頭を悩ませていく。
「花梨さん? 急に黙り込みましたけど、どうかしたんスか?」
「う~ん、こんな事を言ったら変に思われるかもしれないんですけど……。私、初めて秋国へ来た時、懐かしさを感じたんですよね」
「へっ? 懐かしさ……、っスか?」
「はい。それに現世から隠世に帰って来た時にも、こっちの方が我が家に帰って来た感があったというか……。元々私、隠世の方が肌に合ってるのかなぁ? 酒天さん、これっておかしいですよね?」
「あ、あ~、その~……。な、なんて言うんスかねえ?」
『あなたは隠世で産まれました』だなんて、今は口が裂けても言えるはずもなく。正直者な酒天は焦りに焦り、言い訳すら思いつかず。金色の瞳を泳がせては、ぎごちない愛想笑いで誤魔化していく。
なにか起死回生の話題はないかと、焦りが渦巻く頭の中で霞んだ思考を混ぜ込み、顔を歪ませる酒天。
そして、頭から煙が出んばかりにパンクしている中。酒天は一つの打開策を見出し、「あっ!」とわざとらしく声を上げた。
「か、花梨さん! 永秋でぬらりひょん様に、味がどうとか聞いてたじゃないっスか! 今目の前に、本物の人魚が居るので聞いてみたらどうっスか!?」
「えっ? 人魚さんにあの質問をするのは、何かとまずいんじゃないですかね?」
「あ、えあっ……。じゃ、じゃあ、あたしが聞いてみるっス!」
話題を強引に切り替える事に必死で、後先なぞ度外視している酒天が、早足で二人の元へ歩み、紅柘榴の両肩を鷲掴む。
「紅柘榴! 人魚の肉って、どんな味がするんスか!?」
「は? 味?」
「そうっス! 教えてほしいっス!!」
「突然そう叫ばれてもなあ。味、ねえ……」
酒天の鬼気迫る圧が強い質問に、紅柘榴は臆する事無く視線を逸らし、目を細めていく。
が、やはり知らなかったのか。逸らした視線をすぐに酒天へ戻し、両手がくい込んでいる肩を竦めた。
「流石に共食いは趣味がわりぃし、誰も知らねえだろうな。どうせなら、ぬらりひょんに聞いてみろよ。確かあいつの知り合いに、八百比丘尼が居たはずだぜ」
「んえ? そうなんスか?」
「ああ。どっかの市長兼、イタコもやってるとか言ってたな」
「……尼僧で、市長でイタコ? なかなか濃いキャラっスが、それは知らなかったっス。誰から聞いたんスか?」
「誰って、熊童子からだぜ?」
「熊童子からっスか!? ……ああ、なるほど。あのバーは妖怪もかなり訪れるから、自ずと情報や噂が集まってくるんスね」
一旦は驚愕するも、冷静に自己解決した酒天が納得すると、紅柘榴は「そうそう」と相槌を打ち、腰に手を当てる。
「私も一端の『情報屋』だからな。情報収集も兼ねて行ってんのさ。酒がある場所に、新鮮な情報ありってな」
「はあ~……。紅柘榴の本職って、情報屋だったんスか……。だから莱鈴さんの名前が、唐突に出てきたんスね」
「ああ。互いに手の届かない情報を売り買いしたり、共有し合ったりしてんのさ。私の店は現世にあるから、知りたかったら後で場所を教えてやるよ」
「おっ、ありがたいっス。手が空いた時にでも覗きに行ってみるっスね」
己の素性を明かした紅柘榴が話を終えると、タイミングを見計らっていた花梨が、「すみません、八百比丘尼ってなんですか?」と疑問を放つ。
「ん? 八百比丘尼っていうのはだなあ。人魚の肉を食って、長寿を手に入れた女子修行者……、またの呼び名を比丘尼。八百歳まで若い見た目を保ったまま生きてたもんだから、それらを合わせて八百比丘尼と呼ばれてんのさ」
「八百歳……、すごいなぁ。途方にもなく長いや。やっぱり人魚の肉を食べると、不老不死みたいな体になっちゃうんですね」
「だな。それと、人魚の肉を食うと人魚になる~みたいな言い伝えもあっから、不老不死というよりも、体の内側だけ人魚になったとも言えるな」
「はえ~……、色んな話があるんですね。と言う事は人魚さんの寿命も、そんなに長いんだなぁ」
話が進めば進むほど枝分かれしていく情報に、花梨はだんだんと興味や好奇心が芽生えていき、同時に妖怪の事についても気になり出していく。
興味と好奇心が膨らみ続け、他の事についても知りたくなってくると、花梨は「紅柘榴さん!」と弾んだ口調で呼び掛け、瞳をワンパク気味に輝かせた。
「お? 急に改まってきたな、どうしたよ?」
「八百比丘尼や人魚さんの事もそうなんですが、他にも面白い言い伝えや妖怪さんの事について、教えてくれませんか?」
