あやかし温泉街、秋国

桜乱捕り

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98話-1、クロと花梨の間食事情。その4

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「な~んか、腹へったなぁ……」

 温泉街と宿泊客が等しく眠りに就いた、夜十二時半頃。明日は休日であるクロの部屋に、小さな腹の虫が鳴り響いていく。

「気分的に、菓子じゃないんだよな。酒のツマミでもない。けど、肉ほど重い物は求めていない。こう、手軽にガッツリ食べたいな」

 間食のストックが山ほど盛られた棚を漁り始め、ポテトチップス、クッキー、煎餅、ビーフジャーキー、ミックスナッツ入りの袋を取り出しては戻し。
 四つん這いで、冷蔵庫がある場所まで移動し、扉を開けてカスタードプリン、饅頭、板チョコ、チーズ、その他ツマミ系の物を認めては、肩を落としながら扉を閉めた。

「食べるなら、やっぱ主食級だよなぁ~。五分ぐらいで作れて、なおかつ洗い物が少ない物が好ましい。あっ。確かここに、とっておきの物があったはず……」

 一人ブツブツと食べる物を精査していたクロが、冷蔵庫の横にある棚の中を漁り、五つ入りのインスタントラーメンの袋を手に持った。

「あったあった! 『サッポロ皆伝、醤油味』。こいつに、塩コショウで味付けした野菜炒めを乗っけて───」

 胃が求めていた物を見つけ、合う具材も決めようとしていた矢先。
 扉から、軽いノック音と共に「クロさーん、入ってもいいですかー?」という、花梨の控えめな声が聞こえてきた。

「おおー、いいぞー」

 入室の許可を与えると、扉がひとりでに開き、パジャマ姿の花梨、あくびをしているゴーニャ、目が開いていないまといが入って来て、花梨が扉を閉めた。

「なんだ、今日は全員で来たのか」

「お疲れ様です、クロさん。座敷童子に変化へんげして、一人でこっそり来ようとしたら、二人にバレちゃいまして」

 姉妹全員で来た理由を明かした花梨が、やや残念そうな苦笑いを浮かべ、指で頬をポリポリと掻く。

「寝る前にソワソワしてたから、纏と一緒に見張ってたのよねっ」

「一人で抜け駆けは姉さんが許しません」

「あっははは……、だそうです」

「とうとう、行動を読まれるようになっちまったか。まあ、仕方ないな」

 花梨とクロにとって二人だけの時間は、母と子になれる唯一の時でもあり。その時間を逃したクロは、少々寂しさを覚えていた。

「っと、そうだ。今からラーメンを作ろうと思ってたんだが、お前らもどうだ?」

「ラーメン! しかもそれ、サッポロ皆伝じゃないですか! 食べます食べます!」

 現在の時刻は、夜中の十二時半を過ぎているものの。現世うつしよでは馴染み深く、この時間帯ならではの背徳感を味わえる食事の誘いに、花梨のテンションが一気に最高潮まで上がっていった。

「サッポロ皆伝、醤油味……。インスタントラーメンって書いてあるけど、『居酒屋浴び呑み』にあるラーメンと、何が違うのかしらっ?」

「私も初めて見た」

 そんな花梨と相反し、初見組のゴーニャと纏は、食欲よりも好奇心が先行して、インスタントラーメンの袋を物珍しいそうに眺めていく。

「本格的なお店のラーメンとは違って、家庭的で誰でも手軽に作れるラーメンって言えばいいかな? 具材を自分で好きなようにアレンジ出来るし、美味しさは無限大に広がっていくよ」

「へぇ~、そうなのねっ。なら、食べてみたいわっ!」

「私も。ついでに後でオススメのアレンジ教えて。ゴーニャに全部作ってもらう」

「任せてっ! 今の私だったら、レシピさえ見れば何でも作れるわっ!」

「頼もし過ぎるぜ相棒」

 『焼き鳥屋八咫やた』では、一品料理を難なく作れるまでに成長し。各食材の切り方、下処理、味付けもこなせるようになれたゴーニャが、頼り甲斐のある約束を纏に交わす。

「ゴーニャ、ほんと何でも作れるようになれたもんな。このインスタントラーメンは、基本茹でるだけで出来るから、すごく簡単に作れるぞ」

「だったら私でも作れそう」

「じゃあ、纏はインスタントラーメンを作って。その間に、私がオススメを作る事も出来そうねっ」

「そうだね。作業を分担した方が早いし、なによりゴーニャと一緒に作ってみたい」

 花梨が仕事で不在の時。二人はよく、昼食は『永秋えいしゅう』の食事処、『定食屋付喪つくも』、ぬらりひょんと共に支配人室で取っており。
 たまには、二人で作って食べてみたいという纏の願いに、ゴーニャは「うんっ、そうね! 今度一緒に作ってみましょっ!」と笑顔で返した。

「ええ~、いいなぁ~。ねえ、二人共。美味しいオススメが出来たら、私にも作って欲しいな」

「分かったわっ! いっぱい試してみて、最高のオススメを作ってあげるわっ!」

「ゴーニャとクロで研究しとく」

 さり気なく、クロも巻き込んだ纏が、親指をビッと力強く立たせる。

「やったー! 楽しみにしてるね」

「なら、私も色々アレンジしてみるか。こりゃ当分、夜食が捗るな。さってと」

 この場で一番乗り気になり、頭の中で早速アレンジの構想を始めたクロが、のそっと立ち上がった。

「腹がへってきたから、一階の食事処に行こうぜ」

「っと、そうですね。んじゃ二人共、そろそろ行こっか」

 クロの催促で、忘れかけていた空腹が蘇った三人も立ち上がり、扉を開けて待っていたクロの横を通り過ぎ、しんと静まり返った廊下へ出る。
 扉が閉まると、光源は足元にあるフットライトのみになっていて、つまずかないよう気を付けながら、全体的に薄暗い廊下を進んでいく。
 そして、三階へ続く中央階段がある場所まで来ると、転げ落ちないよう手すりに手を掛けつつ、階段をゆっくり下りていった。
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