あやかし温泉街、秋国

桜乱捕り

文字の大きさ
327 / 402

87話-1、寝起きが弱い女天狗

しおりを挟む
 活気に溢れた温泉街が、暖かな陽気に包まれて満たされた、朝の九時過ぎ頃。
 花梨、ゴーニャ、まといの三姉妹にとって、休日では早めの朝食を終え、三人揃って心地よい余韻に浸っていた。

「はぁ~、美味しかったぁ~」

「納豆ご飯も好きだけど、生卵を加えてもおいしいかったわっ」

「飲める勢いで食べられた」

 朝食の味を各々振り返っては、至福なため息を同時に吐き出し、顔をだらしなく緩めていく。
 誰も次なる言葉を発さず、暖かみを帯びた静寂が漂い出した中。天井をボーッと眺めていたゴーニャが「あっ」と声を出し、あくびをしている花梨に顔をやった。

「花梨っ、今日はどこに行くのっ?」

「今日は、どうしようかな? 『のっぺら温泉卵』は~……、とんでもない大行列が出来てるや」

 特に予定を組んでいなかった花梨が、窓から顔を出し、第一候補に考えた『のっぺら温泉卵』がある方面を覗いてみる。
 永秋えいしゅうの壁沿いには、入口まで迫る大行列を成しており。花梨の下から潜ってきたゴーニャと、背中に乗った纏も窓から顔を出し、その長蛇の列を視界に入れた。

「今から並ぶと、お昼までかかっちゃいそうねっ」

「しかも、まだまだ客が来てる」

「うわっ。とうとう最後尾が折れ曲がって、二列目が出来ちゃった」

 初日とはまるで規模が違う列に、ただただ圧倒された三人は、諦め気味に顔を引っ込め、ベッドの上に座り直した。

「開店前から大繁盛だったわねっ」

「だねぇ。あの調子だと、今日は入れないかもなぁ」

「全乗せスペシャルしたかった」

「それ、絶対気に入ってますよね……?」

 まだ『のっぺら温泉卵』の店が完成したばかりで、のっぺらぼうの無古都むこと主催により、店に出すメニューを考えている最中。
 花梨が欲望を全開にし、思い付いた限りの食材と好物を山のように積み重ね、ほぼ本気でメニューに採用したかった『全乗せスペシャル』。
 そんな、その場に居た全員の総意でボツとなった懐かしいメニュー名を、再び耳にした花梨が苦笑いをした。

「いつか絶対やる」

「マジっスか……。でも、セルフなら似たような物が作れるし、私もやっちゃ───」

「かり~ん、入ってもいいか~?」

 纏の熱意に後押しされ、かつての欲望を叶えるべく、花梨もその気になってきた矢先。
 扉から数回のノック音と共に、どこか眠たげな女天狗のクロの声が聞こえてきて、その声を聴いた花梨達の注目が扉に集まっていった。

「クロさんの声だ。どうぞー」

 この時間帯には珍しい訪問者に、花梨が入室の許可を与えると、扉がひとりでに開いていく。
 開き切ると、私服ともいえる黄色の修験装束しゅげんしょうぞくを身に纏った、大あくびをしているクロが姿を現し、部屋に入りながら扉を閉めた。
 やはり、声と仕草からして寝起きなようで。寝ぼけ眼なクロが、「よ~、みんなぁ」と気だるそうな挨拶をしてきた。

「おはようございます、クロさん」
「おはようっ、クロっ」
「おはよう。目が閉じたままだよ」

「んー、起きたばかりだからなぁ。布団に入ればすぐ眠れるぞー……」

 いつもの凛とした風貌は欠片も無く、完全にだらけ切っているクロが、のそのそと花梨達が居るベッドに歩み寄っていく。
 目の前まで来ると、脱力したように座り込み、空いてるスペースに突っ伏していった。

「ああ~、日差しが暖かくて気持ちいいなぁ~。まるで天然の羽毛布団、ぐぅ……」

「クロさん? そこで寝たら風邪ひいちゃいますよ?」

「ん~……」

 部屋に来て早々、目的も告げぬまま寝落ちしそうなクロに、花梨はクロのはだけた肩に手を置き、控え気味に体を揺する。
 数回揺すると、突っ伏していた顔がのっそりと動き出し、顎をベッドに置いた。

「今日のクロ、なんだかだらしないね」

「寝起きの私は、いつも大体こんな感じだぁ……」

「クロのほっぺ、すごく柔らかい」

 ここぞとばかりに、纏は隙だらけなクロの頬をいじって遊んでは、摘んで引っ張っていく。

「やめろぉー……」

「本当だわっ。モチモチしてるっ」

「ああ~、私の顔で遊ぶなぁー……」

 お構い無しにいじられている様を見て、うずうずとし出したゴーニャも耐えられなくなり、空いているクロの頬を触り出した。

「あっははは。クロさんも、今日は休みなんですか?」

 二人に顔をいじり倒されても尚、眠気に負けそうなクロが大あくびをし、口をむにゃむにゃとさせる。

「ああ、そうだ。特にやる事も無いし、今日はお前達と一緒に居てもいいか?」

「あっ、そうなんですね。私は全然構いませんし、むしろ一緒に居たいです!」

「私もっ。クロが居たら、絶対に楽しくなるわっ」

「温泉街に行ったら抱っこして」

 突然の来訪にも関わらず、皆して歓迎してくれた事に、クロは嬉しくなって表情をほころばせ、わがままを言ってきた纏の頭に手を置いた。

「後でな。それと、皆ありがとな。いきなり邪魔しちまったのに、快く受け入れてくれて」

「クロさんとは、毎日一緒に居たいですからね。今日はいっぱい遊びましょう!」

「ああ、そうだな。それで、どこか行く予定とかはあるのか?」

「それがですね、まだ……、ん?」

 予定が無い事を告げようとする前に、花梨の携帯電話から着信音が鳴り出し、二人の会話を遮った。花梨が携帯電話を手に取り、画面を確認してみると、牛鬼の『馬之木ばのきさん』と表示されており。
 今だと救世主からの救いとも言える電話に、花梨は「おっ、馬之木さんからだ! もしかして」と声を弾ませ、着信ボタンを押して携帯電話を耳に当てた。

「もしもし、秋風です」

『お、出た出た。秋風さん、馬之木だぁ。朝から電話してすまんなぁ』

「いえいえ、全然大丈夫です。それで、どうしたんですか?」

『いやなぁ? また昼にバーベキューやっから、一緒にどうかって思って電話したんだぁ』

「バーベキュー! 今日もいいんですか?」

『ああ~。秋風さん達の食いっぷりを、つい見たくてなぁ。どうだぁ、来るか?』

「えと。すみません。ちょっと待ってて下さい」

『ええどぉ』

 牛の鳴き声と重なる馬之木の許可を得ると、花梨は携帯電話を耳から離し、二人のやり取りを聞いていたゴーニャ達に顔をやった。

「みんな、馬之木さんからバーベキューのお誘いが来たんだけど、行く?」

「行くっ!」

「無論」

「私も構わないけど。なあ、花梨。今日もって事は、結構な頻度で行ってるのか?」

 ゴーニャと纏が即答し、上体を起こして、その場に座り直したクロも行く旨を伝えてから質問を足す。

「はい。大体二週間置きぐらいにお誘いが来て、みんなが休みでしたら必ず行ってます」

「へえ~、そんな頻度で行ってたのか。そりゃ知らなかった。もうすっかり『牛鬼牧場うしおにぼくしょう』の常連だな」

「えへへ。もちろんその都度、牧場体験をしたり、ソフトクリームやウィンナー、ビーフジャーキーも買ったりしてます」

「あそこで売ってる食べ物、本当に美味いからな。っと、悪い、電話の途中だったな。会話に戻ってくれ」

 会話に花を咲かせようとするも、花梨が電話の最中だった事を思い出し。クロが促すと、花梨もほくそ笑みつつうなずき、携帯電話を耳に当て直す。

「すみません、お待たせしました。それでは、今日もお邪魔させて頂きます!」

『そうかぁ。んだば、昼の十二時に始めるから、待っとるどぉ』

「はい、分かりました! それでは!」

 バーベキューの開始時刻を覚え、話を纏めた花梨が通話を切ると、携帯電話をベッドに置き、皆が居る方へと顔を移した。

「よし! それじゃあ今日は、牛鬼牧場に入り浸ろっか」

「やったっ! ねえ花梨っ。私、ソフトクリームも食べたいわっ!」

「私も。ついでに羊に埋もれたい」

「私も久々に、そこでのんびりしてるかな」

 空白だった今日の予定が埋まると、各々やりたい事が見つかり、思い思いの事を述べていく。
 先ほどまでの、のんびりとしていた空気が嘘のように賑わい出すと、花梨もだんだんその気になり、口がバーベキュー色に染まっていった。

「もちろん、食べたい物は全部食べるよ。けど食べるのは、バーベキューが終わってからね」

「まだ九時半ぐらいだけど、どうやって行く?」

「『一反木綿タクシー』を使うのもアリだけど。今日はクロさんが居るし、天狗に変化へんげして飛んでいくのもいいよね」

「私はやっぱり、皆と飛んで行きたいかな」

 天狗の性ゆえか。己の翼を駆使し、皆と空の旅を楽しみたいという意見を述べたクロが、くだけた笑顔を花梨へ送る。

「花梨っ。私も久々に天狗に変化へんげして、空を飛んで行きたいわっ」

「ならクロ、抱っこして」

 クロの意見に感化されたゴーニャも催促し、是か非でも抱っこされたい纏も、クロに小さな両手を差し伸べる。
 その、最早逃れられそうにもない仕草に、クロは応えるべく纏を持ち上げ、体を抱きしめてから太ももの上に座らせた。

「わーい」

「ふふっ。纏姉さん、嬉しそうにしてますね」

「うん、嬉しい」

「お前って、こういう時は素直になるよな」

 クロに頭を優しく撫でられ、ぽやっとした表情をした纏を認めると、花梨は微笑んでから体をグイッと伸ばし、のんびりしていた気持ちを切り替えた。

「さってと。んじゃ、ゴーニャ。私達も天狗になろっか」

「そうね、そうしましょっ」

 ゴーニャも花梨の真似をするように、体を大きく伸ばし、共にベッドから下りていく。
 そして、二人は天狗の姿になる為に、花梨はリュックサックから。ゴーニャは赤いショルダーポーチから、天狗に変化出来る紫色の兜巾ときんを取り出した。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

神スキル【絶対育成】で追放令嬢を餌付けしたら国ができた

黒崎隼人
ファンタジー
過労死した植物研究者が転生したのは、貧しい開拓村の少年アランだった。彼に与えられたのは、あらゆる植物を意のままに操る神スキル【絶対育成】だった。 そんな彼の元に、ある日、王都から追放されてきた「悪役令嬢」セラフィーナがやってくる。 「私があなたの知識となり、盾となりましょう。その代わり、この村を豊かにする力を貸してください」 前世の知識とチートスキルを持つ少年と、気高く理知的な元公爵令嬢。 二人が手を取り合った時、飢えた辺境の村は、やがて世界が羨む豊かで平和な楽園へと姿を変えていく。 辺境から始まる、農業革命ファンタジー&国家創成譚が、ここに開幕する。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

幼女のようじょ

えあのの
ファンタジー
小さい時に両親が他界してしまい、孤児院で暮らしていた三好珠代(みよしみよ)は、突然やってきたお金持ちの幼女の養女になることに?!これから私どうなるの⁇ 幼女と少女のはちゃめちゃ日常コメディ(?)

安全第一異世界生活

ファンタジー
異世界に転移させられた 麻生 要(幼児になった3人の孫を持つ婆ちゃん) 新たな世界で新たな家族を得て、出会った優しい人・癖の強い人・腹黒と色々な人に気にかけられて婆ちゃん節を炸裂させながら安全重視の異世界冒険生活目指します!!

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

俺得リターン!異世界から地球に戻っても魔法使えるし?アイテムボックスあるし?地球が大変な事になっても俺得なんですが!

くまの香
ファンタジー
鹿野香(かのかおる)男49歳未婚の派遣が、ある日突然仕事中に異世界へ飛ばされた。(←前作) 異世界でようやく平和な日常を掴んだが、今度は地球へ戻る事に。隕石落下で大混乱中の地球でも相変わらず呑気に頑張るおじさんの日常。「大丈夫、俺、ラッキーだから」

社畜をクビになった俺のスキルは「根回し」だけど、異世界では世界最強の裏方でした

cotonoha garden
ファンタジー
派手な攻撃魔法も、伝説級のチートもない。 社畜生活で身につけたのは、会議前の根回しと、空気を読みながら人と人をつなぐ段取り力――そして異世界で手に入れたスキルもまた、「根回し」だけだった。 『社畜の俺がもらったスキルは「根回し」だけど、なぜか世界最強らしい』は、 ・追放・異世界転移ものが好き ・けれどただのざまぁで終わる話では物足りない ・裏方の仕事や調整役のしんどさに心当たりがある そんな読者に向けた、“裏方最強”系ファンタジーです。 主人公は最初から最強ではありません。 「自分なんて代わりがきく」と思い込み、表舞台に立つ勇気を持てないままクビになった男が、異世界で「人と人をつなぐこと」の価値に向き合い、自分の仕事と存在を肯定していく物語です。 ギルド、ステータス、各国の思惑――テンプレ的な異世界要素の裏側で、 一言の声かけや、さりげない段取りが誰かの人生と戦争の行方を変えていく。 最後には、主人公が「もう誰かの歯車ではなく、自分で選んだ居場所」に立つ姿を、少しじんわりしながら見届けられるはずです。

空を翔ける鷲医者の異世界行診録

川原源明
ファンタジー
異世界に飛ばされた外科医は、何故か巨大な鷲の姿で目を覚ました。 手術道具も病院もない世界で、彼は鋭い嘴と翼、そして医者としての知識を武器に、人助けと旅を続けることになる。 港町での診療や救助活動の最中、彼は裏社会に暗躍する組織――黒羽同盟の存在を知る。 些細な事件をきっかけに彼らの計画を阻み、やがて同盟幹部“刺青の男”との因縁が芽生える。 仲間の戦士バルグ、薬師リィナと共に各地を巡りながら、黒羽同盟の毒物流通や破壊工作を次々と阻止していく鷲医者。 だが、阻止するたびに組織の敵意は強まり、陰謀はより大きく、危険な形で彼らの旅路に絡みついていく――。 異世界の空を翔ける空飛ぶ医者と仲間たちの戦いは、いま大陸屈指の商業都市ヴァルメリアを舞台に、 黒羽同盟との避けられぬ衝突へと静かに加速していた。

処理中です...