花梨の質問に胸が躍ったのか、はたまた情報屋の血が騒いだのか。紅柘榴の右眉が陽気に跳ね上がる。
「ほ~う。いいのかあ、情報屋の俺にそんな事を聞いて? 俺の話は長くなるぜ?」
「はい、是非とも教えて下さい!」
「あっはははは。趣旨が完全に変わっちゃったっスねえ」
「面白そうだから、私も聞こうかしら」
なんとか話をすり替える事に成功した酒天が、安堵の表情を浮かべながらから笑いし。
今後もお菓子作りを学べる確約を得られた翡翠も、普段より賑やかな現状を楽しみ、四人分の飲み物を用意するべく、キッチンに向かっていく。
そして、今度は教わる立場に回った花梨と、妖怪の講師と化した紅柘榴は、自分が作ったクッキーを振る舞いつつ、嬉々と語り明かしていった。
1
あなたにおすすめの小説
人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―
ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」
前世、15歳で人生を終えたぼく。
目が覚めたら異世界の、5歳の王子様!
けど、人質として大国に送られた危ない身分。
そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。
「ぼく、このお話知ってる!!」
生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!?
このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!!
「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」
生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。
とにかく周りに気を使いまくって!
王子様たちは全力尊重!
侍女さんたちには迷惑かけない!
ひたすら頑張れ、ぼく!
――猶予は後10年。
原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない!
お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。
それでも、ぼくは諦めない。
だって、絶対の絶対に死にたくないからっ!
原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。
健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。
どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。
(全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)
幼女のようじょ
えあのの
ファンタジー
小さい時に両親が他界してしまい、孤児院で暮らしていた三好珠代(みよしみよ)は、突然やってきたお金持ちの幼女の養女になることに?!これから私どうなるの⁇ 幼女と少女のはちゃめちゃ日常コメディ(?)
神スキル【絶対育成】で追放令嬢を餌付けしたら国ができた
黒崎隼人
ファンタジー
過労死した植物研究者が転生したのは、貧しい開拓村の少年アランだった。彼に与えられたのは、あらゆる植物を意のままに操る神スキル【絶対育成】だった。
そんな彼の元に、ある日、王都から追放されてきた「悪役令嬢」セラフィーナがやってくる。
「私があなたの知識となり、盾となりましょう。その代わり、この村を豊かにする力を貸してください」
前世の知識とチートスキルを持つ少年と、気高く理知的な元公爵令嬢。
二人が手を取り合った時、飢えた辺境の村は、やがて世界が羨む豊かで平和な楽園へと姿を変えていく。
辺境から始まる、農業革命ファンタジー&国家創成譚が、ここに開幕する。
安全第一異世界生活
朋
ファンタジー
異世界に転移させられた 麻生 要(幼児になった3人の孫を持つ婆ちゃん)
新たな世界で新たな家族を得て、出会った優しい人・癖の強い人・腹黒と色々な人に気にかけられて婆ちゃん節を炸裂させながら安全重視の異世界冒険生活目指します!!
クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双
四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。
「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。
教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。
友達もなく、未来への希望もない。
そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。
突如として芽生えた“成長システム”。
努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。
筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。
昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。
「なんであいつが……?」
「昨日まで笑いものだったはずだろ!」
周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。
陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。
だが、これはただのサクセスストーリーではない。
嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。
陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。
「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」
かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。
最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。
物語は、まだ始まったばかりだ。
俺得リターン!異世界から地球に戻っても魔法使えるし?アイテムボックスあるし?地球が大変な事になっても俺得なんですが!
くまの香
ファンタジー
鹿野香(かのかおる)男49歳未婚の派遣が、ある日突然仕事中に異世界へ飛ばされた。(←前作)
異世界でようやく平和な日常を掴んだが、今度は地球へ戻る事に。隕石落下で大混乱中の地球でも相変わらず呑気に頑張るおじさんの日常。「大丈夫、俺、ラッキーだから」
捨てられた貴族六男、ハズレギフト『家電量販店』で僻地を悠々開拓する。~魔改造し放題の家電を使って、廃れた土地で建国目指します~
荒井竜馬@書籍発売中
ファンタジー
ある日、主人公は前世の記憶を思いだし、自分が転生者であることに気がつく。転生先は、悪役貴族と名高いアストロメア家の六男だった。しかし、メビウスは前世でアニメやラノベに触れていたので、悪役転生した場合の身の振り方を知っていた。『悪役転生ものということは、死ぬ気で努力すれば最強になれるパターンだ!』そう考えて死ぬ気で努力をするが、チート級の力を身につけることができなかった。
それどころか、授かったギフトが『家電量販店』という理解されないギフトだったせいで、一族から追放されてしまい『死地』と呼ばれる場所に捨てられてしまう。
「……普通、十歳の子供をこんな場所に捨てるか?」
『死地』と呼ばれる何もない場所で、メビウスは『家電量販店』のスキルを使って生き延びることを決意する。
しかし、そこでメビウスは自分のギフトが『死地』で生きていくのに適していたことに気がつく。
家電を自在に魔改造して『家電量販店』で過ごしていくうちに、メビウスは周りから天才発明家として扱われ、やがて小国の長として建国を目指すことになるのだった。
メビウスは知るはずがなかった。いずれ、自分が『機械仕掛けの大魔導士』と呼ばれ存在になるなんて。
努力しても最強になれず、追放先に師範も元冒険者メイドもついてこず、領地どころかどの国も管理していない僻地に捨てられる……そんな踏んだり蹴ったりから始まる領地(国家)経営物語。
『ノベマ! 異世界ファンタジー:8位(2025/04/22)』
※別サイトにも掲載しています。
幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕だけ別な場所に飛ばされた先は異世界の不思議な無人島だった。
アノマロカリス
ファンタジー
よくある話の異世界召喚…
スマホのネット小説や漫画が好きな少年、洲河 愽(すが だん)。
いつもの様に幼馴染達と学校帰りの公園でくっちゃべっていると地面に突然魔法陣が現れて…
気付くと愽は1人だけ見渡す限り草原の中に突っ立っていた。
愽は幼馴染達を探す為に周囲を捜索してみたが、一緒に飛ばされていた筈の幼馴染達は居なかった。
生きていればいつかは幼馴染達とまた会える!
愽は希望を持って、この不思議な無人島でサバイバル生活を始めるのだった。
「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕の授かったスキルは役に立つものなのかな?」
「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕は幼馴染達よりも強いジョブを手に入れて無双する!」
「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕は魔王から力を授かり人類に対して牙を剥く‼︎」
幼馴染達と一緒に異世界召喚の第四弾。
愽は幼馴染達と離れた場所でサバイバル生活を送るというパラレルストーリー。
はたして愽は、無事に幼馴染達と再会を果たせるのだろうか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる